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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
デイゴ王国氷海龍編
55/151

54話

 王都を出てから1週間。俺たちはユズリハ国とデイゴ国の境界の町まで来ていた。

 町の入口は大きな門があるだけだが、そこからが町だと証明するように立派な作りをしている。

 門の周辺には馬車と馬小屋が多くあり、何台もの馬車とそれにつながれた馬が出発を待っている状態だ。

 俺たちはその間を通りぬけるようにして、馬車を進めていく。

 一般の馬車所有者は、入口近くにある停留所に預けるのが決まりとなっているらしく、そこまでは門から案内人が先導してくれた。

 馬車を預け町の中に入ると、そこは活気で賑わう市場が展開されている。

 王都の円型とは違い、この町は直線状になっているらしい。

 メインストリートを中心に、左右に一本ずつ大通りがある。どの道にも露店が立ち並び、そこでは小物から食品、武器までありとあらゆるものが売られている。

 町の人たちを見たところ、武器を持ってるような人が少ない。冒険者が意外と少ない町の様だ。


「ここもデカい町だな。キクリと同じぐらいか」

「そうですね。だいたいキクリと同じです。けれどこの町の方がお金の流れは大きいですね。なにせ国境の町ですから」

「この町にはデイゴからの貿易品が多く集まっているからな。市場もなかなか活気があっていい」

「ほうほう、ならしばらくはこの町に――」

「留まりはしませんよ?」


 俺が言いかけたところで言葉を遮り、フィーナが俺に絶望感を与える言葉を紡いだ。


「マジ?」

「確かに大きい町ではありますが、貿易の拠点だけあって色々と面倒な手続きも多いんです。食糧を調達したら明日にでも出発しましょう」

「そうだな。この町には冒険者ギルドも無い。稼ごうにも依頼自体受けられないから、長居する必要は無いだろう」


 フィーナの提案にリリウムも同意する。こんなににぎやかで面白そうな町なのに色々面倒なことが多いのか。

 まあ他国とよく関わるところだと面倒なものは多いのかね?

 けどフィーナが面倒事が多いなんて言うぐらいだから相当なんだろうな。


「ってことは国を出るのにも何か手続きがいるのか?」


 パスポートみたいなのが必要になるのかも。


「出る分には問題ありませんが、入るのにはお金を払って通行手形を貰わないといけませんね。身分証明書があれば、よほどのことが無い限り発行してもらえますが……」


 フィーナがそこで言い淀む。そこでフィーナの言いたいことに気付いた俺は言葉を繋げた。


「俺達逃げてきてるからか」


 王都から逃げてきてる俺達にしてみれば、これは1番の難題になるわけか。

 王都からはなるべく急いで来たけど、それでも早馬には負けてる可能性も高い。そう考えると確かにこの町にはあまり長い間いない方が良いかもしれない。

 とにかくユズリハから出ることを第1にしないといけない訳か。


「そういうことです。なのでリリウムさんは、まず間違いなく発行してもらえないでしょう」


 俺たちは逃げるときに協力しただけだから顔は割れてない。けど当事者のリリウムはしっかり顔が割れてる。ってか有名人だしな。


「ならどうするんだ?」

「私は密航だな」

「危険ですがそれしか無いでしょうね」


 密航か。馬車の床下とかに隠れて荷物検査をパスしたり、監視の無いところからこっそり抜ける方法だよな。

 けどこの世界なら国境を超えるのって結構楽じゃないか? 誰がどこの出身かなんてわからないし、国境をどうやって超えたかなんてのも分からないだろ。それに国境を超える方法も日本じゃないんだから陸続きだし、簡単に行けそうだけど。


「密航って難しいのか?」

「デイゴに行くことだけなら簡単です。けどその後が問題になるんですよ」

「通行手形には強制転送の魔法を無効化する効果があるんだ。国境沿いの町には門に強制転移の魔法が働いていて、着いた時にその魔法を掛けられて密航がバレる。そして通行手形を持っていないと魔法の効果で強制送還される」

