12話 港町キャソ
ライカたちを乗せた第一騎士団の船は、嵐に遭うことも狂暴化した海の獣に襲撃されることもなく、ティティマの港を出た四日後の朝にリムストリアに到着した。
港町キャソ。リムストリアに三つある港町のなかで、一番ローディスとの交易が盛んな町。
「じゃ、俺たちは詰め所に行って王都まで案内してもらうから。何かあったら連絡してくれ」
第一騎士を連れたヴォードは、港中の視線を集めながら、ひらひらと手を振って去っていった。
「私はこの町の住人の様子を探ってみます。キールは食料と地竜屋で地竜の手配をお願いします。町の入り口で待っていて下さい」
「はいっす!」
船の上では死人同然だったキールだが、陸に足を付けた途端生き返ったらしく、元気に全速力で人ごみに消えていった。
「ルークさんはどうしますか?」
「一緒に行こう」
「分かりました」
ライカとダレスは並んで歩き出した。
褐色の肌をした住人の会話に耳を傾けながらキャソの町を一周する。ローディスから来る人間をよく眼にしているせいか、町中を歩いても肌の色が違うことを珍しがられることはなかった。
魚の獲れ具合、砂漠の獣の出没情報、個人の噂、仕事の愚痴、天気。他にも様々な話が聞こえてきたが、そのほとんどが日常の話題で、これといった問題があるようには思えなかった。
「そろそろ町の入り口に行きましょうか」
「そうだな……いや、待て」
ダレスはライカの肩に手を置き、眼で合図を送った。彼の視線の先には通り過ぎようとしていた細い路地がある。陽の当たらない薄暗い路地には二人の人間がいて、小声で言葉を交わしていた。何を言っているかは聞こえないが、雰囲気からして内密の話をしているようだ。
ライカとダレスは小さく頷き合うと、周りに人がいないことを確認してから屋根の上に飛び乗った。気配を消して歩き、二人の人間の真上に位置する場所まで移動する。
「…………が、今ユイレマに……を……しているらしい」
「でも…………は国を……しようと……って」
「違う。あの人たちは…………として……んだ。それに……夢の……は本当に素晴らしい……だ」
「……なげきのしよくを信じても――」
会話はそこで終わった。二人のうちの片方が誰かに呼ばれたからだ。
ライカとダレスは地面に下りて、再び通りを歩き始める。海から吹く風が、地上で熱気と混じり合い、じっとりと重くなって外套をはためかせた。
南にある町の入り口に着くとすでにキールがおり、ライカに大きく手を振ってきた。彼の隣には蜥蜴が巨大化して二足歩行になったかのような生き物が三頭いた。
リムストリアで主な移動手段として使われている地竜だ。馬もいるにはいるが、国土の大半が砂漠か山のこの国では、地竜の方が使い勝手が良い。砂漠では馬よりも格段に速く移動できる。だから他国の人間がリムストリアの内陸部に行くときは、町や村にある地竜屋で地竜を借りるのが一般的だった。
「言われた通り地竜を借りてきたっす。あと食料と水のほかに地図も買っておいたっすよ」
「ご苦労様でした」
ライカは初めて見る地竜に近づき、顔を撫でる。凶悪そうや面構えをしているがとても大人しい生き物だと何かの書物で読んだ記憶があったが、その通りのようだ。
地竜は、くぅぅぅ、と甘えるような声で鳴き、撫でるライカの手にざらざらとした顔をすり寄せてきた。
「何か聞けたっすか?」
「気になる話をしていた人たちがいたのですが、残念ながらすべての会話を聞くことは出来ませんでした」
「『なげきのしよく』が話題の中心のようだったな」
「『なげきのしよく』? それって物なんすか? それとも人なんすか?」
キールがライカに地図を渡しながら首を傾げる。
「おそらく集団の名称だ。“あの人たち”と言っていたからな」
「何の集団なんすかね」
「分かりません。ですが、大きな声で言えない名ではあるようです。でなければ、あれほど人目を避けて話す必要はないでしょうから」
「誰かに訊くときは要注意ってことっすね。えっと、まずはどこから行きましょう? ここから行けるところは、南西のタタウ、南のユイレマ、南東のピエカの三つみたいっす」
ライカは広げた地図に眼を落とす。近いのはタタウとピエカだ。どちらもリムストリア国土の中央に広がる砂漠を通らずに行ける。しかし、ライカが選んだのはユイレマだった。ティティマにいた商人からも聞いたし、先ほどの路地にいた二人の会話にも出てきた。
ユイレマには何かがある。ライカの勘はそう訴えていた。
ダレスとキールに自分の考えを話すと、二人ともすぐに同意してくれた。
装備と荷に不備がないことを確認して、薄茶色の鱗がびっしりと生えた地竜の胴体に括りつけられた、蔓で編まれた椅子に座る。馬とは異なる乗り方だが、よほど地竜が暴れない限り落ちる心配はなさそうだった。
「では、行きましょう。砂漠の町、ユイレマに」




