98話
翌日。城に戻ってきた俺は宰相の部屋にいた。
そこには宰相以外にも、フィーナ、リリウム、フェイリス、ルーガ、そしてなぜか王様がいた。
「おう、俺がファーレンハイト・デイゴ・カザハネ3世だ。まずは優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
俺に合わせてフィーナとリリウムも頭を下げる。
「事情が事情だけにまだ表彰式は行っていないが、とりあえず優勝賞金を渡しておこうと思う。ギンバイ騎士の事や、こっちのミスでいらない怪我をさせてしまったからな。多少の色をつけさせてもらった」
「ありがとうございます。ありがたく受け取らせていただきます」
「冒険者ギルドで入金させておくから、後で確認しておいてくれ。現金にすると持ち歩けなくなってしまうからな」
そう言って王様はハハハと笑う。まだ若く、ひげも蓄えてないため、見た目の威厳は少ないが、それでも放つオーラは王族そのものだ。
やっぱこういうのは血で影響されるのかと納得させられる。
「それと、これはこちらからの感謝のしるしと言うことで受け取ってもらえると嬉しい」
そう言って王様が机の上に出したのは、1枚の板。俺はそれに見覚えがあった。
「これって――身分証明書?」
「知っていたか。そうだ。デイゴ国で発行している身分保証書だ。これを使えばうちの国だけでなくユズリハやカランでも土地が購入できる。ギンバイは現状少し怪しいがな」
自慢げに話す王様。冒険者に渡すのは破格の事だろうから、俺がかなり驚くと思ってるのだろう。しかし――
「あー、保証書って何個も持ってていいもんなんですかね?」
「ん?」
俺の言葉に王様と宰相が眉を顰める。
「えっとですね。俺はこれを持ってるんですよ」
そう言って俺は、鞄の中からユズリハの身分保証書をテーブルの上に出した。
一見全く同じように見えるユズリハとデイゴの身分保証書。よく見れば、下地に彫り込まれた国の紋章や、裏側の文章が微妙に違うのだが、パッと見は瓜2つだ。
ユズリハの保証書を見て、2人は目を丸くする。
「なんと……もう持っていたのか」
「複数持っていても全く問題は無いが……問題が無さすぎて、ただの邪魔な板になってしまうな……」
「しかし、君はユズリハで何をしたのだ? それこそ、今回のようにかなり大規模な事件に巻き込まれでもしない限りは、貰えるものではないと思うのだが。あのオヤジが簡単に出すとも思えないし」
オヤジと言うのはおそらくユズリハの国王の事だろう。国どうし、昔から付き合いがあるみたいだし、知人でも不思議じゃないか。それに第1王女とデイゴの王様って同じぐらいと年だし、親父みたいな感覚でもおかしくはないな。
「ちょっと第2王女の暗殺事件に巻き込まれまして」
事情を説明すれば、王様は呆れたようにため息を付く。
「なんだ、ミルファはまだ城下町に遊びに行っているのか……」
「メイドとかなり頻繁に遊んでるみたいですよ」
王様から見ると、ミルファは妹のような存在らしい。小さいころは良く遊んだと、昔を懐かしむように話していた。
ちなみにシルファが初恋なんだとか。そのシルファは最初からシグルド一直線で、見向きもされなかったらしいが。
そんな悲しい初恋話に耳を傾けながら、しばらくユズリハのことで雑談する。
ユズリハの話題はやはり嬉しいらしく、リリウムやフィーナも楽しそうに話していた。
「さて、じゃあそろそろ本題に入ろう」
そして三十分ほどしたところで、いい加減宰相から注意を受けた俺たちは本題に入ることにする。
そばにいた従者の1人に目配せをすると、従者が俺達の前に用紙を差し出す。俺たちはそれを覗き込んだ。そこにはギンバイ騎士たちの状態が簡潔に纏められていた。
「とりあえずそれを読んで、何か気付いたことがあれば教えてもらいたい。戦った君たちなら何か分かるかもしれないからな」
「分かりました。失礼します」
資料を受け取り、それを読んでいく。
騎士たちの症状。俺に攻撃されて骨を折っていたり、打撲が有ったりするが、それ以上に特徴的なのは、全身の筋肉が引きちぎられていること。
これはもしかしたら、あの力が強化されたための副作用かもしれない。俺が振りほどけないほどの力を出していたのだから、いくら鍛えているからと言っても、普通の筋肉が耐えられる訳がない。
つまり、筋肉のリミッターが外されていたってことになる。
次に、騎士の装備していた甲冑について書かれていた。
魔力回路が描かれていたそれは、昨日急ピッチで解析され、復元された魔力回路を実際に起動してみたところ、限界を超えた力を出すための回路であることが分かった。
しかし、同時に重大なことが判明した。この限界を超えた力を出すために、この魔力回路は、発動した後魔力回路の一番近くにいた者の心を破壊することが分かったのだ。
