87話
「あなたと戦える機会があるとは思いませんでしたよ」
シグルドはフィールドで向かい合ったフェイリスに声を掛ける。
「噂は聞いている。ユズリハ最強と言われる男だな。俺も興味はあった」
「あった? 過去形ですか」
「そうだな。今は別の奴がいる」
「ではこの試合で、私に振り向いてもらうとしましょうかね」
「気持ちの悪い言い方をするな」
「そうですね。おしゃべりはこのぐらいで十分でしょう。私の全てであなたに挑ませてもらいますよ」
剣を後ろに構え、盾を構えるシグルド。いつもの体勢だ。
「そうだな」
一方のフェイリスはやはり構えない。しかし、フェイリスのメイン攻撃が魔法なのは誰もが知っていること。構えがいらない攻撃なのも事実だ。
つまり構えない形こそフェイリスの構えである。
両者の準備が整ったのを見て、審判が腕を掲げた。
「それでは闘技大会個人戦。決勝――始め!」
審判が腕を振り下ろすと、すぐに後方へ飛び去る。その直後、審判がいた目の前で激しい爆発が起きた。
飛び退いた審判が冷や汗をふくような動作をしながらその爆発を見る。
それはフェイリスの放った電気が、シグルドの放った水に衝突し、一瞬にして水が沸騰、蒸発したために起こった爆発だ。
そしてその煙を吹き飛ばしながらシグルドがフェイリスに迫る。
シグルドは得意のシールドバッシュでは無く、剣をフェイリスに向かって突きつける。
それを予想していたかのように、首を横に倒すだけで回避した。
そして右手をシグルドの盾に向けて構える。
「雷星の加護よ、一陣の刃となれ。エレキテルアロー」
放たれた電気の矢がシグルドの盾に迫る。シグルドの盾は鉄製だ。そしてフィーナがシグルドの盾を凍らせることが出来たように、魔法に対する防御力は無い。
フェイリスはそこを突いた。ただの鉄ならば電気を通す。
シグルドがフェイリスの電気の矢を盾で防げば、そのまま全身に1等星の加護の電気が駆け巡ることになる。
「その攻撃は読んでいます」
シグルドは、その攻撃を当たり前のように躱した。ただ左腕を動かすだけでだ。
「雷属性は騎士に対して相性良いですからね。対策ぐらいは考えますし、どんな攻撃が来るかも過去の記録から色々調べてありますよ」
「なるほど。小手先の技は効かないか」
「当然!」
騎士は基本的に全身を甲冑で覆っているため、電気に対する相性が悪い。シグルドはどうやってその対策をしているのか、かなり気になるところだ。
と、思っているうちに、再びシグルドからフェイリスに突っ込む。
フェイリスはその攻撃に対し、剣を交えて対処することにしたようだ。鞘から抜かれた剣がすでに電気を纏いうっすらと発光していることからも、切り結び感電させることにしたのだろう。
そしてフェイリスとシグルドの剣がぶつかり合う。
「む……」
「いったでしょう。対策は考えてありますと」
剣を打ち合っても、シグルドは感電することなく平然としている。むしろ、剣技の上ではフェイリスよりもシグルドが勝っており、フェイリスは押される形になった。
「水は電気を通しませんからね」
「俺の剣と同じようなことをしているのか」
「2戦目で良いものを見せてもらえましたから」
シグルドは自らの剣に魔法で生み出した水を纏わせることで、電気が剣に走るのを防いでいた。しかも、用心して手のグローブにも水を纏わせ、直接剣に触れないようにしている。
この世界、水は電気を通しやすいという常識が根本から通じない。それは魔法によって生み出された水は不純物を一切含まない水、つまり超純水だからだ。
ゆえに、普通の水と魔法で生み出された水はこの世界では全く別物のように考えられていたりする。
しかし、フェイリスの電気が流れる剣と、シグルドの水で覆われた剣では一見似たようなものだが、魔法の難易度がまるで違う。
フェイリスの剣が適当に電気を流せば作れるのに対し、シグルドの剣は一部の隙も無く完全に水で覆われていなければならない。しかも剣どうしの激しいぶつかり合いでも吹き飛ばないほど、しっかりと密着させていなければならないのだ。
フィーナの属性剣はそれを魔力だけで可能にしている時点でかなりすごいのだが、それを1回見ただけで、自力で再現してしまうシグルドの才能もかなり異常だ。
