71話
「こちらは闘技大会参加登録の専用受付となっております。お間違いはありませんか?」
「ああ、間違いない」
俺達を代表してリリウムが受付を行うことになった。やっぱこういう時は先輩に頼むもんだよな。
リリウムが席に座り、その後ろから俺達が覗き込む。
「では、こちらの用紙に記入をお願いします。団体戦の参加希望の方は、全員の名前をご記入ください」
用紙には、個人戦の参加登録が上半分、団体戦の参加登録が下半分になっており、名前を書いた人物が参加登録されるようだ。
個人戦も3人まで名前とアドバイザーを書ける欄があり、団体で来た人にも優しい作りになってるな。
団体戦は、チーム名と参加メンバーを書き込むようだ。
特にランクを書き込む場所が無いのは、騎士も参加するからだろう。それに試合になればランクなんて関係なくなるしな。
リリウムが個人戦の参加者にフィーナを。そしてアドバイザーに自分の名前を書く。
書かれた名前見て、受付をしていた女性が少し驚いた表情を作った。それを見逃さなかった俺が目ざとく尋ねる。
「どうかした?」
「いえ、リリウムさんと言ったらA-冒険者のリリウム・フォートランドさんですよね?」
「ああ、そうだが何か問題があったか?」
「問題なんてありませんよ! むしろA-ランク以上の冒険者には、現在闘技大会に出ないかと片っ端から声を掛けていますから」
「そうなのか?」
リリウムが首を傾げる。
「闘技大会なら、レベルの高いメンバーを集めたいだろうし普通じゃないのか?」
俺がリリウムの疑問に答えると、リリウムは首を振ってその答えを否定した。
「去年まではそんなこと無かったからな。たまたま立ち寄った冒険者や、国から招待された騎士が参加する程度だった。冒険者に声を掛けることなどまずなかったはずだが」
「はい、そうです。なんでも、今年は国の方針で大々的に強い人を集めるそうで、騎士のみならず、冒険者の方でもA-以上の実力を持っている方ならばどんどん声を掛けているそうですよ?」
「そうだったのか。ならば後で個人連絡を確認しておいた方が良さそうだな」
個人連絡とはギルドを通して、冒険者に連絡を取る方法の1つである。
ギルドに内容を伝え、それが国家間を通しても問題ないと判断された場合、全国のギルド支店に情報が伝達。どこのギルドに冒険者が顔を出しても、情報が渡るようになっているそうだ。
ちなみに情報の管理はギルドカードを読み込んだ際に、個人連絡があると教えてくれるらしい。
「はい。もしかしたら国の依頼としてお金が出るかもしれませんから」
「了解した。よし、こっちも書けたぞ」
リリウムが、名前の書きこまれた用紙を受付に戻す。
受付はその内容に不備が無いことを確認し、1つ頷く。
「はい、ではこれで参加登録させていただきます。では闘技大会の詳細説明に入らせていただいてよろしいですか?」
「頼む」
俺達もそれに頷く。
「では説明させていただきますね。今回は個人戦、団体戦両方参加されると言うことで、両方の説明をさせていただきます。
まず個人戦ですが、1日目に乱戦方式の戦闘をしていただきます。参加人数にもよりますが、このままならおそらく4チームに分かれての戦闘になると思われます。その中で残った2人が翌日のトーナメントに参加となります」
ふむ、最初に思いっきり数を絞って、2日目からトーナメントか。まあ、妥当だわな。
今のフィーナなら全体に影響を及ぼせる魔法も何個かあるし、問題ないかな。
「トーナメントは、その生き残り8名と、招待者のなかでも実績のある8名の計16名で頂点を目指していただきます」
16人ってことは、4回勝ち抜けば優勝か。
「2日目に1回戦を。3日目に残りの試合を行います。武器は持ちこみ自由で、魔法の使用にも制限はありません。勝敗は審判が決めるか、相手が気絶する、敗北を認めた場合に決まります」
武器に制限は無し。魔法も自由となるとかなり派手な戦いになりそうだな。その分怪我――ってか死人も出そうだけどその辺どうなってんだろう?
