94話
ギンバイ帝国の騎士たちが宿泊しているのは、国が用意した最高級ホテルの最上階だ。
と、行っても4階のフロアを全て使った部屋なだけだが、それでも首都では1番いい部屋だ。その装飾は王城の客室とほぼ変わらないと言っても良いほどである。
その部屋の1室にギンバイの騎士たちと1人のローブの男が集まっていた。
「さて、現状は分かっているな」
口を開いたのはローブの男。その声は低く、威圧感を纏っている。
「分かっている。陛下はお怒りなのだろ」
答えたのはディオだ。
「当然だ。個人戦の優勝を逃すのみならず、2回戦敗退などギンバイの名に泥をつけるのも同じだ」
「分かっている。故に、団体戦では必ず優勝する」
「出来るのか? あの極星の勇者の再来と言われる男相手に」
「…………」
ローブの男相手にディオは無言を貫くことしかできなかった。
その無言はそのまま否定を表している。
「まあ、そうだろうな。奴の能力は明らかに異常だ」
「やけにすんなり納得するのだな」
「試合は見ているからな。あれは異常だ。すでに人の限界を優に超えている。だが倒せない相手ではない」
「なに?」
ローブの男の断定に、ディオは眉を顰めた。人間ではないと言い切る相手を、倒す方法があると言うのだから当然だ。
「仕込みはすでにお前らに配給した鎧に施してある。後は俺が魔法を発動させれば完成する」
「どういった魔法なんだ? 鎧に仕込みをする魔法など聞いたことが無い」
「一介の騎士に過ぎないお前が知る必要は無い。これは帝国の機密だ」
「そんなものを闘技大会で使っていいのか? 大勢が見ているのだぞ?」
「それだけのことをお前がしでかしたと言うことだ。優勝していればこのようなことをする必要は無かったのだからな」
「そうか……分かった。その魔法をかけてくれ」
ディオのその言い方にローブの男はクスクスと肩を震わせた。
「何がおかしい?」
「勘違いをするな。お前たちに魔法を掛けることはすでに決まっている。お前たちが今更どうこう言える段階ではないのだよ」
「チッ……」
「魔法は闘技場の控室で行う。今日は早めに休んでおけ。魔法はかなり体に負担をかけることが予想されるからな」
「了解した」
そうして重い空気の中ぞろぞろと退室するギンバイ騎士たちを見送って、ローブの男は再びクスクスと肩を震わせる。
「哀れな連中だ。ただの実験台にされているとも知らずに」
その言葉は、誰にも聞かれることなく空気に溶けて行った。
「いやー、今日の相手は強敵でしたね!」
「勝ち方が単純に力押しって……力押しって……」
「団体より個人……集団より1人……」
王城の寝室にて、フィーナはどこか不満顔、リリウムは孤高姫のネームバリューが高くなったことに落ち込んでいた。
「まあまあ、その場しのぎの連携じゃ勝てない相手だったんだから仕方がないって」
「それでもなんかこう、釈然としませんよ……」
「1人ぼっち……」
いやー、フィーナはどうにかなりそうだけど、リリウム重症かもな。と思ったとたんリリウムが突然立ち上がった。
そしてグッと天井に向けて拳を突き上げる。
「決めた! 私は弟子を取るぞ!」
『おー』
俺とフィーナで非常に感情のこもらない感嘆を上げてしまった。
「弟子を取るってどうするつもりなんだ? ギルドで募集でも掛けるのか?」
「それ以前にリリウムさん、ユズリハに帰るんですよね?」
「む……大丈夫だ。旅の途中で見つける」
「見つけるって……」
リリウムの無計画さにフィーナが苦笑する。まあ、そうだわな。弟子って剣とか鎧とかじゃないんだし、そんな簡単に売ってるわけでも落ちてるわけでもないし。
「ギルドで募集しても、伸びしろの無い奴を育てるつもりは無いからな! 育てる以上は強くしたい! だから私が直接吟味して素質を見抜くとしよう!」
「まあ、頑張ってください」
「そうだな。頑張れ」
リリウムがはっちゃけたおかげで、フィーナの気分は晴れてくれたようだ。なんだかんだ言って助かったな。
