79話
その日の夕暮れ。宿で夕食を取っていると、子供が外で号外を売り始めた。
リリウムと視線が合う。その瞬間、何をするべきか理解した。
我先にとその号外を手にする男たちを見て、フィーナが首を傾げる。
「何か事件でしょうか?」
「闘技大会の組み合わせ表だろう。この時間に出るはずだ」
「私たちも買わなくていいんですか?」
「大丈夫だ。すでにトーカが買いに走っている」
はい、俺は絶賛男たちの波にもまれております。
強引に隙間から割り込み、人の波をかき分け、そして少年の前まで辿り着く。
「1つ頂戴」
「50チップだよ」
「ほいこれ」
言われた通りにチップを渡して号外を貰う。そして他の客の邪魔にならないようにさっさと波から抜け出した。
その際に号外が少しぐしゃぐしゃにもまれてしまったが、まあ仕方がない。
「お待たせ……」
「お疲れ様です」
フィーナから受け取った水を一気に飲み干す。
「ふぅ。さすがに賭け金がかかってるだけあって、みんな必死だな」
「当然だろうな。それより対戦表だ」
「おう」
テーブルの上の料理を隅に避け、そこに号外を広げる。
一面に今日の乱戦の出来事が大まかにまとめられており、その下に明日からのトーナメントの対戦表が書いてあった。
「私の相手は誰でしょうか? 乱戦から来てる人の方が良いんですが……」
「まあ、いきなり招待選手とはキツイよな」
号外にあるトーナメント表を見る。フィーナの名前は左から6番目に書いてあった。
そして相手は――
「招待選手か。確か冒険者だったな」
フィーナの対戦相手になっているのは、招待選手の1人。ニューギルと言う名前の冒険者だ。
どうも、招待選手どうしや、乱戦方式参加選手どうしが初戦に当たらないように設定されているらしい。 トーナメント表を見る限り、乱戦突破選手の全員が招待選手と当たることになっている。
その中でも、まあ冒険者を引いたんなら当たりじゃないかね?
「どう思う?」
「騎士に当たるよりかは断然良いだろうな。試合中は私の出番になるだろうがな」
「とりあえず様子見してから、リリウムがアドバイスかけて倒しに行く感じか」
「それ以外に勝てる方法が見つかりませんよ。相手の攻撃は全く知らないんですから、戦闘中に調べるしかありませんし……」
乱戦方式の選手と当たれなかったことにショックを受けるフィーナ。
「まあ、ご褒美もあるんだから頑張れよ」
「それは当然ですけど……」
「私もめいっぱいサポートはさせてもらうよ。フィーナは、最初のうちは相手に倒されないことを一番に考えて行動すればいい」
「分かりました」
「詳しい作戦は私がタイムアウトを取って教える。そこまでは耐えてくれ」
「タイムアウトが取れるのって確か1回だけだったよな?」
「ああ、だから確実に勝てるだけの情報を手に入れないと迂闊には取れない」
試合中、指南役のアドバイスを受けるために、選手は1回だけタイムアウトを取ることができるようになっている。
その時間は5分と短いが、それでも相手の動きからアドバイスを出すには十分な時間だ。それ以上の時間を取ると休憩とかに使われそうだしな。
「俺は結局観客席からの応援か」
「しっかり声を張ってくれよ。そうすればフィーナにも聞こえるかもしれないからな」
「大声なら任せろ」
「期待してますよ」
そうして、試合の相手と順番が決まり、俺たちは明日の為に早めの就寝を取ることにした。
翌日。フィーナとリリウムは個人戦参加の為に早めに宿を出た。
俺は客としての入場しかできないため、まだ闘技場には入場できない。参加者の入場が8時からで、客の入場は9時からだからな。
この宿から闘技場までは10分もあれば着く距離だし、大分ゆっくりしていられる。
その間俺は、宿の1階で時間を潰すためコーヒーを飲んでいた。
「2人は今頃何してんのかね?」
カップを置き、ふぅと一息つく。
9時に入場を開始して、試合は10時ごろから始まるそうだ。それまでに参加者はルールの確認と精神統一などをしているらしい。
トーナメント戦からは参加者と指南役の為に個室が割り当てられ、そこで自由に過ごすことができると言うのだから豪華だよな。
まあ、参加者が1つの部屋に何時間も一緒にいるのも嫌だろうし、当然っちゃ当然だけど。
そんなことを考えていると、見知った顔が目の前を通り過ぎる。
思わずオッと反応してしまうと、向こうもこちらに気付いた。
「おう、昨日の坊主じゃねぇか」
「おう、昨日のオッチャンじゃねぇか。こんなところで何してんだ?」
目の前を通り過ぎようとしていたのは、昨日個人戦前の移動の時に話しかけてきたオッチャンだ。個人戦に参加すると言っていて、特に目立つことなくやられていった人である。
