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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
巡らされる糸
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16話 終わらない緊迫

「それで、ナナリノさんはどうしてここに? あの商人の男性を護衛していた、のではないですよね」


 軽く自己紹介をしてからライカは訊ねた。

 兵士が民を護衛する場合もなくはないが、一人でというのは考え難い。ローディスの騎士やリムストリアの『あけの霞』といった単独でも問題なく任務を遂行できる人間ならともかく、兵士は複数で行動するのが基本。それはどこの国でも同じだろう。

 それに、逃げてしまったり死んでしまったりしたが、商人には八人もの賞金稼ぎの護衛がついていたのだ。ナナリノが同行する必要はないように思われた。


「ああ、はい。私はあの人に白い影について聞いてくるよう隊長に言われ――ああっ!」


 突然大きな声を上げたナナリノに、全員の眼が集まる。しかし、彼女は注目されていることに全く気付かず、そしてライカとの話が途中だったにも拘わらず、あたふたと少し離れたところで伏せっていた自分の地竜のもとに駆けていった。


「どうしよう、一人で砂漠に来たら駄目なんだった! 絶対に怒られる!」


 やはりライカが考えたとおり、単独行動は禁じられているようだ。そして彼女はそのことを忘れていたらしい。

 ライカは何度か瞬きをすると、小さく息を吐き出し、キールを呼んでから外れていたフードを被りなおした。


「あの男はどうする」


 ライカよりも先にキールから地竜を受け取り、その背に三体の遺体を載せていたダレスが、低い声で訊いてくる。


「一緒にユイレマに来てもらうしかないでしょう。その後どうするかは本人次第かと」


「……仕方あるまいな」


 不本意という言葉を全身で表現しながらダレスは頷いた。

 余計な人間と関わりたくはないが、このままここに置いておくわけにも一人でキャソの町に行かせるわけにもいかない。思い通りにいかない状況に、しかし不満を零すわけにもいかず、ダレスはフードの下で重い溜息を吐いた。

 ライカ、ダレス、キール、そして商人の四人は、まずいまずいと涙目で地竜を走らせるナナリノの後を追う形でユイレマに向かった。

 商人の男がユイレマに行く――彼にすれば戻ることを渋るかと思ったが、意外にも彼はあっさりと承諾した。どうやらユイレマで仕入れた商品を、獏白亀の襲来で駄目にしたらしかった。

 容赦のない日差しのなか、五頭の地竜は日陰のない砂漠を進んでいく。気が遠くなりそうな暑さを除けば、快調な道のりだった。平和と言い換えてもいい。

 ――その平和がもろくあっけなく崩れ去ることになろうとは、誰も思いもしなかった。


「ここを越えれば町だけど、うう、気が重い……」


 隊長に怒られることを想像して項垂れていたナナリノは、ユイレマの異常に気付かなかった。


「町から煙が……様子がおかしいですね」


 ライカは眼下に広がる、風で舞い上がる砂に霞む砂漠の町に素早く視線を巡らせた。複数の箇所から黒煙があがっている。微かにだが叫び声のようなものも聞こえる。それに交じって獣の咆哮のような声も。逼迫ひっぱくした事態だということは間違いなかった。

 五人は地竜を操り砂の坂を駆け下り町に近づく。追い風になっていた風の向きが変わった途端、物が焼ける臭いが鼻をついた。


「な、なに、これ……」


 地竜から降りたナナリノがふらふらと町中に足を踏み入れる。


「……お母さん……お母さん!」


 ナナリノは悲鳴にも近い声を上げると、弾かれたように走り出した。ライカが制止するも、彼女の耳には届いていないようだった。


「私たちも行きましょう。キールはここにいて下さい。くれぐれも気を付けて下さいね」


「はいっす! ライルさんもお気を付けてっす!」


 地竜から降りたライカとダレスはナナリノを追って町中を駆けた。

 町に入ってすぐは何も異常は見られなかったが、しばらくすると悲惨な光景がライカたちの眼に映った。

 崩れた建物。燃え上がる家。怒鳴り声をあげながら走り回る兵士に逃げ惑う民。瓦礫の下敷きになっている者、通りで血を流して倒れている者。そして――牙を剥き出しにして暴れ回る、何十もの獣。

 ユイレマの町は混沌と化していた。


「ルークさん、これは――」


「ああ。どこかにあるはずだ。死獄石しごくせきが」


 自然と背中を向け合って剣を抜いたライカとダレスが思うことは同じ。

 町で暴れている獣の眼からは、理性が失われていた。ヴォードが出くわしたのと同現象が起きているのだとすれば、この町のどこかに獣の思考を狂わす原因となっている石があるはずだ。

 

「でも、どうやって探せば」


 町の入り口付近に獣はいなかったことから、死獄石があるのは今いる町の中心のどこかだということは分かる。しかし、この混乱した場所から小さな石を探し出すことは、とても困難だと思われた。


「ある程度数を減らすのが先だな」


「……戦ってばかりですね」


「先ほどの獏白亀とかいう獣に比べればどうということはない。――疲れたか?」


「いえ、大丈夫です。問題ありません」


「そうか。なら、行くぞ」


 満足そうに微かに口元に笑みを浮かべ、ダレスは獣に向かって駆け出した。


「はい」


 ライカも腹にくっ、と力を入れると、軽やかに跳躍し、獣めがけて剣を振り下ろした。


  

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