85話
気絶しての敗北だったから結構時間がかかると思っていたが、足音は意外と早く聞こえてきた。
「トーカ……」
「お疲れ様」
「ごめんなさい、負けちゃいました」
「なんで謝るかな。別に俺は怒っちゃいないし、負けちゃいけないなんて言ってないぜ?」
「でも……」
うむむ、どうも激しく落ち込んでるな。後ろに着いていたリリウムに視線を向けると、首を軽く横に振った。
リリウムも色々説得したんだろうけど、無理だったらしい。
まあ、負け方が結構酷かったからな。
相手の挑発に乗せられて、指南役のアドバイスを無視、何とか理性を取り戻したところで、時すでに遅し。
終始シグルドの望む展開で戦わされたフィーナには、かなり辛いものがあるだろう。
自分に時間をかけて特訓してくれただけ、その気持ちは大きくなる。
「今回の敗因は分かってるよな?」
「はい」
敗因っていうか、酷い試合になった原因だな。負けること自体は問題じゃないし。
「ならしっかり反省だ。反省して次に生かせば、フィーナが今後悔してることの償いになる」
別に俺もリリウムもフィーナのミスに対して罰を与えるつもりも無いし、何かを言うつもりも無い。けど、フィーナの気を楽にさせるには、何か許される理由が必要だと思った。
「幸い、この後にもまだ団体戦がある」
「はい」
「なら、その時に反省を生かして戦えばいい。これはフィーナにとって訓練なんだからな」
「はい」
「じゃあ行くか」
俺はそう言って廊下を歩き出す。その後を追ってリリウムが声を上げた。
「行くってどこにだ?」
「マナがまた店に来てくれって言ってたんだよ。気分晴らすのにも、食うのが一番だ」
あんま食いすぎると太るけどな。まあ冒険者なら日頃結構なカロリー使ってるし問題ないだろ。
「なるほど、良い考えだな」
「だろ? フィーナも行こうぜ」
「はい」
フィーナが強引に微笑む。
うーん、まだ本調子じゃないけど、さっきよりはマシになったかな?
本当はもっとうまく励ましてやりたいけど、他人との付き合いが少なかった俺には今ので限界だ。
もう少し元の世界で、他人との関わり方を学んでおけばよかったと、今更ながらに後悔した。
フィーナをつれ、俺たちはマナカナの屋台にやってきた。そこには相変わらずの行列が出来ている。
「この時間なら大丈夫だと思ったんだけどな」
「それだけ人気と言うことだろう。良い事じゃないか」
「そうですよ。人気があればあるほど、マナさんの夢が近づくんですから」
「それもそうだな。じゃあ俺達も協力しましょうかね」
「トーカは原価で買ってるんだからあんまり協力にならないような」
そう言えばそうだった。
リリウムとフィーナの呆れる視線を浴びながら、俺は列に並ぶ。
フィーナ達は少し離れた場所で待っている。全員で並ぶ必要も無いしな。
しばらく待っていると、自分の番が回ってくる。
接客を担当していたマナはすぐに俺の存在に気付いた。まあ、俺は色々な意味で目立ってるからな。特にサイディッシュとか。
「おう、30本頼むわ」
「はいはい。今日は大量だね」
「まあ、慰労会も兼ねてるからな」
「慰労会? もしかしてフィーナちゃん負けちゃった?」
「まあな。だからここの串焼きでパッとやろうと思ってさ」
「そっか。そういう時は食べるのが一番だよね! どこで慰労会やるの? 私たちもこれ売り切ったら行きたい!」
と、そこで新しい注文が来なくなり、焼く本数が分からないカナが口を挟む。
「ちょっとマナ、次の注文は?」
「あ、ごめんごめん。30本ね」
「30本!? あ、トーカさんじゃないですか!」
数に驚き振り返ったところでカナも俺の存在に気が付いた。
「よう、大量で悪いな」
「いえいえ、全然良いですけど」
そこでマナが俺の話をかいつまんでカナに説明した。
「そうなんですか」
「それで私たちも後で合流したいなって」
「慰労会なんでしょ。お邪魔しちゃ悪いわよ」
「全然良いぜ。人が多い方が明るく楽しく出来るしな。フィーナもマナと料理話が出来た方が良いだろ」
俺が肯定すると、マナが嬉しそうにその場で飛び跳ねる。
「だよね! だよね! ほらお姉ちゃん。トーカさんも良いって言ってるじゃん」
「じゃあ、後でお邪魔させていただきます。場所は?」
「前の店でいいっしょ」
「分かりました。何本か焼き立て持っていきますね。とりあえず今は30本」
話している間に焼けた串焼きを渡してもらい金を払う。
「私も試作品の料理とか持っていくね!」
「お、そりゃ楽しみだ」
