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壱之語部

 俺が生きているこの世界では"平凡"と言う名の魔物が君臨し、全ての出来事を支配している……

 どんなに心の底から望んだとしても否定されてしまう"非日常"……

 そして望んでもいないのに強制的に押し付けられ繰り返される"日常"……


 などと多少凝った言い回しをしてみたが、結局は俺自身が至極平凡な人生を送って来たと言う話だ。

 そもそも"田中一郎たなかいちろう"などと言った、市役所の書類見本でしか見た事がないような名前を両親から与えられた時点で、こんな面白くもない人生を歩む事は確定していたように思えるが、とにかく俺の少年時代は"普通"や"平凡"と言った言葉にいつも付き纏われていた。


 学校のテストで0点など取った事は無いが、もちろん100点を取った事も無い……どの教科も計算されたかのよな平均点だった。

 運動能力にしてもそうだ。

 飛び抜けて足が速かった訳でもないが遅い訳でもなかった。

 何をやってもそれなりに出来るが、特に優れてる訳でもなく劣っている訳でもない。


 極端な話だが、わざわざ全国の男子生徒全員のデータを集めて平均値を計算するなどと言った面倒な事などはしなくても、俺一人のデータを集めればそれで済むと断言出来るくらい極々平凡な少年だった。


 まぁ簡単に言うと何の取り柄も無い、どこにでも居るような目立たない少年だったんだが、別に俺が望んでそうして来た訳じゃない。

 俺だって一応思春期の少年らしい欲望はあった。

 勉強でもスポーツでも何でもいいから一番を取り、学校のヒーロー的な存在になって女子からキャーキャー言われたいとも思った。

 女子に囲まれて「ふっ……またか……まいったな」なんて漫画みたいな台詞を言いたいって願望もあった。

 ……あったが出来なかっただけだ。


 だから高校を卒業した後は田舎を出て都会の大学に通いさえすれば平凡な生活から抜け出せるんじゃないかって……少しは期待してたんだがそんな想いはあっけなく崩れ去ってしまった。

 都会に来て二年が過ぎ、この春から三年生になると言うのに些細なイベントが発生する気配すら感じられない。


 ふぅ……


 しかしだ、物は考えようなんじゃないのか?

 良い経験はともかく悪い経験が一度も無いと言うのは凄く幸せな事だと思うんだが?


 …………


 うん、俺って本当は他の誰よりも幸せなんだよ。

 そうだ、そうに違いない! ははっ……ははははっ……


 虚しくなって来たから止めよう。

 そんな俺の一日は大学近くの喫茶店で朝食を食べながら人間観察をする事から始まる。

 観察と言っても何か特別な事をするのではなく窓から通学する人の列を眺めるだけなんだが、これがなかなか奥深い。

 服装と言うのは一番個性が出る物だと思っていたが、よくよく観察してみると実はそうではないんだな。

 同じ趣味や思考の人間はたとえ全く違うデザインの服を着ていたとしても、同じオーラと言うか似たような雰囲気を纏っている事に気づいた俺は、今では服装を見ただけでその人物が何学部で何を専攻しているかが分かるスキルを習得してしまった。


 このスキルが将来何の役に立つのかと聞かれたら「分からん!」としか答えようがないが、とにかくいつものように朝食を済ませた俺は大学へと向かう人ごみの中に身を投じた。

 正門前の交差点で信号が青になるのを待っていた時、俺は不意に隣に並んだ女の子に目を奪われた。


 身長は俺の顎の位置くらいだから150cmと言ったところか……髪は腰まで伸びた漆黒のストレート、顔つきは中学生くらいに見え、例えるなら日本人形のような幼さが感じられた。

 しかしこの交差点より先には中学校も高校も無い、だからどんなに幼く見えても彼女は俺と同じ大学生と言う事になる。

 だが、そんな見た目よりも俺の関心を奪った理由は、彼女が着物姿だったからだ。


 上下黒の着物に黒い帯、白い足袋に黒い草履……って、おい! それ喪服じゃないのか?

 これは難しいぞ! 俺の鑑定スキルを使っても何学部の学生なのかさっぱり分からん!


