53話
「2人とも、テントできたぜ」
「すまない。全て任せてしまったな」
「お疲れ様です」
「気にすんな。俺は料理ができないからな」
自信満々に胸を張って言ったら2人に呆れられる。
「そろそろ真面目に勉強したらどうだ?」
「そうですね。王都で教えるって約束も果たせませんでしたしちょうどいいですね」
「まあそれは後々。今は常識を覚える所からだからな」
俺の言葉に2人が突然固まった。
「ん? どったの?」
突然固まった2人を見ながら首を傾げる。俺なんか変な事言ったかね?
俺が常識無いのは2人とも知ってるはずだけど。
「トーカ。それはどういうことだ?」
「どういうことって、そのままだぜ。この世界の常識を勉強しないとな」
「この世界?」
フィーナが俺の言葉の中の小さな違和感を掬い上げた。
「おう、俺はこの世界の生まれじゃないからな!」
「トーカ、それはいったいどういう……」
「それより良いのか? なんか鍋が煮立ってるけど」
2人の後ろの鍋がぐつぐつと良い匂いを出しながら煮立っている。そろそろ底が焦げてきてもいい頃合いだな。
「わ!」
「しまった!」
俺の言葉に背後を振り返った2人が大慌てで鍋を火から遠ざける。
俺はその間に食器を準備しながら話しかけた。
「まあ詳しい話は飯の時だな。とりあえず腹減ったし」
「そうか」
「分かりました。すぐに準備しちゃいますね」
リリウムは1つだけ頷き、フィーナはどこか嬉しそうにシチューを鍋から掬い上げた。
雨は少し弱まってきたが、依然しっかりと降り続いている。そのため今日の食事は馬車の中でだ。
馬車は荷物が多いが、それを椅子にして荷物の間に板を載せれば簡易のテーブルが完成する。
そこに完成した料理を置き、俺達はそれを囲むように座った。多少手狭だが不便といった感覚は無い。
むしろ雨が凌げて、尚且つ乾いた場所に座れる時点で素晴らしいと言うべきだろう。
「じゃあ、俺の出身の話な」
シチューを飲みながらまずは何から話そうかと考える。
とりあえず俺が別の世界から来たってことから話すか。
フィーナのリリウムの視線が集中する中、口を開く。
「とりあえずさっきも言った通り、俺はこの世界で生まれたわけじゃない。この世界とは別の世界で生まれて、3か月前にこっちに来たんだ」
「3か月前と言うと私と初めて会ったあたりですか?」
「あの時だな。この世界に来てどっちが町か分かんない状態で音が聞こえたからそっちに向かって行った訳。そしたらフィーナが盗賊に襲われててそれを助けたんだな」
「そうだったんですか」
「あんま驚かないんだな」
かなり突拍子もない事言ってると思うんだけどな。この世界と別の世界があること自体、衝撃の新事実!って感じがするんだけど。
「そうですね。もともと常識が無さすぎて何か隠していることがあるとは思ってましたから」
「そうだな。トーカが来る前もちょうどその事を話していたんだ。トーカが自分から話してくれるのを待つか、それとも色々とこっちから動いて調べるかとな」
「なるほどね。まあ俺も雨の日に魔法はやっちまったって思ったしな。さすがにあれ言い訳は苦しすぎるわ」
そう言ったらリリウムが苦虫を噛み潰したような表情になる。
もしかして信じちゃってた?
