湿布
3、湿布
「ふあああ~」
目が覚めてあくびをすると、
「よお。起きたか」
とあんまり力の入っていない声がした。
「ん~っ」
私はいつものように思いっきり伸びをして、勢いよく起き上がる。
「やあ、足の具合どお?」
昼寝の(と言うか、もう夕寝)おかげでだいぶ体力が回復した。
「うん、よくはないけど、悪くねえ。助かった。サンキュー」
しっかり固定したし、まだ痛むのだろう。さえない顔つきだが、顔色は前ほど悪くない。
ワカヤマのはにかんだ笑顔は悪くない。
焚き火は……ワカヤマが薪を追加してくれている。
「もう夕方か……」
真っ青だった空は、真っ赤に燃えてでっかい太陽が水平線に触ろうとしていた。
「海も空も真っ赤っかだ」
「お前も俺も真っ赤っかだ」
顔を見合わせる。
「だな……ワカヤマは」
「タイチ。タイチって呼んでくれ」
夕日に照らされて真っ赤な顔で言う。
「タイ」
「タイじゃねえ、タ・イ・チ!」
「タイッ」
発音しにくいんだよ!
「…………タイでいい。お前」
諦められた。
「お前じゃない、ミヤ」
「ミヤ、な。ミヤは生粋の日本人じゃあねえな」
「両親は日本出身だ。私は小さい頃からアメリカで育った」
「それで発音が、おかしいんだな。あと言葉も。男言葉も女言葉も入り混じってる」
「そう?」
「そう。ま、気にすんな。俺は構わないし」
なら言うなよな。私にも不得意なことはある。
「タイ、腹減ってない?」
「減った」
「晩御飯ね」
私はのろしを上げていた方の焚き火にはいよると、寝る前に仕込んでおいたものを取り出した。
夜はのろしでなく、火が上がるようにしておく。もし船や飛行機が通りかかったら見つけてもらえるように。
四角くてちょっと焦げた包みを、バナナの葉っぱに載せてタイの近くに持って行った。
「ミヤ、ナニそれ?」
「ご飯。食べて」
タイの脇に座って、水の入ったカップを渡した。
細く裂いた葉に包まれているのは、バナナ、山芋。昼寝する前に仕込んで火の中においたんだ。
巻いてあるバナナの葉をくるくる取ると、スナックみたいに手で持って食べられる。
「うまかった~。ごちそうさま」
タイはもりもり平らげた。食欲旺盛なのはいいことだ。
「さっきいいもの、見つけたんだ」
おなかいっぱいで満足げなタイに話しかけた。
「いいもの?なんだろう」
「まだ内緒」
いいものだけど、タイにとっては痛いんだ。だから、まだ言えない。
「他の人達どうなったかな?」
「……うん」
あまり話したくなさそうなタイの様子に、それ以上聞けなくなった。暗くなるのは嫌だから、明るく話す。
「食後の運動でもする?」
「運動?オレ足こんなだし」
「ああ、違う違う。タイは海にトイレ。私はタイを支えるから。それが運動」
「ああ、そういうこと」
私はタイを海に置いて、いったん火のそばに戻った。
夕食の残りの山芋をバナナの葉の上に広げ、大きな石ですりつぶしたハカマウラボシを練りこんだ。
さっき見つけたいいものってのは、このハカマウラボシのこと。骨砕補って言う漢方に入ってるんだけど、これだけで果たして骨折に効くのかってのはわかんない。何もしないよりマシだと思う。本当は煎じてのますんだけど、今日は鍋がないから。
「おーい、終わったー!」
「はーい!」
こういう新製品って試すのが楽しみだ。
「タイがあんまり大きくなくてよかった」
「ん?」
「それ以上大きかったら重くて移動もできないし。垂れ流し?」
「うわあ。きたねえ」
「うん。だから良かったって」
すっかり暮れた空は濃紺で、辺りは暗い。タイを火のそばに座らせて、包帯代わりに巻いていたバナナの葉を取ってみると、腫れはひどくなっていた。
固定するとこうなっちゃうんだよね。とひとりごとか、いいわけ臭く言った私に、タイはそうだねと相槌を打つ。かなりけがに慣れてるらしい。
「そこでこれ。タラララッタラー、ハレトレール!」
「なに?」
「平たくいえば、湿布。泉のそばにいろんな薬草が生えてるの。その中にあった、骨折や打ち身の効果のある(かもしれない)薬草。絶対(とは言えないけど)効くよお」
言わなくていい部分は言わない。病は気からって言うからさ。
「なんか、怪しいことこの上なしだな」
患部を、泉の水で洗って、手製の湿布を貼り付けた。タイはしみるとか言ってたけど、その後すぐに寝ちゃった。
効くといいけど。
私は火の番をしながら、今回の事故について考えていた。