15話 獏白亀
賞金稼ぎ風の男たちが来た方向――自分たちが向かおうとしていた方向でもある――に地竜を走らせたライカたちは、緩やかな砂山を越えた先に巨大な獣の姿を見た。初めて見るその白い獣は、離れていても圧倒されるほどの強さを感じさせた。
「誰かいるっす!」
キールが指差した先には、確かに人影が見えた。動いているものとそうでないもの。少し離れた場所には地竜もいる。
「戦っているというよりは、逃げ回っているようですね」
「行くか?」
「はい」
ライカとダレスは同時に鞭をしならせ、地竜の背を叩いた。「待って下さいっす!」と出遅れたキールが慌てて追いかけてくる。
「キールは生きている人を安全な場所まで下がらせて下さい。あれは私とルークさんで倒します」
「は、はいっす」
キールもある程度は戦える。しかし、彼はライカの指示に素直に頷いた。自分では相手にならないと思ったからだ。
白い獣まであと少しというところで、それまで動き回っていた人影が倒れるのが見えた。獣が極太の脚を上げる。
「いけない!」
ライカは走っている地竜の背から跳躍し、剣を抜いて今にも振り下ろされようとしていた獣の脚を斬りつけた。
驚いた獣は体勢を崩し、目標としていた場所からずれた地点に足を着く。しかし、驚いたのはライカも同じだった。
「硬い……」
かなり深く斬りつけたはずなのに、思っていた半分程度しか斬れていない。外見から軟らかい皮膚ではないだろうとは思っていたが、予想以上の硬さだ。しかも動きも早い。脚と首を使って次々と攻撃を繰り出してくる。
ライカは逃げ回っていた人物の気持ちが少し分かった。
白い獣の攻撃をかわしつつ、ダレスの様子を探る。大抵の獣を一刀両断する彼の剣も、この獣相手にはあまり効いていないようだった。
ライカの頬を汗が伝う。このまま浅い傷をつけ続けたところで勝てるとは思えない。
「獏白亀の弱点は眼、皮膚が一番柔らかいのは喉の部分です!」
何か方法を見つけなければと思っていると、後ろから声が聞こえた。振り返ると、リムストリアの兵服を着た、キールと同じ年頃の褐色の肌の少女が弓を構えていた。
先ほどは砂でよく見えなかったが、白い獣に踏まれそうになっていたのは彼女らしい。短い黒髪が風で揺れている。
「獏白亀というのがあの獣の名ですか」
「はい!」
「その弓は使えますか?」
「だ、大丈夫です。落ち着いて狙えば……多分」
「……分かりました。では手を貸して下さい。私たちが一瞬あれの動きを止めます。貴女はその隙に眼を射抜いて下さい」
「はっ、はい!」
かしこまって敬礼する少女兵から視線を外すと、ライカはダレスに駆け寄った。
獏白亀の白い獣の脚を避けながら、今聞いた話を伝える。ダレスは一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに頷いた。
「行くぞ」
「はい」
ライカとダレスは獏白亀の正面に移動し、並んで剣を構える。そして、同時に砂をすくうようにして剣を下から上へと振り上げた。
突然眼前に現れた砂の幕に、獏白亀の動きが止まる。
「今です!」
「あったれえぇぇぇっ!」
少女兵は掛け声とともに矢を放つ。弧を描いて飛んだ矢は、見事四つある眼のうちの一つに命中した。
漠白亀は鼓膜が破れそうなほどの声で鳴き、砂を巻き上げて暴れ始める。
ライカとダレスは勢いをつけて跳躍し、左右から痛みで悶える獏白亀ののどを切り裂いた。薄茶色の砂の上に赤い血飛沫が飛ぶ。
獏白亀は大きな音を立てて倒れ、しばらくのあいだ痙攣していたが、やがて動かなくなった。
「やったやったやったっす! 流石っす!」
離れたところに避難していたキールが三頭の地竜を連れて駆けてくる。ライカとダレスが乗り捨てた地竜を回収したらしい。彼の後ろから顔色の悪い壮年の男も歩いてきた。
「あ、あの、私の護衛の人たちは……」
「残念ですが、すでに死んでいます」
剣を鞘に戻しながらライカは首を振った。地面に倒れていた男たちは、三人とも即死と思える死に様だった。痛みが長引かなかったであろうことだけが唯一の救いだと思えるほど、無惨な殺され方をしていた。
「そうですか。分かってはいたのですが……申し訳ないことをしました」
「彼らは危険と引き換えにお金を得ているのです。貴方が気に病む必要はありません」
「……ありがとうございます」
顔色の悪い壮年の男はライカに頭を下げると、彼が乗っていたらしい地竜の方へと歩いていった。
「それで、貴女はリムストリア兵の方ですよね」
ライカは弓を胸に抱えて、「やった、やったんだ。私、やったんだ」と呟いている少女兵に声をかける。
「は、はい、ユイレマ警備隊のナナリノといいます! 助けていただいてありがとうございました!」
ナナリノと名乗った少女兵は、くりっとした茶色い瞳をライカに向けると勢いよく頭を下げた。
「いえ、あの獣を倒せたのは貴女の助言と弓のおかげです。良い腕をしていますね」
「はい! い、いえ! そんな! 私なんかまだまだです!」
頷きかけて慌てて首を振るナナリノ。表情がころころ変わるところがキールやマールに似ているなとライカは思った。