フィーナの方に視線を向けると、苦笑しながら小さくうなずく。
あらら、マジで信じちゃってたか。まあ今までの俺の行動見てたら案外信じられるもんなのかね? 常識は前世に捨ててきたって豪語してるし。
「まあ、そういう訳でそろそろ話しておこうと思ってな。いい加減常識学ばないとヤバい場面もあるだろうし」
「ヤバい場面ですか?」
「俺って言っちゃなんだけど魔法なら何でも使えるじゃん?」
「ええ、すごく嫌味っぽく聞こえますが事実ですね」
月の加護は伊達じゃないからな。
「でさ、俺の生まれた世界だと魔法は無かったんだけど、その分別の技術が発展してたんだよ。その技術でも禁忌って呼べるもんがいくつかあった訳」
人間のクローンとか核兵器の使用とかな。詳しく説明しても2人には分からないだろうからその辺は省くとして。
「だからもしかしたら魔法にも禁忌があって、俺がそれを知らずに使ったら不味いだろ?」
今までは1人旅だったけど、今度からは3人で行動することになるのだ。俺のミスで被害を蒙るのは、俺だけじゃなくなる。全てを自己責任で対応できなくなるのなら、そういったミスは無くしておくに越したことは無い。
「なるほど。それで常識を学ぶにつながる訳ですか」
「そういうこと。何か聞きたいことあったらどうぞ」
俺の説明ってかなり適当なところがあるからな。分からないものがあったら向こうから聞いて来てもらうのが一番だ。
「じゃあ質問です」
フィーナが手を上げる。
「どうぞ」
「どうやって世界を渡ったんですか?」
そうか。説明し忘れてた。
「神様がこっちの世界に送ってくれました。以上!」
「神様って!?」
「どういうことだ! 神に会ったのか!?」
「おう、ただの爺さんだったぜ」
ちょっと他人の思考を読めるだけのめんどくさがり屋の爺さんだったな。案外力は持ってないらしい。
世界作って管理してるんなら、力の消費を抑えるためにわざわざ時間指定するとかせこい事しないはずだしな。案外あの神さん以外にも色々な神さんがいるのかも。それこそ八百万みたいに。
「まさか神が実在したとは……」
「驚きですね。こんなこと知られたら神星教が発狂しますよ」
「神星教って?」
「この世界の一番メジャーな宗教ですよ。星の加護は神に与えられた力だと考えて、星の加護を神聖視している宗教です。星の加護による階級制を一番重要視しているのもこの宗教ですね」
なるほど神星教か。ミルファが毛嫌いしてそうな宗教だな。けど――
「神さんと星の加護は関係ないっぽいけどな」
「そうなのか?」
「おう、なんかこの世界独特の法則みたいだぜ。俺は特殊な事情で星の加護が使えるけど、普通に俺の世界からこっちに来た人は星の加護は持たないだろうしな」
「そうだったんですか。それも知られたら一大事になりかねませんね。トーカを異端だと言って殺しに来かねないですよ」
「そんときゃ星の加護使って撃退してやるよ」
「本当に出来るから質が悪いな……」
リリウムが苦笑する。
いやぁ、相手の得意分野でメッタメタに叩きのめすのは爽快なのよ? 増長しきった顔が絶望に染まるのはなかなかそそられる。
まあ、そんなことするのはよっぽどむかつく奴だけだけどな。
「なら次は私が質問だ」
「なんだね?」
「トーカの魔法は月で凄いのが分かった。しかし体の強化の理由が分からない。トーカの世界の人は皆それほどの力を有しているのか?」
ああ、そう考える訳か。まあむこうの世界の人間を俺しか知らなければ俺が常識になる訳だから仕方のない事か。
てか俺が向こうの世界の常識ってヤバイな。向こうの人間に知られたら暴動が起きるぞ。
「俺の力は別もん。向こうの世界にいた時も、この力は異常だったぜ。むしろこっちの世界以上におかしい状態だったな。だから神さんがこっちの世界に移してくれたわけだし」
「なるほど」
まあ、こっちの世界でも異常っちゃ異常だけどな。それでも前の世界よりかは大分マシだ。それにこの異常な力の使い道がちゃんとあることが何よりも嬉しかったりする。
向こうの世界じゃ、この力は完全に無用の長物だったからな。あっても困らないこの世界が楽園に感じるぜ。
「神さんが言うには、どうも前世の俺が自分の魂をいじって失敗したらしい。その影響で体が異常に強化されてるんだと。もしかしたら生まれることすらできない状態になる可能性もあったって怒られたわ」
「……当然だろう。魂に干渉するなど」
「まあそういうことだ。だから俺の力は別もんだよ。次は?」
俺はその後も質問を受け付け、1つ1つ2人の疑問を晴らしていった。
食事も食べ終わり、そろそろお開きにしようかとうところで、最後の質問をフィーナがした。
「ト、トーカは向こうの世界で付き合っていた人とかはいたんですか?」
「なんだそりゃ」
最後の質問は、完全に今までと異なる様相を呈していた。
フィーナの質問にリリウムも興味深々と言った様子だ。これはあれか。女子特有の恋愛トークってやつか!
