59話
翌日。俺たちは予定通り、昼まで救出活動に参加した。
俺たちは状況が進んだ南地区の探索から外され、今度はほぼ探索の終了した北地区を手伝うことになる。
これは俺たちの魔力探査(ギルドには生命探査と教えてある)が残った住民を探すのに適していることと、南地区の魔力反応がある場所はすでに全てギルドに伝えてあることが理由だ。
「リリウム。魔力探査使うぞ」
「分かった。頼む」
北地区の一画で、俺が魔力探査を使う。
地図が頭の中に形成され、ぽつぽつと魔力の光がともっていく。そのどれもが普通に動いていることを考えると、冒険者や野良の動物だろう。
「この辺りはもういないっぽいな。他の場所に移ろう」
「分かった。しかし北地区でもこれほど壊されているのか」
南地区とは比べ物にならないが、一番被害が少ないはずの北地区でも、かなりの建物が破壊されている。
そのどれもが屋根を吹き飛ばされていることから、氷海龍が本当に屋根を破壊して回ったことがよく分かった。
「けど建物自体の倒壊は少ないな。そのおかげで何人も助かってるって話だ」
「そうだな。これが木製の家だった場合を考えると少し怖いな」
「だな」
木製の家だった場合、屋根が壊れた拍子に壁も壊れていた可能性が高い。
そしてその壊れた壁が住民に襲いかかってきた可能性もあったのだ。
そう考えると、タストリアが石造りの町でよかったと言うことになる。まあ生き埋めになった人たちのこともあるから大声では言えないけどな。
「次はもう少し東に行ってみよう」
「了解」
その後も俺たちは昼の鐘が鳴るまで探索を続けて行った。
昼になりいったんギルドに顔を出す。今日で救助を終了することはあらかじめ伝えてあるが、改めて状況を聞くためだ。町の外に行くのだから、何か外の連中に伝えることがあればそれを手伝えばいいと言う考えもある。
「トーカさん、リリウムさん」
ギルドのテントに入ると、いつもの女性が俺達を見つけて声を掛けてきた。
「おう、戻ったぜ」
「そちらの調子はどうだ?」
「こっちも大分落ち着きを取り戻しています。だいたいの情報の整理も終了しました」
女性がやっていた情報の整理は、生き別れた子供や老人たちの家族の捜索だ。
地区ごとに分けられているとはいえ、その人数は膨大な数になる。その中から家族を見つけるのはなかなか大変な事だろう。
こと、この世界には戸籍台帳など無いのだからなおさらだ。
誰が死んで、誰が行方不明なのかなど、近所の住民の記憶を探るしかない。
俺達のおかげで救助者は増えたが、その分ギルドは身元の割り出しに時間を割かれることになっていた。
女性は今、それが大半終了したと言ったのだ。
「なら後は会えるのを待つだけだな」
「はい、みなさん家族との再会を心待ちにしています」
「そりゃよかった。じゃあ俺たちは行くけど、港町に何か伝えることとかある? 用件があればついでに伝えとくけど」
「今のところは大丈夫です。多少物資が少なくなってきていますが、それはどこも同じですから」
「分かった。じゃあ元気でな」
「今までありがとうございました!」
俺たちがテントを出るとき、女性は笑顔で見送ってくれた。
フィーナの元に戻ると、フィーナは騎士団の人間と話していた。
俺とリリウムはそこに近づく。するとフィーナがこちらに気付いた。
「お帰りなさい」
「おう、ただいま」
「今戻った」
フィーナの声で騎士団もこちらの存在に気が付いた。
「君たちが噂の冒険者か。リリウムさんのことは噂に聞いていたが、君の名前を聞くのは初めてだな」
「おう、最近冒険者始めたばっかだからな」
「そうだったのか。しかし今回は非常に助かった。騎士団が町民の警護に集中できたのも、大勢の冒険者のおかげだ。特に君たちの活躍は良く噂で聞いていたからな」
かなりの人数助けたからな。他の冒険者が複数人で協力し1日3人程度の中、俺たちは半日でそれぐらい助けてた。噂になるのも当然と言うものだ。
「まあ、それも今日までだけどな。後は任せたぜ」
「ああ、この後は騎士団が全力をもって町の復興に取り掛かる。とりあえず外壁の修復からしないといけないがね」
氷海龍の襲来の際に、町の外壁がかなり壊されている。この状態ではどこから魔物や動物が入り込んでくるか分からない状態だ。
ゆえに、住民が町に戻るためにはまず外壁の修復が必要になるのだ。
その労働力として騎士団が活躍することになるのだろう。
