69話
入って来た洞窟を使って外に出る。
戦闘で洞窟がつぶれて無くてよかったぜ。下手すりゃ生き埋めになってたからな!
「外の空気は美味いね!」
「中はお前たちの戦闘で酷い土煙だったからな」
「ハハハ、氷海龍もなかなかの相手だったぜ。また戦いたいな」
「今度は私たちのいないところで頼む。巻き込まれないようにするので精一杯だったんだ」
まあそうだろうね。何度もかなりの衝撃波が一帯を襲ってたし。
「では私は船を取ってこよう。今の状態のフィーナを歩かせるのは大変だろう」
「頼むわ」
「お願いします」
今の島の状態なら、船で中心の島まで来ることも可能だ。
なんせ、島の波は全て氷海龍が操っていたのだ。操っていた奴が、今は俺達に一定の理解を示してくれてるからな。
そうしているうちに、リリウムは島の間を風で飛び越えてすぐに見えなくなってしまう。
戻ってくるのは20分程度ってところかな。
たぶんこの時間は、リリウムが気を利かせてくれたんだろう。
俺はフィーナを近くの切り株に座らせた。
「トーカ、助けに来てくれてありがとうございます」
「まあ、守るって約束したからな。それに、フィーナに言いたいことも出来たんだ」
「言いたいことですか?」
フィーナが首を傾げる。
「ほら、最近なんか避けるような行動しちまってただろ?」
そう言ったとたん、フィーナの頬に赤みがさすのが分かった。
おそらく俺が何を言おうとしているのか、察しがついたのだろう。
「フィーナも知ってると思うけどさ。俺露天風呂の時に、フィーナの言葉聞いちまったんだよ。それでなんか顔合わせるのが恥ずかしくなっちまってさ。悪かった」
俺は腰を90度に折って、フィーナに頭を下げる。
フィーナは俺の行動に驚いたのか、両手を振って慌てて否定した。
「そんなの謝るようなことじゃないですよ! あれはリリウムが悪いんですから」
「そう言ってもらえると助かるわ。そんでさ」
ここからが本題だ。
「フィーナの言葉聞いてから、俺なりに色々考えたんだよ。途中ちょっと助けてもらったところはあるけど、それで俺の心は決まった」
フィーナがゴクリの唾を飲む。
辺りの静けさが、この時だけは異様なまでにはっきりと分かる。
「俺は、俺はフィーナのことが好きだ。ずっと一緒にいて欲しいと思ってる」
両目を閉じて、両手を前に突き出す。フィーナの反応を待つ。その時間が永遠のように長く感じられた。そして――
その手をフィーナはそっと握ってくれた。
「私もトーカのことが好きです。だからこれからも一緒にいましょう」
「ああ、フィーナのことは俺が必ず守るから」
「はい、私もトーカのことを微力ながら支えさせて頂きます」
微力なんかじゃない。フィーナの支えは非常に力強いものだ。
これまでも気付かぬところで何度となく支えられてきた。
だから――
俺は、フィーナの手を引っ張り上げて、そのまま抱き寄せる。
フィーナもそれに逆らうことなく、むしろ自分から飛び込んできてくれた。
そのまま抱きしめる。フィーナが俺の首に腕を廻す。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
俺たちの顔は自然と近づいて行った。
リリウムが戻ってきたのは、予想通り20分程度したころだった。
「すまない待たせた」
「いや、そんなに待ってないしな」
「はい」
「そうか。どうやら上手くいったようだな」
そう言ってほほ笑む。
リリウムは俺達の握り合った手を見てそう判断したようだ。
「リリウムにもかなり迷惑かけたな」
「ありがとうございます」
「まあ、後輩の為だからな。先輩ならばひと肌脱ぐぐらいはするさ」
恥ずかしげに言うと、リリウムはそっぽを向いて歩き出してしまう。
それを見て俺たちは笑いながら後を追った。
船で港付近まで戻ってくる。そこには人だかりができていた。
「どうしたんだろうな?」
「何となく想像は出来るがな」
「そうなのか?」
俺には全く想像できんのだが。
「自分のやったことを思い出せ」
呆れながらリリウムは俺の肩にポンと手を置く。俺そんなヤバい事したか?
