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探検

4、探検


 打ち上げられた浜辺での第一夜。

 その夜はほとんど眠れなかった。

 眠れなかったと言うよりは、眠りたくなかった。


 理由は、星がすごすぎて。

 空一面の星。宇宙を身近に感じて圧倒されてた。畏怖と、尊敬と羨望と、なんかそんなような事がいっしょくたに私に襲いかかってきて、心臓がばくばくしてた。星が多すぎて、星座とかもわからないくらい。


 ずっと見ていると、空が回っているのか、私が回っているのか混乱しちゃって面白い。

 そんな風にしてたら、事故のことを考えてたつもりでも、星に圧倒されて、ただ、ただ、空を見ていた。

 こんなにたくさんの星を見たのはいつ振りだろう?そうだ、ネパールへサンスクリットの古典を学ぶために行った時だ。あのときも星が素晴らしくて、寝不足になったな。

 そんなこと考えてると人工衛星が横切ったり。情緒ないねえ。


 私はようやく夜が明ける前の一時間ほど仮眠をとった。

 そして夜明け。焚き火にまきをくべて火を見ていた。暗かったのに、気づくと緑色のもやの中にいて、非現実感に呑み込まれた。夢で一生懸命走ってるような感じ。そして、朝焼けのオレンジ色はすこんと青になった。

 拍子抜けするほどだった。


 素晴らしいところじゃないですか。バカンスなら最高なのに!


 早朝、水が少なかったから、汲みに行って、ついでに果物もとってきた。パパイヤ発見。うしし。キャンプ地(仮)に着くと、タイはヤシノキに寄りかかり海を眺めていた。


「あ、タイ、起きてた?」

「おはよう、ミヤ。お前の作った湿布すげえ効いてるよ。痛みもかなり楽」

「本当?良かったあ。後で替えたげる。とりあえずご飯にしましょ」


 私たちは汲みたての冷たい水と焼きバナナ、パパイヤで朝食をとった。なんか事故の前より、いいもん食べてるような気がする。


「タイ。ご飯美味しかったね」

「うん」

 良し。

「手出して」

 怪訝そうに出された手を、そっと取り脈を探した。親指の下辺りにある動脈を人さし指と中指で探る。脈拍は60から65。力強く打ってる。爪の色もよろしい。ゴツゴツした大きい肉厚の手。タコと小さい傷跡多数。小指側にある切り傷、これは自分でやったんじゃない、刃物の傷跡……


 手をタイに返す。


 そしておでこに手を当てる。熱はなし。下まぶたをさげて診る。異常なし。

「あーん」

 素直に口を開けるタイ。

「べえー」

舌の色も、いいね。喉も大丈夫。うん。


「足以外は、健康。主治医のお墨付き」

 肩をぽんと叩いた。


「主治医って……はは」

 笑ってるよ。


「ここにいる間は、私が面倒みてあげるから。餌付けもしちゃったしね」

「ノラ猫か」

「今日の予定ね。まずタイの湿布換えよう。それからタイに火の番をして欲しいの。こっちの焚き火は消えてもいいや。種火はとってあるから。それが消えてもまた起こせるしね。あっちののろしねあれはずっと煙を出しといて。私は山の頂上までのぼって来る。もしかしたら何か見えるかも」

「わかった。手は元気なんだけど、なんか暇つぶしになるような作業があるか?」

「うーん……なるべく早く直す事に専念して欲しいんだけど。そうだ、紐編んでおいてくれ。昨日つるをほぐして繊維にしといたから、こうやって、よって細いロープ作っておいて、できるだけ長く。昼食、採って戻ってくるから」

 つる植物のの繊維を海水に浸して、石でたたくと長い繊維だけが残る。それをこよりを作るように撚り合わせると細めの紐ができる。これをさらに撚っていくとどんどん太くなるんだけど、そんな贅沢は言ってられない。だから今はとりあえず細い、いわば撚り糸ってところかな。

