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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
デイゴ王国闘技大会編・個人戦
81/151

80話

 今度は、先ほどとの戦いとは違い、静かに始まった。

 お互いがお互いの出方を見て、その場で構えたままなのだ。

 しかし、ロスは毒使い。長期戦に持ち込まれれば、有利なことはコーレルと言う騎士も分かっているはずだ。


「コーレルって魔法の属性なに?」

「たしか土だったな」

「なら動かないのはおかしいな」


 土属性に毒属性の有効打は無いはずだ。何か作戦があるのか?

 動いてこないことにロスも違和感を感じたのか、挑発するように言葉を放つ。


「さっきの試合はちょっとビビったが、あんたはあれほどじゃないのか? 時間が立てば、俺有利は確実なもんになるぜ? 現に今、フィールドには着実に俺の毒が満ち始めてる。まあ、あんたは気づかないかもしれないけどな。なんせ、俺の生み出した無味無臭、無色透明の麻痺毒だ。効果も即効性も絶大だぜ」


 二ヒヒと意地汚く笑うロス。他人の挑発なら、あれほどむかつく笑いを出来るロスはうってつけだろう。

 しかし、コーレルは精神を乱すことなく、構えに集中する。


「自ら効果をバラすとは、なんとも愚かな」

「バラしても良いほど状況は俺の思い通りってことだよ。まさかトーナメントを無傷で進めるとは思わなかったけどな。あんたには感謝しねぇと」

「……」


 ロスの言うとおり、フィールドにはすでに毒が充満しているのだろう。

 透明無臭の毒とか良く生み出せたな。それだけロスが毒関連の知識に精通していると言うことだろう。

 さて、コーレルはどう動くのか。

 観客が見守る中、状況はゆっくりと動き出す。


「それではそろそろ行かせてもらおう。勝利への道筋は、すでに完成した」

「なに?」


 コーレルが小さくつぶやき、ロスがそれにいぶかしげな顔をする。当然だろう。現状は圧倒的にロスが有利のはずなのだ。

 コーレルの中には少なからず毒が回っている。即効性も抜群と言っていたのだからそろそろ効果が出始めてもおかしくない。そんな状況で勝利への道筋などと言われても、ブラフにしか聞こえない。

 しかし、コーレルのその言葉が俺はブラフには聞こえなかった。


「オッチャン、コーレルが何か仕掛けて来るぞ」

「なに!? お前今コーレルがなんて言ったのか聞こえたのか?」


 観客たちにはコーレルのつぶやきは小さすぎて聞こえていないらしい。まあ、俺も身体能力が強化されてなければ聞こえなかっただろうしな。


「なんか、勝利の道筋が出来たとか言ってるけど?」

「お、なら決まるな! コーレルのその発言が出て、今まで負けた試合はねぇ!」

「まじか!」


 決め台詞ってやつか! かっこ良いな!

 せっかく俺もファンタジーの世界にいるんだし、なんか考えようかな。

 やっぱ月の加護持ってるし、月に変わって……これはダメじゃね?