やった事と言えば――
「えっと、島行って、2,3個島吹き飛ばして、氷海龍となぐり合って、フィーナ奪い返したぐらいか?」
「そうだ。全部この世界の常識からはかけ離れた行為だな」
「トーカ。私を助けるためにそこまで!」
リリウムがやれやれとため息を付き、フィーナはなぜか感動する。
そうか。俺、邪神級相手にしてたんだよな。
フィーナ助けるのに全力で、他の事は良く考えてなかった。まあ、何をしても助けるって最初に決めたから後悔は無いけどな。
「要は、地元民が崇めている存在のいる島々がいきなり吹っ飛んだのだ。慌てない訳がない」
「なるほど。つまり俺たちは今大変な立場と言うことだな!」
「そう言うことだ。あそこにはいかない方が良いだろうな」
「なら船は適当な岬に付けて、こっそり宿に戻った方が良いってことか」
「そう言うことだ。フィーナも疲れているかもしれないが、もう少し頑張ってくれ」
「大丈夫です! トーカがそこまでしてくれるんだから、私だってがんばれますよ!」
両腕を胸の前で構え、グッと握りこぶしを作るフィーナ。
なんか、さっきよりかなり元気になってるな。
「じゃあ、適当に人のいない岬に行くぜ」
腕に力を籠め、俺は船の向きを変更させた。
船を人目の付かないところに止め、俺たちは上陸した。
とりあえず今は宿に戻ることを優先する。
さすがに俺達も連戦でへとへとなのだ。
「私たちの顔はしっかり割れているだろうから、なるべく人に見つからずに行くぞ」
「おう、絡まれるのは、今はごめんだ」
「そうですね。では裏道を使っていきましょうか」
ついでに魔力探査も使って極力人通りの少ない道を進む。
そしてしばらくして宿まで戻って来れた。その頃には日が完全に沈んでしまっている。
「やっと着いた」
「長かった気がします」
「ぐるぐると回っていたからな」
人を避けながら道を進んだ結果、直線距離ならば10分程度で着く場所に、3倍以上の時間をかけて到着した。
しかしここからが一番の難関だったりする。
この時間宿の1階は食堂としてにぎわう。その中を部屋まで進まないといけないのだ。こりゃいくらこそっと進んでも確実にバレる。
「最後だ。ここを乗り切れば休める」
「おう、じゃあ行くか」
「はい!」
ギッと軋むドアを押して、俺たちは宿の中に入った。
視線が集中する。これまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「ここまではさすがに予想外だった」
リリウムがその現状に一人ごちる。俺もおおむねその意見には賛同だ。
何人かが、こっちに気付いてこそこそ話をする程度だと思っていたのにな。
全員ガン見じゃねえかよ……
「お前ら、帰って来れたのか」
その静寂を破って第1声を発したのは、宿の主人だった。
宿の主人は、一昨日からのリリウムの行動と昨日の俺を見て、氷海龍の巣に行くことは予想がついていたようだ。
そんで半日以上俺たちの姿が見えなければ、島に行っているって考えても、間違いじゃないか。
「ああ……結構大変だったけどな」
「そうだな。しかしこうして無事帰って来れたよ」
俺とリリウムは若干頬を引きつらせながら言葉を返す。
「そりゃよかった。疲れたろ、今日は早めに休みな」
そう言って主人は手元のコップ拭きに戻ってしまう。
それを今のうちに行けととらえた俺は、2人の手を引いて階段を駆け上がった。
その背後から一気に喧騒があふれ出したが、聞こえないことにしておいた。
翌日。俺はフィーナとリリウムの部屋に来ていた。
今後の方針を決めるためだ。
「さすがに船には乗れないだろうな」
「だよな。目の前で攫われたのに、普通に乗ってきてたら怖ぇもん」
「かなりの人に目撃されてしまいましたからね」
フィーナが攫われる姿を見ていたのは、あの船の護衛冒険者のほとんどだ。
だから、彼らはフィーナをすでに死んだものとして扱い、船の出港を準備している。
一応俺達も乗客だから、翌日に再出港すると連絡を貰っているが、さすがにのこのこと出て行くのは憚られる。
それ以前に、フィーナを助けた方法とか話したら、船から投げ出されそうだしな。
なんせ俺が殴ったのは氷海龍。邪神級の魔物とはいえ、彼らにとっては海の守護者なのだ。
そんな奴と敵対している人間なんか乗せてくれるはずないし。まあ、実際はすでに和解しているのだが、そんなこと説明しても信じてくれないだろうしな。
「だからここからは馬車の移動になるだろうな」
「この町からなら、首都はそんなに遠く無いですよ。かかって1週間程度でしょうし」
「なら馬車安定だな。また食糧調達しねぇと」
「その辺りもフィーナに任せることになってしまうな」
なんせ俺たちは顔がばれている。氷海龍に喧嘩を売った相手を、この町の人間がどう対応するか分からない以上、俺たちは部屋で引きこもってた方が良いだろうし。
「病み上がりなのに悪いな」
「大丈夫です。少しは動かないと体がなまっちゃいますから」
と、いう訳で俺たちは今日旅の準備を進めて、明日首都目指して陸路を進むことになった。
デイゴ王国首都。そこにある王城の一室に、1人の兵士が駆け込んできた。
「報告!」
「何事だ、騒がしい」
答えたのはデイゴ王国に古くから使える宰相だ。初老は当に越した、風格のある老人である。
「ルリアの町より緊急の伝令です。氷海龍の住む島が数名の冒険者によって襲撃された模様。被害は現在の所、判明していません」
「あの場所を襲撃だと!」
兵士の言葉を聞いた宰相は慌てて椅子から立ち上がった。当然のことだ。邪神級の魔物の巣を襲撃するなど正気の沙汰ではない。
それに加えて、デイゴは海の国だ。あそこに住む氷海龍の機嫌を損ねれば、たちまち国は衰退することになる。
「個人名までは判明していません。しかし数日前から氷海龍の巣のことを熱心に探す冒険者が確認されています。現在個人の特定を急いでいるとのこと」
「そんなことはどうでもいい! どうせ殺されているのだ。問題はどうやって氷海龍の怒りを収めるかだろう!」
的外れなことを言う兵士に、宰相は声を荒げる。
常識的に考えればそうなのだ。氷海龍の巣を襲撃して生きて帰れる存在などまずいない。
むしろ問題は、今後どうやって怒り狂った可能性のある氷海龍をいさめるかである。
それができなければ国が亡ぶ可能性すらあるのだから当然だ。
「急遽、全大臣を招集する。今回ばかりは王にも出てきてもらうぞ。お前はこのまま伝令を全大臣に。夕方には会議を始める。ルリアには、個人の特定などどうでもいいから、氷海龍の監視と、住民の避難の準備を大至急しろと伝えておけ!」
「りょ……了解しました!」
宰相の剣幕に圧倒されながら、兵士は慌てて返事をして部屋を飛び出していった。
「闘技大会前の大事な時期だと言うのに、なんと面倒なことを……」
死んでいるだろう冒険者達に恨みを飛ばしながら、宰相は目頭を押さえた。
氷海龍編終了。次回から闘技大会編です。
なお、次回の更新から3日置きの更新となりますのでご了承ください。書く時間が無いんです。