電気が通らないと分かったフェイリスは、すぐさま剣技の応酬を止めるため大きく剣を振るい相手を引き離そうとする。
しかし、シグルドがそれをよしとしない。
ぴったりと張り付き、このチャンスを逃すまいと食らいつく。
今までのフェイリスの戦いが、敵を寄せ付けずに大きな魔法で仕留めていただけに、この機会がどれだけ貴重なのかを分かっているからだ。
「離されると大きい雷が降ってきそうですからね! 一気に行かせてもらいます」
「くっ……味な真似をしてくるな。だが甘いな。雷星の加護よ、大地を穿て。ライトニングボルテック!」
「なに!?」
切り結びながらフェイリスは左手を高々と掲げた。そしてその詠唱から予想される魔法は1つ。
直後、バリバリと激しい音を立てながら、フィールドに一筋の稲妻が突き刺した。
「これは凄まじい! これまで見たことも無い威力の魔法だ! これは、シグルド選手はもちろんフェイリス選手も大丈夫か!?」
ゆっくりと煙は晴れる。先に見えたのはフェイリスだ。全身を帯電させ、左腕などは電気でピクピクと痙攣をおこしている。
だがしっかりと2本足で立っており、バックステップでその場から引いた。これで完全にシグルドの攻撃範囲から離れたことになる。
しかしそれはシグルドが無事ならばの話だ。正直今の雷の直撃を受けて無事でいられるとは思えない。
いくら純水が電気を通さないと言っても限度があるし、そもそも水ごと吹き飛ばされてしまえば意味が無いのだ。
フェイリスが、今だ晴れない煙を睨みつけている。その視線は一切の油断をしていなかった。
「早く煙から出てきたらどうだ」
「クックック、やはり分かっていましたか」
煙の中から声が聞こえる。
「油断した隙に攻撃しようと思ってたんですが」
「直撃の瞬間防がれたのを感じた。それぐらいすぐに分かる」
「なるほど」
ここで観客を代表するように司会が声を挟んだ。
「どういうことだ、煙がはれないぞ?」
そう、フェイリスのいた位置の煙はすでに風に流されなくなってしまっている。しかしシグルドがいるであろう場所の煙はいつまでたっても消える様子はない。それどころか集まっているようにさえ感じる。
その感覚は正しかった。
徐々にだが、煙はシグルドのもとに集まっていた。
そして次第に煙が渦を巻くようにして回転を始める。やがてそれは1つの竜巻のように天高く渦を作った。
「どういうことだぁぁあああ! シグルド選手を囲むようにして煙が渦を巻いている! これは風属性の魔法か!? しかしシグルド選手は水属性のはず!」
観客が司会の言葉に騒然となる。フィーナもリリウムも黙ったままフィールドを見つめていた。
「おいおい、これはもしかして超貴重な2属性持ちってことか?」
「そう言うことになるのか?」
「そうとしか考えられんが……」
観客の中からも少しずつざわめきが起こる。それは波紋のように広がり、闘技場を覆い尽くす。
そこでシグルドを覆っていた竜巻が突然はじけるように消えた。
そしてその場に立っているシグルド。雷を浴びた影響か、ところどころに焦げた後は見えるが、試合には影響しそうにない程度のものばかりだ。
「私程度の剣技ならば、出来る者は私の部下にもいます。1等星の加護を持つものだって部下にいる。その中で私が王国最強と呼ばれる理由。そして王が私とシルファ様のことを認めてくださっている理由――その理由を今明かしましょう! ここからが本番ですフェイリス殿!」
「ハハハ! そうか、2属性持ちか! 水と風しかも両方ともを同時に扱えているのか! それで俺の雷を防いだのだな!」
「風で直撃を逸らし、水で爆風を防ぎましたよ。さすがに少し焦げましたけどね」
「あれをくらって少し焦げたで済むなら、それはくらっていないのと同じだ」
そして歓声が爆発した。
「2属性持ちだぁぁあああ! 歴史の中にもわずかにしか現れなかった2属性持ち。そして多くの厄災を生んだと言われる2属性持ちが、今この時代に復活した! しかもそれはユズリハ王国の騎士として! これほど頼もしい存在はいないぞ! そしてさりげなく姫様との恋仲発言! しかも王様公認!? これは政治がパニック起こすんじゃないのか!?」