「怪我とか死亡とかってどうなってんの?」
「怪我は完全に自己責任となります。死亡はほぼありません。闘技大会の闘技場は無属性魔法のなかで最も強いと言われる保護結界を使用しています。この中では、どれだけ大きな怪我をしてもほぼ死ぬことはありません。結界内にいる限り生き続けますから、その間に体の治療を行います」
ほぼ死なない結界か。そんなもんがあるのか。けどそれってある意味――
「まあ、怪我は痛いですから、死ぬほど痛い経験をずっとすることになりますので、かなり苦しいらしいですよ。なので死ぬほどの怪我をしないように注意してくださいね」
「やっぱり痛みはあるんですね……」
フィーナが若干冷や汗を流しながら答える。まあ、この保護結界って効果から見れば拷問用だしな。
拷問相手を決して死なせず、確実に苦しめて情報を取り出す。かなり有用な拷問部屋になりそうだ。
「まあ、治療スタッフも国の最高峰のメンバーが揃ってますから、頭がつぶれるとか消し炭になるとかしない限りはちゃんと生き残りますよ。内臓ぐらいならその場で作れるそうですし、首を落とされた程度でもしっかり治りますから」
星の加護には治療の魔法が無いのに、そんなことができるスタッフがいるのか。
まあ、地球より死が近い世界だし、医療技術だけ飛躍的に進歩しててもおかしくはないのか?
それに保護結界のおかげで死なないことは確定されてるから、どれだけ時間がかかっても問題ないんだろうし。
「それに、相手を死亡させた場合は、問答無用で負けになりますから、トーナメントでは開催以来死者を出したことはありません。みなさん上級者ですからね、その辺りの見極めとか寸止めとかは上手いんですよ」
そう言いながら受付嬢はうっとりとした表情をする。これまでの試合でも思い出してるんだろう。
そしてすぐにハッと我を取戻し、さっきの表情に戻った。
「では次に団体戦の説明をさせていただきますね。団体戦は2日間かけて行われます。人数的には個人戦より圧倒的に少ないですので、初日からトーナメントになると思われます。参加メンバーは最大で5名まで。それ以下なら何人でも構いません。交代は禁止です」
つまり戦力の温存とかはできそうにないってことか。まあ、俺たちのチームは3人だからもともとそれは無理だろうけど。
「団体戦はリーダーを1人指定し、その人が倒れた時点で決着が付きます。いかに守り、いかに倒すかがカギですね。今回は漆トーカさんが団体戦のリーダーに登録されてますから、トーカさんが倒されなければ、他の人が気絶しても問題ありません」
「俺?」
突然名前を出されて驚いた。てっきりリリウムがリーダーをやるもんだと思ってたんだけど。
「トーカならば一番頑丈だからな。フィーナになるべく戦闘を経験させる意味でも、試合は長い方が良い」
「ああ、そういうこと」
リーダーの俺に攻撃が集中するだろうから、俺はそれを防ぎつつ、時間を稼げってことね。
「大まかな説明は以上ですね。細かい内容はこちらに書いてありますので、後で読んでおいてください」
「了解した」
リリウムが3人分のルールブックらしきものを受け取る。
「では闘技大会頑張ってください」
受付嬢に見送られ、俺たちは席を離れ通常の受付に向かった。
リリウムの個人連絡を確認すると確かにデイゴ王国からの依頼として闘技大会参加の依頼が来ていた。
金額としては、魔物を倒すよりかなり少ないが、闘技大会の優勝賞金を考えればこんなもんだろうと言う値段だ。要は参加賞に色を付けた感じだな。
その内容を確認したリリウムは、依頼を受けることをその場で受諾し、依頼料を貰っていた。
「思わぬ稼ぎができてしまったな」
「なら今夜はリリウムのおごりだな」
「そうですね。ごちそう様です」
「お前ら……まあたまにはそう言うのも良いか」
若干呆れながらも、許可してくれた。さすが先輩っす! あこがれるっす!
そんな風に囃し立ててたら頭を叩かれる。
「じゃあ闘技大会までは時間があるし、町の観光と行きますかね」
「そうですね。楽しみです」
「フィーナは夜には訓練もあるがな」
「あ、やっぱりやるんですね……」
リリウムの言葉にフィーナが明らかに落ち込む。まあ、こういう所来てまで訓練とかはあんまりやりたくないもんな。けど仕方ない。
「もともと闘技大会もフィーナの訓練のついでなのだ。訓練はしっかり続けて、フィーナには実力を付けてもらわないとな」
「そうですね。私もトーカの足手まといにはなりたくないですし、後ろについて行けるぐらいの力は欲しいですから頑張りますよ!」
「その意気だ」
嬉しい事言ってくれるね! けど俺の後ろについてこれるのは、正直Aランクにでもならないと難しいと思うぜ?