「ぬふふ、期待してて」
串焼き30本を持ってフィーナ達の元へ戻る。
「おまたせ」
「それじゃあどこで食べましょうか?」
「あ、それだけどさ。前にマナカナと飯食ったところに行くぜ」
「あのお店ですか?」
「確かに美味しかったが、なぜあの店を指定するのだ?」
俺の言葉に2人が同時に首を傾げる。そこで俺はマナカナが後で合流することを話した。
「そう言うことでしたか。確かにそれなら前に行ったことがあるお店の方が良いですね」
「彼女たちも来るのなら、なかなかにぎやかなりそうだな」
と言うことで、俺たちは前の魚料理の店に移動することになった。
店に着き、適当に注文してマナカナたちを待たず一足お先に慰労会を開始した。
「じゃあ、フィーナの闘技大会の頑張りに」
『乾杯!』
俺とリリウムは元気よく、フィーナは若干小さめの声で乾杯する。
まあ、自分のことで乾杯するのはちと恥ずかしいか。
とりあえず注文した飲み物をグイッと飲み干し、適当に新しいジュースを注文する。
この世界ではアルコールに関して特に年齢制限などは無いらしいが、リリウムもフィーナも飲めない人間と言うことで、俺も飲む機会を失っていた。
どっかで試してみたいとは思うけどな。けどさすがに真昼間っから飲むのはないだろ。
そんな訳で今日も食がメインだ。区切られたテーブルの中央には、ドカッと30本の串焼きが積まれ、その周りを数々の色鮮やかな魚たちが華やかす。
うん、単体で見るとかなり気色の悪い色の魚が多いが、こうやって串焼きとセットにすると意外とバランスがよくなるな。
「さて、まずは串焼きだよな!」
「うむ、いただこう」
「いただきます」
それぞれに1本ずつ手に取り、串にかぶりつく。
うん、やっぱり美味い。これはマナが持ってくる新作も期待だな!
しばらく雑談しながら料理に舌鼓を打っているとマナカナがやってきた。
「お待たせしました」
「お待たせ! 新作持って来たよ!」
マナがドカッとテーブルの上に包みを置く。包みを触ってみると、まだかなり暖かい。どうやら出来立てっぽいな。
「ごらんあれ!」
マナがバサッと包みをはがすと、中から木箱が出てきた。どうやらこんかいの料理は汁物らしい。
「はいはい、私が開けるのね」
包みをはがした状態で固まっているマナに何かを察したカナが、木箱の箱を開ける。
すると、中から一気に湯気と唾が溢れそうになる独特の酸味が混じった匂いがあふれ出した。
「おお、これは!」
「せっかくデイゴに来たんだからね。魚料理を作らなきゃ損でしょ」
「これはどういう料理なんですか?」
一番料理に興味を持ったのは、やはりフィーナだった。
木箱の中を覗き込み、その料理を観察する。
色とりどりの野菜と、鼻を刺すようなツンとする匂い。しかし、その中にかつお出汁のような香りも交じっている。
ならこのツンとする匂いは酢かな?
「デイゴの魚料理ってここで食べたのもそうだけど骨が気になるのが多くなかった?」
「あ、はい。塩焼きとかはどうしても丸々焼かないといけないですし、干物なんかも骨は気になりましたね」
「だから骨ごと食べられるように調理してみました! ついでに味も一工夫入れて、食欲が出るように酢と魚醤と出汁を合わせたタレに軽く漬けてみたの! まだ揚げたてだから、食感もぱりぱりしてると思うよ!」
なるほど、南蛮漬けに近いのかね? しかし醤油は無くても魚醤はあるのか。港町だからか?
けど魚醤って名前は聞いたことあるけど、食べたことはないんだよな。
「んじゃさっそく」
箱の中の魚を一匹つまみ上げる。千切りにされた野菜が程よく巻き付いており、一緒に食べられるようだ。
魚の大きさ的にはアユとか小アジぐらいの大きさかね? まあ、それぐらいの方が食べやすいのか。
骨ごと食べられるということで、俺は思い切って頭っから齧ってみることにした。
最初ガリッと硬い歯触りがしたが、それはすぐにサクサクとした食感にかき消される。
骨までしっかり揚げられているようで、骨のチップスを食べているような感覚だ。
魚醤のうま味が口の中に広がりながら、酢がそれをキリッと押さえててくれる。
「こりゃ美味いな!」
「本当ですね。骨もサクサクしてて気になりませんし」
「身自体もふわふわと柔らかく、美味い」
俺と同じように魚を齧ったフィーナとリリウムも絶賛する。
「ドヤッ! 名付けてデイゴ漬けだよ!」
「おお! デイゴの特産になりそうな名前じゃないですか!」
デイゴ漬けねぇ……まあ、いいんじゃない?