盛り上がる司会と観客。その中で事前に恋仲発言を知っていた俺たちは苦笑にも似た笑いをしながらフィールドを見続ける。
「確かにインパクトは最高だったな」
「2属性持ちだったなんてサプライズも交じってたしな」
ユズリハの書類上は俺と同類ってことになるのか。
「想像以上に凄いことになりましたね」
観客も司会も、警備のデイゴ騎士たちも、もれなくフィールドの試合に集中させられた状態で、再び2人は激突した。
風が舞い、水が散り、稲妻が走る。
フィールドはまさしく2人の為の劇場と化していた。
その中で2人は極限の集中力を見せる。
透明な風の刃を躱し、拡散弾のように迫りくる水球を防ぎながらシグルドに切りかかるフェイリス。
光の速さで迫るはずの電気を、常に紙一重で躱し、僅かな隙をついて詠唱をする。振り下ろされた剣は、全て水を纏った剣で防ぎ、盾を突き出すシグルド。
どちらかが一瞬でも気を抜けば、決着が着きかねない戦いの中で、2人はすでに30分以上も戦い続けていた。
そのせいでフィールドは荒れ果て、一部は完全に崩壊してしまっている。
もしかしたら2人の決着よりも先に、フィールドの耐久限界が来てしまうかもしれないと思うほどだ。
と、突然2人がお互いに距離を取る。
その瞬間、フィールド中央のブロックが限界を迎え、バラバラに砕け散る。
ぽっかりと穴の開いたフィールドで、両者は詠唱を唱えていた。
「二属の星よ、激流を呼び、嵐を起こせ。トレンシャルストリーム!」
「雷星の加護よ、大地を穿て。ライトニングボルト!」
お互いの最大威力魔法が発動する。
フェイリスには凶器にも似た水と風の竜巻が、シグルドには大自然の脅威、稲妻が迫り、お互いはほぼ無防備の状態で直撃を受けた。
「ガッ! カハッ」
「グゥ……まだまだ、クッ!……」
直撃を受けたお互いは、その場で片膝を付き、肩で息をしながら相手を睨みつける。
シグルドは全身から煙を上げ、皮膚の火傷は無視できないレベルになっている。一方のフェイリスも全身を風の刃で切り裂かれ、水弾により殴られボロボロになっている。
お互いが自分の力で立ち上がれない状態で、会場にいる全員が先に立った方が勝てると確信した。
「俺がここまで追い詰められるとはな」
「あれで倒せないとは思いませんでしたよ」
「それはこっちもだ。直撃したはずだが」
「つまりはお互い様と言うことですね。さて、そろそろ行かせてもらいます!」
体の痺れが取れてきたのか、シグルドが足に力を入れてゆっくりと立ち上がる。
「それはこちらのセリフだ」
それとほぼ同時にフェイリスも立ち上がった。しかしお互い立っているのがやっと。足元もおぼつかない状態だ。
それでも尚2人はお互いに向かって己の気力を振り絞り駆け出す。
魔法も剣技も無い。単純なぶつかり合いだった。
「ハァ!」
「フン!」
ガキンっと音がしてお互いの剣がぶつかり合った。
そしてシグルドが盾をフェイリスに突き出す。今のフェイリスには、その攻撃に対する防御方法は無い。
試合が決まる。そう思った時、フェイリスが左腕を盾に向けて突き出し、ゴキリと鈍い音と共に、強引にシールドバッシュの方向を変える。
盾はフェイリスの体から逸れ、ダメージを与えられない。しかし、フェイリスの左腕はぶらんと垂れ下がっていた。
「これでトドメです!」
シグルドが盾を投げ捨て、片手でぶつけ合っていた剣を両手で持ち、力を加える。片手しか使えないフェイリスはあっさりとその力に押され負けた。
シグルドがフェイリスの剣を下から巻き上げるように弾き飛ばす。そしてそのまま高く掲げた剣を振り下ろそうとした時、シグルドの動きが止まった。
「なっ!?」
「悪いがトドメは俺が貰う」
フェイリスの動かなくなったはずの左手が、突然異常な速度で動きシグルドの首に掴みかかったのだ。
「バカな、体が動かない」
「雷星の加護よ、我が手に雷を宿せ。ショートハンド」
バチンッと激しい音がして、フェイリスの左手とその左手に掴まれたシグルドの首が光った。
そしてドサッと倒れる音。
「優勝!――フェイリス選手!」
フィールドの外から審判が声を上げる。その瞬間、観客席からはこれまでで最高の歓声が爆発し、大量の花吹雪が空を舞った。