 バカなことを考えていたら、コーレルが動いた。

 軽く左右に体を振ったかと思うと、まっすぐにロスに向かって駆け寄る。どうやら魔法は使わないらしい。

 ロスは一瞬左右に揺られたが、それぐらいでバランスを崩すほど軟くはない。

 すぐに体制を立て直し、コーレルの斬撃に備えナイフを取り出す。

 コーレルはそれに向かって、全力で剣を振り下ろした。

 ロスは相変わらず正面からそれを受けることなく、流すようにナイフを傾けコーレルを自分の後ろに送ろうとする。

 しかし、それはコーレルにもお見通しだった。

 その場で踏ん張ったコーレルは、自分が全力で振るった剣を強引に止め、ロスの目の前に留まる。

 ロスは後ろに流しきれなかったことに若干動揺するが、すぐに方針を変え、正面からなぐり合うことにしたようだ。

 おそらくすぐに毒の効果が表れると予想したのだろう。

 その後は凄まじい剣とナイフの応酬となった。

 コーレルの剣は、ロスの体に傷をつけるも、どれも致命傷にはならない。

 ロスのナイフも同じようにコーレルの体に僅かながらに傷をつける。

 しかし、同じ条件のように見えても、これで決定的な差が出てきた。

 ゆっくりと呼吸によって進行する透明無臭の毒と、ナイフに仕込まれた麻痺毒。毒の効力は明らかにナイフの方が上だ。

 それをくらった異常、すぐにでも効果が出始める。

 俺もロスもそう思っていた。


「なぜだ! なぜ効果が表れない!」


 数十以上の斬撃の応酬をしてもなお、コーレルの動きは一向に衰えない。むしろ、ロスの動きに慣れてきたのか動きが良くなってきている。

 その様子にロスが声を荒げるが、コーレルはそれに答えることなく、斬撃を続けた。

 そして次第にロスが追い込まれていく。

 ロスのナイフではコーレルを仕留めるのは難しい。しかしコーレルの剣から放たれる斬撃は確実にロスの体力を削り、少しずつその肉体にダメージを与えて行った。


「くそぉぉぉおおおおお!」


 ロスがとうとう焦れかね、攻勢に出る。

 しかしコーレルはそれを狙っていたのかのようにバックステップで距離を取ると、魔法を発動させる。


「星に願いて、祈りの連鎖を放つ。チェーンマジック」


 俺はその詠唱を聞いたとき、どのような効果なのか全く想像できなかった。

 詠唱はある程度、起こる事象を説明するためその詠唱を聞いていればある程度起こる事象は想像できるはずなのだ。

 それはウィンドカッター然り、ファイアーウォール然り、パラライズポイズン然りである。

 ならば祈りの連鎖もある程度は起こる事象に関連した詠唱であるはずだ。

 何が起こるのか、俺はフィールドに集中した。


 フィールドが揺らぐ。その揺らぎは最初小さかったが、徐々に大きくなってきた。

 そして、フィールドに罅を入れる。

 ロスは足もとに走った罅に、とっさに場所を移動する。

 その直後、罅からは突然大量の水が噴き出した。


「なんだこりゃ!」

「地面の底から海水が吹き出したんだろ」


 突然吹き出した水にオッチャンが驚く。けど、ここは海に面してるんだし、地面掘れば海水が出てきてもおかしくはないよな。

 しかし、あの詠唱で地面が割れるとは。

 そう思ったとき、続けざまにフィールドに罅が入る。それは良く見れば、全てのフィールドのブロックに一つずつ入っていた。

 そしてその全てから海水が吹き出す。


「これは凄い! コーレルの放った魔法が、フィールドに罅を入れ、その地下から水を噴き上げたぞ! しかし、これではコーレルも思うように動けなくなってしまうのではないか!?」