「この町にもその魔法を掛ける施設がありますよ。デイゴ側にあるあの門です」


 そう言ってフィーナが指差した先には、俺達が潜った門と似たような門があった。しかし俺達の入ってきた側とは違い、その周りは頑丈な壁に覆われている。

 いくら友好国とは言っても、国境はしっかりしてるってことか。

 しかしそれは面倒だな。魔法をどうにかして無効化するか、通行手形を手に入れる必要がある訳か。


「ならどうするんだ?」


 俺の質問にフィーナはニヤッと似合わない笑みを作る。


「こういう仕組みには必ず、悪い人たちが裏にいるものですよ」


 なるほど、裏稼業の人に頼むわけね。




 俺とリリウムは2人で路地裏を進む。お願いする人は、実際に通行手形を欲している人物と直接会わないと作ってくれないらしい。それにリリウムもその人物を知っているってことで、フィーナはサクッと食糧調達に行ってしまった。

 俺は今後の事も考えてその人物に会っておくためリリウムに付いて来ているわけだが……


「なあ、ここで本当にあってるのか?」

「ああ間違いない。彼は必ずここにいるからな」

「でもここって」


 裏路地の中で人気は異彩を放っている建物。入口は大きく開かれ、中から煌々と明かりが漏れ出している。

 そしてその灯りと共に聞こえてくる音は非常に甲高く、また時々はなまめかしかったりする。

 つまり――


「いわゆる娼館だな」

「ですよねー」


 裏稼業の人真昼間っから娼館に入り浸ってんのかよ!?

 てか何、こんな暗い裏路地の中で異彩放ってるこの娼館は何!?

 しかもさっきからやけになまめかしい声がここまで漏れてきてるんですけど、どういう作りしてるわけ!?


「何をしている。さっさと行くぞ?」

「お、おう」


 リリウムは気にした様子無くその建物に入っていく。

 俺はその後を追って娼館の中に足を踏み入れた。


『いらっしゃいませ~』


 明るい声が俺達が入ると同時に響き渡る。

 中は開放的な吹き抜けになっているようだ。右手には受付らしきカウンター。正面には大きな絵画が掛けられている。下に人気第1位と書かれていることから、おそらくこの店のナンバー1の子なのだろう。こっちの世界みたいに写真がある訳じゃないから絵画なのか。

 パッケージ詐欺とか起こりそうだな。

 そんなくだらないことを考えていると、カウンターから1人の男性が出て来る。

 燕尾服を着た老紳士と言った雰囲気を漂わせる初老だが、なんでこんなところで働いてんだよ!