「了解、ボス」

 早速糸を作りだす。なかなか器用ですな。


 砂浜は5kmほどある。昨日砂浜部分はほぼ歩き尽くしたが、そこには漂着物はタイ以外なかった。今日は捜索範囲を広げて見ようと思う。飛行機が落ちたのは山の反対側かもしれないから。


 石でめぼしい木に目印を付けながら歩いた。落ちている石は穴だらけでこの島が火山噴火でできた事を物語っている。


 途中にある使えそうなものを記憶にとどめつつ、ひたすら歩いた。1時間ほどで、島の山の頂上についた。頂上は岩でゴツゴツしていて木は生えていない。

 天辺に立ってぐるりと見回して唖然とした。


「島だ」


 この島は月が少しかけた形をしていて、そのかけた部分が私とタイがいた砂浜だ。逆側は所々に小さな砂浜があるものの、ほぼ岩場で海から廻るのは時間がかかりそう。


 それらの間は木が生えていて、地形は見えない


 島の周囲は20kmほど、直径は約6km。結構大きな島だった。1日あればまわれるかもだけど……岩場ではちときついか。ざっと見たところは、島の沿岸に漂着物はなさそうで、海上にも変わったところはない。


 そして浜と反対側の海には、もう一つ島があった。潮の流れによっては、泳いでいけるかもしれない。


 もしかしたら誰かが、何かがあっちの島に流れ着いていてもおかしくないんだ。タイの怪我の治り次第で、あっちに行く事も考えよう。今日はとにかく、島の反対側へ行こっと。

 島全体でいえば北面になるこっち側は、何と言うか……陰の気配がした。誰かに見られてるような気もする。木も草も暗い。

 って気持ちだけかもしれないけど。心なしか鳥の鳴き声も少ないように感じる。太陽は偉大だな、やっぱり。ところどころ岩が崩れていて、足元が流れるように滑ったりするので危ない。


 海まで出ると溶岩の岩場でゴツゴツして歩きにくいったらない。

 一番高い岩によじ登り辺りを見回すと、右手側の岩間に黄色い物が波でゆられて見え隠れしている。

 苦心してたどり着くと、長さ1mほどの黄色いサンドバックのような物が波にゆられていた。それはロープで海中の一点に固定されているらしかった。岩伝いに近くへ行き、覗き込む。


 波が引いた一瞬にチラリと見えるのは、沈んで砂にまみれた人間の顔だ。

 すっかりふやけて、色が変わってしまっている。まぶたはなくなり、体は岩でキズだらけ。一見しただけでは男女の別さえわからない。はだしで白いシャツに、ベージュのチノパンをはいている。ロープは体の下側に回っていて、欲しい物は簡単にはあげないよと言っているようだ。


 でも私の知ってる人じゃない。安堵と落胆を同時に感じた。


 岩に注意して海に降りると、かわいそうな遺体のそばに行った。ポケットを探るが、空だ。腕に紋章の刺青がある。長細いひし形が真ん中で小さい丸にくっついて、その間に大きい丸が三つ。こんなの初めて見る。

 右手の薬指に紫水晶のついた太めの銀色のリングをしている。外そうとするが、指が水を吸っていて簡単には外れそうにない。少し力を入れると、肉ごとはずれた。ゴメンね。と謝り、指輪をミヤのジーンズのコインポケットにしまう。


 波に調子を合わせ、遺体を少しずつ移動させる。


 そうやってミヤの背で立っていられるギリギリまで来た時、抱きかかえた亡骸から、ロープをとった。

「これは、もらう。助けてあげられなくてすまない。お前の親しい者に会えた時に、形見を渡そう。約束だ。」

 ロープを自分の体に回す。そっと沖の方へ押し出す。

「すべての宇宙の元へ還れ」

 インターンをやった時によく聞いた言葉だった。

 結局彼か彼女かわからないまま、かつて誰かに愛し愛された、人として生きた、誰かの子に別れを告げた。


 彼、または彼女は、ゆらゆらと澄んだ水の中を潮の流れに乗りつつ静かに沈んで行った。


 その黄色いサンドバッグのようなものが一体なんなのかわからないけど布やらビニールは物資不足のミヤたちにはありがたい。


 ……そして、重い。

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