 ふぅ……

 思わず関西地方直伝の『一旦スルーして突っ込む』奥義を使っちまったが、いくら服装に自由な校風とは言え喪服で授業は駄目だろ?

 いや待て! これは俺の鑑定スキルを試されているんじゃないか?

 どんな出来事も無秩序に行われている訳ではない、必ず何か理由がある筈だ。

 彼女が喪服を着ている理由……

 お葬式の会場から直接大学に来た……と言うのは無理があるな。

 今は朝の九時前だから式があったとすれば昨日の事だろうし、それなら一旦家の戻って私服に着替えてくればいいだけの事だ。

 だったら授業の後にお葬式……も不自然だよな……授業が終わってから着替えればいんだし。


 わかった! 私服が喪服なんだ! って、それは一番ありえないだろ!


 ふぅ……また関西地方直伝の『一人乗り突っ込み』の奥義を使っちまったぜ。

 誰に直伝されたのかはこの際置いといてだな。


 それにしても都会の無関心には驚かされるな、俺が突っ込みを入れずにはおられないくらい目立つ姿をしてるのに、誰一人彼女の事を見向きもしないで平然と立っている。

 例えばの話だが、俺が今ここで急に倒れたとしても、一年くらい誰の関心も得られず視野にも入らないままミイラになっちまうんじゃないのか?

 恐るべし、都会の人間……と言ったところか。

 

 そんな下らない事をあれこれと考えていると彼女の呟き声が聞こえてきた。


『あの女の人……可愛そうに……明日の午前十時二十五分……転落死……』


 こわっ! 急に何言い出すんだこの子は!

 そりゃ俺だってたまに電車の中で我が物顔で椅子を占領してる奴等を見たりしたら(秘密基地みたいに椅子がひっくり返って外に投げ出されたらいいのに)とか考える事はあるけど、それはあくまでも頭の中で考えるだけであって決して声に出したりはしない。

 なのに彼女は声に出して言ったぞ。


『あの男の人……今日の午前八時四十二分……交通事故死……』


 また言った! やっぱり聞き間違いじゃない!

 だいたい何なんだよその細かい時間設定は? 八時四十二分って言ったらもうすぐ……


 俺は自分の腕時計を確認した瞬間にそれは起きた。

 あろう事か暴走してきた車両が道路の向こう側で信号待ちをしていた人の方に突っ込み、一人の男性を跳ね飛ばしたのだ。


「嘘だろ! どうしてこんな事が」


 彼女が見つめていた先にその男性が居たのは俺も確認していた。

 信号が変わり、そいつが一人だけフライング気味にこちらに歩き始めたのも見ていた。

 だが車が暴走してくるなんて全然気がつかなかった。

 いや、俺だけじゃない、周りに居た奴らもみんな車の存在なんて知らなかったから渡ろうと思っていた筈だ。

 なのに、どうして彼女が見ていた男性だけが跳ねられてしまったんだ? どうして?


 呆然と立ち尽くしている俺の横から彼女は歩みだし、血を流し倒れている男性の傍へと近づいた。

 人の悲鳴が響き渡り辺りは騒然としているはずなのに、なぜか彼女だけが静寂の空間に包まれているように見える。

 いったい何をするつもりなんだ?


 彼女は男性の傍らに立つと小さく息を吸い……いや、違うな……

『息を一口だけ飲み込んだ』が正しい表現のような気がする。

 そして、これはおそらく気が動転してる俺の錯覚だと思うが、その不思議な行動を取った時に彼女の体全体が淡く、青白い光に包まれたように見えた。

 その光が消えた時、うつむく彼女の目には一筋の光る物が流れていた。


「なんて悲しそうな顔をしてるんだ……」


 どうやら人は本当に思いがけない出来事に出会うと時間が止まってしまうようだ、俺は何十分もの間その光景を眺めていたように思ったが、周りのざわめきに我を取り戻し時計を見た時にはまだ二分程しか経っていなかった。

 俺は慌てて救急車を呼び、その後周りを見渡したが、もう彼女の姿はどこにも無い。

 混乱する頭の中を色々な疑問が止め処なく流れていく……

 どうして彼女は事故が起きる時間を正確に知ってたんだ……

 あの時、男性の傍で何をしてたんだ……

 彼女はいったい……

 …………

 …………


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