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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
デイゴ王国闘技大会編・団体戦
98/151

97話

 目が覚める。今度はちゃんと瞼も開いた。

 視界に入って来たのは、真っ白な天井と、カーテンレール。そのカーテンは完全に閉ざされ、個室になっていた。

 体はちゃんと動くかと、手に力を込めてみる。思うように手は閉じたり開いたりを繰り返し、異常がないことを伝えてくる。

 次は腕、持ち上げようとしたとき、予想以上の重さが腕にのしかかっていた。

 火傷の後遺症でも残ったのかと心配して腕に視線を向ける。

 重さの原因は後遺症ではないようだ。俺の腕の上に、うつ伏せでフィーナが眠っていた。ずっと傍にいてくれたのか。

 フィーナを起こさないようにゆっくりと体を起こす。そしてフィーナの下から右腕を引き抜き、頭の上に乗せる。

 さらさらとした髪の感触がとても気持ちいい。

 ゆっくりと手を動かし、フィーナの頭を撫でながら、部屋の様子を見る。

 現代の病院とさほど変わらない作りのようだ。

 医療器械らしきものとベッド、そしてカーテンがあり、カーテンから透けて見える外は、この部屋が完全に個室であることを示していた。

 何日眠っていたのか分からない。窓から光が入ってくることから、今が日中だと言うことが分かるぐらいだ。

 部屋の外からは、子供の泣き声や、大人の話し声が聞こえてくる。

 こういう部屋なら、何かしらナースコールのようなものがあるんじゃないか。そう考えて、俺は周囲を見回す。

 それらしきものは壁に貼り付けられていた。

 大きなボタンになっていて、老人でも押しやすくなっているのだろう。

 ただ、それを押す前にとりあえずフィーナを起こすことにする。

 頭を撫でていた手でそのままフィーナの肩を揺らす。

 すると、フィーナは意外と簡単に目を覚ました。目をこすりながら、体を起こす。


「おはようございます、お姫様」

「あ、すみません。眠っちゃってましたか?」

「おう、ぐっすりとな」

「……え?」


 フィーナが俺を見て固まる。


「おはよう」


 もう一度目をこすって俺を見る。どうも俺が起きていることが信じられないらしい。

 しょうがないので、これが夢じゃないと教えるべく、フィーナの頬に手を伸ばし、ムニっと抓った。


「いふぁいです」

「夢じゃないことは分かってもらえたかね?」

「夢じゃ、夢じゃないんですね……」


 フィーナの瞳から、大きな雫が零れ落ちる。それは頬を伝い、顎から落ちてシーツを濡らしていく。


「紛れも無く現実だ」

「トーカ!」


 抱き着いてきたフィーナを受け止め、優しく背中を撫でてやる。大分心配させちまったみたいだし、しばらくはこのままにしておいた方が良さそうだな。

 そんなことを考えながら、耳元で小さくただいまと言っておいた。


 少ししてから、フィーナの体を離す。


「さて、んじゃそろそろ人呼んでもらってもいいかね? てかこのボタン押せばいいんだよな?」

「あ、はい。そうです! そうです!」

「んじゃポチッと」


 ボタンを押すと、急に部屋の外が騒がしくなる。そして扉が勢いよく開かれ、大勢の人間がなだれ込むように入って来た。


「フィーナ! 何があった!?」

「様態が急変したのか!?」

「奴は無事か? すぐに医者が来る」

「トーカしっかりするんだ! フィーナさんを置いて逝くつもりか?」

「トーカさん、死んじゃやだよ!」


 なだれ込んで来たのは、順にリリウム、宰相、フェイリス、カナ、マナだ。

 その騒々しさに、思わず俺が注意を飛ばす。


「おう、お前ら病室だから少し落ち着け」


 言葉の発信源がベッドから起き上がっている俺だと知って、全員が目を丸くして絶句する。そんなに目覚めるのがおかしなことかね? 確かにかなりダメージ入ってたけど、デイゴの最新医療のおかげで怪我はほとんど治ってるみたいだし、起きても不思議じゃないと思うんだけどな。


