64話
宿はコの字型になっているらしく、部屋の扉を開けると、廊下を挟んだ先は吹き抜けになっていた。
どうやらここは2階らしい。そして吹き抜けの1階は受付と酒場。
そこにリリウムを見つけた。 なにやら同業者と話し合っているように見える。その表情は真剣そのものだ。
俺は迷わずに手すりに足を掛け、その場から飛び降りる。
いきなり降ってきた俺に、酒場にいた全員の視線が集中した。もちろんリリウムも。
「トーカ! 目が覚めたのか! と、言うよりいきなり何をしている!?」
「フィーナを助けに行く。まずは情報を集める」
「そんなことは分かっている。私も以前フィーナが話していた話をもとに情報を集めているところだ。それよりもトーカはさっきまで眠っていたんだぞ!? 私が言うのもなんだが、急に起きて大丈夫なのか?」
「リリウムに殴られたからな。けどもう大丈夫だ。痛みも無いし、こぶも出来ていない」
「全力で殴ったんだが……」
俺の頑丈さに若干ショックを受けているリリウムだが、今は気にしている時ではないよな。とにかく情報第一だ。時間が無い。
けどやっぱりリリウムも情報を集めていてくれたか。
「今はどんな感じに集まってる?」
「芳しいのものはあまりないな。今は本物の情報屋の位置を調べたところだ。今からそこに聞きに行こうと思っていたんだが」
「なら俺も一緒に行く」
「分かった。場所は西にあるサンタリア教会と言う場所らしい」
「了解」
俺たちは、視線を一身に浴びながら宿を出た。
歩きながら俺は現状を整理する。
リリウムから聞いた説明では、ここは王都ではないらしい。どうやら氷海龍に襲われた後、船の点検の為に近くの港町に止まることになったらしい。
つまり氷海龍に襲われた場所からここはそう離れていないことになる。
気絶している間に王都まで行ってしまったらどうしようかと思ってたが助かった。
そして俺が寝ている間にリリウムは、氷海龍の巣がありそうな場所の情報を探していてくれたようだ。
主なポイントとしては社がある孤島。そして民話が残っている場所である。
以前フィーナが集めた民話でその2つが出てきたのを、リリウムが覚えていたのだ。
その2つを頼りに探しているが、冒険者や宿の情報程度では芳しいものは無かった。
誰もが、その話を知ってはいるが場所は知らないと言った具合だからだ。
民話なんかは、むしろ地元の漁師に聞くのもありかと思ってリリウムに尋ねてみたが、どうも民話は氷海龍を海の守り神として神聖視しているため、巣に襲撃しようと考えている俺達には教えてくれなかったらしい。しかも、信仰のレベルがかなり高いのか、巣を襲うことを伝えたら、逆に襲われそうになったのだとか。その後すぐにリリウムの情報が漁師たちの間に回ってしまい、お手上げ状態だと言う。
巣を襲う理由が、たとえ攫われた人を助けるためだと言ってもだ。
その事を聞いた時、俺はぐっと手を握りしめ怒鳴るのを堪えた。
漁師が教えたがらない理由も分からなくはない。漁師にとって迷信や民話は大切なものだ。それを背けば何かが起こる可能性もある。
漁師も意外と死に近い職業である。そうである以上、それらを決して馬鹿にすることは無い。
そして現在はこの町にいる、本物の情報屋の情報をやっと手に入れたところだと言う。
「ならその情報屋に聞けば何とかなるな」
「ああ、しかしその情報屋も難儀なようでな」
「何がだ?」
「金では動かないらしい」
金じゃない。なら何で動くんだ? 矜持か? 上手い飯とかか?
