73話
首都に来てから3日目。
その日も変わらず、俺達は3人で町の散策をしていた。
この町意外と広く、職種も多岐にわたっているため、何日いても飽きない。と言うより、探せば探すほど新しい店が出てきて楽しいのだ。
昨日は、行きそびれていた武器屋に行ってみた。
一般の武器屋に入るのは初めてだったが、やはり量販店を思わせる造りだ。
同じ形の武器が並び、店員の接客もなんというかマニュアル的。
個人経営とは違う気安さがあるが、それも一長一短かね?
そこでリリウムは、凹んでいた鞘の修理を頼む。まあ、いつまでも凹ませたままでいるのは見た目的に悪いからね。
数時間程度で直ると言うので、剣を預けて俺たちはさらに町の散策をした。
結果、鞘が戻ってきた時、それは新品同様にピカピカに磨き上げられていた。ついでに剣も研磨され、輝きを放っている。
なんでも、店の研ぎ師や修復師が、こんないい剣を扱うのは久しぶりだと気合いを入れたらしい。
まあ、いい物が戻ってきて感謝以外の言葉は無いが、リリウムも若干2人の匠に引いていた。
そして今日は、武器屋のある方面とは逆の露店街に来ている。
ここはまだ散策したことの無い場所なため、ゆっくり回っているが、やっぱり面白い。
特に食い物。やっぱり海産物が多く、定番の魚の串焼きや、干物の他にも、貝のスープや、海藻の煮つけなんかもあって、バラエティーに富んでいる。
しかしこの量はいくら少しずつ食ったとしても食いきれないのが残念だ。
何度もこの町に来ているフィーナですら、全てを食べたことが無いと言うのだから、それは驚きである。
今は、フィーナとリリウムがアクセサリー店の前で何やら吟味している。
こういう時間は、正直俺は暇になってしまうんだよな。
俺はアクセサリーとかあんまり興味はないし。てか、戦闘中とかに簡単に壊れちまいそうだし、怖くてつけられない。
そこで、2人の背中を見ながらぼーっとしていると、俺の感覚器に反応するモノが後ろに来た。
ハッとして振り返る。
そこには1人の男がいた。そいつもこちらを向いて、何か驚いたような表情をしている。
しかし、俺の感覚器が反応したのは、そんな薄汚いおっさんにじゃない。
そのもっと後ろ。一件の露店から漂う匂いにだ。
おっさんの顔越しにその露店を見る。その中には、2人の女性がいた。
割と盛況なのか、忙しそうに手を動かしている。その表情は2人とも笑顔だ。
俺はその顔に見覚えがあった。間違いない。
キクリの姉妹。マナとカナだ!
それがここにいて、露店をやっていると言うことはだ!
俺の口元が吊り上り、にんまりと笑みを作る。
その瞬間、なぜかおっさんが焦ったように歩き出したがちょうどいい。道は開けた。
俺はフィーナとリリウムに一声かけて、その露店に向かって歩き出した。
列に並び順番が来るのを待つ。回転は以外と早いようで、1,2分早ければ30秒程度に1人のペースで進んで行った。
そして俺の順番が来る。
「いらっしゃい」
「10本頼むわ」
「え!?」
俺の声にすぐに気付いたカナが、目を見張る。
「久しぶり」
「トーカじゃないか! 久ぶりだな! マナ、トーカが来たよ!」
「え!? 嘘、トーカさん?」
カナの声に、後ろで串をせっせと焼いていたマナも振り返る。そして姉同様驚いた表情を浮かべた。
こうしてみると、本当にそっくりな姉妹だな。
「ほんとだ! トーカさんお久しぶり!」
「おう、久しぶり。今は忙しそうだな」
俺の後ろにも、列はずらっと並んでいる。ここで話し込むのは不味いよな。
「そうですね、おかげさまで」
「また後で来るけど、何時ごろなら良さそう?」
「このペースだと、16時には材料切れちゃいそうなんで、それぐらいに来てもらえると嬉しいです」
「了解。とりあえず串だけ貰ってくぜ」
『まいど!』
相変わらずの原価値で、串焼き10本を購入。それを手に、2人の元へ戻った。