明日はギンバイ帝国チーム。例の危ない男がいるチームか。技術はあったっぽいし、明日も楽しめそうだな。
試合まであと30分程度となった控え室で、ギンバイ帝国の騎士たちは一列に並んでいた。
そしてその前に立っているのは、騎士たちのリーダーディオ――では無くローブを深くかぶって顔を隠した男だ。
その男は本国が、個人戦敗退を理由によこしてきた男であり、そこにいる騎士たち全員に命令を出す権利を持っていた。
「さて、では魔法を掛ける。その場で気を楽にしろ」
ローブの男の指示に従い騎士たちが肩の力を抜く。
「では行く。特殊な魔法なので、詠唱形式が少し違うが気にする必要は無い」
そう言って男はまず1番端にいる1人の鎧に手を着いた。
「星に願いて、眠りを覚ます。星に願いて、共鳴を生む――」
詠唱に反応して、鎧に仕込まれていた魔力回路が浮かび上がる。そしてその回路に詠唱者の魔力が流れ込む。
「枷を外し、世界にあらがう力を与えん。服従の力を与えん。ミキシングマジック、ワールドオーバーサブミッション」
「こ……これは!」
詠唱の完了と共に、魔法を掛けられた騎士が驚きの声を上げる。
「凄い、力がみなぎる。今までにない感覚だ」
「次お前だ」
嬉しそうに声を上げる騎士を無視して、ローブの男はどんどんと魔法を掛けて行った。
そして最後にディオに魔法を掛け終わると、男は騎士たちから離れ、全員を見渡せる位置に立った。
騎士たちはローブの男の行動など気にすることなく、自分の底から溢れてくる力に驚き喜び、声を上げていた。
「力が強くなってる!」
1人の騎士が椅子の背中に手をかけて、そのまま手に力を込める。すると椅子の背中はメキメキと音を上げ簡単に潰れてしまった。
「力だけじゃない。反射神経も上がってる!」
1人の騎士は、目の前を漂っている埃の1つ1つが避けられそうなほど遅く見えることに驚いている。
「これ加護も強くなってるんじゃないか?」
全てが相対的に強くなっている事実からある事を想像した騎士がローブの男に尋ねた。その言葉に男は無言でうなずく。それを見て騎士は嬉しそうに腕を振り上げた。
それぞれの騎士が自分の力が上がったことに喜びの声を上げる中、ディオは1人落ち着いた様子で自分の掌を握ったり開いたりしている。
そして睨みつけるように視線を向け、ローブの男に尋ねる。
「この力、明らかに異常だ。あの詠唱も普通ではない。なにか副作用は無いのか?」
その場で目に見えるほどの強化をされて、副作用が無いと思えるほど、ディオは力を楽観視していない。
今の自分の限界を超える力を軽々と出せるのだ。何らかの副作用があって当然と考えたのだ。
「魔法の効力が切れた後、1日ほど苦痛に苛まれる。だがそれも筋肉痛を酷くしたようなものだ、お前たちならば慣れているだろう」
「そうか。了解した」
ローブの男の言葉に、ディオはその場では納得しておくことにした。機密と言っていたことから、それ以上のことは聞いても無駄だと判断したのだ。
「では試合、勝ってもらう。お前たちに命じる。勝つまで何度でも立ち上がれ、そして相手チームのリーダーを殺せ、奴は我が国にとって危険すぎる」
『了解』
騎士たちが揃って敬礼をする。その瞳から光を失わせて。
「うし、決勝だ。楽しんでいくぜ」
「もちろんだ」
「頑張りますよ! 1人ぐらいは倒したいですからね!」
俺達3人の意気込みはいい感じだ。特にフィーナは団体戦になってから、まだ目立った活躍が無いと言うことで張り切っている。
「チームトーカ様。時間になりましたので準備をお願いします」
もうなれてしまったスタッフの指示に従って、俺たちは入場門へと向かった。
さて、今日はどんな紹介が来るのかちょっと楽しみだ。最初は謎の少年、二回目は極星の勇者の再来。なら今日は? 昨日の戦い方からすると、脳筋勇者ぐらいになるかもな。
「さあ! 長かった闘技大会も今日で最終日。笑っても泣いても最後の試合だぁぁああああ!!! もう下手な前口上はいらないだろう。さっそく入場してもらおう! チームトーカァァアアア!!!」
