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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
デイゴ王国氷海龍編
61/151

60話

 風呂の入口には、大きく男と書かれた扉。その隣には女と書かれた扉がある。

 俺は迷うことなく男の扉に手を掛け横にスライドさせた。

 中から僅かな蒸気が顔に当たり、そこが風呂なのだと主張する。

 入れば、そこは脱衣所になっていた。

 多くの籠が棚の中に置かれ、その中に服を入れて入るようだ。そばに寄り中を覗くと籠の中には大き目のタオルが1つと、手ぬぐいが2つ完備されている。


「見た目は完璧な銭湯だな。大きなガラスに蛇口までそっくりだ」


 俺は特に迷うことなく、適当に1つの籠を選び、そこに脱いだ服を入れ、手ぬぐいを持って風呂があるであろう扉を開けた。


 風呂は石造りだった。大きな岩を掘り出して浴槽にしているのか、つなぎ目が見当たらない。もしかしたら魔法かなんかで作ったのかもしれないが、正直俺には関係ない。要は楽しめればいいわけだ!

 とりあえず地球のマナー通り、先に体を洗って風呂に向かう。

 体を洗うのは結構入念にしておいた。何せこれまでが水浴びと水拭き程度だ。どうやっても汚れは残っているだろうしな。それに救助活動で大分砂埃も付いてるだろうし。

 浴槽の中を覗く。

 浴槽はだいたいビジネスホテルの浴槽と同じぐらいの深さか。普通の家の浴槽と比べると少し浅く感じる。その分体を伸ばして入るタイプみたいだな。

 しかし俺はその風呂には入らない! さっきから気になってる扉がもう1つあるのだ。

 それは風呂のさらに奥にある扉。従業員用の扉でないのは注意書きからも明らか。

 注意書きは扉を壊さないようにと言う謎のものだが、冒険者も使う宿なら意外と必要なのかもしれない。

 そして扉の先にかすかに見える物。それはおそらく――


「露天風呂!」


 行くしかないだろう!

 俺はその扉に特攻した。


 肩までお湯につかり、ゆっくりと息をはく。


「ふぃー、まさか異世界で露天風呂が味わえるとは」


 ある意味天然の露店風呂なら嫌と言うほど味わったが、人工的な露天風呂は初めてだ。

 浴槽は室内の風呂と同じような形だが、露天風呂には簡単な中庭とベンチが付いており、そこで涼めるようになっているようだ。

 木の板に囲まれていて大パノラマとはいかないが、それでも十分露天風呂を満喫できる。なんせ見上げれば真っ赤な月が頭上に浮かんでいるのだから。

 と、月を見上げていると扉の開く音がした。

 俺は誰かが入って来たのかと視線をそちらに向ける。しかし、俺の入ってきた扉は開いておらず、人の気配も無い。

 そこで木の板の向こうから声が聞こえてきた。


「すごい綺麗なお風呂ですねー」

「そうだな。それに町宿でここまで広いのも珍しい」

「そうですよね。私の今まで泊まってきた中でも、かなり大きい部類になりますよ」

「この浴槽もおそらく魔法を使っているのだろうな。触ってもざらざらと言う手触りが殆ど無い。これほどの技術は魔法でないと再現できないだろうし」

「そうですよね。それにお湯の入水口もかなり凝った形してますよ、ほら」

「これは龍か?」

「もしかしたら氷海龍かもしれませんね。伝承ならこの辺りでも聞いているはずですし」

「風呂に氷海龍とはまた滅茶苦茶だな」

「ふふ、そうですね」


 それは紛れも無くリリウムとフィーナの声。

 ってことはこの隣は女湯か!?

 そこで俺が一瞬思い浮かべるのは、男として当然に2人の裸。しっかりとバスタオルが体に巻かれている姿がイメージできた俺は、しっかりと教育されてるってことだろうな! だよな?……


「早く入りましょう。せっかく温めた体が冷えちゃいます」

「そうだな」


 どうやら2人は、先に中の風呂に入っていたらしい。俺より遅く入ってきたのはそのための様だ。

 フィーナたちも、説明を受けた後すぐに風呂に来たのだろう。


「ふぅ。気持ちいいですね」

「まったくだ。日頃の疲れが吹き飛ぶようだよ」

「なんでお風呂の習慣ってデイゴだけなんでしょうね。他の国でも十分広がると思うんですけど」

「どうなのだろうな。最近の家では、風呂があらかじめ備え付けられた家があると聞くが、古くからの家は無いものが多い。そこに強引に浴槽を付けようとすると無理があるのかもしれん」

