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伍之語部

 彼女の姿は俺以外には見えてない……それは俄かには信じ難い事だった。

 俺には周りの誰とも変わることなく彼女がそこに存在しているように見えるし声を聞く事も出来る。

 なによりも今、こうして掴んでいる彼女の華奢な腕の感覚や、僅かに伝わってくるぬくもり、これをどう説明したらいいんだ?


 まさか今まで見てきた全てが幻だとでも言うのか? 見えている俺の頭がおかしいのか?

 いや、そんな事は断じてありえない、!

 仮にそうだとしたら彼女が死の時間や原因を言い当ててる事の説明が出来ない。


「キミは何者なんだ?……」


 彼女はしばらく沈黙した後、ゆっくりと話し始めた。


『私の本当の名前は天之月読神アマノツクヨミノカミ……』


 月読神ツクヨミノカミ? 図書室で読んだ本の中にそんな名前が書いてあった記憶があるぞ、確か夜と月を司る神様だったような。


『月の光で闇を照らし、死者の魂を導くこと……それが私の使命なんです……』

「キミは神様なのか?」


 小さくうなずいた後、彼女はゆっくりと話し始めた。

 普通なら誰も真剣に聞こうとはしない内容の話だろうし、当然昨日までの俺だったらこんな突拍子の無い事は信じはしなかったと思う。

 だけど今は不思議とその話の全てを自然と受け入れられた。

 彼女は何一つ嘘は言っていない、彼女の話は全て本当の事なんだと……


 俺が調べた日本神話に書かれていた出来事や考え方……

 彼女の心が捉えられてると思っていたその呪縛の全てが、実は彼女自身が何千年と言う長い時間の中で実際に体験してきた事だったんだと、そう信じられた。

 ただ、一つだけ分からない事がある。

 他の誰にも見えないのに、どうして俺にだけ彼女の姿が見えるんだ?


 この疑問を聞いてもいいのか……答えを知ってもいいのか、それは分からない。

 もしかしたら答えを知る事で俺の精神が壊れてしまうかもしれない、そんな不安さえ溢れてくる。

 だが知らない事には一歩も前には進めない、俺は彼女の悲しみを取り除いてあげたい、その一心で色々と調べ、考えたんじゃないのか?

 それは彼女の正体が人間ではなく神であったとしても変わることは無い筈だ。


「俺にはキミの姿が見えるしこうして話をする事も出来る、それはどうしてなんだ? 俺には特別な何かがあるのか?」


 彼女の表情が一層悲しみに染まったように思え、長い静寂の時が流れる。


『私の姿が見えるのは、間もなく死を迎える人だけ……』


 間もなく死を迎える?

 ちょっと待て! 俺はもうすぐ死ぬという事なのか?


 正直な話、精神的な衝撃は大きかった、すぐには言葉の意味を受け入れられず頭の中が真っ白になった。 だが不思議な事に次に浮かんだ感情は死への恐怖ではなく、自分の無力さへの苛立ちだった。

 彼女の悲しみを少しでも取り除きたいなんて偉そうな事を考えておきながら、俺自身が悲しみの原因だったなんて。

 目の前にいつ、どんな原因で死ぬのか分かってる人が居るのに笑顔で居られる訳ないじゃないか。


『あなたも……絶望の闇に飲み込まれてしまうんですね……』


 黙っている俺に対して言った彼女の言葉が深く心に刺さった。

 いったいどれほどの時を彼女は悲しみを背負いながら過ごしてきたのか、いったいどれだけの人の苦しみをその心に刻んできたのか想像もつかない。

 誰にも話す事も出来ず、誰かに慰めてもらう事もなく……たまに俺のように彼女が見える者に出会えても、そいつはすぐに死を迎え……そして死を告げると絶望に苦しむ姿を見せ付けられ……

 いったいどれほどの孤独と罪悪感を受けて苦しみ続けてきたと言うんだ。

 これが彼女の使命だと言うなら酷すぎる、どうして彼女だけがこんな苦しみを背負わなきゃいけないんだよ。


『やはり……何も話さないほうがよかったですね……』


 その言葉に俺はいつの間にか自分が涙を流している事に気が付いた。


「違う、そうじゃないんだ」


 これは死ぬ事が怖いからじゃない……人生がもうすぐ終わる事に絶望してるからじゃない。

 死に対して何も感じていないと言えば嘘になる、しかし今の俺にはそんな事よりも彼女の力になってあげられない事の方が悲しい。

 俺が想像してたものよりも遥かに巨大で深いものに苦しんでいるのに何も思いつかない事の方が悔しい。

 もうすぐ死を迎える俺には本当に何も出来ないのか、このまま彼女に息を引き取ってもらい悲しみを背負わせる事しか出来ないのか。


 いや待て!

 俺だから出来る事が一つだけある!

 もうすぐ死を迎え、彼女の姿が見える俺だからこそ出来る事が一つだけある!


「俺はいつ、どんな死を迎えるのか教えてくれないか?」


 意外な言葉に彼女は驚きの表情を見せたがすぐには答えてくれなかった。


 死を迎える事を知っただけで絶望感に襲われる人を幾度も見てきたのに、日時や原因まで教えてしまったらどうなるか、きっとそんな不安を抱いてるに違いない。


「いいから俺を信じて教えてくれ!」


 数分後、ためらいを隠せないまま少しずつ話してくれた話によると、俺は二週間後の午後二時四十二分に鉄骨の下敷きになって命を落とすらしい。

 教えた事を後悔し始めてる様子の彼女に向かい俺は言った。


「今日から二週間、死を迎えるその日まで、俺はキミに感謝の気持ちを伝え続ける!」


 驚いた表情でこちらを見る彼女に向って更に言い続けた。


「死を迎える時を知っても俺は絶望したりしない! 毎日を真剣に生きて幸せな気持ちをキミに伝え続ける!」

『…………』

「キミの姿が見える事を、キミに出会い真実を聞けた事を感謝して過ごし、その気持ちをいっぱい伝え続けてやる!」


 だんだんと言葉が荒くなるのが分かるが感情の昂ぶりを止められない。


「そして死を迎えミコトが息を引き取ってくれる時もつらい想いなんて絶対に渡さない! 生まれてきて良かったって……今死んでも心残りは何も無いって、そんな想いをミコトに伝えてやる!」

『…………』

「俺一人だけかもしれないけど、広い世界の中でたった一人だけかもしれないけど、ミコトの使命のおかげで幸せな人生を送れた奴も居るって、安らかな死を迎えられた奴も居るって教えてやるから、だからもう息を引き取るのがつらいだなんて考えるな!」


 気が付くと彼女が両手で顔を覆い、大粒の涙を流し泣いていた。

 また踏み込んでは行けない心の中に土足で踏み込んでしまったんじゃないのか? 本当に俺は大馬鹿野郎だな。


「ごめん、一人で勝手な事をべらべらと」

『いいえ、違うんです……私……嬉しくて……』

「嬉しい? どうして?」

『初めて優しい言葉を掛けてもらえた事が嬉しくて……初めて暖かい想いに触れた事が嬉しくて……』


 その後は泣き声だけが響き、言葉にならなかった。


 優しい声を掛けられたのが初めて、か……切ない言葉だな。

 この一言だけでも彼女が過ごして来た時間がどれほど孤独に満ちていたかが伝わってくる。

 俺の心には今まで以上に愛おしさが溢れてくる。


 彼女の悲しみを取り除いてあげたい……

 彼女が心の底から笑顔で居られるようにしてあげたい……

 あと二週間しかないが俺は彼女の為だけに生きる……そう心に強く誓った………


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