つまりこれは魂の改造と同じこと。禁忌に属する魔法なのだ。
その文章を読んだ時、僅かに動揺する。俺も禁忌の塊みたいなものだからな。俺が調べられると、それがバレる可能性がある。それはかなりマズイ。今思えば、普通の医療機関に入院していたことも、綱渡りの状態だったのだ。
幸い、魂に関することは調べられてはいなかったようだが、もし調べられていたらと思うとぞっとする。下手すりゃ眠ってる間に殺されてたかもな。
報告書を全部読み終えた俺たちは、用紙を机の上に戻し、ため息を1つ吐く。さすがにここまで大事になるとは思わなかった。
「かなり大事になってますね」
「禁忌に触れる魔法を使ってきたからな。下手すれば、これが我が国に対する宣戦布告と取れてもおかしくない行為だ」
「しかも騎士を使った自爆テロですからね」
自国の優秀な騎士をこうもボロボロにしての攻撃。ある意味実験のようにも思えるが、さすがにそれは無いと思う。実験するなら、もっと犯罪者とか使うはずだしな。現にここも、魔力回路の確認の為に死刑囚を利用したらしいし。
「厳重な抗議後、この魔力回路に関する情報をすべての国に通達するつもりだが、そうなればギンバイはすべての国から孤立することになる。それ以上に、全ての宗教を敵に回すことになる。それほどの価値がこの魔力回路にあるとは思えないのだがな」
確かに、人1人を潰して1等星級の魔物の力を手に入れたとしても、それは時間限定の物になってしまう。
自分の体がぼろぼろになるまでに出来ることなどたかが知れてるだろうし、戦争利用は出来ないだろう。
「とりあえず俺達の感想からですね」
「ああ、気付いたこと、気になったことがあれば何でも言ってくれ」
「まず人に関してですが、戦っている時は妙な感覚がありましたね」
「妙?」
いくら魔法で強化されているからと言って、味方を巻き込むことを前提として攻撃してくるとは思えない。
しかし、実際は味方もろとも俺を攻撃してきたし、味方もそれが当たり前のような動き方をしていた。
そこに自分の意思があったかどうかが怪しい。
魔力回路に心を壊す能力があったと言うことだから、おそらく何か命令のような物がされていたのではないかと想像する。
つまり、騎士たちは別の誰かの命令で今回の行動をさせられていた可能性が浮上する。その場合、騎士たちは完全な被害者となるのだ。
その事を伝えると、宰相は難しい顔になる。
「そうなると騎士に命令できる立場の人間と言うことになるな。しかも、ディオはギンバイの中でもかなり地位が高い騎士だったはず。その彼に命令を出すとなると――」
王族の近くにいる人間、もしくは国の中枢にかかわっている人物と言うことになる。
「あと、筋肉が千切れていることに関しては、力の出し過ぎでしょうね。体の許容を超える力を出せば、筋肉が千切れるのは当然ですし」
「そう言えば、試合中は君も取り押さえられていたな」
「まさか俺でも振り切れないとは思いませんでしたよ」
2人に掴まれていたとは言え、普通の人間の体力ならば、俺なら簡単に振り払えたはずだからな。
「なるほど。騎士がどうしてああなったのかはだいたい分かった。魔力回路については何か感じたか?」
「感覚的には――そうですね。この魔力回路はもしかしたら発動を何段階かに分けられているかもしれません。もしくは重ね掛けされていたかと」
「段階か重ね掛け?」
試合中、最初から筋力が上がっていた騎士たちは、突然異常なまでに力を上げた。
つまり、最低でも2回魔法は発動したことになる。
試合前で1段階、試合中にもう1段階だ。試合中に発動した後は、特に騎士の動きの変化が顕著だったし、もしかしたら、あの時に完全に心を壊された可能性もある。
俺がそう言うと、リリウムとフィーナもそれに賛同した。
「私たちは1段階目しか直接は戦っていなかったが、その時でも人の力としては破格だったように思える。2段階目になった時の力は正直想像したくないレベルだ」
「そうですね。近くで見ていたからよく分かりました。最初の時はまだ剣にも戦術のような物が感じられましたが、トーカと戦っている時の彼らには、そのようなものが見られずに、ただトーカを倒すことだけに全力を注いでいるような――何か執着のような物すら感じられましたから」
俺が戦ってる時の騎士どもは完全にゾンビだったからな。
「なるほど。何段階かに使い分けることで実戦に投入すると考えられる訳か」
宰相はこの魔力回路が戦争利用を目的として作られたと考えているみたいだ。それには俺もおおむね同意するが、今このタイミングで使ってきたことがどうしても腑に落ちない。
実戦で使えるかを試したければ、何もこんな大舞台でなくてもいいのだ。
自国の騎士同士でやらせてもいいし、それこそ最近増えているって話の盗賊相手に使えば無駄は少ない。
それとも、それ相応の力を持った相手じゃないと意味が無いのか?