「つまり、入りたくても物理的に無理と?」

「その可能性も捨て切れはしないな。お年寄りの中にはお湯につかるのが恐ろしいと考える人もいるようだし」

「ゆでられると思っちゃうんですかね? そう言えばおじい様もお風呂、最初は怖かったそうですよ」


 へー、風呂に入ったことの無い奴からすれば、少し熱めのお湯に入るだけでも茹でるを想像しちまうのか。

 ある意味食わず嫌いと同じだけど、確かに茹でるだとハードル高いかもな。

 てか俺はなんでこんな盗み聞きみたいなことしてんだ?

 いや、まあ好きで聞いてるわけじゃないんだけどな。俺の耳も強化されちまってるから、嫌でも聞こえてきちまうんだけどな。

 と、俺は誰にでもなく理由をつけて、盗み聞きに正当性を付け加えようとしながら、フィーナ達の話に耳を傾けていた。


「それにしてもフィーナ。本当に14歳か?」

「どういうことです?」

「いや、あまり私と変わらない気がしてな……冒険者としては特に気にならない、むしろ好都合なのだが、こういう所で比較してしまうとやはり……」

「へ? は!?」


 ぱしゃっと水が激しく揺れる音がする。

 ふむ、これはあれだ。アニメや漫画でよくある女性のプライド比べとかいうやつか。


「な、何言ってるんですか!? リリウムさんだって十分綺麗な形してるじゃないですか。そんなの見せられたら男の人なんて1発で落ちるんじゃないですか?」

「な! フィーナこそ何を言っている!? 私はそんな簡単に見せるような女ではないぞ!?」

「それは分かってますけど、今までの言動見てると微妙に説得力無いですよ?」


 そりゃ見られても、触られなければどうということは無いとか公言しちゃってるもんな。

 説得力も欠けるわ。てかこの会話、俺が聞くのは不味くないか?

 完全に盗み聞きになっちゃってるわけだし、特に何かしたわけでもないのに罪悪感が……しかしフィーナはリリウムと同じぐらいの大きさか。リリウムが確か今18だって言ってたし、鎧の胸当て見ても結構な大きさあると思ってたんだけどな。

 フィーナが着やせするタイプだったのか、それともリリウムが着ぶくれするタイプだったのか。

 いや、深くは考えるな。そろそろ出ようかね?

 俺はゆっくりとなるべく水音を立てないように立ち上がる。


「私のことはどうでもいいんだ。それよりトーカとの関係は何か発展しそうか?」


 リリウムのそんな言葉で俺は思わず足を止めた。なんでここで俺の話題が出て来るんだ?


「うーん、難しいですね。すこし積極的に迫って見たり、どさくさに紛れて告白みたいな事もしてみたんですけど、やっぱりトーカは気づいてくれないですし」

「どさくさに紛れたら当然気付かないだろ……」

「でも……いざ面と向かって言おうと思っても、恥ずかしくって」


 迫る? 告白? 何のことだ? まったく記憶にないんだけど。

 それ以前にこの会話はこれ以上聞いちゃいけない気がする。これ以上はフィーナのプライベートを覗き見する行為になる気がするのだ。

 いくら親友でもそれはダメだろ。そう思って足を進めようとするのだが、足は自分の思うように進んでくれない。

 早く出なければと心は焦るのに、体がそれを拒絶するのだ。何だこれ。


「ふむ、いっそのこと今日忍び込んでみたらどうだ?」

「そっ! そんなこと出来る訳ないじゃないですか!」

「しかしそれぐらいしないとフィーナの気持ちには気づかないんじゃないか? むしろトーカは無意識に気付かないようにしている節もある気がするが?」

「そ、それは……」

「フィーナはトーカのことをどう思っているんだ?」

「私は――」


 ダメだ。これ以上はダメだ。聞いちゃいけない。

 これ以上は深く関わりすぎる!