「どうも、その客の様子を見て決めるらしい。その客が本当にその情報を必要としているのなら、情報をくれるらしいのだが」
「ずいぶん主観的であいまいだな」
「そうなんだ」
「まあ、行ってみてダメなら説得しよう。今の俺達には頼る奴はそいつしかいない」
「そうだな。ここで考えていても始まらないか」
そうして俺たちは教会の前に着いた。
教会は民家程度の広さの土地に建てられた小さなものだった。田舎の地方教会と言われても全く違和感がない。
しかし、実際はこの町にある唯一の教会らしく、毎日朝には多くの礼拝者が来ているらしい。
情報屋は昼から夕方にこの教会で祈りをささげているそうだ。
教会の大きな扉を開ける。ギギギっときしむ音を立てながらゆっくりと教会の扉が開いた。
その先には、真っ赤な絨毯。そしてその左右には礼拝者用の長椅子が並んでいる。
奥には女性の銅像とさらにその奥にステンドグラスがはめ込まれた大きな窓がある。
そこから差し込む光に、銅像が輝いていた。
その銅像の影に目的の人物はいた。
俺達が入って来たことに気付いていないのか、熱心に祈りをささげている女性。彼女がおそらく情報屋なのだろう。
赤い絨毯に一歩を踏み出すと、女性が祈るのをやめて立ち上がった。そして振り返る。
その姿に俺だけじゃなく、リリウムもその場で立ち止まる。
女性は目に包帯を巻いていた。それも片方でなく両目。
「どちら様ですか?」
「……あ、俺たちは冒険者だ」
「情報が欲しくてやって来たんだが、あなたが情報屋でよかったか?」
「はい、確かに私は情報屋を営んでおります。と、言っても売ったり買ったりしている訳ではありませんが」
「それは知ってる。情報を求める人間を見て与えるかどうか決めるんだってな。けどあんたの目」
「はい、私は盲目です。ずいぶん昔に怪我をしてしまいまして、今では全く見えません。この包帯は傷を見られるのが嫌で付けているんですがね」
女性は、包帯を優しく指で撫でながらくすくすと笑う。
その雰囲気に俺たちは飲まれそうになりながら話を続けた。
「俺は情報が欲しい。氷海龍の巣がある場所の情報だ」
「なるほど。民話で伝えられる氷海龍の巣ですか。あなたはなぜそれを求めるのですか?」
「仲間が氷海龍に攫われた。何としても助け出したい」
「……助け出したい、ですか」
女性は何かを考えながらその言葉を紡ぐ。しかし今俺にはこの女性しか頼る相手がいない。何が何でも氷海龍の巣の場所を聞き出さなくては。
「頼む。教えてくれ!」
その声は教会内に反響した。
そして反響が収まったところで女性はゆっくりと口を開く。
「今のあなたには、お教えすることは出来ませんね」
「何でだ! 俺は切実に巣の情報を求めている! なのに何がダメなんだ!」
「確かにあなたは真剣に情報を求めているのでしょう。その事はあなたの声と雰囲気から伝わってきます」
「ならなんで!?」
俺の感情は伝わっている。ならなんで教えてくれない!
「あなたは本当に仲間を助けたいのですか? あなたの感情からは自分を守りたいと言う心が見えますが?」
「なっ!? ふざけんな! 俺はフィーナを助けたい! 仲間なんだから当たり前の事だろう!」
「もう一度ご自分の心と向き合ってください。そうしなければ、あなたは間違いを犯すでしょう。その間違いはあなたを破滅へ導きます」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだ。時間が無いって言ってんだろ!」
「大丈夫。見つめ直すぐらいの時間はありますよ」
女性は、話は終わったとばかりに、教会の奥の部屋に入っていこうとする。それを止めようと一歩踏み出したとき、俺の手がリリウムに捕まれた。
「トーカ、ここは一旦引くんだ。今強引に行っても情報はもらえない」
「けど」
「なら強引に脅して情報を引き出すのか? そんなことをしても、おそらくあの女性は喋らないぞ」
「ふふ、よく分かってらっしゃる。私この怪我をしてから傷みを感じなくなってしまったんです。もう怖いもの知らずですね」
ドアノブに手を掛けたまま女性が言う。
「くっ……明日また来る」
「その時までに、自分を見つめ直されていることを期待します」
そう言って女性は今度こそ扉の向こうへと消えて行った。俺はそれを見送って息を吐く。
結局無駄足だった。情報は手に入らないし、何も進展がない。
リリウムも同じことを考えているのか、顎に手を当てて何かを考え込んでいた。そしてしばらくして口を開く