「明日から試験的に屋台でも出す予定なんだ」
「これならきっと売れますよ! パンに挟んでも美味しそうですし」
「そうなんだよね。これももしかしたらお店出した時のメニューに出来るかも! 持ち帰りのメニューとかも出来れば作りたいし」
「ちょっとマナ。まだお店の場所すら買ってもいないのに、あんまりメニューばっかり増やさないでよ。料理するのマナしかいないんだから手が回らなくなるわよ」
夢膨らむマナに、カナが現実的な忠告を入れる。
そう言えばまだ店の場所すら決まってないんだよな。場所が決まってないってことは店の形も決まってない訳だし、厨房がどれぐらいの大きさになるのかとか、使いやすさとか、そう言うのは全部後にしないといけないのか。
「う……そう言えばそうだった。やりすぎると従業員雇わないといけなくなっちゃうもんね」
「マナは2人でやりたいのか?」
話を聞いてるとそう言う風に聞こえてくる。
「うん、できれば最初のうちは2人でやっていきたいよね。私とお姉ちゃんのお店だもん。それで人気が出てきたら従業員とか雇ったり、支店を出してみたりもしてみたいな! もちろん経営はお姉ちゃんに任せるけど」
「少しは自分でも勉強しなさい」
「いてっ」
完全に任せようとしていたマナにカナがチョップを入れる。
和やかな雰囲気の中、慰労会は進んでいった。
慰労会を始めて30分ほど経過した時、フィーナが席を立った。
「すみません。少し御手洗いに行ってきますね」
「あ、じゃあ私も」
それに合わせてカナも立ち上がる。
そして俺の方向に意味深な視線を送ってくる。俺はそれに1つだけ頷いた。
2人が消えたところで、マナが尋ねる。
「やっぱりフィーナちゃん、負けちゃったこと気にしてるの?」
「どうもな。ちょっとフィーナにとっては情けない負け方になっちまったからな」
「明るく振る舞ってはいるが、どうも影が残るところを見るとそうなんだろう」
マナもカナもフィーナが落ち込んでいることには気が付いていた。
しかしそれをこの場で指摘するのを避け、あえてカナが1人でフィーナについて行ったのだ。あの視線からしても何かしら対策があるのだろう。そう信じたい。
フィーナとカナは鏡の前に立っていた。
「フィーナちゃん、やっぱり負けちゃったこと気にしてるでしょ?」
いきなり振られた話にフィーナは驚く。
「え? あ、はい……やっぱり、トーカ達に悪い事しちゃったなって」
水道から流れる水を見ながら、フィーナはうつむき言葉を発する。
鏡を見ても、前髪で顔は隠れ、カナからはその表情を見ることができなかった。
「どうして悪い事なの?」
「今まで教えてきてくれたことを全然生かせませんでした。それにリリウムの言葉も聞かないで突っ走っちゃって……完全に手玉に取られて…………何も、何もできずに――」
フィーナの肩が小さく震える。そして顎先から水が流れ落ちた。
「フィーナちゃんってさ。もしかして勝負とか試合で負けたのって初めて?」
カナの突然の言葉に、フィーナの顔が若干上がる。その瞬間見えた目元は赤くなっている。
「はい。たぶん初めてです」
盗賊に襲われた時は全て父が対処していた。父が負ける姿も結局最後まで見ることは無かった。トーカと会ってからはなおさらだ。
トーカやリリウムは強すぎて、そこらへんにいる魔獣では相手にならない。
氷海龍に襲われた時は、そもそも戦うなんていうレベルでは無かった。
だからフィーナの戦い、フィーナの試合として負けたのは初めてだ。
「じゃあその反応も納得かな。私も初めの時はそうだったし」
「カナさんも……と言うと?」
「私もさ、冒険者だったじゃん。その時に魔物に負けるなんてことは、よくあったのよ。特に駆け出しのころなんて、普通の動物とすらまともに戦えなくて負けたこともある。まあ、トーカさんとかリリウムさんとかに言わせれば、死んでなければ負けじゃないなんて言うんだろうけど」
そう言いながら、カナは手持無沙汰に指を両手の指をからませる。
「いっぱい練習して、イメージトレーニングも積んで、これで大丈夫だって思って自信持って町を出たのに、実際に魔物や動物に遇うと全然違って、なにも出来ずにただ逃げ帰ることだってあった。今のフィーナちゃんってさ、そんな状況じゃない?」
