第2話
「写真はなんで撮らなかったの?」
ボクたちは着陸した後、愛機の『サイウン』を格納庫前まで運んで、司令部で報告して、今瓶ビールを飲んでいた。
「いや、面倒ごとは嫌いだからね」
「こっちは危険を冒したんだけどね」
喉を刺す苦味にため息がでる。飛行服のせいで暑くなりだしたので上着を脱ぐ。汗で下に着ていたワイシャツが湿っている。
「あの島は遠目にも無人島ってわかっていたから問題ないでしょ?」
「うーん。そうかな? 物理の何とかの猫ってやつみたいに蓋を開けないといけないあれ。あんな感じだから危険かどうかは撃たれるまでわかんないよ」
「結果的に無事だったからいいんじゃない?」
「確かに過程がよくても結果的におとされたら意味ないしな」
パイロットは生きて帰らなければ意味がない。道中、敵機をたくさん撃墜しても最終的に墜落してしまえば意味がない。
だがそんな事を言ってしまえばボクが生きていることこそ意味がない。
最終的に死んでしまうのなら、人生に意味をつけることこそ意味がないのではないか。
「ヨシミはさぁ今夜どうすんのさ?」
ミノリはどうやら先ほどもらった外泊許可についての計画を練りたいらしい。
計画を練るも計画とは上手くいかないもので、要はどんなに過程を頑張っても結果は報われないものだと思う。
だが、作戦前のブリーフィングは大事だと思う。せめて敵にどのくらいの戦力があるとかわかると心構えが出来る(裏切られることは多々あるが)。
「外のホテルで寝る。こんな感じ?」
「ヨシミは適当だな」
「結果的にそうなるでしょ」
「それはそうか。じゃとりあえずお酒飲んでからのホテル?」
「そんな感じかな。あ、コーヒーとパイは食べたい。出来ればしょっぱい系のパイ」
「オーケー。じゃ6時に正門で」
「了解」
ボクはビールを一気にあおる。喉につめたいビールが流れる。
あの後、ボクはシャワーを浴びて新聞を読んで、格納庫で整備員とだべって時間をつぶした。
やっと6時。
正門に行くと町まで行く軍用トラックが1台止まっていた。
荷台に乗り込む。すでにミノリはそこにいた。他には正装をした士官やつなぎを着た整備兵。飛行機乗りはボクたちだけだ。
トラックが大きなエンジン音を響かせて震える。
街灯のない真っ暗な夜道を縦に横に揺れながら走る。トラックの中は押し黙った沈黙。
タバコが吸いたいが、我慢する。士官が吸っていなのに吸うわけにはいくまい。
30分くらい走ったか。町にたどり着いた。朝の6時には向かえが来るらしい。
「さーて、いきますか」
ミノリは意気揚々と歩き出す。さっきまでの沈黙が嘘のようだ。
「ボクは静かな場所でメシが食いたい」
「じゃ裏通りのいつもの店だね」
1月くらい前に発見したその店は大通りから外れた場所にあり、看板も電球が所々切れて宣伝力にかける店だった。
正直、よくつぶれないなと関心する。
もしかすると、別の仕事もしており、税金対策で店を開いているのかもしれない。
いや、はたまたレジスタンスの基地となっているからそいつらが作戦会議をするときに店のご飯をだべるからつぶれないのだとか、くだらない妄想をミナミとはよくやった。
店に入る。相変わらず客はいない。店主のいらっしゃいの声がボクたちを出迎えた。
それから店主はレコードをかけ始めた。
「コーヒーと今月のパイ」
「あ、それわたしも」
とりあえずの腹ごしらえだ。ボクはタバコとマッチを取り出す。
マッチの香ばしい匂い。ボクはタバコの煙をいっぱいに吸い込む。
「そういや午後の出撃で未帰還があるらしいよ」
「え? 誰さ」
「さぁ? 戦闘機パイロットのようだね」
「ふーん。戦わずに逃げればいいのに」
「逃げれない時があるんでしょ」
「どんな時?」
「後席にいて、パイロットが乱暴な運転をするときとか」
それはそうだ。後席から逃げることは出来ない。敵がいれば撃たなければならない。
あと、もしかすると昼間の事を根に持っているのか?