「とにかく今は、他に何か情報を手に入れる方法がないか探そう。ここにいても何も分からないままだ。もしかしたら漁師で私たちの意見に賛同してくれる人がいるかもしれない」
「そうだな」
俺はその意見に賛同し、教会を出た。
結局あの後、色々と探し回ってみたが、めぼしい情報は手に入らなかった。氷海龍がタストリアの町を襲ったと言う情報も、町の人の口を堅くする理由になっていると思う。
実際に襲われた町があるのに、わざわざその危険を呼び込むようなことをする可能性がある存在を氷海龍に近づけるとは思いにくい。
何もできない状態で食欲が出るはずも無く、俺は夕食を取らずに宿のベッドに倒れていた。
瞼を閉じれば、思い出すのは連れ去られる直前のフィーナの表情と、なぜかステンドグラスの光に当てられたあの情報屋の姿。
そしてその言葉。
(もう一度自分の心と向き合ってください。そうしなければあなたは間違いを犯すでしょう。その間違いはあなたを破滅へ導きます)
なんだよ、間違いって。破滅って……意味が分からねぇ。
そもそもあいつは俺に何を見たんだ? あいつが目を失った代わりに雰囲気や感情を読みとるのが得意なのは、話していて分かった。けどそれだけだ。
未来が見える訳でも無いし、俺の何かを知ってるわけでもない。なのになんであんな奴の言葉が耳に残ってるんだ。
「トーカ、ちょっといいか」
突然ドアの向こうからリリウムの声が聞こえた。全く気配を感じなかった。いや、俺がそれほど散漫になってたってことか。
「ああ、今開ける」
ベッドから起き上がり、部屋の扉を開けると、リリウムが中に入って来た。
「すまない、こんな時間に」
「いや、なんかもやもやしてたからな。ちょうどいいさ」
「そうか。今日のことだな」
「ああ」
リリウムにも何となく分かっていたらしい。
「トーカ、自分の心と向き合ってみないか?」
「リリウムもそんなことを言うのか?」
「ああ、正直今のトーカはいつもと違うと思う。確かに焦っているのは分かるが、それとも別の感覚なんだ。上手く言葉では表せないが、何かが違うと感じてしまう」
「そうなのか?」
俺としては、いつもと同じつもりだ。
「それに今は彼女に頼る以外の方法が見つからない。だから彼女の言葉に従ってみるのも良いんじゃないかと思う。どうせこの時間は何もできないんだ」
確かに夜は何もできない。せいぜい疲れを取るために寝るぐらいだ。しかし、焦っている状態では落ち着いて眠ることも出来ない。
「けど心と向き合うなんていっても、どうやりゃいいのか俺には分かんねぇぜ?」
今までそんなことしたことないのだ。むしろ心のままに動いてきたって感じが多いし、自分の心を偽るなんてことはあまりしたことが無い。
だから自分の今の感情が心そのままだったし、それで十分だった。
けど、リリウムもあの女性も俺が心と向き合ってないと言う。
ならどうすればいいんだ?
「なら私から質問がある。それに答えて欲しい」
「質問?」
リリウムは机から椅子だけを引っ張ってきて、ベッドに座る俺の正面に座った。
「そうだ。それに答えれば今のトーカの気持ちが分かる可能性はあると思う」
「そうなのか?」
それは心理テストとかそんな感じのものか?
まあ、今は何でもいいや。可能性があるのなら試してみる価値はある。
「まあ、それじゃ頼むわ。何でも聞いてくれ」
「分かった。なら聞く。トーカはフィーナのことをどう思っている?」
「どう?」
どうってそりゃ
「大切な仲間だろ」
「いや、そういうことじゃない」
そう言ってリリウムは首を横に振った。俺はそれに眉をひそめる。
何が聞きたいんだ?
「トーカは聞いたはずだ。フィーナの告白を」
その言葉で俺の思考は停止した。
「あの風呂でトーカは聞いていただろう。聞こえていただろう。ならばその答えが聞きたい。フィーナが心配していたぞ? あの時から妙に避けられている気がすると。私はそれが、トーカがフィーナを嫌っての行動だとは思っていない。むしろ照れのような、どう接すればいいか分からないゆえの行動だと思っている。だから今はっきり聞いておきたい。トーカはフィーナのことをどう思っている? 好きか? それとも好きじゃないか?」
リリウムがまくしたてるように言葉を紡ぐ。
しかしそれは俺の頭にはなかなか入ってこない。強引に噛み砕き何とか咀嚼しようとするが、上手くいかない。
そもそも、あの告白劇はリリウムが仕込んだものだったのか? 俺の壁を崩す原因はこいつが作ったのか?