俺が2人の元へ戻ると、2人はすでに買い物を終えたようで、店の横に邪魔にならないようにしながら立っていた。
「悪い。待たせた」
「突然、ちょっと行ってくる。なんて言うからびっくりしましたよ」
「何か見つけたのか?」
「おう、いいもん見つけてきたぜ」
そう言って買って来た串焼きの袋を見せる。
それに素早く反応したのはリリウムだった。
「む、それはキクリで食べた串焼きか?」
おお! リリウムも気付いたか。まあ、特徴的な匂いしているからな。1度食べたことがあるならすぐに気付くか。癖になるんだよな、この味が。
「当たり。この町にあの2人が来てたんだよ。フィーナも話だけなら知ってるだろ? 俺がフェリール倒すために金借りた時の」
「ああ! あの時の!」
魔の領域まで行くにも、金が無くて準備ができなかったんだよな。今じゃ考えられないけど、そんでフィーナに借金して旅の必需品教えてもらって……懐かしいね。
「今は忙しそうだから、串だけ買って来た。16時頃なら話す時間ありそうだから、その頃にまた行こうと思ってるんだけど2人も来る?」
「私たちあまり関わりないですけど、一緒に行ってもいいんでしょうか?」
「うむ、邪魔になってしまうのでは?」
「俺の仲間だし問題ないだろ。ついでに紹介したいし」
「それじゃあ一緒に行きたいです!」
「そうだな。噂の姉妹には1度会って見たい」
「なら16時頃の予定は決定だな」
そうして、俺たちは16時までの時間を潰すべく、再び散策に乗り出した。
再び露店の場所に戻ってみると、マナたちは閉店の作業をしているようだ。
カナの予想通りに、材料を売り切ってしまったのだろう。他の店がまだ営業を続ける中、その店だけが看板を下ろしている。
「お疲れさん」
「トーカ。ありがとう」
俺が声を掛けると、ガリガリと焦げ付いた炭を落としていたカナが顔を上げる。
それにつられるように、マナもこちらを振り返った。
二人とも汗だくだ。まあこんな中、ずっと火の前にいたらそれもそうなるか。
「ちょっと待っててくださいね。もうすぐ終わりますから」
「この後どうする? どっか食べに行く?」
「それも良いですね。私とお姉ちゃんも今は宿暮らしですから」
「ならそうすっか。紹介したい人もいるしな」
「後ろの方たちですか?」
「おう、冒険者仲間と彼女だな。あとで詳しく話すよ」
「それは楽しみです。お姉ちゃん、速攻で片付けよう!」
「うん!」
一気に片づけのペース上げるカナとマナ。その様子を見ながら、俺たちはこれまでの経験をもとに、どこの店に行くか話合っていた。
2人の後片付けが終わり、5人で食堂に入る。
この店は、海鮮の専門店で、刺身から煮魚、焼き魚、蒸し、フライと多種多様な調理法で楽しませてくれる店だ。
俺達も探索中に偶然見つけたところだが、内容はかなり良く、俺たちの中では今の所1番いいと言うことになっている。
「こんなお店があったんだ」
「知らなかったわ」
マナカナはどうやらこの店を知らないらしいな。連れてきて正解だった。
店員に案内され、店の奥にあるテーブル席に案内された。テーブルごとに区切られており、仲間内で話しやすい形になっている。
冒険者宿とかだと、乱雑に並べられてるだけで、他の連中に会話が丸聞こえだったからな。この形は意外と嬉しい。
「さて、じゃあまずこっちから紹介するな」
「はい、お願いします!」
適当におすすめを何個か注文してから、俺たちは自己紹介を始めることにした。
「まずは有名どころからかね。冒険者のリリウムだ。今は俺達と一緒に旅してる」
「初めまして。リリウム・フォートランドだ、よろしく頼む」
「んで、こっちのが新米冒険者で――」
その後の言葉をなぜかフィーナが続けた。
「トーカの彼女のフィーナと申します。カナさんマナさんよろしくお願いします」
フィーナ、なんか威圧感混じってませんかね? マナカナも微妙に驚いてるぞ?