「いらっしゃいませ」

「うむ。6番室の主人を頼む」


 リリウムの言葉に老紳士は僅かに眉を上げた。そしてすぐにかしこまりましたと言ってカウンターに戻っていく。


「今のが合言葉みたいなやつ?」

「そうだ。この娼館の6番室は彼専用の部屋になっていてな。用事のある人物は直接ここに会いに来なければならない」

「毎日娼館に通ってる奴って訳じゃないのか」


 なんだ、驚いて損した気分だ。しかしよく考えれば情報屋みたいな裏稼業がどこかの店を隠れ蓑にしてるなんてのはありそうな話だな。

 娼館にしてみても、一室を潰されるのは痛いかもしれんけどそいつを目当てに来た客を捕まえられるかもしれないしギブ&テイクって感じなのか。

 カウンターに入った老人が戻ってきた。


「準備が整いました。ご案内します」


 老紳士が案内するのに続き俺たちは店の奥へ足を踏み入れる。

 奥は細い廊下になっており、ドアが並ぶ。その部屋からは入口でも聞こえていた例の声がはっきりと聞こえていた。

 正直こういう場所に来たことないからどう反応していいのか悩む。前を歩くリリウムを見てみるとさほど気にしていなさそうだ。

 いや、よく見ればリリウムも耳の先が僅かに赤くなっていた。やっぱり気になるらしい。

 老紳士は廊下の突き当たりで足を止める。どうやらそこが6番室になってるようだ。


「こちらです。中へどうぞ」


 そう言ってドアを開く。ドアを開けても黒いカーテンが引かれており、そこから中を覗くことは出来ない。偶然鉢合わせた客が中の様子を見ないようにするためだろう。

 中が見られたら、娼館で男二人っきりが部屋の中とか言う、色々とヤバい状態が見られる可能性もあるからな。

 カーテンを手でよけて中に入る。

 中は6畳ほどの小さな部屋だった。

 真ん中にテーブルがあり、その奥にこの部屋の主であろう人物がフードを深くかぶり座っている。

 そしてその横に立っている露出の多い服を着た女性。てか明らかにこの店で働いてる子だろうな。

 俺達が完全に中に入ると外から扉を閉められた。

 それに合わせるように部屋の主が口を開く。


「ようこそ僕の部屋へ。立ち話もなんだから座ってくれ」


 そう言ってテーブルを挟んだ席を指す。俺たちはそれに従って席に着いた。


「さて、今日はどのようなご用件かな? と言いたいところだがだいたいの予想は付いているよ。通行手形の発行だろう?」

「分かっているなら話は早いな」

「料金は基本の面会料金と席代合わせて10万チップ。それに通行手形の発行料金は50万チップだ」


 ずいぶんと話が早いな。あらかじめ料金設定されてるのか。まあこの手の依頼は多そうだし、初めに決めてあるのがいくつかあるのかもしれないな。


「問題ない。金は今日中に口座に払おう」

「口座に払われているのを確認次第、発行するよ。明日の朝にはできているからここに取りに来ると良い」

「分かった」


 これで通行手形の問題は解決か。想像以上にすんなり行ったな。もっとこう交渉とかでドロドロするイメージがあったんだけど。


「君には拍子抜けだったかな?」


 俺の表情に出てたのか、感情を読んだ部屋の主が声を掛けてきた。


「ああちょっとな」

「まあこの手の依頼は多いからね。いちいち交渉するのには時間が勿体ないんだよね」

「やっぱ料金表みたいなのあんの?」

「一応はね。ただ依頼自体千差万別だったりするからあんまり使わないけど」


 裏社会の何でも屋か。


「今後使う機会があったらこの店(うち)をよろしく頼むよ。ついでに女の子を抱いて行ってくれてもいいしね」

「前半は良いけど、後半はそれすると怒りそうな奴がいるからな。遠慮しとくよ」

「おや、彼女がいるのかい?」

「いや、いないぜ」


 あれ? 俺なんでフィーナの事考えたんだろうな。

 それを深く考える暇は無かった。


「まあ気が向いたら来てよ。トーカ君」

「俺の名前も知ってんのか」

「当然」


 当然か。裏社会の何でも屋さんは凄いね。しかし一方的に情報を握られてるのはなんか嫌だな。

 こっちは名前もバレてたぶん2属性使える魔法使いってこととかもバレてるかもしれないのに、俺はこの部屋の主ってこと以外、こいつの名前も知らないんだ。

 リリウムは彼なんて言ってたけど、声も高めだしボーイッシュな女性ってことも否定しきれないんだよな。顔はフードで隠しちゃって見えないしな。


「そんな怖そうな顔をしないでくれよ。僕の仕事上身元がばれるようなのは1番不味いんだからさ」

「そりゃ分かるが、ならなんで直接会わないと依頼を受けないんだ? 誰か仲介を挟めばもっと安全になるのによ?」

「それは依頼者の覚悟が知りたいからさ。違法な事に手を染める以上、相手にもそれ相応の覚悟を持ってもらわないと困るからね。自分が危険な場所に立ってでも頼んでくるなら、こちらもある程度の信用が生まれる訳さ」