考えることは尽きないが、そもそもこの話は俺達が深く関わることじゃない気がする。
完全に国どうしの問題なのだから、国籍を持たない俺がどうこう言う話でもないだろ。
「ありがとう。3人の話は色々と参考になった。今後はこの話も加味して調べていくとさせてもらうよ」
「いえ、少しでもお役に立てたのなら光栄です」
最後に王様と握手をして、謁見は終了した。
ちなみに身分保証書は、チームに参加していたフィーナにも有効と言うことで、フィーナに渡すことにした。ユズリハの国民とはいえ、正式な保証書を持っていなかったフィーナにはちょうど良かったのだ。
翌日。団体戦の決勝から3日目。依然意識を取り戻さないギンバイの騎士たちを置いて、闘技大会の表彰式が行われることになった。
騎士たちも被害者とはいえ、闘技大会中に禁忌とされる魔法の効果を受けたのも事実。そのため、ギンバイ帝国の選手の成績は全て失格となり、それ以下だった人の順位が繰り上げられることになる。
とはいっても、賞金が出るのは、個人戦・団体戦の優勝のみのため、そこまで大きな変化はない。
俺達が闘技場に来てみれば、なぜか闘技場の観客席は満員状態だった。別に今日は試合がある訳でもないし、そこまで人が来るようには思えなかったのだが。
「満員か」
「当然だな」
「そうでしょうね。なんせトーカが決勝以来初めて人前に出るんですから」
「そう言うことか」
試合後は病院と城にこもりきりだったからな。観客の前にも、マスコミの前にも全く姿を見せなかったし、今日見れるって言うんなら、皆が見に来てもおかしくはないか。
それに優勝者インタビューがあるって言ってたから、それを目当てにしている人もおおいんだろうな。主に俺の正体的な意味で。
もともとインタビューのことは聞かされてたから、だいたいの内容は考えてある。それに、新聞も毎日読んで情報は収集してあるから、観客たちの俺に対する考え方も大方把握している。
観客たちの考えは大きく分けて2つになっていた。
1つは言わずもがな、極星の勇者の再来だ。ギンバイ騎士たちが禁忌の魔法を使っていたのは、今朝の新聞で公表されている。その騎士たちを相手に正々堂々と戦い勝利した俺を、まぎれも無く極星の勇者の再来と崇めるように讃頌している連中だ。まあ、俺もぶっちゃければ禁忌使ってるんだけどな。
そしてもう1つは、よくあるゴシップ記事に影響を受けた者達。
そのゴシップ記事の見出しは『隠された事実。闘技大会の裏側。大会スタッフの独占インタビューに成功!』だ。
その内容は簡単に言えば、この試合八百長じゃね? ってことである。全属性を使っているように見せかけて、フィールドの外から別の魔法使いが俺の魔法を演出、俺を極星の勇者に仕立て上げて大会を盛り上げようと言うものだ。
俺達の倍率が300倍を超えていたのも、それを信じる人に拍車をかけていた。儲けれたのは主にマナカナだけだったが。
大会スタッフが誰だか分からないが、嘘八百を並べたようだ。そもそも、今回の大会で俺はノーマークだったし、運営の中にも賭けに参加してる連中はいただろうし、インタビューに出たのは私怨かな?