「んで、2人とも知ってると思うけど、元冒険者で串焼き屋のカナと、その串焼きのタレを作ってるマナだ」
「カナです。C-ランクで止めちゃいましたが、冒険者でした。今は妹と串焼き屋をやっています」
「マナです。トーカさんに命を助けてもらって、こうして楽しく屋台をやらせてもらってます」
マナがにこやかに笑う。そう言えば病気はもう完治したのかね?
「病気ってフェリールの目で完全に治ったのか?」
「もちろんだよ! あれで治らなかったらむしろ罰が当たるってもんだよ」
「そりゃよかった」
「薬を飲んだ後のマナは、これまでが嘘みたいに元気になってね。その後は1度も病気になったことが無いんだよ」
「フェリールの瞳には、病気の特効薬の他にも、健康維持にも抜群だと聞く。高価な薬だが、1度飲めば10年は病気とは無縁と言われているのも、あながちウソではないかもしれんな」
そんなことまで言われてんのか。そう言えば、リリウムも島でフェリール倒したって言ってたけど、素材とか集めたのか?
「なあリリウム、あのフェリールって素材剥いだのか?」
「フェリールと言うと、島のか?」
「島?」
俺たちの意味深な会話にマナとカナが首を傾げる。
「ああ、ちょっとフィーナが邪神級にさらわれたから、取り返すために無人島行ったんだ。そのときにな、1等星級と2等星級に会っちまって相手してたんだよ。俺が1等星級相手してる間に、リリウムには2等星級の相手をしてもらってたんだけど、俺が駆けつける前に1匹片づけててさ。それがフェリールなんだわ」
「さすがA-ランクの冒険者さんですね! リリウムさんもフェリールを1人で倒せちゃうんですか!」
マナはその事に素直に驚き讃頌を送っている。けど、カナは違うみたいだな。
「待って! フィーナさんが邪神級にさらわれた? 取り返す? え? トーカの口ぶりからするに、フェリールの時も1体だけを相手していた訳じゃないってことか!?」
「まあ、そうだな。しかし、1体ずつ倒したことに変わりはないぞ。1体を引き離して、その間に倒したからな」
「それでも異常だよ! リリウムさんもうA-と言わずAランク冒険者でも十分なレベルじゃないか!?」
「まあそうかもしれないがな。しかし身近に私より異常な存在がいると、さほどおかしいと思わなくなってしまうのだ。昔の自分では考えられないがな」
そう言ってクックックと笑うリリウム。
異常な存在とは失礼な。まあ否定は出来んが。
「異常な存在?」
そう言いながらカナがゆっくりとこちらを振り向く。俺は届いた料理をつまみながら大きくうなずいた。
「間違いなく俺のことだな!」
「トーカは私が2等星級1体を倒す間に1等星級のウロスルナを2体倒している。それもほぼ無傷でだ」
「多少火傷したけどな」
「自分から腹の中に飛び込んでおいて、それで済めばそれは無傷と一緒だ」
まあ、そりゃそうかもな。普通なら消化されてるだろうし。
「1等星級を……2体も? 1人で?」
「あはは。俺だからな!」
カナは頭の処理が追いつかず、その場で頭を抱えて何やらぶつぶつ言い始める。
「あ、これ美味しい」
「これはリルルの葉が泥臭さを消してますね」
「お、フィーナちゃん料理分かる人?」
「トーカたちの食事は私が担当していますから」
「なるほど、ならこれの隠し味が分かるかな?」
「むむむ、これはティロの実ですか?」
「あたりー」
「じゃあ、こっちの煮物の隠し味はなんだと思います?」
「これは……白ワインか!」
「しかも――」
「この風味は、帝国産! まったく手に入らないと言われる昨今、帝国産を煮物に使うなんてなんと豪華な!」
しかしマナはその姉に気にした様子無く、フィーナと料理トークを楽しんでいた。
どうも、フィーナもマナも、料理のことで話し合えることが嬉しいらしい。
そりゃ、俺は食う専門だし、リリウムもそこまで詳しくないからな。料理に関する話じゃ全然ついて行けないんだよな。たぶんマナもそうなんだろ。
そろそろ本気で料理の勉強してみるか?
