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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
デイゴ王国闘技大会編・団体戦
96/151

95話

 リリウムは、相手騎士1人の剣を受けた時点で異変に気付いた。

 力が異常なまでに強い。トーカの本気とまでは行かないが、確実に人間が出せるレベルの限界を超えている。

 どういう理由かは分からないため、試合を止める訳にも行かず、剣での打ち合いを避けて、魔法戦主体にするように心がけていた。

 しかし、その魔法戦でも相手はおかしかった。

 前の試合を見た時より、明らかに威力が上がっている。加護の度合いから言えば、1ランク。3等星の加護なら2等星なみの威力になっているのだ。

 そしてギンバイの騎士の大半は2等星の加護持ち。つまり全員が1等星の威力を持ってリリウムに向かってきていることになる。

 迫りくる吹雪を風で吹き飛ばしながら、リリウムは次の攻撃に備えることで手一杯になっていた。

 相手の属性は氷と毒。氷属性の騎士が一帯を攻撃し、リリウムの動きを止めている間に、毒属性の騎士が毒を散布する流れだ。

 現状は、風が毒も吹き飛ばしているため問題ないが、もし一太刀でも斬られることになれば、確実にリリウムの体を毒が浸食することになるだろう。


「厄介すぎる。どういうカラクリか知らないが、これは不味いぞ」


 吹雪が途絶えたところで、ウィンドマントを使い移動する。

 その直後に毒の騎士の剣が、リリウムのいた場所に振り下ろされた。


「筋力の増強に、加護の強化。異常だらけじゃないか」


 氷の騎士の背中に回りながら、この状況の打開策を考える。幸い騎士たちの反応速度は上がっていない様子だ。

 その証拠にリリウムのウィンドマントの速度に追いついていない。

 見失ってはギリギリで受け止め、力押しで状況を立て直すと言うのが、今の騎士の戦い方になっていた。

 そこに好機を見出すしかないと考え、リリウムは動く。

 先に叩くべきは氷の騎士の方だ。毒ならば攻撃を受けなければいいし、散布されても風で吹き飛ばせる。しかし氷で動きを封じられると、毒の攻撃を躱す手段が無くなってしまう。その状況だけは何としても避けなければならなかった。

 氷の騎士に向けて剣を突き刺す。騎士はそれを間一髪で避けて、後方に逃げながら詠唱を唱えた。


「星に願いて、凍土に誘う。アイスストーム!」


 氷の竜巻が巻き起こり、リリウムに迫る。リリウムはその竜巻を躱すために、あえて毒の騎士に近づく。そうすることで、毒の騎士が魔法に巻き込まれるのを防ぐために氷の騎士は魔法を止めるはずと考える。