 司会が起きた現象に驚きの声をあげるが、本当に驚くべき場所はそこじゃない。

 これだけの規模の魔法を一度の魔法で発動させるなら、それこそ俺みたいな月の加護や、極星の勇者でもないとできない筈だ。

 いくら海に面しているとはいえ、埋め立て地でない以上、ここの地面は相当深い場所までぎっちり土が埋まっているはずである。

 それを掘り抜いて水を噴出させる。しかも一気に何か所もなんて、1等星でも出来るはずがない。

 それこそが驚くべき場所なのだ。

 ロスもその事に気付いているのだろう。水を無視して、コーレルを睨みつける。


「どうやったんだよ? こんな大規模の魔法、あんたじゃ無理だろ?」

「俺が勝ったら教えてやる」

「それじゃ一生聞けそうにないな!」


 水を回避しながらロスがコーレルに迫る。

 だが、コーレルはその場から動かない。しかも、剣を構えようとすらしない。


「星の加護の使い過ぎか!」


 好機と見たロスがナイフを振り上げる。

 その瞬間、コーレルが右足を小さくずらした。そこから水が噴き出る。

 コーレルは、自分の作った小さな罅を、自らの足の裏で押さえることで水を噴出さないようにしていたのだ。

 そして、ロスがナイフを振り上げた瞬間を狙って足をずらす。

 吹き出した水は、ロスの振り上げた右腕に当たり、バランスを崩させる。

 地面の底から噴き出る水の威力は相当なものだ。それも、極僅かな亀裂から吹き出しているのだから、その威力はより大きくなる。

 バランスを崩したロスに対し、今度はコーレルが剣を振り抜く。

 それで勝負は決まった。


「勝者コーレル!」


 審判が判定を高らかに告げ、フィールドが噴き出る水の音と歓声に包まれる。

 腹を切り裂かれその場に倒れるロスは、激痛に悶えながらも、コーレルに尋ねる。


「どうやって、あの魔法、使った、んだ? 勝ったんだから、教えろよ」

「魔法自体は、7つの魔法をあらかじめ仕掛けていた。お前が懸命に毒を散布している間にな。後は8つめの魔法で一気に発動させればいいだけだ」

「なるほどな。特定の、魔法で発動するように、詠唱したのか。そんであの詠唱」


 なるほどチェーンマジックが発動させるための魔法だったのか。

 確かに詠唱で魔法が発動しないようにセットしておくことは可能だろう。しかしその場合、普通ならば一生発動しないままの状態になってしまう。

 しかし、別の魔法で発動するように詠唱を組み替えておくことで、その魔法を発動した時に一気にセットさせていた魔法が発動するようにしてあった。

 赤外線で一気に爆破するようにした爆弾みたいなもんだな。


「そう言えば、あんたには毒が、効かなかったな? それも、魔法か?」

「麻痺毒と分かっていれば、あらかじめ解毒剤を飲んでおけばいいだけの話だ。実戦では難しいがな」

「そうか……麻痺毒に頼りすぎた俺がバカだったんだな」

「そう言うことだ」

「ハハ、そこは慰めるとこだろ」

「勝者が敗者にかける情けの言葉など無い」


 コーレルはそれだけ言い残し、フィールドを降りて行った。

 残されたロスは、医療班に治療を受けながら、その場で涙を流していた。


 ロスの治療を見ながら、俺はさっきの試合のことを考える。

 さっきの試合、勝利の道筋は出来たとコーレルは言った。おそらくあの時に魔法の設置が終了していたのだろう。

 そして、その後の流れが全てコーレルの思い通りに行っていたのだとしたら、それはそれだけ試合の組み立て方が上手かったと言うことになる。

 要はロスが手のひらの上でずっと転がされていたのだ。

 初戦とは違い、圧倒的な強さを見せる騎士では無かったが、その実力は本物だった。

 伊達に全員がフェイリス打倒を狙ってきている訳ではないってことか。


「フィーナ本当に大丈夫かね?」


 これは下手すると、初戦敗退もあり得るぞ。


「あの嬢ちゃんの事心配してんのか?」

「まあな。一応いい試合は出来る程度には訓練してるつもりだったんだけどな」

「今回はレベルがレベルだからな。乱戦からの参加者が2人連続で敗退ってのも珍しい話だしな」

「まあ、いざとなれば団体戦で練習してもらうかね。出場の理由は、元から訓練だし」

「団体も厳しんじゃないのか? 個人でこのレベルの連中が、わんさか集まってチーム作ってるんだろ?」


 確かに、個人戦はトップが出て来るとしても、それに追随するレベルの選手が団体戦の国代表には出て来るはずだ。

 けど、俺にとってはどいつらも同じレベルみたいなもんだしな。


「まあ、個人よりかは練習できると思うぜ」