そう思うと自分の中によく分からない感情が浮かんでくる。
今までを破壊された怒り。しかしそれとは逆に、進歩の可能性を与えてくれた喜び。そこで今の自分に気づかされた苦しみ。そして何も変わっていなかった自分に対する悲しみ。
多くの感情が混ざり合い、俺の頭を混乱させる。
そして俺の口から最初に出た言葉は、逃げるための言葉だった。
「……好きとか好きじゃないとか、今は関係ないだろ」
「いいや、関係ある。これはトーカの心の問題だ。心と向き合うためには、このことにも真っ直ぐ向き合う必要がある」
「それは……」
言い逃れは出来なかった。
あの告白を聞いてしまってから、なあなあで過ごしてきたからだ。確かにそれは心と向き合っているとはお世辞にも言えない。
「いい加減フィーナに答えを聞かせてやれ。彼女もトーカが告白を聞いたことは知っている」
「そう、なのか……少し1人で考えさせてくれ」
「ああ」
リリウムはそう言って部屋を出て行った。
それを見送って再びベッドに倒れ込む。
リリウムが何を思ってこんな告白劇を仕込んだのか分からないが、状況は勝手に進んで行ってしまう。
フィーナが、俺が告白を聞いていたことを知っているのなら、答えなければならないだろう。
俺はフィーナのことをどう思っている?
最初あった時は、盗賊に襲われてた可哀想な女の子? キクリで再会した時は、頼れる親友?
なら王都までの移動の時は? 俺はあの時フィーナに秘密の1つを話した。ってことはそれだけ心を許してたってことだよな?
冒険者として色々教えてくれたリリウムにも話さなかった秘密を話したんだ。それは親友ってだけじゃ無理じゃないのか?
ならあの時、俺はフィーナのことをどう思っていた?
友人? 親友? それとももっと上の存在だったのか?
分からない。自分があの時フィーナのことをどう思っていたのか、全く分からない。
だから俺は昔のことを考えるのをいったん放棄し、今のことを考えることにした。
俺は今、フィーナのことをどう思っているのか。
告白を聞いてどう思ったのか。
その時の気持ちを思い出す。あの時は自分の壁が崩れたことに動揺して、良く考えられなかった。それ以来、なるべく考えないようにしていた。
けど今は、その時の記憶を手繰り寄せ思い出す。
フィーナの好きだという言葉を聞いて。真っ直ぐな気持ちを聞いて、俺はあの時どう思った?
嬉しかったんじゃないのか? 好きだと言われて、一緒にいたいと言われて嬉しかっただろ。
それは、ばあちゃんやじいちゃんに言われた時とは違う感覚だったはずだ。
家族の愛とも若干違う。けどそれは嬉しい言葉で――
「なんだ、これが好きってことなのか」
今まで恋なんてしたことが無かった。だから感覚が分からなかった。けど1度分かってしまえば簡単だった。
俺はフィーナのことが好きなのだ。
誰よりもそばにいて欲しくて、守りたい相手なのだ。
だから取り戻したらちゃんと返事をしよう。いや、こっちからちゃんと告白しよう。
あんな中途半端の告白じゃ締まらないもんな。
まあ、それもフィーナを無事に助けられたらの話だが……いや、助けるのは絶対だ。約束は守らないといけない。俺の名前にかけて守らないと、俺の名前の意味が無くな――
え? おかしいだろ。俺はなんで自分の名前の為に助けようとしてるんだ?
今の考えは、フィーナを助けられなかった俺が、ただの力を振るう化け物になることを恐れている思考だ。
けど違うだろ。俺はフィーナが好きだから助けたいんだ。大切だから守りたいんだ。自分の為じゃないだろ。
それに気づいた瞬間、あの女性に言われたことの意味が理解できた。
「そうか。俺は化け物になりかけてたのか」
自分の為に力を振るおうとしていた。フィーナを使って自分を守ろうとしていた。
それじゃだめじゃないか。
この力は他人を守るために、他人を救うために使うもんだ。自分の為に使うもんじゃない。
あいつが言いたかったのはこのことだったのか……
理由が分かれば笑いが込み上げてきた。その笑いは嘲笑だ。
俺はなんて馬鹿なことをしてたんだろうか。
確かにこんな状態で氷海龍からフィーナを救っても、誰も救われない。
むしろ自分の為だけに力を振るった俺は、化け物になり破滅に向かうのもうなずける。
でも――もう大丈夫だ。
俺はフィーナを助けたい。だからこの力を使う。
「よし!」
両手でパチンと頬を叩いて気合いを入れる。なんだか気分が凄い晴れやかだ。
後はフィーナを救いだす。それだけだ。
「まってろよ! フィーナ!」
大声で決意を表明すると同時に、壁がドンッと勢いよく叩かれる。
「うるせぇぞ! 何時だと思ってんだ!」
「すみません!」
せっかく入れた気合いが若干削られるのを感じながら、俺は眠りに着いた。