おう、紹介省きやがった。まあ、観客のテンション考えたらそれも正解なのかもな。
フィールドへの扉が開き、俺たちは足を進ませる。
観客は個人戦の決勝同様満員になっている。そして観客側から見た時は気づかなかったが、色々な場所にボードが貼られていた。そこにはファンからの応援メッセージが書かれていた。
ゆっくり読んでいたいが、さすがにそんな時間は無い。
試合が終わったら読ませてもらおうかね。
そう思いながら観客席にナイフを投げ込む。昨日のうちにリリウムに教わって彫ったサイン入りナイフだ。
フィーナやリリウムも同じようにそれぞれなるべくばらけるようにナイフを投げ込んでおいた。
決勝だしこれぐらいのサービスはしても良いよな。フィーナはサインを彫る時は何やら恥ずかしそうにしてたけど、今は楽しそうに投げ込んでいる。
そして全てのナイフを投げ終わり、俺たちはフィールドに上る。
「これは嬉しいファンサービスだ! ナイフを貰った連中は家宝に出来るんじゃないか!? さて、次にギンバイチームの入場だ! ファンサービスはあるかな!?」
ギンバイ側の扉が開き、そこから黒い騎士たちが入ってくる。
ゆっくりとした歩みで、まっすぐにフィールドに上って来た。途中のファンサービスは一切無しだったが、騎士だからしょうがないと観客たちも諦め気分である。しかし、会場のテンションが下がることは無い。
騎士たちから闘志が立ち上っていたからだ。
それを俺達はひしひしと感じている。
「久しぶりだな」
俺は騎士の中の見知った顔ディオに声を掛けた。
「あんときは逃げちまったけど、今日は正面から戦うぜ」
「……」
「あらら、だんまりか」
ここまで無口な奴だったっけ? 多少寡黙なイメージはあったけど、そこまで無口じゃないと思ったんだけどな。前の時も挑発にはしっかり返してきてたし。
「フィールドの準備が整ったようだ! 審判、進行を頼むぜ!」
「両者、フィールドの端へ」
審判の指示に従って移動する。そこで相手の違和感に気付いた。
何か動きがおかしい。最初は覇気をまき散らしながらゆっくり歩いて来ているのかと思っていたが、どうも違うみたいだ。
「リリウム、フィーナ。相手の様子がおかしいかもしれない」
「なに?」
「どういうことです?」
俺の言葉で2人も騎士たちに集中する。
「確かに何かおかしいな」
「そうですか?」
リリウムは何か感じたようだ。フィーナは感じられなかったようだが、経験の差だろう。
俺は分からなかったフィーナに違和感を説明する。
「なんか自我が薄い気がするんだよ。今までの相手って勝つぞって意思が強かっただろ」
「はい」
「けどあいつらは違う。なんていうか、自発的な行動よりも、何かに突き動かされているような気がするんだ」
「突き動かされる?」
「前見た時のギンバイチームとは何となく雰囲気も違うな」
俺達の中で唯一ギンバイのチーム戦を見たことがあるリリウムが補足する。どうやら俺の違和感は勘違いではなさそうだ。
「どういうことだと思う?」
「分からん。判断材料が少なすぎる」
「じゃあ、何かあると思うか?」
「何かはあるだろうな。それが危険事かは分からんが」
「じゃあ俺たちはいつも通りにやるだけか」
「そうだな」
相手がどうなってるか分からないが、こっちはいつも通りにやって勝てばいいのだ。勝つために何かしてきたのかもしれないが、こっちが勝ってしまえば問題はない。
問題があるとすればフィーナだな。多少気にしながら動くか。
「つう訳で、フィーナいつも通りぶつかるぜ」
「結局変わらないんですね」
フィーナが苦笑しながら頬を掻く。下手に不安をあおる必要も無いだろうしな。ここには結界もあるから死ぬことは無いだろうし。
「それでは闘技大会団体戦。決勝戦――始め!」
審判の腕が振り下ろされ、決勝戦の火蓋が切られた。
今回の作戦は、俺が先頭で突っ切り集団で固まっている騎士たちにまず1撃を入れる。
そして3方向に吹き飛ばした後で、3人がそれぞれ戦うスタイルだ。
