8 消失
メンテナンスは長引いた。
公式ページでは3度に渡り謝罪の文面が更新され、ログイン再開は金曜の14時に決定した。
俺にとってその時間は長いものではなかった。
ログアウトさせれられた直後は、恐怖で頭がいっぱいとなり、身動きすら取れなかった。
心が落ち着いてきても、今度は理解に苦しんだ。
シェリーさんの言葉も、囚われ人の行動も、取り残された自分も、何がなんだかわからなかった。
シェリーさんが死んだという直感めいたものがあった。
だが、シェリーさんが死ぬはずがないとも思えてならなかった。
このゲームに死は存在しない。
たとえクエストに失敗しても、街に戻されるだけであって、死ぬわけではない。
それはログインプレイヤーもクローンプレイヤーも一緒である。
クエストに失敗し、街に戻された場合はまた同じクエストを再開すればいい。
そう、状況など何も変わらない。
ログイン再開の時間になっても、俺の手は震えていた。
冷たく、指先の感覚が麻痺していた。
久々に画面に登場した黒猫は、謝罪の言葉を述べていた。
何に対する謝罪なのか、俺の頭は理解しなかった。
俺を、ただ何も変わっていない世界へと降ろしてくれればいい。
手を伸ばしても、何もつかめぬまま俺は、落ちていった。
「そういう設定は、わかる人同士でやってくれる?」
街の顔ぶれは変わらない。
取り囲むクローンたちも皆いつもの様に俺を迎え入れてくれる。
シェリーさんという存在を取り残して。
「・・・覚えていないんですか?」
「ん~、覚えていないっていうか・・・本当にそんな子いた? あなたの厨二設定じゃないの?」
「馬鹿なこと言わないでください! 俺が皆さんと知り合ったのはシェリーさんのおかげなんです! 俺といっつも一緒にいたじゃないですか!?」
俺に怒りは頂点に達していた。
前にシェリーさんと出掛けて行ったはずの女性クローンはまるでその存在を認めようとしなかった。
「そ、そうなの? じゃあ、あなたたちはいつも三人で行動してたってこと?」
「三人? 違います。俺とシェリーさんは二人で行動してたんです」
「えっ? なにそれ。それじゃあ、マルクはどこいったの?」
「マルクさんがなんだっていうんですか?」
「なにって、あんたに色々教えてくれたのマルクじゃない!? 少年、それはさすがに失礼だよ」
どういうことだ?
俺とマルクは一度しかクエストをしたことがない。
確かにクエスト以外では話す機会も多い方であった。それは他のクローンプレイヤーと比べてという話だ。
シェリーさんと比べれば雲泥の差だし、マルクと知り合ったのだってシェリーさんの紹介があってこそだ。
マルクに特別教えて貰ったことなどないはずだ。
そんな俺達の会話に聞き耳を立てていたのだろうか、突如俺の背後から当のマルクが忍び寄り、スリーパーホールドを決めてきた。
「おいおい、ヒドイなぁ。俺達の中はそんな冷えきったものだったのかぁ~?」
俺達の力の差は大分縮まっている。
渾身の力でスリーパーホールドを外し、マルクの拘束から素早く抜け出すことができた。
「やめてくれ! 俺とあんたはそんなに親しくなかった。そうだろ!」
否定されたことに驚いたのか、マルクは憮然とした表情で、俺を見つめた。
「おいおい、ホントかよ。こりゃあ、驚いた。――俺のスリーパーホールドから、もう抜け出せるようになったのか。オジサン、嬉しいねぇ。育てたかいがあるってもんだよ」
なにを、言ってるんだ。
俺を、あんたが、育てた。
あり得ないだろ、そんなこと。俺たちにいつそんな共通点ができたっていうんだ。
「あんたたちってほんと仲いいわね」
ニヤニヤと先ほどの女性クローンが、俺達を見て笑っている。
「そりゃ、そうだよ。俺たちはいっつも二人でクエストを攻略して来たんだからな。こいつの痛い設定も受け入れてやれる。俺は懐の深い男だぜぇ」
「マルク。少年は、いつも金髪美人の僧侶さんと冒険していたって言ってるのよ。あんたは、それどうおもうの?」