それぞれの料理の隠し味を当てるゲームに没頭するフィーナとマナを見ながら、俺はそんなことを考えていた。
「そう言えば、3人は闘技大会に出場するんですか?」
「あ、個人戦は私が出ますよ。指南役にリリウムさんが付いてくれるんです」
復活したマナの質問にフィーナが答える。それに驚いたは、マナだ。
「あれ? フィーナちゃん新人だよね? 闘技大会なんか出て大丈夫なの?」
「ちょっと危ないこともあるみたいですけど、魔物と戦うよりは断然安全ですし、戦闘の経験も得られるちょうどいい機会だから出た方が良いって2人が」
「なるほど。確かに経験としてはいい機会ですね」
フィーナの言葉にカナが頷く。
「しかし、個人戦はということは団体戦も出場ですか?」
「おう、団体は俺とリリウムも参加して3人でチーム組んだ。戦闘の機会は多いに越したことがないしな」
「リリウムさんとトーカが出るなら、優勝狙えるかもしれないね。なんせ邪神級を相手にしたり、タイマンで1等星級や2等星級を倒せる人だから」
「それはそうとも限らん。私たちはあくまで魔物との戦いに慣れているだけだからな。国の騎士などは人との戦いに精通している者もいるし、そう言う相手には苦戦するだろう」
「あー、確かに魔物と人だと戦い方違ってきますからね」
カナもどこか思うことがあるのだろうか、何度もうなずく。
その様子が気になったのか、カナがマナに質問した。
「あれ? おねーちゃん人と戦ったことあったっけ? 冒険者の時の話って魔物とか薬草取りの話しか聞いた覚え無いんだけど」
「あー、うん。今なら話してもいいかな? 私ね、何度か盗賊に襲われたりしてるんだよね。マナには心配かけたくなかったから話さなかったけど」
「え!?」
マナが本気で驚き、魚をつまんでいたその手を止めた。
「ほら、私ってマナと似てるから、言っちゃ悪いけど結構美人でしょ? だから盗賊とか荒くれの冒険者とかに目をつけられることも何度かあったのよ」
「だ、大丈夫だったの!?」
「大丈夫じゃなきゃ今ここにはいないわよ。どいつもこいつも崩れなだけあって何とか私でも対処出来たわ。まあ、逃げる事に集中してたけど」
なるほど、倒せずとも逃げ切れば勝ちか。まあ、普通集団に囲まれたらそうするのがベストなんだろうな。
俺が盗賊と戦った時ってどうしてたっけ? 1回目はフィーナ助けた時で、殴り殺しただろ? んで2回目は……ああ、マンドラゴラ掘った時か。あの時はマンドラゴラ使って一気に倒してたな。
「そっか、良かった。私の為にお姉ちゃんが大変なことになっちゃうとこだったよ」
「それが鬱陶しくなったってのも、冒険者を止めた理由にあるのかな。まあ限界だったってのも正しいけど。そう言うことで私も何度か対人戦の経験はあるのよ」
「確かに冒険者の対人戦で1番多いのは盗賊だな。依頼で盗賊のアジトを潰すときもあるし、移動中に襲ってくることもある。護衛なんかだと鉢合わせる確率が高い気がするな」
リリウムも納得といった表情で頷く。
けどリリウムなら毎回風の魔法でぶっとばしてんだろうな。A-ならそれぐらい簡単だろうし。
「盗賊ですか。私も戦えるかちょっと不安ですね」
「フィーナは冒険者になってからまだ盗賊には遭遇してないからな」
フィーナが盗賊にあった最後は、親父さんが殺された時だ。
その時の恐怖が蘇って、動けなくなるとかそう言うことが無いと良いけど。とりあえず、対人戦は経験を積んでおいて損はなさそうだな。
そうすれば、おのずと体は動いてくれるはずだし。
「盗賊程度ならば、今のフィーナなら十分対処できるはずだ。何せ毎晩私と訓練しているのだからな」
「だよな。あの訓練相当厳しいし」
「あ、あれは訓練なんて優しい物じゃありません……あれは生き地獄ですよ……」
まあ、風の刃を何本も飛ばされて、動かずにそれを見続けるとか、リリウムの剣技をただ受け続けるだけとか、結構怖い事やってるもんな。
俺だとつい攻撃しそうになる。やっぱ俺の思考に攻撃は最大の防御ってのが入ってるから仕方ないか。
「リリウムさんの訓練ですか。厳しそうですね」
カナが、震えるフィーナを見ながら若干苦笑気味に答える。マナはどういうものなのか想像がつかず、料理に逃げていた。
