74話
フェイリスは今、宰相の執務室にいた。
闘技大会に出場する選手を見に行った後、その場で参加を決め、情報の交換を行った。
そしてそれ以来頻繁に王城に来るようになり、宰相との密談も多くなっている。
「それで、漆トーカとリリウム・フォートランドの現状は?」
「監視は24時間常にさせている。それも、この国でも1,2を争う実力者にな。もちろんバレるような心配はない」
「それならいいがな。何せ相手は邪神級に喧嘩を売る相手だ。常識は通用しないぞ?」
「監視を始めてからすでに58時間が経過している。一向に彼らが監視者の存在に気付いた素振りを見せることは無い。まあ、気付いていて隠しているのだとしたら、諦めるしかないがね。監視には少しでも気づかれたと思ったら即座に引くように言ってある」
「なるほどな。それで」
「今の所目立った行動は無いな。町に入って以来、宿と露店の往復だ。そこらへんにいる観光客となんら変わらんよ。まあ、夕暮れ少し前に町の外れで訓練をしていると報告が来ているがな」
「訓練?」
フェイリスが眉をしかめる。2人はすでに邪神級と戦えるレベルだ。ならば今更訓練など不要だと考えたのだ。
「もう1人いるフィーナと言う冒険者だ。リリウム・フォートランドがその冒険者に剣や戦闘の訓練を付けているらしい。」
「ふむ。闘技大会に向けての訓練と言ったところか」
「私もそう思っている。個人戦に出て来るのもそのフィーナと言う冒険者だけだしな。おそらく経験を積ませるために出したのだろう」
「それ以外に動きは無いのか?」
「無いな。むしろ問題が他から寄ってくるようだと監視役は言っていたよ」
そう言って宰相は呆れながらため息を付く。そのほとんどがリリウムとフィーナの見た目に寄ってきた崩れの冒険者や騎士だからだ。
そのたびに監視者がこっそりと気付かれないように処理しているのだが、最近とうとう直接手を出されてしまったと言う。
「それは大丈夫だったのか?」
「何とか間に合ったと言うところだろうな。彼らには悪い印象は持たれていないはずだ。むしろ面倒から救った騎士がいるいい国だと言う印象が強いだろう」
「それも作戦のうちか?」
「まさか。もともとは触れさせない予定だったのだ。それが触れられてしまった時点で誤算だよ。まあ、嬉しい誤算ではあったがね」
帝国騎士の突然の介入はデイゴにとって完全に予想外だった。
相手がデイゴの者ではないため迂闊に手は出せなかった。そのせいで間に入るのが遅れてしまい、危機一髪だったと言うところだ。トーカの情報だけを聞いていた監視の騎士も、いつ爆発しないかとひやひやしていたらしい。
そしてその結果良い情報も手に入った。
「彼らには普通に会話することも可能だろうな。一般の者達とも楽しそうに会話していたそうだ」
「ふむ。ただの化け物と言うわけではないのか。それほどの力を手に入れる者は何かしら壊れていたりするのだがな」
それはフェイリス自身の経験だ。
自らがA+になれるほどの力を手に入れたのと引き換えに、フェイリスは普通の生活を捨てている。
戦いの中で力を磨いてきたフェイリスの左腕は、ほぼ動かない状態にまで傷ついている。神経が度重なる怪我で完治しきれないほどズタズタになってしまったのだ。
しかしその神経のなかで、自らの星の加護を応用し電気を流すことで、強引に動かしているのが今のフェイリスの状態だ。
そんな状態で生活しているのだから、精神も同時に疲労しきっている。
極力他人との接触を避け、会話を拒む。
そうしなければ、心が耐えきれないのだ。
それほどになるまでしてやっと手に入れたA+の称号とそれだけの力。それ以上の力を持つトーカにはいったい何が失われているのか。フェイリスには想像もつかなかった。
そんな中入ってくる普通に会話できると言う情報。
それはフェイリスを混乱させるもの以外の何物でもなかった。
「さて、そろそろ訓練も大詰めに入ろうか」
日が傾く中、町の外れで訓練をしていたリリウムが剣を止め、そう言った。
「大詰めですか?」
「そうだ。今日までの4日間で、剣から目をそらすことは無くなっただろう?」
「はい、何とか見ていられるようになりました」
「それができるようになったのなら、大抵の攻撃に対して何かしらのアクションは出来るようになる。そこで、今後の闘技大会本番までは、フィーナに1つ技を学んでもらおうと思っているのだ」
「技ですか。確かに私には、技らしい技はありませんが……」
フィーナの技と言えば、氷属性の魔法をそのまま放つか、剣に魔力を流して氷の剣を使うぐらいだもんな。魔法はそのままでも結構な威力になるけど、戦闘の流れを組み立てながら使うのは難しい。疲れてくれば息も上がるし、詠唱することすら困難になる。
なら確かに、ここいらで技術的な技を1つは持っておくのはいいかもしれない。
「どんな技を教えるんだ? 俺も興味あるんだけど」
意外と俺も、技と呼べるものは持っていないんだよな。脳筋ばりに、正面から突っ込んで粉砕してる感じだし。
そう考えると、技を持ってるのってもしかしてリリウムだけなんじゃ?
