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第3話


 憲兵隊の事情聴取は厳しかった。

 しかし、身分証を持っていたので拷問まではされなかった。装甲車の中から大きな悲鳴が聞こえた。

 身分証を携帯していてよかったと心底安堵する。

 それから迎えの軍用トラックに乗った。乗れなかったら憲兵隊に送ってもらうところだった。

 そこは、運がいいと思う。

 運がいいと思えるのはいいことだと思う。

 そう思えない状況は2つくらいだろう。

 1つは、不運な状態だ。不運なら、運がいいとは思えないだろう。

 運が悪いのだから、運がいいとは思えまい。

 銃撃戦が始まった時から釈放されるまでは、運がよかったとは思えない。ボクはそんな奇特ではない。

 もう1つは、死んでいる時だ。死んでいれば、何も感じないだろう。

 傍目からは、死んだ人は運が悪いと見えるのか? いや、憲兵隊の拷問を受けた人のほうが運が悪いとボクは思う。

 トラックの荷台は相変わらずみんな死んだフリをしている。

 だが、生きていることより死んでいることのほうがいいのかもしれない。

 それに、死んだ人に悪い人はいない。

 世の中は死んだほうがいい人が生きて、生きて欲しい人が死ぬ。

 だとすると、今生きているボクは死ぬべき人間なんだろうか。



 基地についた。一応、憲兵隊に捕まった事を司令に話した。

 自分たちはただ、酒が飲みたかっただけだとも伝えた。

 これは比較して悪い一日の始まりだ。

 幸い、ボクとミノリは非番だったので基地の中でおとなしく過ごすことにした。

 ボクは格納庫からデッキチェアを引っ張り出してほどほどに日当たりのいい場所――格納庫脇に移動する。

 基地の食堂に放置されていた新聞を読み始める。

 開戦の頃は新聞の1面から終わりまで各戦線について事細かに書かれていたが、もう新聞の真ん中くらいにおまけ程度にしか書かれていない。

 内地の連中はきっと戦争をしている事を忘れているに違いない。こういう時は攻勢をかけるという噂が飛び交う。

 内地の人が思い出してくれるように、だ。

 だがそれは所詮、噂の域を出ない。出来れば出ないで欲しい。

 爆音が聞こえた。

 上空に見方の双発爆撃機が1機見えた。どうやらこれから着陸のアプローチに入るようだ。

 ボクのいる基地は小規模な基地だ。

 戦闘機が6機、双発爆撃機が2機、偵察機が2機。格納庫や駐機場はもっとあるが、前線の位置との関係で哨戒と緊急時の防空戦力しか常駐していない。

 他には時々、内地から来る新設航空隊を前線へ送るための中継基地として運営されているくらいだ。

 爆撃機が旋回に入る。滑走路の周辺を1周してから着陸するのだろう。

 ボクは上に上げた視線を新聞に戻す。

 選挙が近いこと、最近の流行、そして反戦の文言。

 社説には戦争を批判する声が書かれている。

 戦争に行った若者は不幸である、と書かれている。

 よく、こんな社説が軍部の検閲を通ったものだ。いや、もしかするとわざと通したのか?

「不幸ね……」

 思わずボクはため息をついた。

 そもそも不幸かを判断するのはボクたちのような兵士であって、少なくとも内地のディスクに座って社説を書いている人間ではないように思う。

 ボクとしては、どっちだろうか?

 視界のすみを爆撃機が通った。思わず視線をそっちに向ける。

 早すぎる。

 着陸するには速度が速い。

 爆撃機は滑走路のセンターラインから外れる。コンクリートで固められた滑走路からはみ出した。

 爆撃機がつまづく。爆発。火の手が上がる。

 ボクは破片をよけるためにも伏せる。頭の上を爆風が通りすぎた。新聞が飛ぶ。

 頭を上げれば黒煙を上げる爆撃機とサイレンの音がけたたましく響いた。



 爆撃機のパイロットは新人だったそうだ。

 運悪く、哨戒中に敵の戦闘機と遭遇して何とか生還したが、機長は戦死、主パイロットも重体。

 新人の副パイロットが着陸を試みたが、失敗。同乗者は全員死んだ。

「それにしてもヘタクソは操縦だったね。ヨシミは飛行中はアレだけど離着陸は完璧だからね。後席に乗るものとして一番の不幸はヘタクソはパイロットが操縦する機体に乗ることだね。あの爆撃機の通信手と機銃手は気の毒だね。そもそもあんな操縦でよく学校を卒業できたね。そっちの方が驚き」

 ミノリは他人事のようにしゃべっていた。つまり他人の運が悪くてもいいのだ。自分の運さえよければ。

 死んだ者は運がいい。悪口を言われてもその言葉が耳に届かないからだ。

 ボクはあの爆撃機の連中が少し、運がいいように思えた。


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