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第4話


 食堂には朗々とした軍歌が流れている。出来れば無音で食事がしたい。

 爆撃機の件があり、遅めの昼食を食べる人間は多かった。

 水のようなぬるいシチューに硬いパンをちぎって浸す。タバコが吸いたいが、灰皿が無い。

 パンをちぎる作業が終わって容器を撹拌させる。

 正直、退屈だ。

 暇でしょうがない。

 いや、暇なのはいつものことで、こういう時は昼寝でもしようかと思うが、眠気は無い。

 爆撃機の爆発で一緒に飛んでいったようだ。

 スプーンの動きを止めて窓の外を見る。

 飛びたいな。

 昨日の今日で飛行するというのは最前線の戦闘機パイロットくらいだろう。

 あいにく、ボクは適正試験の時に戦闘機は不向きと判断されている。つまり、戦闘機を乗り回すことは出来ない。

 そもそも戦闘機だと死ぬ確立が高いだろう。

 『サイウン』ならその高速性で敵の戦闘機を振り切れる。死にたくは無かったので偵察機のパイロットになってよかったと安堵を覚える。

 爆撃機のパイロットも適正試験で受かってはいたが、あんな鈍重な飛行機には乗りたくない。

 まず敵の戦闘機から逃げ切れない。それに対空砲だ。

 地上から撃たれるというだけでゾッとするのに、爆撃するまで逃げられないというのは拷問に等しい。

 偵察機なら目的の場所を撮影したり、敵の動きを探るだけで、危なくなれば逃げられる。

 偵察は好きだが、連日は飛ばない。

 大きな作戦や敵に不穏な動きがあれば別だが、今の動かない前線に向けて連日偵察機を飛ばすようなことはしない。

 1週間に1回あるか、ないかだ。それにこの基地にはもう1機の偵察機があるのでボクとはかわりばんこに飛行している。

 今週は2回も飛べたのだから、運がいいと思わないといけない。

 眠くはないが、昼寝でもしよう。すっかり冷えた物体を胃に流し込む。後味が悪いので水でうがいをした。



 外で昼寝もいいが、今は炎上した爆撃機の消火や実況見分で騒がしい。宿舎に向かう。

 宿舎の中で男とすれ違った。確か名前はタカハシだったような。

「あ! ミナミ兵長!」

「どうも」

 彼は疲れたような作業用のつなぎを着ていた。彼ははにかむように笑う。

「実はさっき海に落ちたんだ」

「海に?」

「そう。さっきの出撃で、敵の戦闘機を3機もしとめたんだ! 最後の1機は手ごわかった。ちょうど機銃を撃ちきってしまって体当たりをしたんだ!」

「体当たり?」

「主脚を出して、相手の風防に直撃させてやった。俺はね、相手の尾翼を機体を傾けて避けたんだ! もちろん主脚は吹っ飛んださ! それで基地の近くの海に不時着させて、さっき掃海艇に救助されたんだ」

「道理で飛行服じゃないんですね」

「……これから基地司令に報告だ! 勲章ものだ!」

「それは素敵ですね。そういえば爆撃機が着陸をミスして炎上したことはご存知ですか?」

「そうなのか? 部屋にいたからわからなかった」

「うちの基地には滑走路が2本ありますけど、爆撃機の炎上でどっちの飛行場も朝から使用不可能だと聞きました。いつ貴方は飛んだのですか?」

「……忙しいぞ。早く司令の元に報告しなければ!」

 タカハシさんはボクを押しぬけて外に出て行ってしまった。そもそもここの戦闘機は防空用で、敵地に遠征することは無い。万が一にも無い。

 そもそも彼は整備兵だ。パイロットじゃない。騒ぎを聞きつけたのか、ミノリが自室から出てきた。

「あぁヨシミも絡まれたの?」

「それじゃミノリも?」

「2機撃墜ってさっきは言ってたけど」

「彼はどうしてあんな事を?」

「少し前まで手紙を書いていたんだ」

 ミノリの話によるとボクの前任のパイロットが内地の恋人と文通をしていた。前任者は戦死した。しかしそれは極秘の偵察任務で、まだ戦死したことは家族に伝わっていないそうだ。

 宛名に届かない手紙を不憫に思った整備兵がそれっぽい返事を書いた。後はその繰り返し。

 整備兵との文通は結構な時間続いたようだ。

 その整備兵は突然狂ってしまった。相手が生きていると信じている家族へ宛てる手紙は愛に包まれていた。死地へパイロットを送り出す整備兵はその麻痺したような心に罪悪感を抱いた。

 俺がしっかり機体を整備していれば、と。

 彼は狂った。突然ある日、彼はパイロットになったと思い込んでしまったのだ。

 だが珍しいことではない。どこの基地もそういう戦争に疲れて発狂するやつはいる。

 彼はありもしない戦果を司令部に報告するのだ。発狂していることが司令部に知れ渡る。

「今回のでアイツは病気除隊だよ」

「国に帰れるんだ」

「戦争中に国に帰れるのは3つ。奇跡的な長期休暇か、戦死か、病気除隊。国に帰れるけど、あれじゃ持たないだろうね。どこかで首を吊るよ」

 戦場にいるとだんだん狂ってくる。

 それは本当に少しづつ。本人も相棒も気づかないくらいゆっくり狂う。

 だからそれが爆発するまでわからない。それは小銃の乱射や発狂、自殺。

 ボクもそのうち狂うのだろう。

 そうすると運よく病院行きか、死か。

 狂うのなら、狂って欲しい。痛みも苦しさも感じないほどに狂ってしまいたい。

 中途半端に狂うのは悲しい。出来ることなら、気づかぬうちに彼のようになりたい。


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