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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
巡らされる糸
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18話 疑惑の石

「被害状況の報告を急げ。負傷者は詰め所かヨクルチァさんの宿に運べ。重傷の者はサルニ医師のところだ」


 隊長がてきぱきと兵士に指示を飛ばす。

 獣のいなくなったユイレマの町は、怒号や悲鳴こそ止んだものの、混乱した状況はもうしばらく収まりそうになかった。

 ライカが隊長に、獣の異常の原因が死獄石しごくせきにある可能性を示唆すると、隊長は半信半疑ながらも兵士に白い石を探すよう命じた。

 地上と空から襲ってくる獣を退けつつ、倒壊した家屋の瓦礫が散乱する町中から小さな石を見つけ出すなど、本当に出来るのか。隊長を含めた兵士全員が、途方もない作業だと思った。

 しかし、予想に反して石はすぐに見つかった。死獄石は、広場の外れ、倒壊した民家脇の木箱の上に置かれていた。

 ――まるで発見されるのを待ち望んでいたかのように。


「不自然だと思いませんか」


 兵士が忙しく行き交う広場の中央に立ち、視線を一周させたライカは、隣に立つダレスに声をかけた。

 この混乱の最初から石があの場所に置かれていたのであれば、家が崩れた際に巻き込まれていなければおかしい。しかし、石は無傷の木箱の上にあった。これが意味すること。

 それは即ち、


「誰かが置いたのだろうな」


 鞘に収めた極太の剣を背に担いだダレスが、鋭い眼で辺りを見ながら口を開く。

 そう、死獄石は誰かの手によって置かれたのだ。獣たちの襲撃の最中さなかに。


「置いた者はこの町にまだいると思いますか」


「可能性はある。だが、見つけ出すのは困難だろう」


「私もそう思います」


 誰もが己のことで精一杯だった。ライカもダレスも常に周囲に眼を配ってはいたが、それは獣から人を護るためであって、不審者を見つけるためではない。よほど怪しい動きをしていれば気付いただろうが、石を置くなど誰にでも一瞬で出来る。犯人を特定するのは不可能だと思えた。


「ヴォード様に報告を――どうしました?」

 

 声をひそめてこれからのことを話し合おうとしたところで、忙しなく兵士たちの間で立ち回っていた隊長が近づいて来たため、ライカは会話を中断して彼の方を向いた。


「あんたら、どうやらうちの兵士が砂漠でも世話になったらしいな。ナナリノから聞いたよ。兵士が賞金稼ぎに助けられるなんて本来ならあっちゃいけねえんだが、あんたらがいなかったらやばかったのは紛れもない事実だ。助かったよ。この町を救ってくれたこと、感謝する」


 疲れが見える隊長が頭を下げるその後ろで、ナナリノが怪我人に肩を貸しているのが見えた。頬に傷があったが、その表情は明るい。自分たちが助かったことを素直に喜んでいるのだろう。


「隊長のお力になれてよかったです」


「この世にこんな恐ろしい石があるとは。至急王都に報告しなければならんな」 


「ええ、そうして下さい」


 水が入った透明の瓶を持ち、その中に沈む死獄石に、当惑気味に視線を落とす隊長に同意を示す。

 死獄石の情報はヴォードからも女王周辺に伝わるだろうが、ユイレマでは実際に被害が出ている。より、事の重大性を分かってもらえるはずだ。


「それにしても、あんたらの強さは並じゃねえな。俺もいろんな人間を見てきたが、あんたらほど強い奴を見たのは久しぶりだよ。ひょっとしたらヨクルチァさんより上なんじゃねえか」


「ヨクルチァさんというのは?」


 初めて聞く名にライカが訊ねると、隊長は身体をのけ反らせて信じられないという顔になった。彼の手の中で瓶が揺れ、ちゃぽんと水が音を立てる。


「なんだ、賞金稼ぎなのに知らねえのか。って、あんたらはローディスから来たんだから仕方ねえ、か。リムストリアじゃ“疾風のクル”はかなり有名なんだがな」


 ほれ、と隊長は振り返って老婆を背負っているナナリノに向けて顎をしゃくった。


「あいつの母親だよ。凄腕の賞金稼ぎだったんだ」


「だった?」


「四年、いや五年前だったか、足を怪我してな。それ自体は大したことなかったんだが、後遺症が残っちまって、それで引退したんだ。今は宿屋を営んでるが、それでも弓の腕は昔と変わらないんだから、ほんとあの人は凄いよ」


「なるほど。だからナナリノさんも弓を使うのですね」


「まあな。だが、あいつはすぐ緊張しちまうせいで、なかなか本領を発揮できずにいる。ヨクルチァさんを超える日はまだまだ遠いだろうな」


 残念そうに言う隊長に、ライカは首を振る。

 

「そんなことはないと思います。緊迫した状況下でナナリノさんは獏白亀ばくはくきに矢を命中させました。素晴らしい腕だと私は思います」


 確かに兵士としては未熟なのかもしれなし、すぐ緊張してしまうのも本当なのだろう。だが、ナナリノは絶対に命中させなければならない場面で外さなかった。相当な技術と集中力がなければ出来ないことだ。あのときライカは、彼女の矢が漠白亀の眼に当たらなかった場合のことも考えていた。


「ほう、そうか! それは――」


「隊長!」


 嬉しそうに口の端を上げる隊長の許に、ところどころに傷を負った兵士が駆けてくる。どうしたと隊長が訊くと、兵士は「『あけかすみ』が、朱衣しゅいかたが来られました!」と、やや上ずった声で告げた。


 

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