島での生活
8、島での生活
事故から1週間が過ぎた。
今まで歩けなかった分を取り戻そうと、タイはリハビリだと言っては、水を汲みに行ったり、魚を採りに行ったりして私の仕事は徐々に減ってきている。
そして、その合間に私に空手を教えてくれる。こういう運動はしたことがなかったが案外性に合っているかもしれない。無心になれる瞬間が心地よい。
試技としてやって見せてくれるタイの空手は美しくて、私のお気に入りは、夕食の準備が終わって、のんびりと頭を空にする時間に、夕焼けの中、真っ赤になりながらタイが型をしているところ。
私にはとてもまねのできない動きで型をこなすタイは、なるほど国際大会に出るというものうなずける。かなり精進してきたのだろう。
昼は山のてっぺんに登ってはもう一つの島を、その向こうの海を見ていた。誰かいるかもしれないと思って。さすがにまだ、タイは山を登ろうとはしない。足場も悪いし。
でも誰もいない。あの『生き霊』も最近は気配を感じない。気のせいかと思ってしまってもいいのだが、自分のそういう感覚は無視できない。確かにいたのだ。
日の出と共に目が覚めて、朝食を食べて、体を動かして労働。夕食をとって、星を見ながら眠る。こんな規則正しい生活をしてると……私らしくない。早く出て行きたいと焦っても、イカダを作るには、やっぱりタイの力が必要になる。もう少し、山を登ることができるようになるまでは……
一歩一歩進むしかない。今はしっかり考える事だ。
ああ、そう言えばキャンプ地(仮)も移動して、ちゃんとしたところにキャンプを作った。
やはり海辺は風が強いのが難点で、景色はきれいだしトイレも近いが、物は飛ぶ、喉は乾く、余計な疲れが出る、ということで、泉に近い、少し山側へ移動した。
2本の木が並んでいて、少し細工をするだけで、ヤシの葉の屋根が作れた。その下にはロープを編んでハンモックを作った。不細工だけど、ちゃんと使える。
それもこれもタイがひとりで歩けるようになったから。
救命ボートはとっくに穴が開いて、山頂で遭難者がいますよと言うサイン代わりに置いてある。あれで海に出ていたらと考えるとおっかない。
今は主に食物の加工に精を出している。イカダができて海に出れるとなったら、航海の間の食糧が必要になる。救命ボートに入っていた、しっかりパッキングされた菓子類はそのままとってあるし、水も滅菌処理された4本のペットボトルのまま手つかずでいる。
その上で芋を蒸して干して、干し芋。タイがつってきた魚は内臓を取って、天日で濃くした海水に浸して干してカラカラにして煮干し風に。果物は干してもあんまり非常食にはなりにくいみたい。かびちゃったりして失敗。お店で売ってるのは殺菌して袋に入ってるからもつんだね。
海上で役立つと思われる、タイの魚釣りの腕は……まだまだ先があるから上手になってもらわないと。
「ミヤ、たそがれてないで飯にしようぜ」
「ん」
「今日も芋と果物か」
「あら不満?」
タイが遠い目で語り出した。
「肉が食いたい。2cm厚に切ったでっかいステーキ。まわりを強火の炭火でかりっかりに焼いて、中は血の滴るようなレア。たっぷりの塩コショウにフライドガーリックとバター。仕上げに醤油をちろっとかけて。白いご飯と一緒に。コーンスープにカリカリのクルトンを浮かべて、デザートにはレモンのシャーベット……想像しただけでよだれが出てきた」
「うん、それはおいしそう」
「だろ?なのに毎日いもいもいも、バナナバナナバナナ」
「せめて魚の塩焼とか食べたいよね」
タイが私をぎろっとにらむ。だって、煮干しにするような魚しか釣らない、いや、つれないんだもの。
「よし、明日こそはでっかい魚釣って、もう食べれませんっていうくらい食べさせてやる!」
ふふ、単純なんだから。
「楽しみにしてます」
ふかし芋もすきっぱらにはおいしいけどね。海水をもう少し早く蒸発させられたら塩ができるんだけど、今はちょっと濃い塩水にしかなってない。
お鍋ほしいなあ。
食後、私は星を眺めてることが多い。飽きることなく見ていられる。編みものとか繊維を作ったりするのは手だけに任せて。時折飛んでくる人工衛星すらなじみになった。
テレビはもともと見なかったけど、事故前の生活では読まなきゃいけない資料とか、文献とかが多すぎて空いてる時間は机に向かって勉強みたいな、そんなことばかりしてた。
知りたいことが多すぎて、今思うと少し急ぎすぎてたかもね。
今晩はタカシのことを考えていた。私の生徒で大学の先輩で、私の婚約者。やはりアメリカ育ちの日本人で、私とよく似た境遇。もうすぐ結婚式なのに私こんなところで何をしてるんだろう?タカシは一緒の飛行機に乗っていたはずなのに、今隣にいるのはタイで。
こんなに探してもどこにもいないんだもの。きっともう助かったのよね。
タカシ、今何してる?もうおうちに帰っているのかな?きっと私のことを心配してるよね?
目をつぶるとタカシの笑顔が目に浮かぶ。繊細な顔、メガネを上げる癖、けれど本当は豪胆なあなた。思い出したらタカシの好きなガーデニアの匂いがするような気がした。
会いたいよお。