「なるほどね」


 俺と主の話に区切りがついたところでリリウムが席から立ち上がった。


「さて、では私たちはそろそろ帰ろうか。振込をしなくてはいけないしな。食材の調達もフィーナ1人に任せるのは酷だろう」

「そうだな」

「振込口座はリリウムさんは知ってるよね?」

「ああ、何度か利用させてもらってるからな。トーカに教えても大丈夫か?」


 俺も使うことがあるかもしれないからな。知っといても悪くわないな。


「いや、どこに目があるか分からないからね。トーカ君が使う時はこっちが教えるよ」


 あらら、口座を知るのはまだ先になりそうだな。

 まあ教えてくれるってんなら問題ないか。


「そうか。ではトーカは先に市場に行ってフィーナと合流してくれ」

「あいよ」


 部屋を出て、そのまま娼館を後にする。

 リリウムとはいったんここで別行動になり、俺はフィーナと合流するべく市場に向かった。




「なんかこの状態久しぶりに見るな」


 目の前の光景は、キクリの町以来、久しぶりに見るものだ。つまりそれは


「いい加減にしないと人を呼びますよ!」

「いいじゃん、買い物付き合ってやるしさ。欲しいのあったら買ってあげるよ?」

「必要ありません。私はあなたたちなんかと構っている時間は無いんです!」

「そう連れないこと言うなよ」


 そうナンパである。市場を10分ほど歩き回りようやくフィーナを見つけたと思ったらこれだよ。

 この町じゃ目立つのは厳禁っぽいからなるべく騒動は起こしたくない。武器を抜くなんてもってのほかだよな。

 じゃあ前みたいにサイディッシュで脅せないじゃないか……せっかくパワーアップして狂気度が増したサイディッシュを衆目にさらせると思ったのに……


「フィーナ!」


 仕方がないから、さくっと終わらせるか。

 フィーナが俺の声に気付き振り返る。

 男たちは何事かとこちらを見た。それに対して軽く手を振る。


「フィーナ、お待たせ」

「リリウムさんの方はどうでした?」

「全部順調。拍子抜けするぐらいにな」

「用事が用事ですからね。こちらは少しトラブルで遅れてます」

「そうみたいだな」


 フィーナが面倒くさげに男たちを見る。

 2人の男は、俺を邪魔そうな目でにらみつけてくる。しかし全く怖くない。てか武器すら持ってないところを見ると、貿易商か何かだろう。こっちに来てナンパするのが目的って感じのいかにもなチンピラだ。


「ツレになにか用事?」

「そう、その子に用事だからさ、あんたはすっこんでてくれないかな?」

「そういう訳にもいかねぇンだ。こっちは色々と急いでるからな」

「ならそれはあんたがやればいだろ。その子は貸してくれよ」


 結構しつこいな。


「無理だな。こいつ結構重要な仕事任せてるから」


 俺たちの食料確保は最重要事項だからな。それが無いと俺は飢え死ぬ自信がある!


「だからそれをあんたがやればいいって――」

「いい加減黙ってどっか行けよ。今なら騒ぎ起こさずに帰してやるからよ」


 なおも諦めようとしない相手に俺は敵意をぶつける。最近出来るようになった技だ。リリウムが言うには殺気ほど強烈なものではないらしいから敵意と呼んでいる。

 要は俺が睨んで(こいつ消えてくんないかな?)と強く思えば出せるらしい。

 ちなみに効果は相手を怯ませることだ。


「うっ……」


 思惑通り、1人が俺の敵意に後ずさる。

 その隙を逃すことなく俺はフィーナの手をつかんで歩き出した。


「フィーナ、行こうぜ」

「あ、はい」

「ちょっ待て――」


 もう1人が逃がすまいとしたので、そちらにも威嚇。黙ったのでそのまま市場を歩き抜けた。


 市場を離れて小さなベンチで一休憩する。

 手には市場を抜ける際に買った果物ジュース。それをフィーナに渡してベンチに座った。


「ああいう奴はほんとどこにでも湧くのな」

「ふぅ……本当に迷惑な人たちです。用事があると言ってもなかなか離してくれないんですから。思わず剣を抜くところでした」

「そりゃまた物騒な」


 フィーナが剣を抜くと、その剣は魔法道具の剣だからな。魔力を流せばピカイチの殺人兵器だ。

 脅しをするには物騒すぎる。まあ俺のもそうっちゃそうだけど。


「とにかく助かりました。後の買い物を続けちゃいましょう」

「休憩はいいのか? 大分まいってたろ?」

「ええ、けど荷物持ちが来てくれましたからね。ああいうのも男連れには声を掛けないものですから」

「了解」


 俺はすぐに立ち上がり、フィーナと共に買い物の続きを再開した。


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