「私はトーカのことが好きです。もっと仲良くなりたいし、付き合いたいです」


 その言葉を聞いてしまった瞬間、俺の中の壁のようなものがガラガラと音を立て崩れるのを感じだ。

 そして理解する。これが自分の今まで作ってきた他人との壁なのだと。

 無意識のうちに他人に深く関わりすぎないように、深い仲にならないように作ってきた壁だったのだと。

 異世界に来ても、その壁を完全に取り払うことは出来ていなかった。

 魔物を退治してきたときは、早めに受付から離れるようにしていた。受付嬢の子たちとは仲が良くなっても決して2人で行動しようとすることは無かった。

 依頼で魔物を倒した後、パーティーを開いてくれてもこっそりと抜け出し1人でいた。

 心の壁自体は少し薄くなっていたのかもしれない。

 しかし何も変わってなかった。3か月以上旅をしてきて、俺は何も変わっていなかったのだと今フィーナの言葉を聞いて実感させられる。

 1番の親友であるはずのフィーナのことですら、俺は気づこうとしなかったのだから。


「俺何やってんだろうな……」


 俺はそっと足を進めて脱衣所に向かった。




「……ちょっと強引だったか? まあこれで少しでも発展すればいいがな」

「何か言いました?」


 リリウムが小さくつぶやく。その声は、お湯の出る音でフィーナに届くことは無かった。


「いや、少し長く浸かりすぎたと思ってな。少し体を冷ましてくる」


 そう言って風呂から出ると、そばに設置してあるベンチに腰かけた。

 そして月を見上げる。

 リリウムには、桃花が距離を取っていることは何となく分かっていた。桃花の話を聞けばそれも当然の事だろうと思う。しかしこっちの世界に来て、フィーナと会い、自分と会い、ギルドの人たちと会い、理解してくれる人は少なからずいたはずだ。

 それでも壊れなかった桃花の無意識の壁を壊すには、荒療治に出るしかないと思っていた。

 隣の風呂に桃花がいることに気付いたリリウムは、そこであえてフィーナに覚悟を問うことで、桃花にその事実を突きつけようとしたのだ。

 成功はしただろうと思う。これがどのように転がるか分からないが、少なからず何かが起こるとリリウムは思っていた。


(人は1人では生きていけない。私も多くの人たちに助けられて生きてきたのだ。トーカには孤独にはなってほしくないからな)


 壁を作れば、桃花に関わった人間は何となくだが気づく。それは本人に深く踏み込もうとする人ほど気づきやすいものだ。

 だからこそリリウムは、深く踏み込もうとする人間を拒んでほしくなかった。


「私に言えた義理じゃないのかもしれないがな」


 そう言いながらグッと体を伸ばす。心地の良い風が体から熱を攫い、汗を引かせていく。


「私も弟子でも取ってみるか?」


 そんなことを考えながら、リリウムは風呂を満喫していった。




 翌朝。朝食の時間に合わせて食堂へ行くと、すでに2人も席に座っていた。

 フィーナはいつものロングスカートに腰までスリットが入ったワンピースと太ももに届く程度の短いズボン。リリウムはまだシャツと長ズボンと言うかなりラフな格好だ。まあ飯食べるのに鎧着てても邪魔なだけだしな。

 俺が食堂に入って来たのに気付いた2人が声を掛けてくる。


「おはよう」

「おはようございます」

「おう、おはよう。待たせた?」

「いや、ちょうどいい時間だ」

「そうですね。ピッタリでしたよ」

「そりゃよかった」


 席に着くと、それに合わせたように朝食が出てきた。持ってきたのは昨日説明に来た女将さんだ。


「おはようございます。昨日はよく眠れました?」

「はい、久しぶりのお布団でぐっすりでした」

「そうだな。ふかふかでよく眠れた」

「それは、よかったです。家の朝風呂はなかなか自慢ですから、よかったら入っていってくださいね」


 それだけ言うと、おかみさんは料理場へ戻っていく。

 俺はそれを見送って、あくびを噛み殺しながら焼きたてのパンに手を付けた。

 それに気づいたフィーナが、疑問の表情を浮かべる。


「トーカはあまり眠れなかったんですか?」

「ん? ああ、ちょっとな」


 昨日の話を聞いてすぐにぐっすり眠れるわけがない。むしろフィーナの気持ちを知ってしまったがゆえに、まっすぐに目を合わせるのもためらう始末だ。俺どうしちまったんだ?

 フィーナから視線をリリウムの方にそらすと、リリウムは何か満足げな表情をしながら口を開く。


「珍しいな。何か悩み事か?」

「まあ、そういう訳じゃねぇんだけどな。色々考え込んじまって」

「トーカが考え込むと言うことなどあるのだな」


 表情だけは驚いているように見せているが、その顔はやはりどこか満足げな表情をしている。

 何か隠してるな。

 しかし、寝不足の俺の頭が今はまだしっかり働いてくれない。

 仕方なくリリウムのことは一端無視して、朝食に専念することにした。


風呂話だ。ほら喜べ男子ども

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