「とりあえず昼飯にすっか」
午前中に町に到着して、説明を受けて今は午後に入ったところだ。そろそろ昼飯が欲しくなる時間だな。
「そうだな。では屋台を回ってみるか?」
「いいですね。今なら1週間でも回りきれないほどの屋台が出ているはずですよ」
「そりゃ楽しみだ。魚食いてぇ!」
「なら塩焼きでも探してみましょうか」
昼食の相談をしながら、俺たちはギルドを出て行った。
1台の馬車が外壁の前に止まる。
その馬車は、周りにある馬車より一回りも大きく、引いている馬も立派だ。むしろこの馬が騎士や王族を乗せず、なぜ馬車を引いているのかと疑問に思う人の方が多いぐらいだろう。
商人や旅人の視線が集中する中、その馬車の扉が開き1人の男性が降りてくる。
真っ白の甲冑を着こんだその青年は、太陽を眩しそうに見上げながら、伸びをする。
「ふぅ……やっと着いたか。さすがに長かったな」
「お疲れ様でした。町に宿を用意してありますのでそちらへ」
青年の横から、メイドが話しかける。
「分かった。後は任せても大丈夫かな?」
「問題ありません。道案内はこちらのメイドが担当させていただきます」
「よ、よろしくお願いします。宿までの馬車を手配してありますのでそちらへどうぞ」
1人目のメイドがベテランならば、2人目のメイドは明らかな新人だった。
まだ幼さの面影が残るその顔は、がちがちに緊張しており青年は思わずクスリと笑ってしまう。
「そう緊張しなくていいですよ。国賓としてきてはいるけど、私は一介の騎士ですからね」
「そ……そんな滅相も無い! カートライス様の雄姿は、ユズリハ国にいなくても良く聞こえてまいります!」
「それは嬉しいな。けどあまりがちがちに緊張しても失敗してしまうからね。何事も適度にやるのが一番さ。ほら深呼吸」
青年の動作に合わせて、新人メイドが大きく深呼吸をする。
「あと悪いんだけど、宿までは歩きで行かせてもらっていいかな? ずっと馬車に乗ってたせいで体が固まっちゃって」
「しかし警備の問題が……」
新人メイドは困ったように眉尻を下げる。
「私も騎士の端くれだからね。そこら辺の連中より強い自信はあるよ?」
「そ、そうですよね。失礼しました!」
「気にしないで。私のわがままですからね。さ、それじゃあ案内頼みます」
「は、はい!」
返事は裏返っていたが、さっきよりは緊張が取れたようだと、青年は満足げにうなずいた。
青年、シグルド・カートライスがこの町に来た目的。それはただ1つ闘技大会に出場して優秀な成績を収めるためだ。
数日前にユズリハ王から勅命を受けたその内容は、当初シグルドを大きく驚かせた。
シグルドは王族の専属護衛である。その護衛が王族から離れて、まして他国に行くなど普通は考えられない。
その事を問えば、帰ってきた答えは単純なものだった。
そろそろシグルド自身に大きな功績が欲しい。
王はそう言ったのだ。
確かに王族の護衛として今まで色々な危険から王族の身を守ってきたシグルドだが、その内容は決して華やかと言えるものばかりではなかった。
諜報部を使い情報を集め、あらかじめ火種となりそうなものを徹底的につぶしていく。
時には部下を使い、傭兵を使い、犯罪者まで利用して火種を取り除いてきたその手腕は、知れば誰もがほめたたえるものだろう。
しかしシグルドには、王族の護衛以外にもう1つの肩書きがある。
――第1王女の思い人
それは紛れもない事実である。互いの両親も公認の中なのだが、他の貴族はそれをよしとしないものも多い。
だからこそ王は、今回の闘技大会で優秀な成績を収めることで、第1王女の隣に立つにふさわしい実力と功績をつけさせようとしたのだ。
シグルドは、王のその配慮に感動した。
そして全身全霊をかけて、闘技大会で勝ち残ってくると宣言したのだ。
だからこそ、今のシグルドはやる気十分だった。
何せこの闘技大会で功績を立てれば、自分と恋人の結婚が早まる可能性すらあるのだ。当然と言えば当然だろう。
自分とシルファが大衆の前で並び立つときの夢を見て、街中をメイドに案内されながらにやにやと笑い進んで行った。
だがシグルドはまだ知らない。
この闘技大会は近年まれにみるレベルの高さになることを。