「こいつがいたって言うなら、いたんだろう。おっさん二人と旅なんかしてるって思うより、ひとり女性がいたって設定のほうが潤いがある。そういうことだよな、クマ!」
平手で俺の背中を勢いよく叩く。
オカシイ。あり得ない。
クマなんて親しく呼ぶな。
俺はあんたのことなんか全然知らない。
「あ、あんたが、スリーパーホールドを決めていた時、い、いつも止めに入っていた人がいただろう! 忘れたのか!?」
手繰り寄せた記憶を頼りに俺は渾身の力でマルクに詰め寄っていた。
「ああ、それアタシだよ。――っていうか、そんなところが設定に入ってくるの? アタシどう見ても金髪美人じゃないし、僧侶でもないんだけど?」
先ほどの女性クローンが――黒髪の弓使いが、馬鹿にするように俺に冷たい視線を浴びせていた。
「おいおい、やめろ。いじめんな。俺の大事なクマに心の傷ができたらどうする。――あっ! そういえば、クマ、お前あれ持ってるか。片割れのダブルファング。俺が持っていたはずなのに、見つからないんだよ。両方共お前に預けたっけ?」
決定的だった。
こいつらはオカシイ。
なぜ、お前がダブルファングのことを知っている。
片方ずつ持つことは俺とシェリーさんしか知らないはず。
お前と俺が共有するはずが絶対にないんだ!
ふたりを押しのけ、俺は酒場から逃げ出した。
あそこなら!
シェリーさんが住んでいた家なら、なにか証拠があるはずだ!
すでにマップに表示が消えているのを知りながら、俺は記憶だけを頼りに走り出していた。
ゲーム内で嘔吐するという事はない。
アイテムとして食べた食事は、胃袋に蓄積されることなく、体力に変換されるからだ。
嘔吐という概念があったならば、俺は間違いなくその場で吐いていただろう。
空き地にそびえ立つ巨木の下で、俺はただ突っ伏していた。
「なんで、だよ。俺が、いったい、なに、したってんだよ・・・」
吐くことできない嗚咽に詰まりながら、俺は涙に潰されていた。
シェリーさんの場所はなかった。
そこには、存在しなかった。
マップを間違えたわけじゃない。
俺が隠れていた建物のカドも、建ち並ぶ家々も記憶に残るものばかりだ。
シェリーさんの家だけが、抜けている。
シェリーさんの家があった場所だけが空き地となり、その土地にフタをするように巨大な樹木がそびえ立っている。
俺の居るサーバーが変えられたのだろうか。
それともシェリーさんだけが、綺麗サッパリ別サーバーに移されたのだろうか。
考えたくなかった。
他に、それ以外の何かがあることを理解したくなかった。
「君の場合、非常にタイミングが悪かったとしか言い様がない」
頭上から声がして、見上げると、木の影から人が落ちてきた。
いや、こいつは人じゃない。
目深にフードをかぶった黒猫が、俺の横に立った。
「私の忠告も、少し遅かったのかもしれないね」
「あんたは・・・」
「私はディス。君と同じログインプレイヤーだよ。だから、シェリーってこの記憶もある。安心しなさい」
「あ、あんたはシェリーさんのこと知ってるのか!? 彼女はどうしたんだ! 教えてくれ!?」
俺よりも小柄な躯体をたぐり寄せ、俺は大声をあげていた。
締め上げられている首を意に返さず、猫は飄々(ひょうひょう)と語る。
「本当に知りたいかい? 薄々感じている何かを、本当に理解していいのかい?」
こいつは何かを必ず知っている。
俺が理解することを避けている何かを、補完するだけの情報を持っている。
「俺は・・・知りたい。――そうじゃないと、前に進めない・・・」
猫はニヤリと笑った。
横いっぱいに口を広げ、歯をむき出すような笑みだった。
「最近の中学生は大人だね。それとも、気の利いたセリフを繋げていくと、自動的にそちらの方向に誘導されてしまうよう、世間ができているのかな?――まあ、いいさ。なら、その意気込みに私も答えようじゃないか」
猫は俺の手を滑るように抜け出し、少し距離を開けて正面に向きあうと、大きく手を広げた。
「おめでとう! 君はこのゲームの真実にたどり着いた! 教えてあげよう、この世界の本当の姿を・・・」
悪意をたっぷりと載せて、猫だけが俺に微笑みかけていた。