「よっぽど自信があるんだな。やっぱあのリリウムがいるチームだからか?」

「ん?」


 ああ、そうか。強い奴調べてたってことはリリウムのことをオッチャンが知ってても不思議じゃないのか。

 そう考えるとA-ランクの冒険者がチームに参加してる俺は自信の選手がいるって思われてもおかしくないな。


「まあ、そんなところだ」


 俺の方が強いとか言っても信じてもらえないだろうしな。俺はまだB-ランクだし。適当に言っとくのがベストだろ。


「1人で突破できるほど団体戦は甘くないぞ」

「まあ、肝に銘じとくよ」

「そうしろそうしろ」


 ガハハと笑うオッチャンを横目に、フィールドは着々と修理されていった。


 さすがにひどく割れてしまったフィールドの交換には時間がかかった。

 なんせ、1つ換えればすぐに次の試合が出来るように設計されたフィールドのブロックを全て壊してしまったのだ。

 全部の交換にはそれ相応の時間が要求される。

 その上、壊したのはフィールドブロックだけでなくその下の地面もだ。

 地属性の修理担当スタッフはその亀裂を埋めることも要求され、より難しい修理に時間がとられてしまったわけだ。

 そして2人の試合から1時間後、ようやく全ての修理が終了し、安全確認が終わったところで司会が進行を再開した。


「さて! 長らくお待たせしました! ついにフィールドの修理も完了し、結界も安全に起動していることが確認されたぞ! これで第3試合が開始できる!」


 司会の声も微妙に涙声だ。まあ、1時間潰されるとか進行にはキツいだろうからな。

 観客たちも、冷めてきてしまった熱気を取り戻すべく、歓声を上げる。

 そんな中出てきたのは、フィーナだった。


「まずは冒険者フィーナ選手だ! 乱戦方式を見事な魔法で制した新進気鋭の美少女! トーナメントではどのような動きを見せてくれるのか!」


 フィーナは、多少緊張しながらも普通に歩く程度には落ち着いているようだ。リリウムが後ろに付いて来てくれているのも落ち着いていられる理由なのだろう。


「そしてフィーナ選手の対戦相手の入場だ!」


 同じフィールドの出入り口から出てきたのは冒険者だった。


「ほう、あの嬢ちゃんの相手はニューギルか」

「どんな相手?」

「心配か?」

「彼女だからな。当然心配はするさ。それ以上にいい試合をしてもらいたいとも思ってるけどな」

「なるほど。ニューギルはまっとうな冒険者って感じだな。魔法は火の1等星。1等星でも火属性だから炎属性ほど破壊力は無いが、それでも十分脅威って感じだな。ちなみにニューギルの冒険者としてのランクはAだ」

「Aか。ギリギリかな」


 フィーナの練習相手はリリウムだ。リリウムはまだA-だけど、実力的には十分Aはある。そのリリウムが毎日練習に付き合ってたんだから、ある程度相手の強さは理解できるだろう。それにフィーナも伊達に乱戦方式を生き残ってない。今でもB+程度の実力はあると俺もリリウムも考えている。

 まあ、それでもだいぶ不利な戦いに変わりはないけどな。


「そう言えば、フィーナ以外は誰も指南役を付けてないな」


 ふと思ったことだ。しかし、気付いてみれば気になってしまった

 最初出てきた4人も全員が単独でフィールドに出てきて戦っていた。指南役のような人物はいない。せっかく指南役が選べるんだから、連れて来ればいいのに。


「そりゃお前、実力あるのに外からあれこれ指示されるのはウザいだけだろ」


 それもそうか。フィーナと違って、他の参加者はみんなAランクや一流と呼ばれる連中ばかりだ。そんな連中に指南できる奴も少ないだろうし、何より参加者自身が、それを許さない可能性も高いな。


「じゃあ、今回指南役がいるのはフィーナだけかもな」

「たぶんそうだろ。それが吉と出るか凶と出るか」

「吉だろ。特にフィーナの場合はな」


 なんせリリウムが敵の武器の弱点や、特徴を見抜いて教えるのだ。これほど吉と出る指南役もいない。

 リリウムが実際に戦闘に手を出すことは出来ないが、要は2対1で戦うようなもんだからな。


「両者準備が整ったようだ! これより試合を始めるぞ! 審判よろしく頼むぜ!」

「トーナメント第1回戦3試合目――開始!」


 審判の宣言と共に、2人はお互いに向かって駆け出していた。


次回でフィーナの試合。その次で一回戦の残りの試合を一気に消化させようかと考えています。ストックに余裕があればですが……

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