1人の男性が町を歩いていた。
見た目は30を過ぎた頃だろうか。ボロボロのマントで体を隠し、無精ひげをはやし、ぼさぼさの伸びた金髪をくすませそのままにしている男は、通り過ぎる人の注目を集めていた。
しかしその中には不審者を見る目以外に、稀に驚愕の視線が混じっている。
その視線を送るのは、全員が冒険者だ。
それもかなり優秀な部類に入るものしか、その視線を送るものはいない。
「こんな恰好してるのに気付くのかよ。正直勘弁してくれ」
男性に近づこうとした冒険者に反応して、人ごみに紛れるように進路を変え冒険者から離れる。
「国からの招待とか言われても、正直応える気は無かったんだけどな」
大通りから裏路地に入り、1人ごちる。
男性は闘技大会の招待選手だ。しかしどこかの国に属していると言うことは無い。
彼は冒険者だ。故に今回、国の招待に参加する義務は特にないのだが、この町に来たのには理由がある。
男性の下にある情報がもたらされたからだ。
氷海龍に喧嘩を売った馬鹿な冒険者のせいで、デイゴの町が危険にさらされている可能性がある。
男性が10年以上愛用している、信頼できる情報筋からの情報だ。
ゆえに嘘だとは思えなかった。
バカな冒険者の後始末は、やはり冒険者が付けるべきだろう。
そう考えた男性は、こうしてわざわざ首都まで出てきたのだ。
この町ならば、より詳しい情報が手に入るかもしれないし、軍が動けばすぐに分かる。
その動きから氷海龍の場所を予測して、撃退する手伝いをするつもりだった。
闘技大会への参加はそのついでだ。
「闘技大会の登録ってたしかギルドで出来るんだよな」
男性は、屋台で買った干物に齧りつきながら、冒険者ギルドに向かった。
男がギルドに入ると、一斉に視線が集中した。中には口をパクパクさせて驚いている冒険者もいる。
しかし誰も彼に声を掛けようとはしない。恐れ多いのだ。
そうはいっても、もし男に声を掛けてきても男は軽くあしらうつもりだったが。
ざわざわと小声で話す冒険者たちを横目に、彼は受付に向かう。
「すまないが、依頼を受けたい。個人依頼だ」
「は、はい! すぐに準備させていただきます!」
受付嬢も、その男性を見たとたんにがちがちに緊張し、声を裏返しながら対応する。
その様子に男性はうんざりしながら対応した。
「げ、現在個人依頼は、闘技大会への出場要請があります。こちらでよ、よろしいでしょうか?」
「ああ、それを頼む」
「ではあちらにある闘技大会専用の窓口に、こちらを持って登録をお願いします。闘技大会の参加登録ができ次第、依頼料を振り込ませていただきます」
「分かった」
それだけ言って用紙を受け取る。
そして続いて闘技大会の受付登録を行った。
闘技大会の登録を終え、いまだ落ち着きを取り戻さないギルドを足早に出て行く。
その後を追って、1人の女性がやってきた。
男性はその女性の装備を一瞥する。
新米冒険者なのだろう。装備は安物でピカピカだ。着なれた感じも無い。
女性はやや緊張しながら男性の前に立つ。そして意を決したように口を開いた。
「雷帝のフェイリス様ですよね!? 私、大ファンなんです。良かったらサインもらえないでしょうか?」
男性が人を避けていた理由がこれだ。
誰もかれもが、彼を見たとたんサインや握手を求めてくる。確かに自分の名前は有名だが、冒険者にとってそれはどうでもいい事だと彼は思っている。
ゆえに、それらを求めてくる彼、彼女らが理解できなかった。
「すまないが、そう言うのは全て断っている。1度受けるとキリが無くなるからな」
「そ、そうですよね。ごめんなさい、勝手な事言ってしまって」
「いや、分かってくれたんならいい。ついでにその事広めといてくれないか? いちいち言うのも大変だ」
「わ、分かりました。全身全霊を持って広めさせていただきます!」
「あ、ああ。ありがとう」
女性の反応に若干引きながらお礼を言う。
「闘技大会出場されるんですよね。私応援してます、頑張ってください!」
「まあ、そこそこに頑張るさ」
それだけ言って、世界に3人しかいないA+ランク冒険者の1人、雷帝フェイリスは街中に消えて行った。