しつこい女は嫌われる。
店主がパイを持ってきた。レンジで暖めただけのパイだ。焼きたての感触が完全に死んでいて、ゾンビのように湿っぽさが徘徊するようなパイだ。
味は、基地の食事で麻痺したボクの舌には美味いような気を起こさせる。
ボクはタバコとパイを交互に口に運び、時々コーヒーを流し込む。
「ボクのお願いはかなったから今度はそっち。この後は?」
「うーん。お酒?」
「ラジャー」
最後のパイをコーヒーで無理やり胃の中に入れる。タバコを灰皿に押し付けた。それを合図にボクとミノリは会計をすることにした。
値段は相変わらず高いような気がした。気がしたといのはパイの相場を知らないからだ。この町では他にもメニューにパイを出す店はあるだろうが、そこに行ったことがないのでパイの相場は知らない。
財布に入った現金が少なくなる。今後の事を考えると次の店ではそんなに飲めない。
顔をしかめているとミノリが財布から紙幣を出した。否。それは紙幣ではない。
「軍票あげようか?」
「それどこで……」
「この前の外泊の時に海軍の将校さんからもらった」
ボクはありがたく軍票を財布に入れる。
「海軍さんは紳士だね」
「陸軍はダメね。粗野な人間が多い」
「空軍は?」
「機体をあまり揺らさない人は好きよ? ベットは別だけど」
ボクはどうやらダメらしい。肩をすくめる。
大通りに出た。どこの店に入るかブラブラして、目に付いた店に入る。
店にはすでに客が入っている。前線に近いとはいえ、完全に膠着した戦線と軍人向けのサービスのためか、客は多い。
「とりあえず冷たいビールを2つ」
ボクの注文にウェイトレスがメモを取る。
ここまで、一応は計画通りだが、正直言っていつもと同じパターンだ。
店を選ぶにしても目についた店に入ったので、結局は計画を立てる必要なんて無かったのだ。
ビールが運ばれてきた。その時、店の外から軍人の集団が入ってきた。
「憲兵隊だ! 全員動くな!!」
どうやら何かの捜査らしい。ボクはとりあえず栓の抜かれたビールをコップに移そうとした。
銃声が響いた。
客の1人が発砲したのだ。
ボクとミノリは反射的にテーブルの下に隠れる。ビールは落としてしまった。床に伏せたので服にビールがついた。
また銃声。今度は憲兵隊か?
「ヨシミ! どうする!?」
「この後は町で将校を捕まえてベットで朝まで過ごすんじゃないの?」
「計画変更! 緊急離脱するわよ!」
ですよね。とりあえずミノリが反撃しようと言わなくてホッとした。一応、拳銃は携帯しているが、最後に撃ったのは2ヶ月くらい前の訓練だ。当たる気がしない。
ボクはホルスターから拳銃を抜いて安全装置をはずす。ミノリは服をあっちこっち探している。
「もしかして忘れ物? 貸そうか?」
「助かる」
後席に座るミノリは旋回機銃を撃つから、たぶんボクより腕はいいだろう。
パイロットのボクは逃げるのが仕事だ。
匍匐前進で銃撃を切り抜ける。その後をミノリが時折発砲しながらついてくる。
テーブルを盾にした憲兵隊の元にたどり着く。そこでボクは入り口に向かってかけようとするが、憲兵隊に腕をつかまれた。
「おい! 逃げるな! 貴様もレジスタンスか?」
「ただのパイロットだよ」
撃たれた。しかし弾は当たっていない。少し、がっかりした気分が心に押し寄せた。
とりあえずもう逃げ切れないようなので床に伏せて成り行きを見守る。ミノリは憲兵隊に混じって発砲している。
しばらくして店が静かになった。
どうやら店はレジスタンスの基地らしかった。ボクとミノリは朝まで事情聴取が続いた。
とんだ外泊になってしまった。
計画を立てたが、計画とは上手くいかないものだ。
しかし、過程が悪くても、ボクたちは生きている。結果は上々だろう。