「頑張ってくれよ」
「トーカ、昼食の準備ができてますよ」
俺が騎士団と話している間に、フィーナが昼食の準備をしていてくれたようだ。
リリウムもすでにフィーナと共に馬車に作られた簡易の席に付いていた。
「じゃあ飯食って来るわ」
「ああ、今までありがとう」
騎士団はそう言って離れていく。俺はそれを見送って馬車の中に入った。
タストリアを出発して約2日、俺たちは港町に着いていた。
そこまで大きな港がある訳では無く、そこそこの船がそこそこの数停泊できる大きさの港と言った感じだ。
さびれている訳でもなく、かといってとても栄えているようには見えない。
絶妙な哀愁を漂わせる、港町がそこにはあった。
「本当に近いな。たった2日か」
「細長い国ですからね。ほとんどの町は海から3日以内の場所にあります」
「そんなに細い国なのか。確かに地図で見た時は細かったけどそれほどとは」
地図で見たデイゴはチリのように細い国だった。けど、それでも3日は予想外だ。
「王都が海に面している国などここぐらいだろうからな」
「そうですね。普通は防衛の問題からも王都は海から離すものですからね」
「なんで海に面してても大丈夫なんだ?」
「デイゴは海軍騎士団と言う特別な部隊があるんですよ。海上戦を専門にした特殊な騎士団で、船での戦闘に特化した騎士団なんです。その騎士団がいる限り、デイゴを海から落とすのは不可能と言われるぐらい強力なんですよ」
「そんなのがあるのか」
海軍みたいなもんか。なら普通に陸上にいる騎士団は陸軍かね?
しかし現代みたいに強力な船がある訳じゃないだろうし、海軍はどうやって戦闘してるんだか。大方魔法を使ってるんだろうけどいまいち想像できん。
「まあそれはさておき、船の出港予定を見ましょう。いつ出るかが分からないと今後の予定も建てられませんからね」
「そうだな。では発着場へ行くとしようか。確か港の近くに受付があるはずだが」
フィーナとリリウムを先頭に、港町を進んでいく。
やはり港町と言うだけあって、露店には多くの海産物が並んでいる。
その中には一般的な魚や、ウナギのように細長いもの、タコのように足の多いもの、はたまた海産物なのかも怪しい、謎の白い物体……これ食えんのか?
「トーカ、あまり遅いと置いて行きますよ!」
俺が露店を眺めながら歩いていたせいで、フィーナ達といつの間にか距離が開いてしまっていた。
「おう、悪い」
慌てて2人に駆け寄る。すると、リリウムが聞いて来た。
「やはり元の世界とは海産物の内容が違うか?」
どうやらリリウムは冒険者らしく、未知の世界に興味があるらしい。そのせいか、よく俺に元の世界とこの世界の違いを聞いてくる。
「おう、似たようなのも結構あるけどな。けどやっぱ魔物がいる分こっちの世界の方が種類が多いな」
地球じゃ魚っつっても素人じゃ見分けのつかないようなのが沢山あったけど、さっきざっとこっちの露店を覗いたところ、魚の種類が一目でわかるほど特徴的な魚が多い。
こっちじゃまず見ないような真紅の魚や、逆に骨まで透けているのに、身はタイのように分厚そうな魚などが沢山並べられている。
「なるほど、魔物の影響がそのような形で現れるのか」
「まあ、予想だから確実とは言えないけどな。もしかしたらこっちの世界の進化が進んでるだけで、地球もほっとけばこっちの世界と似たような状態になるかもしれないんだし」
この世界が生まれてから何年経ってるかなどは現地の人たちでも分かっていないのだ。
もしかしたら地球が生まれるよりずっと古くから存在して、魚たちも進化してきた可能性だってある。
もしかしたら人が魔法を使えるようになったことさえ、進化の1つの可能性だってあるのだ。
「ふむ、興味深いな」
「興味が尽きないのはいいことですけど、今は船ですよ」
フィーナが少し拗ねたように言う。話題に付いてこれないのが少しだけ嫌だったようだ。
その反応に俺達は笑いを堪えられなかった。
「むっ! 何を笑っているんですか!」
「悪い悪い」
「なに、フィーナの反応があまりにも可愛かったのでな。確かに今は船だな。ちょうど受付にも到着したようだし」
リリウムの視線の先には、1軒の民家と呼ぶことも憚られる小さな小屋。
そこに男性が1人で座っていた。
フィーナはそこに近づき声を掛ける。
「すみません」
「ん? なんだ?」
「王都行きの船の出港予定を知りたいのですが」
