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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
巡らされる糸
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14話 砂漠の獣

「町は……まだっすかぁ……」


 地竜の背の上でキールが弱々しい声を出す。同じ台詞をすでに五回は口にしていた。

 気持ちは分からなくもない。ライカはフードの下で苦笑を漏らした。『闇』での厳しい訓練に耐え、過酷な状況には慣れている自分でもこの暑さは辛く感じるのだから。


「何か来るぞ」


 ダレスの声で、地竜のごつごつした背を見ていたライカは、はっと顔を上げた。

 前方で砂が巻き上がっている。眼を凝らしてみると地竜が何頭か見えた。もの凄い速さでこちらに向かって走ってくる。そして、ライカたちには眼もくれず、あっという間に通り過ぎて行った。


「うわっ! ぺっ、ぺっ、ぺっ! ……何なんっすか、あいつら!」


 すれ違いざまに舞い上がった砂を顔面に受けたキールが、眼を吊り上げて怒り出す。


「見たか?」


「はい」 

 

 地竜を寄せて隣に並んだダレスに、ライカは頷いた。

 走り去っていったのは、武装した賞金稼ぎ風の男たち。人数は四人。全員が青ざめた顔をしており、そのうち二人の外套には血飛沫のような赤い斑点が付いていた。おそらく何者かの襲撃を受けたのだろう。それが何なのかは不明だが、武装した男四人でも敵わない相手と考えるべきだ。逃げて行った彼らが見かけ倒しの連中だったという可能性もないことはないが。

 いずれにせよ、この先に何かがいるのは間違いない。


「何だと思う?」


「砂漠に巣くう獣ではないかと」


「俺も同じ意見だ。あの怯え方は人に対するものではない」


「獣っすか!? この辺りには滅多に出ないって地竜屋の親父が言ってたのに!」


 おろおろ慌てるキール。先ほどから彼はころころと表情が変わる。


「行ってみれば分かります」


 そう言ってライカは地竜の速度を上げた。




「きゃああぁぁっ!」


 辛うじて攻撃をかわしたものの、風圧で飛ばされたナナリノは、熱い砂の上をごろごろと転がった。

 呼吸が出来ない。身体中が痛い。苦しい。逃げ出したい。

 だけど――ナナリノは痛みを堪えよろよろと立ち上がる。


「私、だって……っ!」


 ナナリノは口に入った砂を吐き出し、眼前に立ちはだかる巨大な獣を睨みつけた。

 ユイレマを飛び出したナナリノは、自分の考えたとおり、ゆっくりと進む商人に追いついた。商人は七人の賞金稼ぎを護衛として雇っていた。行きに見た白い影が獣だったらと不安に思い、護衛の人数を増やしたのだとか。

 汗すら出ない炎天下の砂漠で立ち話などするものではないが、話を聞くことしか頭にないナナリノは、迷惑そうにする壮年の商人に白い影について訊こうとした。

 そのときだった。地面が揺れたと思った次の瞬間、砂が湧き上がり、地中から奴が姿を現したのだ。

 獏白亀ばくはくき。砂漠に生息する獣の中でも特に危険とされる凶悪な獣。人間の身の丈の五倍以上ある身体と、それを覆う硬い甲羅。何でも食べる巨大な口に、何でも踏み潰す極太の脚。弱点でもある四つの眼は、標的を決して逃がさない。

 漠白亀は熟練の兵士でも恐れる獣だ。兵士になりたてのナナリノが到底敵う相手ではなかった。

 商人の護衛の賞金稼ぎたちは、武器を取り漠白亀に立ち向かった。しかし、一人が脚で踏み潰され、一人が牙で胴体を貫かれ、果敢にも甲羅に飛び乗り首を伝って頭にまで辿り着いた一人が振り落とされ地竜に叩きつけられて死んだことにより、著しく戦意を喪失し、震えて動けない商人を置いて逃走した。

 残されたのはナナリノと商人の二人。戦えるのはナナリノのみ。

 ナナリノは恐怖と緊張で震える手で弓をつがえ、獏白亀に向けて放ったが、眼を狙ったはずの矢は大きく外れ、甲羅に当たって弾かれた。

 しかし、それでも敵と認識されるのには十分だった。二本目の矢を番えようとするナナリノに、獏白亀は極太の前脚を振り下ろした。


「落ち着け、落ち着け。あの商人を護れるのは私しかいないんだから」 

 

 本当は怖い。今すぐ逃げたい。でもそれは出来ない。

 何故なら、自分は民を護るべき兵士だから。それに、ヨクルチァの娘でリマーラの妹だから。誰にいいと言われても、誰かを見捨てて逃げるなんてことは絶対に出来なかった。したくなかった。


「眼を潰せば……」


 弱点である四つの眼を潰せば倒すことは出来なくても動きは止められる。助かる方法はそれしかない。が、繰り返し振り下ろされる脚を避けるのが精一杯で、なかなか矢を番えることが出来ない。


「このっ――きゃぁっ!」


 焦りで足元がおろそかになってしまったナナリノは、盛り上がっていた砂に足を取られ体勢を崩した。咄嗟に手をつき転倒は免れたものの、その隙を獏白亀は逃さなかった。

 ナナリノの周囲に影が落ちる。見上げれば獏白亀の脚が頭上にあった。

 踏まれる!

 そう分かってはいてもナナリノの身体は恐怖で動かず、ただぎゅっと眼を閉じることしかできなかった。


「…………あれ?」


 しかし、いつまで経っても衝撃を受けることはなく、不思議に思ったナナリノが恐る恐る眼を開けると、いつの間に現れたのか、二人の人間が獏白亀と戦っていた。

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