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参之語部

 女性に悲しい目で見つめられた時にどう対応していいのか、どんな行動を取るのが正解なのかが分からない……我ながら情けない話だ。

 しばらく沈黙が続いた後、彼女が静かにその場を立ち去ろうとした。

 駄目だ! 次にいつ会えるか分からないんだから早く追いかけないと! とにかく声を出すんだ!


「あ、ああああのあの……お、俺はその、なんだ……急にその、決して怪しい者とか、ナンパとかじゃなくて……その……あの……」


 バカか俺は! これ以上怪しい人間は居ないだろって言うくらい怪しいだろ! まったく何をやってるんだよ、早く深呼吸して言い直せ!


「ちょっと待って! 少しだけ、少しだけでいいから話を聞かせてくれないか?」


 振り絞るように放った言葉に対し彼女は何も答えてはくれなかった。

 相変わらず悲しい表情のままだったが俺は続けて言葉を掛け続けた。

 昨日の事故の時もそうだが、さっきも倒れている女性の傍でしていた不思議な行動は何だったのか、どうして事故にあう時間を知る事ができたのか。

 一方的に質問を投げかけるだけだったが、俺は素直な気持ちをそのまま言葉にして伝えてみた。


 長い長い沈黙の後、彼女が一言ポツリとつぶやいた。


『息を引き取っていたの……』


 息を引き取っていた? 何だろう、普段よく耳にする言葉なのに凄く違和感を感じる。

 そうか! 普通は"○○が息を引き取った"みたいに自分以外の誰かの死に対して使う言葉なのに、彼女は今"自分が息を引き取っていた"って使い方をしたから変な感じがしたんだ。

 きっと彼女も人の死を目前にして少なからず動揺しているに違いない、だから言葉遣いが乱れてるんだと思う。

 落ち着いているように見えても実は心労が限界に来ているんだろうな、もう少し静かに話が出来る場所に移動した方がいいのかもしれない。


「いつも通ってるお店がすぐ近くにあるんだけど、よかったらそこで話を聞かせてもらえないかな?」 

  

 彼女は相変わらず悲しい表情のままだったが、俺の後を黙って着いて来てくれた。


「いらっしゃいませ、お一人様ですね」


 はぁ? 一人? 

 そうか、彼女はちょっと小柄だし、今は黒い着物を着てるから俺の影に隠れて見えなかったんだな。

 俺は店員に指を二本立てて二人連れであることを伝え、店の一番奥の席についた。

 ここなら通りから目立つことも無いしゆっくり話が出来るだろう。


「えっと、まだ名前を言ってなかったね、俺は田中一郎、ここの大学の三年なんだけど、良かったらキミの名前を教えてもらえないかな?」


 女性と付き合った事がないからよくわからないが、こんな時いきなり名前を聞いてよかったのか? 

 ナンパ目的の軽い男だと警戒されるんじゃないのか?


『ミコト……私の名前は月読ツクヨミ ミコト


 良かった、答えてくれた、そうか、ミコトさんって言うのか。

 まず俺は昨日彼女が呟いていた言葉を偶然聞いてしまった事、そしてそれを疑問に思ってる事を伝えてみた。


『見えるんです……』


 え? 見えるってどう言う事なんだ?


『顔を見るだけで……私にはその人がいつ、どんな死を迎えるのかが見えるんです……』


 ちょっと待て、なんか話が想像の斜め上に進み始めたぞ、まずはきちんと順を追って聞いていかないと。

 あれこれと質問を模索してる間も彼女はゆっくりと話しを続けた。


『私はコトアマツカミから承った使命に従い、死者に対しヨミノクニへ導きの光を指し示しているんです……』


 え? なんだって?


『突然死を突きつけられた人の魂がヨモツヒラサカで闇に飲まれないように……永遠の闇の中で迷わないように……その人の代わりに息を引き取っているんです……』


 脳内の漢字変換機能が役に立たない、彼女の言葉が全く理解できない、頼むから誰か翻訳してくれ。


「えっと、それはお坊さんが死者に対してナムナム~ってやってるのと同じ……でいいのかな?」


 うっ……

 さっきまでの悲しい目に何か新しい感情が加わったような気がする。


 この感じは、そうだ!

 弟が中学の期末試験で15点しか取れなくて、夏休みに受けた追試で「やったぜ兄貴! 40点まで成績が上がったぜ!」と喜ぶ姿があまりに不憫で、全然駄目なんだからもっと頑張れとは到底言えず「そうか、お前はやれば出来るからな」って思わず言ってしまった時の俺と同じ、あまりの馬鹿さ加減を哀れむ目だ。

 このままだと無知で性格の軽いキャラが確定してしまう、なんとか話題を変えないと。


「でも、人が死を迎える時間と原因が見えるって凄いよね」


 深い考えも無く、只単にその場をしのぐ為に口にした言葉に彼女の態度が変わった。


『何が……凄いんですか?……』


 さっきまでは悲しげな表情はしていたものの、静かに淡々と話していた、なのに今の彼女は堪えきれなくなった涙が頬を伝い、号泣しながら訴えかけてくる。


『何も分かっていないくせに! 私の気持ちなんか何も分かっていないくせにどうしてそんな事が言えるんですか!』


 なんとか彼女を落ち着かせないと!


『息を引き取ると言うことは、死に行く者の意思の全てを引き受ける事なんです! 死にたいと思って死を迎える人なんて一人も居ないんですよ!』

「わ、わわ分かったからちょっと落ち着いて」

『みんな死にたくないって、もっと生きていたかったって、そう思ってるんです……そんな思いを、そんな悲しみの全てを受け止めないといけないんです』


 彼女は感情が爆発したかのように訴え続けた。


『そんな思いを受け止めるのはつらいけど……苦しいけど……私が息を引き取らないとその人の魂は永遠の闇に閉じ込められてしまうから息を引き取っているのに、それが私の使命だから息を引き取っているのに……いったい何が凄いと言うんですか!』


 そこまで言い放つと彼女はその場で泣き崩れてしまった。

 正直な話、信じられないような事の連続でまだ頭の中が混乱しているが、彼女がここまで取乱すと言う事は"死の時間と原因"が分かってしまうのは本当の事なんだと思う。

 どうしてそんな不思議な力を持っているのか俺なんかの知識では想像すら出来ないが、彼女はその力のせいで何か責任感と言うか、強迫観念のような物に心を支配されているような気がする。


 おそらくずっと人に相談する事も出来ず一人で苦しんでいたのかもしれない。

 なのに俺は無知からくる好奇心だけでそんな彼女の心の中に土足で踏み込むような真似をしてしまった。

 泣き崩れる彼女を俺はただ見続ける事しか出来ず、ただ時間だけが闇雲に過ぎていく。


 どれくらい時間が経ったのか分からないが、静かに立ち上がり去っていく彼女に声を掛ける事など……ましてや引きとめる事など今の俺に出来るはずがなかった。

 悲しそうな表情が気になると言いながら……見ているのもつらいと言いながら、俺は彼女をもっと深い悲しみの底へと突き落としてしまった。


 俺は……


 俺は大馬鹿野郎だ……


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