 しかし氷の騎士は魔法を止めなかった。

 毒の騎士ごと巻き込んで、リリウムに竜巻をぶつけに行く。

 その行動に驚き、とっさに風を使い逃げようとするも、足先が竜巻に触れてしまう。


「しまっ……」


 一瞬にして左足の足首までが氷漬けになってしまった。

 その隙に毒の騎士が動く。毒の騎士はもろに氷の竜巻を受けて、鎧や足、腕が凍ってしまっているが、それをもろともしない筋力で、強引に走り寄ってくる。


「ハァ!」

「くっ」


 剣を受け止め、受け流す。左足が凍らされたために、いつもの機動力は奪われてしまった。しかし、それだけだ。

 逆に凍ってしまったことを武器にすればいい。

 剣を受け流した直後、リリウムはその剣を自分の剣で地面に押さえつける。

 そして凍った左足を振り上げた。

 氷の塊のせいで、左足は重くなっている。その分蹴った時の威力は上がっているのだ。

 振り抜かれた左足は、騎士右ふくらはぎを直撃する。ゴキッと鈍い音がして、その場に騎士が崩れ落ちた。


「これで1人」


 フィールド外に叩き出そうと、騎士に手をかけた時、再び氷魔法が飛んできた。


「仲間も関係なしか!」


 とっさに飛び退こうとする。しかし、その足を毒の騎士に掴まれた。


「自爆覚悟だと!?」


 足を掴まれ、その場から逃げることも出来ず、ろくな防御を取ることも出来ずに、毒の騎士とリリウムは氷の竜巻に巻き込まれた。


「ぐわっ!」

「クッ!」


 お互いの体が凍りつき、体の自由を奪う。

 さらに竜巻の中に飛び回る雹が、リリウムと騎士の体を殴打し、ダメージを蓄積させていった。

 リリウムはその中で、頭をガードしながらひたすら竜巻が収まるのを待つ。

 すでに体の半分と、左手左足が氷に覆われ、まともに動かすことができない。

 ゆっくりと竜巻が収まった時、リリウムの体はボロボロになっていた。

 毒の騎士は足元で完全に気絶している。未だ足を捕まえている手を振りほどき、リリウムは何とか竜巻から生還した。

 しかし、満身創痍だ。


「これは……かなり厳しいか」


 今だノーダメージの氷の騎士は、悠然と剣を構え、リリウムに向かって走り寄る。その瞬間、突然リリウムの背後で爆発が起きリリウムを煙の中に巻き込んだ。




 フィーナは混乱していた。

 相手の強さにではない。相手の性格が違いすぎるためだ。

 フィーナの相手になっているのは、以前酒場で絡んできた騎士だった。飄々としていて、どこか軟派な騎士だと思っていたのに、今の騎士からはその気配が全く見られない。まるで別人のようだった。

 寡黙で、ただ目の前の敵を倒す事しか考えていない。

 そう思えるほど、騎士の攻撃は苛烈で、あまりにも防御をおろそかにしていた。

 だからこそフィーナはまだ戦えていた。

 相手の攻撃を何とか受け流し、躱し、隙をついて攻撃を仕掛ける。相手の防御が薄いため、確実にダメージを与えていることは分かっている。

 騎士の鎧の隙間から血が流れ出していることからも、それははっきりと分かった。

 しかし、一向に騎士の動きが変わらない。徹頭徹尾攻撃を仕掛けてくる。フィーナが攻め込んだタイミングでさえ、肉を切られながらも攻撃を仕掛けてきた。


「おかしいですよ……こんなの」


 あまりにも苛烈な攻撃。そして無視された防御。それはまるで、死を恐れていないような、むしろ物語に出て来る屍、アンデッドを彷彿とさせる動きだ。

 再び突撃してきた騎士を、アイスワールドで滑らせ、その隙をついて鎧の隙間に剣を突き刺す。

 グジュッと嫌な感触が伝わってくるが、今はそれを気にしている余裕は無い。

 相手は、刺されたことを無視してフィーナに手を伸ばしてくる。その手を躱して下がると、騎士は痛みを気にすることなく立ち上がった。

 鎧の隙間から血がビュッと飛び出し、フィールドを赤く汚す。


「うぉぉぉおおおおお!!!!」


 突然騎士が叫びだした。

 その叫びにフィーナが警戒を強める。


「星に願いて、気魂を放つ! エアハンマー!」

「星に願いを。氷結の壁、アイスウォール!」


 空気の塊をフィーナは氷の壁で受け止めるべく詠唱をする。エアハンマーは空気の塊が飛来するため、どれだけの大きさがどの位置に来るのか分からない。そのため躱すのは危険と判断したのだ。

 生み出された氷の壁は、エアハンマーの直撃を受ける。そして氷の壁を一撃のもとに粉砕した。


「えっ!?」


 その光景にフィーナは思わず呆然とする。

 そして突き破って来たエアハンマーに殴り飛ばされフィールドを転がった。

 通常1等星どうしの加護が衝突した場合、どちらかのみが消滅することは無い。お互いがお互いの力を打ち消し合い、対消滅するはずなだ。

 しかし、騎士の魔法はフィーナの魔法を貫通し、フィーナにダメージを与えた。つまり、騎士の加護は1等星を超える加護と言うことになる。


「そんな……なんで……」


 体を起こしながら騎士を見る。騎士は追撃を掛けるべく走り出そうとした。その瞬間、視界が黒い煙に覆われた。




 観客席からローブの男は試合を観戦しながらデータを収集する。

 ディオと共闘している騎士は特に問題なく効果が出ている。人格が多少暗くなり、寡黙にもなるが、想像の範囲内だと判断した。知能の低下も見られないことから実験は成功だと言ってもいい。