リリウムからの情報で、ギンバイのチームが準決勝のような連係を取ってこないことは判明しているために取れる作戦だが、今の俺達にはもっとも都合がいいタイプの敵ってことになる。
「月示せ、雷の軌道。ライトニングバニッシュ!」
雷速を使い、騎士たちの真ん中へと飛び込む。そしてサイディッシュを展開させ、振るった。
まさか、速攻を仕掛けて来るとは思っていなかったのか、騎士たちはギリギリの所でサイディッシュの刃を防ぐ。
しかしバランスが崩れるのを防ぐことは出来ず、俺はとりあえず目の前にいた2人をリリウムに向けて投げ飛ばす。
俺の背後に位置する場所にいたディオともう1人が、俺に向かって剣を振り下ろしてきた。強襲された状態からの切り替えの早さはさすが騎士と言ったところだ。
その両方の剣を、俺はサイディッシュの柄で受け止め、名前の分からない騎士の方をフィーナの方向に向けて蹴り飛ばした。
これで作戦は完了だ。後は俺が2人、リリウムが2人、フィーナが1人を倒して優勝だな。
ディオの剣を力で押し返し、俺はディオと残りのもう1人から距離を取る。
「さて、んじゃ始めますか」
「星に願いて、灼熱を流す。プロミネンスウェーブ!」
俺が2人から距離を取ったところで、ディオがすぐさま魔法を放ってきた。
どうやらディオは炎か火属性も加護持ちらしい。その炎は、津波のように壁を作りながら俺に向かって迫ってきた。
俺はそれを跳躍で飛び越す。
そしてディオに向かってサイディッシュを振り下ろす。
ガキンッと重い音がして、俺が振り下ろしたサイディッシュは受け止められた。
受け止めたのは、もう1人の騎士の方だ。その騎士が、剣1本で俺のサイディッシュを受け止めているのである。
サイディッシュは依然刃を高速回転させており、剣が激しく火花を散らす。
しかし、その状態でも騎士はびくともしない。
俺はその事に大層驚いていた。この世界に来て、まだ俺の力に押し勝つどころか、対等な奴すらあったことは無かった。
そんな存在に、今ここでめぐりあえたのだ。
「良いね! そんな馬鹿力どこから湧いてんだ!?」
「……」
俺のサイディッシュを受け止めた騎士は、ディオのように大きくはない。むしろ騎士としては小柄な方だろう。
そんな小柄な奴がどうやって俺のサイディッシュを受け止めるほどの力を出しているのか、俺は興味があった。
だから話しかけたのだが、相手に無視される。
「また、だんまりかよ。無愛想すぎると嫌われるぜ!」
サイディッシュに掛ける力を増す。すると次第に騎士が押され始めた。
しかし戦闘は2対1、いつまでも悠長に剣をぶつけ合っている暇はない。
真横から迫ってきたディオの剣を避けるべく、俺はサイディッシュを引き、騎士から距離を取る。
すると、ディオがそのまま剣技で勝負を挑みに来た。
そのすぐ後ろには騎士が控え、隙あらば攻撃を加えようとしてくる。
だが、そんな隙を与えるつもりは無い。
剣を受け止めながら、俺は詠唱を唱える。
「月示せ、風の刃。ウィンドカッター!」
「星に願いて、灰燼に帰す。エクスプロージョン!」
俺のウィンドカッターが2人を横から薙ごうとしたとき、ディオの詠唱が完成しその場で激しい爆発が起こった。
激しい煙に巻かれ、俺達の姿は完全に隠れる。
その中で、俺は違和感を強くしていった。
どうも、騎士全員の力が上がっている気がするのだ。それは実力などの問題では無く、もっと根本の、筋力や加護の強さに関することだ。
さっきの騎士は俺の攻撃を受け止めるほどの力を見せたし、今ぶつかり合ったディオの剣もやたらと重い。
そしてディオの使ってきた魔法は、俺の全力のウィンドカッターを簡単に打ち消した。
いくら初歩的な魔法であるウィンドカッターとはいえ、月の加護を全力にしたそれは、簡単に打ち消せるものではない筈なのだ。それこそフェイリスの雷でもない限り。
つまり、今のディオの魔法はフェイリスと同等と言うことになる。
それはいくらなんでもおかしいはずなのだ。
「どういうことだ?」
煙に紛れながら、俺は他の2人の様子も見た方が良いと、目を向けた。