「何してんだって、ひでぇ言い方だな……昨日負けたからここにいるんだよ。トーナメント参加者はもう闘技場だろ?」
「そりゃ分かってるって。試合は全部見てたからな」
「そういやぁ坊主は団体戦に出場だったな。一緒にいた嬢ちゃんが個人戦には出てたんだっけ? 大丈夫だったのか?」
「ん? 個人戦の結果知らないのか?」
「まあな、昨日は1試合目に出て、速攻で気絶させられちまったからな。さっき目が覚めたところだ」
「そうだったのか」
そりゃ知らない訳だ。
「フィーナならトーナメントに進出したよ。オッチャンと同じ1試合目の勝ち抜きだ」
「なっ!?」
俺の言葉にオッチャンが目を見張る。
「あの試合には、ウサインとホワイトが出てたんだぞ!? どっちかを倒したのか!?」
「お、おう。ホワイトって奴を倒してたぜ」
オッチャンの剣幕に若干引き気味になりながら答える。
その答えを聞いて、オッチャンは何か感心したようにうなずいた。
「あのガチガチに緊張してた嬢ちゃんがねぇ。いったいどんな魔法を使ったんだ?」
「とっておきの秘策だな」
そう言って、ウインクだけ返しておく。
「気持ち悪い言い方すな!」
そのウインクにおっさんの突っ込みが入り、俺は軽くむせた。
この後闘技大会を見に行くと言うオッチャンの意見に乗っかって、俺も一緒に行動することにした。
そして予定通り、九時ジャストに闘技場に到着する。
そこにはすでに入場を待つ長蛇の列が出来上がっていた。
「スゲー並んでるな」
「けどこれぐらいなら全員入れるだろ」
闘技場の観客入場口は東西南北に計4つあり、その全てに同じぐらいの列が形成されている。
最後尾を探すのは多少大変だが、それほどの量でも全員を収納できる闘技場のデカさは凄まじいものだ。
「これより入場を開始します! スタッフの指示に従って落ち着いて入場してください!」
係員が入場門を開き、闘技場内へ客の誘導を開始した。
しかし、そんな誘導など無意味なのだ。
確かに闘技場の広さがあれば、ここに並んでいる全員を収容することは出来る。
しかし、それはどこの席に座れるかというのとは別問題だ。
フィールドのより近く。戦いをより間近で見ることの出来る場所。より迫力を感じることのできる場所を探す。
場合によっては、観客席で最も王の観覧席に近い場所に陣取ろうとする者もいる。
そんな連中が係員の指示に従うことなどするはずなく、門が開かれた直後から、入口周辺は人がごった返し、パニック状態になった。
俺とオッチャンはその様子を少し離れた位置から見物する。
「こりゃスゲーな」
「毎年恒例だな。昨日も同じような状態になってたはずだぜ」
「選手入場口から入ったから知らなかったな」
昼休憩や、帰りの時も多少は混雑してたけど今ほどじゃないしな。
「それじゃ俺達も行くか! あの中突っ切らないと良い席は取れないぞ」
「あー、俺は……」
パス。そう言おうとして止めた。別に一番上の席からでもフィーナの姿を見ることは出来る。けど声は絶対に届かないだろう。フィーナから応援してくれって言われてることだし、せっかくだから一番近い席から応援してやるのも良いかもしれない。そう思ったからだ。
「うし、んじゃ行くかオッチャン」
「まずはあの壁を突破するところからだな」
そうして、俺たちはパニック状態になっている門へ突撃した。
結果から言えば、まあ当然のごとく俺はフィールドから1番近い席を確保できた。
門の突破はついでにオッチャンをつかんで引っ張ってきたためオッチャンも最前列の席を確保している。まあ、突破する際にもみくちゃにされて心身ともに疲弊しきってるけどな。
そんなオッチャンの様子を横目にフィールドを眺めながら、俺は試合の開始を待った。
「おお! 選手が出て来たぞ!」
オッチャンが興奮げにフィールドへの入場口を指さす。そこには特殊な詠唱方法で勝ち残ったシアトと、冒険者のような人物が出てきた。
「初戦の招待選手はケーレスか」
「どんな奴なんだ?」
「ケーレスは見た目通り冒険者だな。基本は水の魔法を使ってたはずだ。剣技もなかなかのAランク冒険者だ。って知らないのか?」
「まあ、あんまりそう言うのは詳しくなくてさ」
「そうか。なら俺が今日は色々解説してやろう」
「オッチャンは詳しいのか?」
「闘技大会のファンだからな! 毎年強者の情報は色々調べて、闘技大会に出てきそうな奴らはピックアップしてる」
「じゃあ賭けにも参加してんの?」
「おいおい、俺は初戦を速攻で負けたけど参加選手だったんだぞ。もともと賭けには参加できねぇって」
そう言えばそうだったな。すっかり忘れてた。どっちかて言うと司会とか解説役の方がピッタリじゃないか?