「まあ、そう言うことで、フィーナの経験の為に闘技大会は出るぜ」
「そう言えばそんな話でしたね」
「どんどん流されていってしまうからな」
「なら私は期待を込めてフィーナさんと、トーカのチームに賭けさせてもらいますね」
「私もそうしよっと」
「賭け?」
思わぬ単語が出てきてつぶやく。
「知らないの? 闘技大会って国主催で賭けもやってるんだよ。優勝を当てれば、人気と賭け金に応じた賞金がもらえるの」
「毎年接戦が繰り広げられるから、賭けも盛り上がるんだ。今年は去年よりはるかにレベルの高い試合になるって噂があって、賭けもかなり盛り上がってるみたいだしね」
「そんなものがあったのか」
「それって自分たちに賭けることも出来んの?」
それ次第で俺のやる気は天と地ほどの差になりそうな気がする。
「残念だけど、出場者は賭けには参加してはいけないそうだよ。八百長を防ぐためだとか」
「八百長なんて闘技大会に出場するような強者がするはずないのにね」
マナがバカにしたように言うが、意外と間違いでもないと思うんだな、これが。
参加者同士なら、誰に賭けて誰がわざと負けるなんて簡単に出来るだろうし、莫大な賞金が動くとなれば、それにつられる奴らは必ず出て来るしな。
そう言うのを防止するって意味じゃ、出場者が賭けられないのは間違いじゃない。
まあ、誰かに賭けを肩代わりしてもらうとか色々裏道はあるだろうけどな。とりあえずの抑止力ってとこか。
しかし俺にとっては間違いだ!
「自分に賭けられないとかやる気なくすな……」
「そんなこと言わないでください! トーカがチームリーダーなんですからね!」
「そうだぞ、トーカが負けた時点で私たちは敗退なんだからな。お前には最後まで立っててもらわないと困る」
「分かってるよ。フィーナの訓練もあるしな。フィーナが負けるまでは俺は立ってるって」
そうしないと団体戦に出た意味無くなるしな。
「まあ、そう言うことで、私たちは期待を込めてフィーナさんとトーカチームに賭けさせてもらいますね」
「期待してるよ」
「私は無理ですよ。どう頑張っても、優勝なんて」
フィーナは遠慮しがちに首を横に振るう。まあ、今のフィーナの実力はリリウムに届いてない時点で優勝は無理だろうな。なんせリリウムが認めるほどの相手が出て来るのは確実だ。シグルドとかな。
「じゃあ、ご祝儀程度に1番安く賭けさせてもらうわね。その代りチームは頑張ってもらわないと」
「トーカさんとリリウムさんが出るなら優勝も狙えるんじゃない?」
カナが俺達に尋ねてくる。どうだろうね。個人戦なら俺が優勝できる可能性もあるけど、団体戦だとな……強者の数人相手に1人とか2人で戦うのは厳しい気がする。
「団体戦はチームワークも重要になってくるからな。相手の動き次第だろう。まあ、トーカが簡単にやられるとは思えんが」
「なんだお前ら。闘技大会出るのかよ?」
突然上から降ってきた声に、全員の視線が集中する。そこには真っ黒な鎧を着た男が立っていた。
「あんた誰?」
みんなの意見を代表して、俺が尋ねる。
「なんだ、俺様を知らねぇのか? どこの田舎もんだよ。俺様は帝国軍、陸騎士団副団長のマルフォイ様だ」
「聞いたことある?」
「無いな」「無いですね」「すみませんがありません」「もちろん無いよ?」
誰も聞いたことが無かった。ってことは自意識過剰って線が強いな。面倒くさそうな相手……
「ってことらしいけど、なんか用?」
あんま名前にこだわっていても時間の無駄だと判断して、さっさと用件を聞くことにする。
こんな店の奥のテーブル席までやって来るってことは、それなりの用事があるんだろ。
「お、おう。今そっちで飲んでんだけどよ。女っ気がなくてつまんねぇんだわ。んで周り見回せばここに集まってんじゃん。それも結構いい顔揃ってるしよ。ンだからお誘い。こっち来て一緒に飲もうぜ」
「嫌です」「断る」「すみませんが仲間内で食べてますので」「嫌に決まってるよね」
一番早く断言したのは、予想外にもフィーナだった。微妙にマルフォイの視線がフィーナに集中してることを見ても、それに反応したのかな?