「闘技大会で審判が勝敗を決めるのに大きな要素になるのが武器だ。武器があればたとえ倒れても何かしらの攻撃ができる可能性があるから審判は勝敗を判定しない。しかし逆に言えば、武器さえ奪ってしまえば、審判の判断材料に大きなアドバンテージを与えることができる。そこでフィーナには武器破壊の技術を学んでもらおうと思う」
「武器破壊ですか……」
フィーナはいまいちピンと来ていないようだ。まあ、戦闘つったら普通は相手を倒してなんぼのもんだしな。
けどルールありの試合なら、武器破壊は大きな強みになるな。
「でも、武器破壊ってかなり難しいぞ? あと3日しかないのに習得できるもんかね?」
「大丈夫だ。幸いフィーナには武器破壊のために必要な要素は揃っているからな」
「そうなんですか?」
俺とフィーナが同時に疑問を浮かべる。武器破壊に必要な要素ってなんだ?
「武器破壊に必要なのは、3つ。1つは相手の武器から目をそらさない事。2つ目は相手の武器より強力な武器を持っていること。3つ目は相手の動きに合わせて瞬時に動ける反応速度だ」
「なるほどな。だからずっと攻撃から目をそらさない訓練してたのか」
「そうだ。まあ、これは戦闘の基本でもあるからな。そして2つ目は言わずもがな、フィーナの剣、属性剣だ」
属性剣は、フィーナの加護を得て圧倒的なまでの切断力を保有している。
この切断力は岩もすっぱり切れるし、鉄でも同じ場所を2,3回斬れば折ることができるほどには威力が高い。
一重に1等星の加護のおかげだが、それはフィーナの持っている武器だ。
その威力を使えば、確かに大抵の武器より強力な武器になっているだろう。
「つまりこの剣を使えば、大抵の武器は破壊できるようになるんでしょうか?」
「可能だろうな。私の剣も下手すれば破壊されるだろう」
「そんなに威力が強い武器だったんですね」
「そして最後。3つ目だが、相手の武器を破壊するには、武器の弱点となる部分を攻撃しなければならない。この攻撃はカウンターが殆どになるから、どうしても反応速度は必要になってくる。これまでの旅で見てきたフィーナの戦い方はどれもカウンターが多かったからな。自然と反応速度も良くなっていた。後は釣りのおかげか」
ああ、あの釣りか。確かにあれには鍛えられたな。
つまり、今のフィーナにはすべての要素が揃っているってことか。なら武器破壊はうってつけだな。
「そういう訳で、フィーナには武器破壊を練習してもらう。練習台はさっき来るときにトーカに買って来てもらった量産品の剣や槍だ」
「スゲー重かったぜ」
俺の背後、広場の隅には、剣や槍が5本ずつ並べられている。リリウムに言われて、こっちに来るときに買って来たものだが、もはやそんな風に使うとは思わなかった。
破壊されるために買われた剣……なんて哀れな。
「とりあえず今日は5本ずつ計10本壊してみようか」
「か……簡単に言いますね」
「フッフッフ、なにすぐに慣れるさ。明日は20本にする予定だからな。幸いフィーナの属性剣は刃こぼれの心配もない。どれだけでも固い物を斬れる」
そう言いながら適当に1本の剣を持ち上げるリリウム。
「剣の場合、破壊に効率的な場所は、やはり刃の横面。この部分だ」
そう言ってリリウムは持っている剣の腹を指差す。
「ここにマークをつけるから、フィーナにはここを自分の剣で斬る練習をしてもらう。予想では同じ場所を3回斬ることができれば、この程度の剣なら折れるはずだ」
「3回ですか……」
「もちろん最初は、私は少し緩く動く。次第に慣らしていけばいい」
「分かりました。頑張ります!」
意気込み剣を構えるフィーナ。それに対してリリウムも剣にマークをつけ構えた。
そんな姿を見ながら俺は、今日は時間がかかりそうだと思い、休憩用の飲み物を買いに歩き出した。
訓練を終え、宿に戻る。
今日はフィーナとリリウムの部屋に俺が訪れていた。
テーブルを囲んで3人で座る。そのテーブルの上には、適当な飲み物と屋台で買ってきた料理。そして1枚の皮用紙が置かれている。
この皮用紙は宿の入口の所で子供が売っていたものだ。内容は速報。そう、闘技大会の出場メンバーと団体戦の対戦相手である。
個人戦の場合は、乱戦方式が終了するまで最終的なメンバーが決まらないため、乗せられていない。しかし、すでに決まっている4人の名前だけは上がっていた。