「それではチームトーカの皆さんはフィールドの上までお願いします。そこからは司会が進行しますので、それに従ってください」
フィールドへの門が開かれ、俺たちはフィールドに向かって歩き出した。
盛大な拍手と花びらが闘技場を埋め尽くす。
闘技場の外周では、7属性の魔法が天に向かって放たれている。花火と同じような使い方をしているみたいだ。
「団体戦優勝チーム! チームトーカの入場だ! 数々の難敵を退け、誰もが不可能と思っていた快挙を成し遂げた。その功績はもはや伝説レベル! 歴史に残ることは間違いなしのこの者達は、いったいどこの誰なんだ!? その秘密が今日明らかになることはあるのかぁぁぁああああ!?」
俺達がフィールドに上ると、そこにはギンバイチーム以外のすべてのチームが揃っていた。
その視線は全て俺に向けられている。選手の皆さんも興味津々ってやつだ。
シグルドは微妙に違う視線を向けているようだが、気にしないようにしよう。
「ではこれより競技大会団体戦表彰式を開催します!」
式は何事も無く進み、俺は全員の前でチームを代表して優勝トロフィーを貰う。
そしてフィーナに表彰状、リリウムが優勝旗を受け取り、3人でフィールドの上に作られた表彰台で高らかに受け取ったものを掲げた。
つっても、このトロフィーとかはすぐに返すけどな。冒険者には邪魔なだけだし。
国もそのことは承知しているようで、特に問題なく返却に応じてくれる。過去にも同じようなことはあったらしいからな。
「続いては、優勝チームのインタビューだ!」
スタッフが俺に近づき、マイク(音を増幅させる魔力回路が仕込まれた棒)を渡してきた。俺はそれを受け取って、観客の方を見る。
すると、自然の歓声に沸いていた観客席が静寂に包まれた。
さて、しゃべりだしはどうしましょうかね。
「初めまして。チームトーカのリーダー、漆トーカだ。まずはこの闘技大会で優勝できたことを嬉しく思う。応援してくれた人たちには感謝しているありがとう!」
俺が頭を下げたのに合わせて、フィーナとリリウムも頭を下げた。
「じゃあ、適当な前置きは最少にして、そろそろ気になってることを話そうか。巷じゃ俺が極星の勇者の再来と信じてる連中がいるみたいだが、俺はあいつとは全く別人だ。子孫とかでも無けりゃ、生まれ変わりでもない。全くの無関係だ」
その言葉を聞いた観客たちに僅かながら動揺が走る。まあ、全否定されるとは思わなかっただろうしな。せっかくの極星の勇者の後釜に入れるんなら、普通は喜んでその名誉に飛び込むはずだ。
けど、俺はそれを蹴った。名誉ってのは、それなりに責任もついてくるからな。それは俺の行動の邪魔にしかならないだろうし。
すると、観客席のどこかから「八百長だから認められないんだろ」と野次が飛ぶ。
観客席からその声にブーイングが起こるが、俺はそれを止めた。
「お前ら落ち着け。そう言う噂が出て来ることも知ってるぜ。しっかり新聞は読んでるからな。そんでその可能性を排除してくれって国からも頼まれてんだ。だからこの場でサービスしてやるよ」
せっかく国が大々的に開いた大会を八百長扱いされてはたまらないと、王様からもこの舞台で誤解を解くように言われていた。
解決方法は俺に一任されてるから、やりたい放題だな。
「月示せ、8属の灯り。ライト!」
俺が詠唱を完成させた瞬間、闘技場が9つの太陽に照らされた。
1つは言わずもがな、真上にある普通の太陽。そしてそれを取り囲むように浮かび上がるそれぞれの属性をした色の球体は、観客たちの口を開けるには十分すぎた。
「これで分かってもらえたかね? 俺は全属性を使える。つっても毒属性だけは勉強してねぇから上手く使える自信はねぇけどな。それともう1つ。俺の加護の星は月だ。今も俺には真上に輝いてる月が真っ赤に見える。そのせいで太陽も微妙に赤い。これが俺と極星の勇者が別人である理由だ。
その上で言わせてもらう。俺は冒険者だ。どの国家にも属することは無く、戦争に協力することも無い。雷帝や爆炎と同じ、宣言をしとくぜ。これやっとかないと後から五月蠅いってアドバイスされたからな」
それはフェイリスからのアドバイスだった。
今朝部屋にやってきたフェイリスは、俺がA+冒険者を倒したことで、A+冒険者と同等、またはそれ以上の存在であることが各国に知れ渡っている。だから、早いうちに宣言しとけって言われていた訳だ。
俺もその意見は賛成だったし、国関連じゃ伝えておきたいこともあったからちょうどいいと考えていた。
「ついでに言わせてもらえれば、仲間に手を出した連中にも容赦はしねぇ。それが国ならその国ごと滅ぼすし、犯罪者ならそいつを確実に殺す。組織なら必ず潰す。俺にはそれを出来るだけの力がある。それだけは肝に命じとけ」
適当に脅しも加えて、俺の言いたいことはだいたいすべて行った。後は、ちょっと怖くなってしまったこの雰囲気を明るくするだけだ。その布石はしっかりとしてある。
「ほんじゃ、最後に俺からのサービスだ。月示せ、8属の八花。フルブルーミング!」
その日、闘技場の上に、8つの巨大な花が咲いたのは、言うまでもない。
過去にないほど盛大に盛り上がった闘技大会は、こうして幕を閉じた。