「ああ、分かった。条件はなんかあるか?」
「馬車を乗せたいので、そういう船をお願いします。1台と1頭です」
「わかった、少し待ってくれ」
男はそう言うと、台帳のようなものをペラペラとめくる。
そしてしばらくして顔を上げた。
「あんたら運がいいな。その条件だと今ちょうど港に来てる船がある。出港は明日になっているぞ」
「乗ることは可能ですか?」
「ああ、客船だからな。ここで予約もできるぞ」
「ではお願いします。2人もそれでいいですよね?」
フィーナが振り向き俺達に確認する。もちろん俺の答えは
「俺はお任せするぜ」
よく分からないからな。こういうのは専門家に任せるのが一番だ。
「もちろん構わない」
リリウムもそれに賛同し、俺たちの王都への出向は明日に決まった。
そうと決まれば、次は宿の確保だ。
馬車はいつも通り馬屋に預けてあるが、俺達も馬屋で過ごすわけにはいかない。てか潮風で体がべたつくから、風呂に入りたい。
フィーナの話でデイゴには風呂の習慣があることも分かってるし、結構楽しみにしていたりするのだ。
なんせこっちの世界に来てからは川で水浴びか、濡らしたタオルで体を拭くことぐらいしかなかったのだ。
シャワー生活を送ってきた俺としても、正直それでは物足りない。
「こっちの世界の風呂は何か違いがあったりするのかね?」
「どうだろうな? こればかりは入ってみないと分からないものだ」
「そうなんだよな。マナーとかってなんかある?」
宿を探しつつ、俺たちは風呂について話す。
会話は常識の違いを知るうえで最も重要な要素だ。正直これ以外に常識を見つける方法は無い。
紙自体が貴重なこの世界の図書館に、常識をまとめたハウツー本なんてある訳ないしな。
「そうですね……宿のお風呂なら入る前に体を洗うとか、あまり騒がしくしないとかその程度だと思いますよ」
「ならだいたい同じかね」
「あと、宿によってはたまに男女別けが時間で指定されている所もあるので、それだけは注意しないといけないですね。あれを失敗すると大変なことになりますから」
「そりゃそうだろ。女風呂に突撃とかかましたら殺されても文句言えねぇからな」
「トーカだとやりそうで怖いですね……」
「ひでぇ……」
俺でもそんな酷い事しないぞ!? フィーナやリリウムが川で水浴びしてる時も、しっかり見張りしてたじゃん!
しばらく話しながら歩くと、宿らしき店を見つけた。この港町には止まり木は無いらしく、普通の宿に泊まることになる。何気に普通の宿って初めてなんだよな。まあ、何か違いがあるかって言ったら、ほとんど無いんだろうけど。
宿の中に入ると、カウンターの男性がこちらに気付く。
「いらっしゃい」
「泊まりたいんですけど部屋空いてますか?ツインとシングルを1つずつです」
「ああ、タストリアの襲撃のせいで、この辺にも今は人が来ないからな。部屋ならいくらでも空いてる」
「じゃあ明日までお願いします」
ギルドカードを見せ、値引きされた料金を払う。
そして俺はフィーナ達といったん別れ、1人部屋に入った。
「ふぅ……久しぶりの布団」
馬車移動が続いていたため、ずっと寝袋。しかも交代での警備があったため、あまりしっかり眠れていなかった。
まあ、慣れてきてはいるけど、やっぱり布団があるのは嬉しい。
と、布団に顔をこすり付けていると、扉がノックされた。
「はい」
「宿の者です」
俺が声を掛けると、女性の声が返ってきた。
扉を開けると、やはりそこには女性が立っている。妙齢と言えばいいだろうか、落ち着いた感じの女性だ。
「亭主がお風呂の説明を忘れていたと言うので説明に来ました」
亭主ってことは奥さんか。
「ああ、そういやあ聞いてなかったな」
「うちのお風呂は1階に大浴場があります。男女はそれぞれ分かれておりますので、男湯の方にお入りください。タオル等はお風呂場に用意してありますのでそちらをお使いください」
「わざわざすんません」
「いえいえ、これもお仕事ですから。それでは失礼しますね」
女性は説明を終えると、廊下を歩いて行く。そして階段を登って行った。上の階はフィーナ達の部屋があるし、そっちに説明に行ったのだろう。
俺は女性の説明を受けたせいか、無性に風呂に入りたくなった。
なんせ数か月ぶりの風呂である。
日本人、目の前に風呂があるのに何を迷うことがあると言うのか。
俺は貴重品だけ持って、風呂に向かった。