「やっぱシグルドは個人戦もトーナメントにもう決まってんのか」
「当然だろうな」
シグルドの名前は個人戦の確定者の場所に書かれていた。
そして他の名前も。
「他の3人は――」
「2人は聞いたことがある。しかしもう1人は聞いたことが無いな」
「リリウムが知らないってことは最近頭角を現したってことか?」
「そうなるだろうな。だが今はそいつの事よりも」
「雷帝フェイリス。まさか闘技大会に出て来るとは思わなかったな、それも両方に」
「しかも団体戦はデイゴチームの所属となっている。これが事実だとすれば、大騒ぎになるぞ」
「何でですか? 強い人なら国からスカウトがあっても普通では?」
料理を取り分けていたフィーナが、俺も疑問に思ったことを聞いてくれた。
「A+ランクのうち雷帝フェイリスと爆炎のドラグルは特定の国には仕えないと表明している。なのにデイゴチームから出ると言うことは、その表明に反すると思われても仕方がない」
「そんな表明してんのか」
「強者はただ強者と言うだけで、行動に注意が必要になるからな」
「確かにそう言うことは聞いたことがありますね。『力を持つ者は、その力に見合った責任を払わなければならない』でしたっけ?」
「昔のどこかの国の王の言葉だな。元は力を権力の意味で使っていたそうだが、今では腕力でも言われるようになっているな」
人間の思考ってのは、自分の都合が悪いことに対しては敏感だからな。
色々な意味で強いってのは、他人に対してアドバンテージになることが多いし、しがらみも増える訳か。
俺は、元の世界だと交流が殆ど断たれてたから、そう言うしがらみとかは少なかったし、元々この力自体を使う機会も無かったけど、この世界では違うんだよな。
力があれば、その力を利用することでどこまでも上に上がれる可能性がある世界なんだ。
「俺も気を付けないといけないかもな。この大会が終われば、俺にも注目が集まる可能性があるだろ?」
「そうだな。フェイリスたちのように、あらかじめ国に仕えないことをギルドを通して表明しておくか、どこか気に入った国に仕えるのもありだぞ?」
「国に仕える気はねぇし、とりあえず表明かね。まだ全部の国を見たことが無いから何とも言えんけど」
まあ、俺が仕えたいと思う国があるとは思えないけどな。と、話が逸れ過ぎたか。
「そんじゃあ、フェイリスがデイゴ代表になるってのは異常な事なんだよな?」
「そう言うことだ。何か事情があるのだろうが……」
「正直俺じゃ予想がつかねぇや。こいつに会ったことも無いし、何考えてんのかもわかんねぇ」
「そうですね」
「私も詳しくは知らないからな。なんとも言えない」
「なら今はフェイリスの考えについては無視でいいや。本当の問題は、そんなデイゴが団体戦1回戦の相手になってるってことだ」
そう、俺達のチームが当たる第1回戦の相手はなんとデイゴチーム。ルーガとフェイリスを従えて、確実に優勝を狙いに来ている布陣を相手に戦わなければならない。
まあ、俺としては強い相手と一気に戦えるんだし、嬉しいことはないが、正直フィーナにはキツイかもな。
「私とトーカが2人ずつ、フィーナに1人をつけるのが基本になるだろうな」
「出来ることなら俺がフェイリスとルーガを押さえるのが良いんだろうな」
「かなり厳しい戦いになるぞ? 相手は連携技も使って来るだろうし、トーカ1人でその2人は辛くないか?」
「けど、リリウムに片方任せてもリリウムが厳しくなるだろ。俺が倒れなきゃいいルールなんだから、いざとなれば逃げまわるさ」
「しかし……」
なおも食い下がろうとしたリリウムに、俺が待ったをかける。
「どうしても心配なら、他の2人を速攻で倒して俺のヘルプに入ってくれよ」
「むぅ……フィーナはどう思う? 彼氏が危険な事をやろうとしているんだぞ?」
案に煮詰まったリリウムはフィーナに話を振った。フィーナは俺たちの話を聞きながらお茶を飲んでいたが、そのコップを降ろして簡単に言う。
「その布陣でいいと思いますよ? トーカなら勝ってくれるでしょうし」
「恋する乙女に聞いた私が間違いだったよ……」
完全に追い詰められたリリウムが、その作戦に承諾したのはすぐ後だった。
フェイリスはギルドで個人戦の参加登録をしてしまっているため、個人戦も参加しなければなりません。