ケーレスとシアト、2人がフィールドに上り、戦いの準備が整う。
そうすると、自然と会場が静まり返った。
その変化に、俺達もいったん会話を止めてフィールドに集中する。
「さあ! 決勝トーナメント第1試合の準備が整った。対戦選手は冒険者のケーレスと同じく冒険者のシアトだ。ケーレスはAランク冒険者。対してシアトは今だB+とそのランクには差があるぞ! その差をどのように埋めてくれるのか非常に楽しみだ! それじゃ審判、開始の合図をたのむぞ!」
両者の大まかな紹介を司会がした後、フィールドの中央にたたずむ審判に進行をゆだねる。
トーナメントからは、フィールドに審判も共に上り、その勝負の判定を行うことになる。
乱戦のときとは違い、審判の判断も勝敗の決定にかかわるようになるのだ。
「トーナメント第1試合――始め!」
審判の声と共に、ケーレスがその場から掻き消えた。
正直に言って、力が違いすぎた。甘く見ていたと言っても良いかもしれない。
フィーナが勝てる可能性はかなり低い。そう思える試合だった。
ケーレスが試合の開始と同時に掻き消えたかと思えば、一瞬後にはシアトの目の前にいて、剣を振り下ろさんとしている。
かろうじで反応したシアトも、得意の詠唱をする暇すら与えない猛攻によって、完全に自分のペースを乱され終始防戦一方だ。
シアトの動きを入れた詠唱は、想定外の動きを取らざるを得ない時、詠唱が破棄されてしまう。
ケーレスが行ったのはまさにそれだった。
シアトが詠唱の動きをしようとすれば、それを制するように剣を振る。一見隙のように見える無意味な動きを特に重点して潰していたのを見るに間違いないだろう。
そして防戦一方になったところで、ケーレスが魔法を使い大打撃を与える。
大打撃を与えた後は再び接近戦でシアトの動きを封じる。その繰り返しをするうちにシアトのダメージは蓄積し、最終的にケーレスがほぼ無傷で勝ち星を手に入れてしまった。
「これが招待選手の実力か」
「やっぱ強いな! 今年は特にレベルが高い!」
「去年はどうだったんだ?」
「今のシアトっつったっけ? あいつなら十分いい試合は出来たはずなんだけどな。やっぱ雷帝フェイリスが出て来るって聞いて、誰もかれも実力者が張り切ってやがる」
なるほど、招待選手が張り切って参加してくるのはそう言う理由もあるのか。
確かに、A+冒険者のフェイリスを倒せれば、これほどまでにない名誉と名声が手に入るだろう。
なんせ、自分がA+ランクと同程度。いや、それ以上の実力を持っていると示せるのだ。
下手な報酬より魅力的な物だ。
こりゃフィーナが勝てるかどうかは、リリウムの腕にかかってるな。
指南役を担当するリリウムに期待している間に、フィールドは2戦目の準備が整っていた。
「さあ! 第1回戦は思わぬ一方的な展開に、観客の皆も驚いたことだろう! そう、今年の招待選手は例年よりはるかにレベルが高い! 立ちはだかるこの強力な壁を破り、トーナメントを次のコマへ進めることができる乱戦参加選手は現れるのか! それとも、招待選手がその実力を持って、叩き潰すのか! 第2戦が始まるぞ!」
第2戦目の準備が整ったフィールドには、毒使いのロスが立っていた。そしてもう1人は緑の甲冑を纏っていることから、カランの騎士だと言うことの予想がつく。
けど、ここは詳しい人がいるし、しっかり聞いておきますか。
「と、言うことで騎士の方の説明たのむは」
「何が「と、言うことで」なのかわかんねぇが、説明なら任せろ! あの騎士はコーレル見ての通りカラン合島国の騎士だな。剣技はもちろん魔法も柔軟にこなす器用な騎士だな。なにより、試合の組み立てが上手い。やっぱ子供のころから勉強してると、そういう方向に秀でるのかね?」
たしかカラン自体が勉強にずいぶん力を入れてる国って言ってたっけ? 聞いた話じゃ、学校の制度も小学生まではほとんど現代日本と変わらないっぽいし、初等教育がしっかりしてるってだけで、この世界なら十分頭のいい方に部類されるのかね?
そこに騎士としての実力や戦略が加わればなおさらな。
そして、そん中でもトップがあいつって事なら、実力は相当なもんだろう。
さっきの試合を見る限り、今回も一方的になっちまうのかね?
「それではトーナメント第1回戦第2試合――始め!」
審判の声で、試合のゴングが鳴った。