表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

眠れない一夜

5、眠れない一夜


 あれはタカシではなかった。服装が違う。タカシも私と同じくジーンズをはいていた。

 だからほっとしてるの。そのはずだけど。

 サンドバックを担いで山を登るのがひと苦労だった、それで午前の大半の時間を使ってしまった。


「タイ……ただいま」

 私におぶさっていた黄色いサンドバッグは放り投げられて、半ば砂にめり込むように落ちた。

 そして私も。


「お疲れー。大収穫だな」

 私が抱えて来た黄色いサンドバックをみて喜んでいる。

「これ何か知ってる?」

「これ救命ボートだよ。この紐を引っ張ると、内蔵のボンベから空気が出て、一瞬でボートができる」

「ふーん」

「ボートの中には、非常用の食料とかビーコンとかが入ってるはずだ」

「そう、すごいね」


「どうした?なんか元気ないな。何かあったのか?」

「いや、コレ重かったから、疲れたよ。それだけ」

 タイはじっと私を見ると、「そうか」と一言。

 


「トイレ大丈夫か?」

と聞くと、タイはふっと皮肉に笑った。

「ミヤ、トイレトイレって、ガキじゃねえんだよ。もう自分でいけるから。少し休め」

 そう言って私は腕を引っ張られ、タイの痛めてないほうの足に頭が乗った。


「タイはほんとは優しいんだな。死ななくて良かった」

 頭を撫でてくれる大きくて無骨な手が、とても優しかった。そのまま、目を閉じた……

「そんなに、疲れた顔されたらな……」


「……ミヤ、ミヤ!」

 思いっきり体を揺さぶられている。突然の覚醒状態に、頭がふらつく。

「なに?!」

と言ったけど、それを目にして起こされた意味がわかった。


「これ、いつから?」

 口が開いて自分がバカ面さらしてる。

「今。突然空が暗くなって、こうなった」

 タイもだけど。


「ちょっと奥に行こう」

 なぜか小声になると、タイの体を支えながら、岩と木の陰に隠れれた。

 空が……渦巻く黒い雲。その雲が水にオイルが浮いたみたいな七色に光る。すごい速さで動く雲がその大きさを複雑に変えている。


 おぞましい。


 我を忘れてみていると、禍々しさが薄れて、いきなり青い空が戻ってきた。

「大丈夫か?」

 つながれた手に力を込めすぎてカタカタ震えている。関節は白くなってタイの手はひしゃげてしまっている。

「わ、悪い……」

 手の力を抜けない。肩にまわされたタイの腕にも力が入っている。


「何だろうな、あれ」

「わかんない。でもとても悪いもの感じた」

「だな……いててて……」

「どうした」

 タイの顔を覗き込むと、

「足ついてた……」

 痛さに顔をしかめている。


「アホ」


 しばし呆然と空を見上げていたが何も起こらなかった。何もなかったかのように青い空に白い雲が流れていく。

くるるる……

「おなかすいた」

「確かに腹減ったな」


 サンドバック……もとい救助ボートを担いでいたせいで、果物の収穫ができなかった。

 あの渦を見た後に遅い昼食を取りながら話し合った。と言っても、結論はでないし、私も説明できない。

 ただの上昇気流じゃ済まない。あの禍々しい気は勘違いじゃない。

 タイも私も、怖いものだったという意見だけは一致した。


「タイお前、化けもんか?」

 湿布をはがして驚いた。見た目だけではどちらを怪我していたのかわからないくらいだ。

「ん、なにが?」

「いきなり、腫れがひいてるぞ」

「おお、そうだな。ミヤの作った湿布がすげえんじゃねえか?」

「まあ、それはそうなんだけど」

 今日からはハカマウラボシの湿布にネムノキの皮も加えてある。島の北側で見つけたんだ。これだけ効くんなら、この山芋にも何か有効成分が含まれているかも。帰るときには忘れないようにしよう。


「お前さ、面白いやつだな」

 タイがのんきそうに言った。

「火打石見つけてきたり、薬草に詳しかったり、医者の真似事したり。その上ほぼ休みなしで動いてるじゃん。三歩も四歩も先読みしてるし」


「それは……」

「あ、あれかサバイバル術か……ガールスカウトか」

「ふふふ、そんなような物だ」

 アホで助かるぞ、タイ。

「タイは何してたんだ?事故前は」

「俺?空手。カナダで大会があったんだけど、怪我しちゃったし。もう明日なんだよな。無理だよな」

 空手と聞いて好奇心が膨らんだ。日本人ならできると欧米人が思っているんだ。今まで何度聞かれたか!落胆するタイに頼んでみた。


「じゃあさ、私に空手教えてよ。一日中できるわけじゃないけどさ。こんな非力な女でも、強くなるかも」

「ひりき?非力??いやいや、十分強いぞ」

なんか失礼な言い方だけどまあいいや。


「そうか?」

「そうだ。あの重い救助ボートをひとりで担いでくるなんて。まあ、でも、教えてやる」

「うん頼む」


 その後、空手の基本とか教わりながら、居眠りをした。タイは怒らずに、横になるように言った。たっぷりと午睡を取り、家に帰った夢を見た。夢の中ではいつもと同じガーデニアの香りがしていた。