 次に冒険者リリウムと戦っている2人の騎士。こちらはディオたちとは少し魔力回路を変えたものが使用されている。そのためか連携が上手くいっていない。敵を倒すためなら、平然と味方を囮にする、魔法に巻き込む。もしかしたら、味方ごと剣で貫くことすらしてしまうかもしれない。

 勝つための手段としては評価できるが、戦争に使う場合は味方どうしで潰し会ってしまう可能性があるため不向きと判断する。

 そして最後の騎士。副隊長に使ったのは、もっとも効果が強烈な魔力回路だ。その効果はやはり絶大な物だった。

 筋力、加護ともに飛躍的に上昇し、加護に至っては1等星をしのぐレベルになっている。

 しかし、感情が希薄になり、自分の体のダメージを顧みなくなってしまった。

 心が壊れてしまったと言っても良いかもしれない。

 しかしこれはこれで使いようがある。敵地に単独で放り込めばそれなりの成果を出しつつ、捕まっても情報を引き出されることは無い。使い捨ての兵器としての利用価値は十分だ。

 ある程度の情報が入ったところで、フィールドが魔法の爆発により煙に包まれた。

 ローブの男はこれを好機と見る。

 そして魔力回路に仕込まれた最後の魔法を発動させるべく詠唱を開始する。


「星に願いて、繋がれた全ての枷を外せ。リミットブレイク」


 詠唱と共に、フィールドにいた騎士たちの鎧が輝く。そして最後の魔法の発動と共に、騎士たちの精神が完全に崩壊した。




 煙の中から僅かに覗く2人の姿は、かなりピンチっぽい。

 リリウムは明らかに満身創痍だし、フィーナもフィールドに倒れている。


「こりゃ2人とも棄権させるか」


 フィーナはまだ戦えそうだが、リリウムがいなくなった場合、フィーナに騎士が2人以上向かう可能性が高い。そう考えると、ここで交替させてしまっても良い気がする。

 とりあえずリリウムをどうにかしようと駆け出そうとしたとき、フィールド全体に叫び声がとどろいた。


「なんだ!?」


 何かマズイことが起きそうな気がする。俺は全力で地面を蹴り、リリウムを回収。すぐさまフィーナのもとに辿り着く。そしてフィーナの目の前で叫んでいる騎士をディオ達に向けて蹴り飛ばした。

