24話 一夜明けて
翌日の朝。空は高く、眩しいばかりの青が広がっている。あと一刻もすれば、強烈な日差しが照りつけるだろう。
砂漠に暮らす人々にとって当たり前の日常。
だが、ユイレマの住人にとっては、昨日の悪夢が、やはり夢ではなかったのだと、あれは現実だったのだと思い知らされる残酷な光でもあった。
「ん、んんっ……ふあぁぁぁあぁ。おあよーございあす、っすー……」
ライカが窓から外の様子――瓦礫の前にしゃがんで何かを捜している人や、人が横たえられた担架を担いでどこかへ向かっている兵士などを見ていると、もぞもぞと動く音がして、キールが起きてきた。
彼はふらふらとした足取りで壁際の台の前まで行き、そこに置いてある手や顔を洗うための器にすでに水が張られているのを見るや否や、倒れるようにして顔を突っ込んだ。
「キール?」
寝ぼけているのだろうかと、キールに近づこうとするライカ。しかし、動く前に彼は勢いよく顔を上げた。
「あー、やっと眼が覚めたっす!」
そう言って頭を振り、気持ちよさそうにキールが飛ばした水飛沫は、丁度外から戻ってきたダレスの顔にかかるのだった。
「何かありましたか?」
ベッドの縁に腰を下ろし、厳しい顔をしているダレスにライカが訊ねる。彼がそんな顔をしているのは、水をかけられたからではないのだが、怒っていると信じて疑わないキールは、顔を土気色にして部屋の隅で縮こまっていた。
「ヴォードから連絡がきた。獣の襲撃にあったらしい」
「死獄石が原因なのですか?」
「ああ」
「そうですか」
死者は出たものの、原因に見当がついていたおかげで素早く事態を収拾することが出来、建物の被害も軽微であったこと。『朱の霞』の隊長が一緒であったこと。予定通り王都に向かうことが手紙には記されていたと、ダレスは短い言葉で語った。
「こ、これからどうするっすか?」
縮こまっていたキールが、おそるおそるといった態で口を開く。
「……どうにかして『嘆きの四翼』と接触出来ればいいのですが」
「『嘆きの四翼』、っすか?」
「ええ。セアルグが記した滅びの息吹とは、死獄石のこと。これはほぼ間違いないでしょう。そして、その死獄石を各地に置いているのは『嘆きの四翼』だと私は推測しています」
「同感だ」
少し濡れた髪を掻き上げながら頷くダレス。しかし、キールは理解できないらしく、首を捻りながらライカに歩み寄ってきた。どうやら死の恐怖は過ぎ去ったらしい。
「え、え? 何でっすか?」
「少し考えれば分かることです。――キール、貴方のもとに『嘆きの四翼』がやってきたとします。彼らは貴方にきれいごとを並べて立てて仲間になれと言ってきます。仲間に入りますか?」
「え、いや、断ると思うっす」
「では、貴方が傷付いて苦しんでいるときに彼らがやってきて、貴方の傷をたちまち治してしまったら? そして、例えばですが、貴方も他の苦しんでいる人を救いたくないかと言われたら? 断りますか?」
「う、あ……」
先ほどは迷いなく答えたキールだったが、今度は頭を抱えて唸り始めた。実際にそうなったとき、どうするかを必死に考えているのだろう。
キールの真剣に悩む姿を見て、ふっと表情を緩めたライカは「そういうことです」と言って話を締めくくった。
「兵士に訊いてみるか?」
「そうですね、ここの隊長は話の分かる方のようでしたから、何か教えてくれるかもしれません。朝食を食べたら詰め所に行ってみましょう」
「ああ」
ライカとダレスは頷き合い、部屋を出て階下の食堂へ向かう。キールが「置いていかないでっすー!」と叫びながらどたどたと階段を下りてきたのは、二人が朝食のパンとスープを食べ始めたころだった。
ライカとダレスが詰め所付近に行くと、まだ朝早いにも拘わらず、すでに多くの人でごった返していた。忙しなく動く兵士や住人の間をすり抜けながら隊長の姿を捜していると、両手いっぱいの布を抱えたナナリノが声をかけてきた。
「ライルさん! おはようございます!」
あまり寝ていないのだろう。褐色の肌のため分かりにくいが、眼の下には隈が出来ている。しかし、声は元気そのもので、彼女がこの現状に前向きに取り組んでいることが窺えた。
「おはようございます、ナナリノさん。頬の傷は大丈夫ですか?」
「こんなのかすり傷もいいとこですよ。痛くもなんともないですし」
怪我には慣れてるんですよねー、と笑うナナリノ。
「隊長はどこにいる」
「隊長ですか? えっと、確かさっきその辺りに……あ、いたいた。あそこにいますよ」
ダレスに訊かれたナナリノは、つま先立ちになってきょろきょろと辺りを見渡し、見つけると、抱えた布を突き出すようにして隊長を差し示した。その勢いで一番上にあった布がひらひらと地面に落ちる。
ライカが地面に落ちた布を拾い、元の場所に戻してあげると、少し離れた場所からナナリノを呼ぶ声がした。
「こらあっ! とっとと運んでこんかい!」
「は、はいいぃっ! すみませんライルさん、失礼しますっ!」
抱えた布に顔を押し付けるようにして勢いよく頭を下げたナナリノは、あたふたと声のした方へ走っていった。