 目が覚めるとタイは腹筋をしていた。

「足、痛くないのか?」

 横になったまま首だけめぐらせて聞いた。

「ちょっとな。少しは体動かさないと、気持ち悪い。筋肉が疼くんだよ」

「少しならいいよ。でも無理はするな」

 血行が良くなるのはいい。けがの治りは早くなるはずだ。


「なあ、それだけど」

 タイは私が枕にしていた、救命ボートを指差すと

「何がはいってるか見てみようぜ」

と言うタイはいたずらっ子のようだった。


 私が救命ボートとタイを往復して海まで運び、タイは黄色いサンドバッグを抱えて胸の深さまで沖へ行った。私に離れるようにいう。

 私が先に試してみたけど、ひき紐はピクリともしなかった。やはり筋力では男性にかなわない。


 タイはおおきく息を吸うと海に潜った。その直後水中でブスッと鈍い音がして、円柱だったそれはまるで生きてるように動いて、黄色いゴムボートになった。円のボートは三角形の屋根がついていて、てっぺんに赤い三角形の旗がついていた。


 二人でボートを引っ張って浜にあげた。

 防水らしいファスナーを開けると、ラジオのような黒い機械と、水と非常用の食料が入っている。まだここに来て2日目なのに人工のものにえらく感動した。

「これがビーコン?」

 調べてみると懐かしい四角い電池がはいっていた。


 スイッチをオンにすると、赤いLEDがチカッと光った。これで作動中ってわけだ。

 非常用の食料はグラノラバーやクラッカーにピーナッツバター挟んだの、フリーズドライのフルーツなど甘いものが多かった。水は2リットルのペットボトルが5本。それと食糧袋の底の方に釣竿が入っていた。


「自分で採れってさ」

 タイに釣竿を放ると、タイは腕を伸ばして掴み取り、腹のそこから楽しそうに笑った。

「俺釣り得意だぜ。小さい頃東京湾に親父とよく行ったよ」


「じゃあ、タイに任せる。夕食には良質のタンパク質とカルシウムがとれるな」

「このボート、キャンプ地(仮)まで運ぼう。でかいから家代わりになるだろ」

「助かったな。見ろあの雲」

 私は南東の方角を指差した。指差す先には、見たことないほど大きな入道雲。その下は稲光と、スコールの柱。


「すげえなあ!」

 タイが声を張り上げる。ボートの屋根を叩く雨粒の音が大きすぎて、私も負けじと大声をだす。


「間一髪だったね!」

 私は入道雲を発見した直後に、一昔前の青春ドラマのようにタイヤ、ではなくボートを引っ張って走った。

 タイは転びながらも、砂地を片足で飛び跳ねながらついて来た。

 キャンプ地(仮)に着くと、ボートの中にこの2日で集めたもの、治療に使う薬草や食料を放り込むと、盛大に息を切らすタイも放り込み、最後に私も飛び込んだ。


 ファスナーを閉めると、大粒の雨が降り始める。

 荒い息がおさまる頃、ペットボトルを1本開けて、少しずつ飲んだ。

 屋根に当たる雨音がうるさくて、会話はできない。

 時々聞こえる雷の音が大きすぎてびっくりするけど、外を見て雨が降るのを見ているのは心が落ち着く。


 小さい頃から雨が好きで、普段は外にでないのに、雨が降ると庭に出たがった。晴れてる時とは違うのが好きなのかなあ。ギャップ?

 雷が好きなのは、嵐が好きなのとおんなじ。アドレナリンが出るから。

 でも、しのつく雨だって好きなんだな。


 と、ぼんやり考えていたら、タイの低い声が耳元で聞こえた。


「いろいろ、ありがとな」

 ギョッとして振り返ると、目の前にタイの顔があって、もっとビックリして、むち打ちになりそうなくらいのけ反った。

「あ、ごめん。何回か話しかけたんだけど、気づいてないみたいだったから」

 あっけらかんと言う。


「いやいや、面目ない」

 手と首を横に何回もふった。

 タイがケラケラと笑うのを見て、私も笑えて来た。

 雨がやむまでの強制休養。



 飛行機が落ちてから3日経過した深夜。ビーコンでS.O.S.を出しても救助の気配はない。飛行機、船も通らない。

 聞こえるのは波の音、葉ずれの音、そしてイビキ……

「うるせーぞ、タイ!!」

「ガッハッハ……」

 これは寝言。

「タイ、黙れ!!」

 寝言で爆笑ってどんだけ幸せなんだ。朝から続いたタイの微熱は下がり、笑うほど体調は良さそうだ。


「はあ、すっかり目が覚めた」


 火に薪をくべると、ぼおっと星をみる。流れ星って普通だよな。だって、もう何個も見た。生涯で見たよりもたくさんの流れ星。でもこの星空だけは何時間みても普通じゃない。一体星って何個あんの?


 私は空に見とれてた。見れば見るほど胸がドキドキする。果てがないってこわいね。ずーっと宇宙、こわ。そこにポンと放り出された感覚が怖いんだと思う。しっかりと地面の上に寝てるのに、想像の中だと、宇宙空間に放り出されてるから。


 しばらく空を見てたら、ちっとも眠くならない。

 昼間の件もあるし。ジーンズのポケットから指輪を取りだした。幅広のプラチナ台に大きな紫水晶が目玉のようについている。そして内側にMからYへのメッセージ。

 私の指には大きくて親指にはめてもぶかぶかの指輪。男物かな。

 タイならぴったりかも。そう思いながら細い紐に通して結んだ。それを自分の首にかける。うんこれならなくさない。そっとシャツの中に落とした。

 しょうがない編み物でもするか。


 タイが暇つぶしに作ってくれた蔓の細いロープで、カバンを作ってみる。編むって言っても、指でざっくりと。物が落ちなきゃいいのさ。昔母親に教えてもらった編みものがこんなところで役に立つとは。


「はあっ!!」

 突然、夢で気合を入ている。

「タイ、しーっ」

 びっくりするし。安眠を返して。


 薪を足すと、パチっとはぜた。ふと感じた気配に後ろを振り返る。

 風に揺れる火が、私たちの影を踊らせる。


「心がちびただけ」

 編みもので母親を思い出したせいか、私が怖がるとよく言われた言葉を思い出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