「はい」
1つ頷く。確かにそうだ。リリウムと練習を積み、どんな相手にはどんな手が良いかと一生懸命考え、イメージトレーニングを繰り返してきた。それにもかかわらず何もできずに試合に負けたのは、カナが言ったことそのままだった。
「フィーナちゃんの周りは特殊な人ばっかりだからさ。あの人たちはきっと、そういうの知らないんだよ」
異常な体と星の加護を持ってこの世界に来たトーカ。生まれての才能と、従者に守られながら英才教育を受けて育ったリリウム。2人には何もできずに逃げ帰ると言う経験は無かった。
ゆえに、2人にはフィーナの今の気持ちは理解できなかった。
彼らにとってみれば、死ななければ次に生かせるいい経験でしかない。悔しいという気持ちは多少はあるが、それほど深く傷つく物ではない。
「フィーナちゃんも冒険者としての才能はあると思うよ? 私なんかよりずっと強いもん。でもフィーナちゃんはまだこっち側だと思う。だからそういう時には私みたいなのの出番かなって思って出しゃばっちゃった」
「出しゃばったなんて、そんな」
「フフ、ありがとう。それで本題なんだけど、負けたことがショックなんでしょ?」
「はい」
「そういう時には泣くのが一番だよ。部屋でも平原でも、誰かの胸の中でもね。思いっきり泣いちゃえばすっきりするの。それでまた次に頑張っていくんだよ、一般人って」
カナはそれだけ言うと、トイレを出て行ってしまった。
「思いっきり泣く?」
その言葉で、自分が前に思いっきり泣いたのはいつだったか考える。
最初に思いつくのは父が死んで、逃げた日の夜だ。その日はトーカが一緒にいたため、声を出さないようにタオルに顔をうずめてひっそりと泣いた。
ならばそれ以前は? そう自分に問いかけた時、それに思い浮かぶ記憶が無い。
我慢して、食いしばって、涙を流さないようにして来た気がする。それは父の教えだったのかもしれないし、誰かからの受け売りだったのかもしれない。
だから、フィーナには声を上げて思いっきり泣いたことが殆ど記憶になかった。
「スッキリするんでしょうか?」
若干赤くなった目元を鏡で見ながら、フィーナは小さく決意した。
慰労会も終わり、マナカナと俺たちはそれぞれに泊まっている宿へ戻ってきた。
別れる間際、カナがフィーナに何か言っていたようだが、なにかアドバイスしたのだろうか?
トイレから戻ってきたフィーナがだいぶ変わっていたことを考えても、何かいい話が出来たのだろう。
「じゃあまた明日な」
「ああお休み」
「おやすみなさい」
部屋に戻り、ベッドに横になりながら新聞を広げる。
慰労会の為午後の試合は見られなかったため、結果を知るために買ったものだ。
準決勝に進んだ4名は、デイゴ騎士コーレル、ユズリハ騎士シグルド、帝国騎士ディオ、そしてA+冒険者のフェイリスの4人だ。結局冒険者の中でここまで残れたのはフェイリスのみと言うのが、いかに対魔物と対人の戦い方が違うのかと言うのを顕著に証明している。
それにしてもディオとフェイリスは今回の戦いもかなり酷いやり方をしているようだ。
ディオは相変わらず審判に見られないように徹底的に敵を痛めつけ、フェイリスは一撃で屠っている。
この2人は明日戦うことになるため、決勝がこのつまらない戦いをしている2人になるってことが無いのは幸いだな。
自分の部屋で新聞を読み直しながらそんなことを考えていると、扉がノックされた。
「はい?」
「フィーナです」
「おう、ちょっと待ってろ」
扉の鍵を開けると、薄着のフィーナが立っていた。いつも寝間着として使っている服だ。
「ちょっといいですか?」
「とりあえず、入れよ」
いつまでの薄着のフィーナを廊下に立たせとくのも不味いと、部屋の中にいれる。
小さな部屋の為、椅子は1つしかない。俺はそれにフィーナを座らせ、自分はベッドに腰掛ける。
「どうしたんだ?」
「えっと……その……」
フィーナの答えは要領を得ない。仕方がないので適当に話題を振ることにした。
「そう言えば帰り際にカナとなんか話してたよな?」
「あ、はい。少しアドバイスしてくれまして」
「アドバイス?」
何のだ?