「らしいぜ。おとなしく諦めてくんね?」
「ンだよ。せっかく闘技大会に出る俺様が誘ってやってるってのに。そういやぁあんたらも出るって言ってたな」
「団体の方だけどな」
「俺もそっちに出るんだよ。ならお前さ、俺と一足先に勝負しねぇ? んで俺が勝ったらそっちの子らくれよ」
「んあ?」
何? こいつ馬鹿なのか?
フィーナたちも呆れた目でマルフォイを見る。
「んな面倒くせぇことできっかよ。飯食ってんだから邪魔すんな」
「ンな事言って、負けるのがこえぇんだろ?」
典型的な挑発だな。前の俺なら乗ったかもしれんが、今の俺は違うぜ。いい加減周りに迷惑かけないようにすることも考えてるからな。とくにフィーナとかリリウムとか。
「はいはい、そうですね。んじゃそう言うことで諦めてくれ」
「てめぇ!」
「おい、お前ちょっとこっち来い!」
マルフォイが俺に掴みかかろうとした瞬間、さらに別の角度から手が伸びてきた。
その手はマルフォイの胸元をつかみ上げ、鎧ごと持ち上げる。スゲー腕力だな。
そっちを見れば、真っ青な鎧を着た男が立っていた。かなりデカい。2メートルはありそうだな。
それだけの背にあった十分な筋肉が、甲冑の隙間から見える。
こいつ、かなり強いな。
「なんだてめぇ!」
突然持ち上げられたマルフォイは足をばたつかせながら声を荒げる。
「デイゴ首都警備隊のルーガだ。どうやら問題が起こりそうな雰囲気だったので止めさせてもらったが、迷惑だったか?」
「まさか。助かったぜ」
「それは良かった。こいつはこちらであずかろう、全面的にこいつが悪そうだからな」
「そりゃ助かる。デイゴの騎士は帝国とは違って優秀なんだな」
マルフォイは帝国騎士とか言ってたから、それと比較するように言う。
「帝国も強いと聞くぞ。こいつがバカなだけだろ」
「そりゃそっか」
「ではまた」
「おう」
デイゴの騎士は、そう言ってマルフォイを持ったまま食堂から出て行ってしまった。一瞬の出来事で、客は何が起きたのか分からない様子だったが、次第にいつもの喧騒を取り戻していく。
そして俺達も。
「凄い騎士さんだったね」
「帝国の騎士が子供みたいだった……」
今の出来事を振り返りながら、マナとカナが言う。そこにリリウムが付け足した
「あの男、相当出来るな。私と同等かそれ以上の逸材だ」
「そんなにですか!?」
リリウムの言葉にフィーナが驚く。まあ、今のだけ見ればちょっと強い騎士程度に見えるかもしれねぇけどな。
「さっきの騎士な、ずっとこっち見てたんだよ。んで、マルフォイが動いた瞬間にこっちに移動して持ち上げた。距離はだいたい6メートルぐらいか。座った状態からあの加速は相当なもんだぜ」
「おそらく魔法だろうな。あの速さだと雷属性だろう」
「大会も出て来るっぽいし、楽しみになって来たな」
「そんなこと言ってましたっけ?」
直接は言ってなかったな。けど――
「またって言ってたろ?」
「あ、そう言えば。けど警備隊の方なら会う機会ぐらいはありそうですが?」
「あいつは俺たちの話もちゃんと聞いた上でまたって言ったんだ。その意味するところは1つしかねぇよ」
「闘技大会のチーム戦。おそらくデイゴ国代表として出て来るのだろうな」
「今日の夕方に参加登録は締めきられて、明日の朝には一覧が出る。それを見ればすべてが分かるだろうな」
「ルーガか。要チェックってとこだな」
少し冷めてきた魚をつまみながら、俺は意外と楽しめそうな闘技大会に思いをはせた。