「もう目が覚めたのか」


 代表して口を開いたのは、リリウムだ。やっぱこういう時の持ち直しは、俺に関わってるだけあって逸早い。まあ、驚いてる時点でまだまだだけどな。


「はい、ついさっき目が覚めました」


 リリウムの問いに、フィーナが涙を払いながら答える。


「そんなに驚くことかね? てか俺ってどれぐらい寝てた?」


 感覚的にはそんなに寝ていた感じは無い。体がなまってる感じも無から、何週間も何カ月も眠ってたってことは無いはずだ。せいぜい数日眠ってたって感じだと思うんだけど。


「今は決勝があった日の夕方だ。トーカが眠っていた時間はだいたい6時間と言うところだな。そろそろ日が沈む」


 みんながなだれこんできた際に開いたカーテンから外を見れば、空は夕焼け色に染まっていた。


「6時間か、いい感じに寝てたわけだな」

「異常だ……こんなに早く目覚めるなんて」

「宰相の爺ちゃん、それはひどくね?」


 さすがに目覚めて怖がられるとは思わなかったぞ。


「いや、でもトーカさん。全身火傷に打撲、疲労も凄いことになってるってお医者さん言ってたよ? 正直いつ目覚めるか分からない状態だって」


 カナが俺の診断を教えてくれる。そんなことになってたのか。まあ、ディオの炎にまかれたし、かなり全力で動いてたから、それも仕方がないとは思うけど、いつ目覚めるか分からないってそんな大げさな。


「まあ、目覚めてくれたのなら良かった。君の戦ったチームのメンバーはまだ全員意識が戻らない状態でな。試合中に何があったのか詳しく分からないままなのだ」

「今から話す?」

「そんな、トーカはさっきまで怪我と疲労で倒れていたんですよ!」


 俺の問いに、フィーナが抗議の声を上げる。

 確かに倒れはしたけど、今の俺は結構ぴんぴんしてるぜ? ぶっちゃけ今からならもう1試合ぐらいできそうだし。


「いや、さすがに今日はいい。後日、落ち着いたら話をしてもらいたい。今からは医者の診察もあるだろう」

「了解。しばらくは入院ですかね?」

「それは君の体次第だろうな。まあ、ゆっくり休んでくれ」


 そこで医者が数人の看護師を伴って部屋に入ってくる。そして宰相がいることに驚いてはいたが、事情を知っているのかすぐに納得して部屋にいた全員に退室を願い出た。


「ではトーカ、また後で」

「おう」


 フィーナ達が部屋を出て行ったのを確認して、医者が俺の診察に入った。


 診断結果。多少の筋肉疲労は残っているものの、その他に異常な場所は無く、いたって健康状態である。

 その診断結果を、医者は信じられないものを見るかのように宰相たちの前で読み上げた。

 俺はそれに大きくうなずく。さすが俺だと。


「さすがトーカですね!」

「なんというか、トーカだからな」

『…………』


 フィーナとリリウム以外は言葉を失っていた。

 まあ俺の秘密を知らなければ当然だろうね。


「とりあえず、異常なしと言うことで、今日は念のため入院してもらいますが、明日にでも退院は可能かと思われます」

「わ……分かった。トーカ殿、どうする?」

「城の方に戻れるんなら、そっちの方が良いと思います。俺が病院にいるって情報もそろそろ広がってるでしょうし」


 明日にはマスコミ辺りがなだれ込んできかねない。そうすると他の入院患者とか病人に迷惑かけそうだしな。


「分かった。では明日の朝、王城へ移動して話を聞こう」

「了解、それまでには何があったかまとめておきますよ」

「よろしく頼む。儂はこれで失礼するよ。仕事が残っておるからの」

「ええ、わざわざすみません」


 宰相の後に続いて、フェイリスも部屋を出て行く。そして残ったのは女性陣4人だ。


「トーカさん無事でよかったよぉぉおおお!!!」


 女性陣の中で、最初に動いたのはカナだった。カナは両手を広げ、涙目になりながら俺のベッドに飛び込んでくる。


「ぐえっ!」


 そしてマナに服の首を掴まれて苦しんでいた。


「お姉ちゃんぐるじい……」

「トーカは怪我人だから。飛び込むとか論外だから」

「ハハ、怪我っつってもほとんど治ってるけどな。それより2人も見舞いに来てくれてたんだな。あんがと」


 試合は店があるだろうから見てなかっただろうけど、すぐに駆けつけてくれただろうということは想像できる。


「いえいえ、私たちも色々トーカにはお世話になったし、今回も儲けさせてもらいましたから」

「そう言えば賭けは俺たちのチームにしてたんだっけ?」


 フィーナと俺たちのチームに賭けるって言ってたな。


「そうなんだよ! おかげでお店立てるための資金が一気にたまっちゃった!」

「そんなにか?」


 確かに俺達に賭ける人は少なかっただろうし、倍率は高かっただろうけど、そんな一気に資金がたまるほどになるとは思えないんだけどな。

 せいぜい5倍とかだろ? そんな大金なんて賭ける訳でもないだろうし、そこまで溜まるとは思えないんだけどな。

 俺が疑問に思っていると、リリウムが多少呆れたように説明してくれた。


「フェイリスとルーガ。この2人がチームを組んでいた時点で、私たちのチームに賭ける人たちはほぼ皆無になっていたそうだ。せいぜいがフィーナの戦いを見てファンになった連中がご祝儀程度に賭けたらしい。その反発としてデイゴチームに大量の人が流れてしまったらしく、倍率が瞬く間に上がって行ってしまったらしい。最終的に私たちのチームは300倍になっていたよ」

「300!?」


 それは上がりすぎじゃないのか!? それともそれだけ期待されてなかったってこと?