しかし残念。俺にそんな青春話は一切ない! 当たり前だ。みんな俺のことを怖がって近寄ってこようとしなかったからな! 高校に入ってからは、逆に俺が一定以上に近づこうとはしなかったしな!
う……言ってて悲しくなってきた。深く考えるのは止めよう。
「何期待してんのかは知らんけど、付き合ってたやつはいねぇよ。てか仲が良かった奴らもどこか壁作ってたからな。親友って呼べる奴すらいなかったな。言ったろ、俺の力はこの世界以上に異常だったって。だから自分から近寄ろうとする奴なんかいねぇよ」
「そんな……」
「それは……」
フィーナの質問が予想以上に重い話に発展して、2人の表情が暗くなる。
「だからこっちの世界に来れてほんとよかったって思うぜ。こっちじゃこの力はちょっと異常って程度だからな。案外すんなり受け入れてくれた奴もいるしな」
「トーカ」
「なるほどな」
「じゃあそろそろ質問タイムはお終いだ。俺が先に見張りやっとくからお前ら寝ちまえ」
「分かりました。お先に失礼しますね」
「では後は頼んだ」
俺が暗い雰囲気を振り払うように明るく振る舞う。フィーナ達もそれに合わせて強引に明るく振る舞う。
ちょっとぎこちないけどまあ最後はこんな感じで良いだろ。明日からは俺の常識勉強が始まるからな。暗い雰囲気を残しておくのはなんか嫌だし。
雨が止み、うっすらと月が見える空を見ながら、俺は見張りの為に魔力探査の魔法を発動させた。
翌日から俺の常識勉強会が開かれた。
時間は主に移動中。フィーナかリリウムのどちらかが御者をしている間にもう1人が俺に教えることになっている。
そして今はフィーナが御者をしていて、リリウムが馬車の中で板を挟み俺と向き合っている。
「さて、では今日から常識の勉強を始める訳だが」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
「とりあえず常識を教えると言うのは意外と難しい。そもそも私たちにとっての常識とトーカの常識がどれぐらい違うのかが分からないからな」
たしかにそうだ。常識とはだれもが知っていて当然の知識。つまり常識は教えれるようなものではないのだ。
大抵の場合は、その場面に出くわさないと気付かないようなものばかりってことだな。
「そこで昨日フィーナと相談した結果、基本的には雑談をしながら気になったことや違和感があればとことん突き詰めると言う形態をとることにした」
「なるほどね」
「しかし取り留めも無く会話を続けても違和感を見つけるのは難しい。だから私は戦闘や魔法面について話し、フィーナは日常や町の事、この世界の歴史などを話すことと決めた」
「了解。じゃあとりあえず昨日の質問の事聞いてもいいか?」
「禁忌の魔法のことだな」
こうして勉強会は始まった。
「確かにこの世界にも禁忌と呼ばれている魔法はある。ただしそれは1つだけだ」
そう言って指を1本だけ立てるリリウム。
「たった1つか。なら覚えとくのは楽そうだな」
「雨の日の常識も忘れていた奴が何を言う……」
ハハハ……確かに。
とりあえずその1つの魔法さえ使わなければ、禁忌関連に触れることは無いってことだな。後は俺の威力の問題とかだけど、これは抑えることしかできないし、基本的に人前で魔法を使う時は最弱の威力でやればいいか。
「星誘いて」なら威力はだいたい1等星と同等みたいだし、それで誤魔化せるだろ。
「禁忌の魔法は無属性魔法に含まれる魔法だ」
「無属性? ずいぶん誰でもできそうだな」
属性魔法なら限られた人間しか発動できないから、そもそも使用者が少なくて問題が起こりにくいだろうけど、無属性だと星の加護を持ってる連中ならだれでもできるってことか。
「ああ、確かに条件さえ揃えれば誰でも出来るな。それこそ5等星の加護を持っていれば魔法を使うこと自体は出来る」
「条件か」
条件さえ揃えればってのがスゲー禁忌っぽい響きだな。
「そうだ。その魔法は人を生け贄にするからな」
「人を?」
人を生け贄にして発動する魔法。ってことは魂とかに関係する魔法か。使用者の基礎能力を向上させる魔法かもしくは――蘇生
「その魔法の効果は?」
「死者蘇生だ」
「やっぱりか」
人の魂を使って死者の魂を復活させるか。けど輪廻のことを知ってる俺としては、それはいささか疑問が残る。
輪廻によって魂がすでに転生した奴は、どうやっても死者蘇生なんてできない筈だ。魂自体は生き返ってるんだからな。
なら死者蘇生の魔法でよみがえった奴は誰だ?