大量の花吹雪が舞い散る中で、シグルドは朦朧としながらもなんとか意識を保っていた。しかしその体は体力集中力の限界を迎え、指一本動かすことができない。
「私は負けてしまったんですか……」
そこに医療班が駆けつけ、すぐに治療が開始される。体中に火傷があり、その上爆発に巻き込まれた時の傷や、打撲、打ち身など医者に言わせれば立ち上がれるのが不思議な状態だ。
そしてシグルドがゆっくりとだが顔を傾ければ、その場に座り込み治療を受けているフェイリスの姿が見えた。
フェイリスも満身創痍だった。全身の傷から流れ出した血は、意識を保つにはギリギリの状態になっている。
こちらも医者から見れば、体を動かせているのが不思議な状態である。
そのフェイリスもシグルドの方向を見ていた。
そこでシグルドは戦いの中でどうしても分からなかったことを聞く。
「最後、私が剣を振り上げた時、どうやって左手を動かしたんですか? 完全に左腕は折れていたはず」
「俺の左腕はもともと動かない。神経が痛みすぎていてな。だからいつも自分の腕に電気を流して強引に動かしている。骨が折れたところで筋肉を収縮させれば腕は動く」
「なるほど、そう言うことでしたか。ならあの体が動かなくなったのは、その電気を私に流し込んだと言うことですか」
「そう言うことだ」
筋肉を動かすための電気を、シグルドに流し込み、一時的に神経を麻痺させたのだ。強引に腕を動かすだけの電気を首元に流し込まれ、シグルドの神経は下手をすれば焼き切れていた可能性すらある危険な魔法だった。
しかし、その微調整は日頃から自分の腕で試しているフェイリスには難しい事ではなかった。
「使い慣れた魔法ほど強力な武器はありませんからね」
「お前の2属性もなかなかのものだったぞ」
そう言ってフェイリスは医者の制止も聞かず強引に立ち上がる。一応包帯を巻いて傷口は塞いでいるが、それでもまだ歩いていいような状態ではないはずなのにだ。
「俺は先に行っている。表彰式でまた会おう」
「ええ、それまでには立てるようにしておきますよ」
フィールドを降りていくフェイリスの後ろ姿を見送りながら、シグルドは意識を暗闇に落としていった。
シグルドの治療が終わり、担架で運ばれたところで司会が今後の予定を説明していく。
どうやらこの後は、シグルドの目が覚め次第表彰式を開始するとのこと。医者の見立てではだいたい30分もあれば目を覚ますとのことで、その間は休憩となった。
そしてその間にスタッフたちは粉々になっていたり、バラバラになっていたり、大きく凹んでいたりするフィールドの修理と表彰式の舞台作りに精を出す。
それを見ながら、俺の脚は自然と貧乏ゆすりをしていた。
ウズウズする。いい試合を見た後はどうしても、自分も体を動かしたくなってしまう。
団体戦が早くやりたい。今からやれと言われても、喜んでフィールドに飛び込んでしまいそうなほどに、俺の心は高ぶっていた。
そしてそれはリリウムも同じだったようだ。
チラッと横を見れば、リリウムは指でトントンとシートを叩いている。その視線はまっすぐに修復されていくフィールドを見ていた。
きっと団体戦で暴れまわる自分の姿を想像しているのだろう。
「リリウム、少し体動かさないか」
「良いな。私も少し動きたいと思っていたところだ」
「あれ? 表彰式は見ないんですか?」
フィーナが立ちあがろうとする俺達に首を傾げる。
「だって、表彰式って要は王様に褒められて報酬もらうだけだろ? ぶっちゃけじっとしていられる自信ないわ」
「すまないが私もそうだ。今にも走り出してしまいたくて仕方がないんだ」
周りを見れば、ちらほらと帰り支度をしている人たちもいる。試合自体が目当てだったものや、俺達と同じように体を動かしたくなってしまった者だろう。
「もう、しょうがないですね。じゃあここ片づけちゃいましょうか」
そう言ってフィーナがパパッと広げていた荷物をまとめ籠にしまう。
その間に俺とリリウムがシートを回収し、帰り支度をまとめ、俺たちは闘技場を後にした。
そしてやって来たのはフィーナの訓練に使っていた空き地だ。
「フィーナも少し体動かすか?」
俺は準備運動をしながらフィーナに尋ねる。リリウムも俺と共に軽いウォームアップをしている。