「相手は5人で、しかも世界に3人しかいないA+冒険者と、デイゴで1番の騎士、それ以外も有名な者達ばかり。対して私たちは個人戦2回戦敗退の少女に、A-ランクの女冒険者、しかもリーダーは無名のB-ランク冒険者。賭けたいと思うか?」

「うん、無理だな」


 普通はどう頑張っても勝てねぇよ。それこそ天変地異でデイゴチーム全員が自然の雷に打たれるぐらいのことがねぇと。いや、フェイリスは雷属性だし、雷程度に打たれても問題なさそうだな。


「そういう理由からの300倍だ。さすがに他のチームは最大でも20倍になっていたようだな。異例なことだが、そもそもチーム編成が異例な事だらけだったから仕方が無かったのだろう」


 そこにカナが続く。


「それでね。私たち、今回屋台でやった試作のデイゴ漬けででた儲けを全部賭けてみてたんだよね! もともとは出す予定の無かった料理だし、利益もお店の資金には計算してなかったから! デイゴ漬けの利益がだいたい10万チップで、それの300倍だから3000万チップに膨れ上がっちゃったんだよ! これでトーカさんが死んじゃってたら、申し訳なくて使えなくなるところだったよ!」

「ハハハ……そりゃ生きててよかったわ」


 さすがに桁がデカすぎて、乾いた笑いしか出ない。いや、大会優勝賞金よりはるかに上じゃん。


「と、言うことで優勝パーティーしよう! もちろん奢るよ!」

「おう、まあしばらくして落ち着いてからになりそうだけどな」


 今町に出てったら確実に囲まれる。民衆とか、マスコミとかその他もろもろとかに。

 それにギンバイ騎士の事もあるしな。しばらくは城から出られないとかそういう状況になりそうだ。


「そうですね。むしろトーカがユズリハに来たときにやるぐらいでもいいかもしれません」

「ならそれまでにお店建てて、私たちのお店でパァッとやろうよ!」

「それは面白いわね」


 なぜかマナカナの2人でどんどんパーティーの計画が練られていく。それを見ながら、そう言えばとリリウムのことを思い出す。


「リリウムはいつ出発する予定? しばらく城の中にいることになりそうだし、デイゴを出るなら早い方が良いと思うけど」

「そうだな。私も一応試合には出ていたから事情は聴かれるだろう。それがひと段落すればと言ったところだろうな。今度は一人旅になるから、しっかりと準備をしなければならないし」

「そうですか。やっぱりリリウムがいなくなるのは寂しくなりますね」


 俺たちの話を聞いて、フィーナがしょんぼりとする。まあ、冒険者になってからはずっと3人だったしな。1人減るだけでも結構不安になったりすることもあるだろうし。


「そんな顔をするな。別にすぐに別れる訳でもないし、意外と早く再会する可能性もあるしな」


 そう言ってリリウムはフィーナの耳元に自分の顔を寄せる。そして何かごにょごにょとフィーナに言った。

 さすがにその声は聞こえなかったが、その言葉を聞いたフィーナはボンッと頭から火が出そうなぐらいに顔を赤くしてもじもじとしだした。

 何言ったんだ?


「まあ、そう言うことだ。意外と早く会うことになるかもしれないだろ」

「そうですね。必ずそうしましょう!」

「ハハ、頑張ってくれ。さて、私たちもそろそろ行こう。いつまでも病室にいてはトーカも休めないだろう。今日ぐらいはしっかり休むべきだろうしな」

「そうですね。では私たちはお城に戻ります。また明日」

「おう、また明日」


 フィーナ達が部屋を出て行ったあとで、俺は明日の話の為に、今日の試合のことを考える。

 今日のギンバイチームは明らかにおかしかった。何か操られているような感じだったし、力も普通では無かった。

 それに鎧を壊した後のギンバイチームは動きが鈍くなったようにも感じる。

 鎧から発せられた光の事もあるし、その辺りに秘密が隠されているのかもしれない。

 とにかく今の俺では情報が足りない。推測できる部分もあるが、それは何の根拠も無い物ばかりだ。それじゃ意味が無い。


「明日まずはギンバイの連中の状態を聞いてみることだな」


 ベッドに倒れ込み、俺は再び眠りに着いた。


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