「一般人が天才とか天災と上手く付き合う方法です」
「なんじゃそりゃ」
よう分からん。
「つまり、トーカやリリウムとどうやって付き合っていくかってことですよ」
「俺たちとの付き合い方? 今まで通りじゃいかんの?」
今までで特に不都合は無かったと思うけど。何かフィーナに迷惑かけてたのかな?
いや、探そうと思えばいくらでも出てきそうな気がするけど。主に料理面とか買い物面とかで。
てか、その言われ方だとどうしても俺が天災だとしか思えないんだけど……リリウムは天災とは思えないし、どっちかって言うと天才だろうしな。
「そんなことは、今は良いんです。これは私たち側の問題ですからね。それよりここに来た理由ですよ!」
「お、おう」
フィーナが勢いよく言う。何か思い切りが必要な事なのか?
「えっとですね。あの約束を果たしてもらおうと思いまして」
「約束?」
「試合に勝ったら、なんでも言うことを聞いてくれるって言う約束です」
「ああ、その約束か。もちろんいいぜ。俺に出来ることならだけどな」
とうとう来たか。これは俺が朝一にでも何か買いに行く必要がありそうな物だろうな。それとも何か魔物狩って来て、アクセサリーとかに使うのか?
と、突然フィーナが席を立ち、俺の方に飛び込んできた。
「うお!?」
そのままフィーナに押し倒される形でベッドに倒れ込む。
「お、おいフィーナ」
「しばらくこのままで」
フィーナは俺の胸に顔をうずめたまま動こうとしない。俺の力ならいくらでも引きはがせたが、それはしちゃいけないような気がした。
「カナさんに言われたんです。たまには思いっきり泣くのも良いことだって。それでスッキリすることもあるって」
フィーナの声が胸に響く。
「私悔しかったんですよ。シグルドさん相手に何もできなかったことも、氷海龍に捕まる時何もできなかったことも、お父さん1人に全てを任せて、自分は逃げることしかできなかったことも!」
フィーナが俺の服を握りしめる。俺はフィーナの言葉を黙って聞くことしかできないと思った。だから何も言わずただフィーナの背中にそっと手を廻す。
「トーカ達は次に生かせばいいって言います。けど、それじゃ嫌なんですよ! 私はトーカ達の期待に応えたい。強くなって、トーナメントもどんどん勝ち進んで、優勝とかしてトーカによく頑張ったなって言ってもらいたかったんです!」
フィーナの言葉には徐々に嗚咽が混じるようになっていった。自分の胸のうちをさらけ出すように叫ぶフィーナに、俺は圧倒される。
正直ここまでフィーナが思いつめているとは思っていなかった。
負けても仕方がないって最初から言ってたし、俺もリリウムも別にそれでいいと思ってた。
それに氷海龍の時や、フィーナの父さんの時などはどうしようもない事態だ。氷海龍は相手が相手だし、それ以前は冒険者ですらなかったのだから。
しかしそれが少しずつフィーナの心にシコリみたいになってたんだな。
その事に全く気付けなかったことに、反省する。フィーナは恋人だ。その恋人のことをよく分かってなかった。
正直に言えば、今もまだしっかりとは理解できてないのかもしれない。
しかし、今俺がやるべきことは、はっきりと分かっている。
「フィーナ、ちょっといいか」
そう言ってフィーナの体を少しだけ離れさせる。
そして小さく詠唱を唱えた。
「月示せ、音の籠。サウンドバスケット」
「この魔法は?」
「一定の空間から音が漏れないようにする魔法。今はこの部屋が範囲だな。これでどんだけ泣いても、隣に迷惑はかからない」
そうして再びフィーナの体を抱き寄せる。
「俺は正直、フィーナの感覚がよく分からない。何もできないって状況が無かったからな。自分のことは自分でやってきた。誰にも頼れなかったからな」
「はい」
「でも、フィーナの感情を受け止めてやることぐらいは出来るからさ。今は思いっきり気持ち吐き出してくれよ。これでもフィーナの彼氏だからさ」
「ありがとうございます」
涙混じりの声を聞きながら、俺はゆっくりとフィーナの背中を叩き続けた。
あと二話ぐらいで個人戦を終わらせ、三話目ぐらいから団体戦です。
闘技大会編長くなりすぎているので個人戦までを前編、団体戦以降を後編にしようと思います。
プロットだとこんなに長くなる予定じゃなかったんだけどな。