「私は遠慮しておきます。個人戦に出てたのでそれほど高ぶっていませんし」
アハハと苦笑しながら、手を横に振るフィーナ。確かに個人戦に参加してれば俺達ほど溜まってないのかもな。
なら、ここは俺とリリウムで思いっきりやらせてもらうか。
「リリウム、準備いいか?」
「ああ、トーカの武器はどうする? ここでそいつはデカすぎるだろ?」
「ナイフで行くぜ。今日の試合で見たやつもやってみたいしな」
「あの纏うやつか」
「そゆこと。月示せ、纏いの氷結。アイスソード」
とりあえず一番イメージしやすいフィーナの属性剣を参考に、自分のナイフに氷を纏わせる。さすがに属性剣ほどの切れ味はなさそうだが、それでもいい感じには出来ている。
「行けそうだな」
軽く振って感触を確かめていると、リリウムが剣を抜きながら言ってきた。俺はそれに無言でうなずきナイフを構える。
ナイフの大きさは氷を纏ったことで一回り大きくなり、小さな剣といった感じだ。
「では、こちらから攻めさせてもらう!」
戦いは突然に始まった。リリウムが風魔法で一気に詰め寄り剣を振り下ろす。直線的な攻撃だ。これなら簡単に躱すことも受けることも出来る。
俺はそこで受けるを選択する。
ガキンとリリウムの刃が氷に食い込む。この状態で力勝負に持ち込めば確実に俺が押し勝てる。
足に力を籠めグッと押し込もうとした瞬間、リリウムの手ごたえが消えた。
「おっと……」
突然手ごたえが無くなり、思わずたたらを踏む。リリウムは俺の踏み込みに合わせてバックステップで距離を取っていたのだ。リリウムも力で負けることは知ってるし、当然と言えば当然の動きだ。
そして俺のバランスが崩れた瞬間に、詠唱をする。
「星に願いて、風刀を流す。ウィンドカッター!」
「甘い甘い。星誘いて風刀を流す。ウィンドカッター」
同じ魔法で見えない風の刃を打ち消す。今度はこちらからリリウムに飛びかかる。
ただ力任せに振り下ろすのではなく、せっかくなので切れ味を意識して包丁を扱う要領で斬ることを念頭に振り下ろす。
リリウムはそれを剣で弾いたりバックステップで躱しながら隙を伺ってくる。
斬るように振り下ろすと、意外とつばぜり合いに持ち込ませるのは難しい。受けようとしてもその刃がこちらの剣を滑るように移動してくるのだ。そのせいで相手の下半身はがら空きになるが、こっちの上半身もがら空きになってしまう。
移動速度で勝っている俺を下半身に潜り込ませると、対処が間に合わない可能性を考えてなるべく躱すことを選んでいるのだろう。
このまま壁際まで追い込めばリリウムは何もできなくなるはずだ。
そう考えて多少振り下ろす速度をあげながらリリウムの後退する方向を調整する。
リリウムの表情にも、俺の狙いが分かったのか焦りが見える。
「これで終わりか?」
「まさか」
ほぼ壁際まで追い込み声を掛けてみる。するとリリウムがニヤリと笑った。
瞬間、俺の視界からリリウムの姿が消える。
「なに!?」
「この瞬間を狙っていたぞ」
声は俺の頭上から聞こえてきた。
見上げれば、太陽を背中にしてリリウムが剣を振り下ろす姿が見える。
「壁蹴りしたのかよ!」
俺はとっさに地面を蹴り、転がるように右手に逃げる。
その直後、ついさっきまで俺がいた場所に刃が突き刺さった。
「くっ、外したか」
「これ一応訓練なんですから、怪我させないでくださいよ! と言うか2人とも殺そうとしてませんか!?」
リリウムの斬り降ろしに驚いたフィーナが抗議する。
「これぐらいやらないとトーカには傷1つ付けられないのでな!」
「だからって怪我したら元も子もないですよ!」
「俺がこの程度で怪我するかって」
起き上った俺が2人の会話に割り込む。
その俺の言葉にリリウムが眉をしかめた。
「む、それはこの程度では相手にならないと言うことか?」
「ハハハ、そりゃどうかな? ただまあ、俺は傷1つついてないのは事実だな!」
服に着いた葉っぱを叩いて落としながらリリウムを見る。
リリウムの口元は笑っていた。
そして俺の口元も今笑っているのだろう。
「もう! 怪我しても知りませんからね!」
フィーナが呆れて声を上げるのと同時に、俺たちは訓練の続きをするべく駆け出した。