 騎士は叫びながら無防備に蹴り飛ばされ、ディオに向かう。ディオはそれを無造作に殴り落とした。

 バキンッと鎧が地面に当たる重い音と共にその騎士は倒れるが、すぐに起き上った。


「すまないトーカ」

「トーカ」

「こりゃ何かヤバい事が起こってるっぽい。フィーナとリリウムは棄権してフィールドを降りろ」

「でもそれじゃ、トーカが1人に」

「俺は問題ない。それよりフィーナ達がいると全力が出せない」


 叫び終わった騎士たちは、今までまともだったディオやその横の騎士を含め、全員がフラフラとしていてまるでゾンビのようだ。

 全力で走るゾンビ。なんかゲームで見た気がするが、本当にそんな風に見えてしまう。


「分かりました。私とリリウムは棄権します。無理はしないでくださいね! 私たちは優勝したくてこの試合にでている訳じゃないんですから」

「もち。この状態だと運営もおかしいことに気が付いてるだろうし、ストップが入るまで耐えるだけだろうな」


 もちろん、騎士たちを今の運営が止められればの話だが。


「頑張ってください!」

「すまない、後は任せる」


 フィーナがリリウムに肩を貸してフィールドを降りる。俺はそれを守るように、騎士たちに立ちはだかる。


「何が起きてるかわかんねぇが、とりあえず止めるぜ」


 回転速度を全開に上げながら、俺はサイディッシュを構えた。




 騎士たちは、フィーナたちがフィールドを降りたことで目標を俺に集中したらしい。

 一気に走りだし、俺に向かって剣を振り下ろしてきた。

 俺はそれを、サイディッシュで纏めて受け止める。


「ぐっ……重い」


 さすがに5人の攻撃を一度に受けるのはきついか。それにやっぱり力が上がってるっぽいな。さっきよりもディオの剣が重くなっている気がする。


「とりあえず1人ずつ潰すか」


 遮二無二に攻撃をしてくる騎士達の1人を蹴り飛ばす。そして一気にトドメまで持っていくべく駆け寄る。さすがに魔法を詠唱しているだけの暇はないのだ。

 騎士に向けてサイディッシュの柄尻を突き出す。ゾンビっぽく暴走している以上、気絶させないと止まらない可能性が高いしな。

 もう試合がどうこう言ってる場合じゃなさそうだけど、大人数の一般観客に殺人現場を見せる訳にもいかねぇからな。

 サイディッシュの柄尻が、倒れている騎士の鎧を貫き、鳩尾を直撃した。

 カフッと騎士から空気の抜ける音がして、動かなくなる。やはり気絶が正解みたいだ。


「次」


 騎士たちが今どのポジションにいるか確認しようとあたりを見回すと、炎と水の魔法が飛んできた。

 それをサイディッシュで強引に薙ぎ払う。

 その間に別の騎士2人が迫ってくる。1人でだめなら2人でってことか。けど――


「1人も2人も変わらねぇ!」


 サイディッシュの刃では、騎士たち2人をひき肉にしかねない。俺はサイディッシュをいったんフィールドに突き刺して、素手で騎士たちに挑む。

 最初の騎士の突きをすれすれで躱し、すれ違いざま腕を殴って剣を奪い取る。そして波状的に来たもう1人の剣を奪った剣で受け止めた。

 そのまま力押しで相手をふらつかせる。

 たたらを踏んだ騎士に向けて剣を投げつけ、足を斬る。足もとへの攻撃で視線が下に行った騎士の首に蹴りを入れて気絶させた。

 そうしているうちに、剣を奪われた騎士が魔法を放ってくる。土属性の魔法だ。

 俺はそれを叩き潰せると判断して、前に出た。迫る土塊に拳を放つ。

 土塊は岩のように固かったが、それでも砕くことが出来た。そして一気に騎士に迫る。

 これで3人目。そう思った時、視界の隅に赤い物が映り込んだ。

 ハッとして俺はブレーキをかけ、その場から横に飛ぶ。その直後、炎の嵐が騎士を飲み込んだ。

 炎の嵐の中から悲鳴にも似た断末魔が聞こえ、やがて途切れた。

 完全に読み間違えていた。いくら暴走していても騎士ならば味方を巻き込むような攻撃はしてこないと思っていたが、味方ごと殺しかねない魔法を放ってくるとは。

 俺はその魔法を放った男、ディオを睨みつける。

 ディオは変わりなくただその場にたたずんでいるだけだ。その間にも、もう1人の騎士が俺に向かって来る。

 残りはディオとその騎士だけだ。

 騎士は剣を構えることも、魔法を詠唱することも無くただ俺に向かって突撃してきた。

 何かあると考えた俺は、近づかれる前に対処することにする。サイディッシュを再び拾い上げ、鎌を畳んだ状態で斧のように使いその騎士に叩きつける。

 斧側だと真っ二つにしてしまう可能性があるための配慮だ。

 騎士はそれに何の抵抗も無く叩きつけられた。俺があっけにとられていると、詠唱の声が聞こえた。

 ディオだ。また騎士もろとも焼くつもりなのだろう。だがそんなことをさせるつもりは無い。

 ディオの詠唱に合わせて、俺も水属性の水弾を詠唱する。

 ディオの詠唱が完成し、俺の詠唱も完成しようとした直前、俺の口が後ろから来た何者かによって塞がれた。


「むっ!?」


 そのせいで詠唱が中断される。驚いて振り返れば、そこには最初に気絶させたはずの騎士がいた。

 しかし、その瞳には生気が感じられない。ただ濁った、死んだ魚の目をしていた。

 その騎士はそのまま俺に掴みかかってくる。

 そしてついさっき俺がサイディッシュで殴り倒したはずの騎士までもが起き上って俺の足首を掴んできた。

 その間にも、ディオの炎は迫ってくる。

 騎士たちを強引に振り払おうと、体を捩じる。ミチミチと何かが切れるような音がする。しかし、騎士たちを振り払うことが出来なかった。いくら鎧で重さをましているからといっても、俺の力なら簡単に振り払えたはずだ。それが今は出来ない。

 今まで経験したことの無い現象に俺が混乱しているうちに、俺と騎士たちは炎に飲み込まれていった。


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