「何となく予想は出来ていたのか?」
「まあな。どの世界でも人の命のかかわることは禁忌になりやすい。それこそ宗教的にそれは神の領分だなんて言ってな」
「まったくその通りだ。神星教のみならず、全ての宗教がこの魔法を禁忌と指定し、使ったものは間違いなく極刑になる。というより裁判すらなくその場で殺されるだろうな。もちろん全ての国の法律でも禁止されている」
「当然だろうな。そういやあその魔法で人以外を蘇らせるのも禁忌なのか? たとえばペットとか」
人の魂に触れることが禁忌とされるのならば、人以外の存在の魂に触れるのはありなのかって話だな。
「いや、それも禁忌だ。この魔法が禁忌の理由は、魂に介入することも原因だが、何より生け贄を必要とすることが重要だ。星の加護はそもそも星に与えられた力であり、それ以外の力を利用する物ではない。しかしこの魔法だけは必ず生け贄を要求するんだ。ゆえに禁忌とされている」
必ず魂を要求するか。逆説的に考えれば、死者蘇生をするのには魂が必要になるってことだよな。
すでに転生した魂を補うために生け贄の魂を使うのだとすれば、その魂に蘇生させたい生き物の魂を上書きするってことなのかもしれないな。
てかちょっと待てよ……
「なあ、今魂に触れることが禁忌になってるって言ったよな」
「そうだ」
「じゃあさ。俺も禁忌に触れてんじゃね?」
俺の魂は、自分で改造してある。そのせいでこんな力を持ってるわけだけど、それって魂に思いっきり触れてるよな……
「そうだな。だからトーカは禁忌の塊みたいな存在だな。だから昨日トーカのことが教会にバレれば確実に命を狙われると言ったのだ」
「そういう意味もあったのかよ……」
なんか常識以前の問題になってる気がするんですけど……
生きてるだけで禁忌って。てか前世の俺すら常識捨ててた! 前世の俺はこの世界で無属性魔法を使い自分の魂に細工をして死んだ。つまり禁忌に触れてたってことじゃん!
「だからトーカの力の原因は黙ってた方が良いだろうな」
「まったくだな」
「さて、では死者蘇生の魔法が禁忌と言うのが分かったとして、次は規模の常識を考えようか」
「規模か。これもこれで問題だよな」
俺だとさほど力まずに起こせる現象の範囲が、この世界の1等星の加護を持つ連中ですら起こせない規模の物になっている可能性ってのが結構あるっぽいし。
ウィンドカッターなんかいい例だよな。何だよ最大12本って……
「トーカは確か魔法の詠唱を使い分けていたな」
「おう、俺のオリジナルだとどうも威力が強くなりすぎるみたいでさ。ただのライトでさえフラッシュと同じ効果が出るし」
部屋を光で埋め尽くすとかどんだけ光量デカいんだよって話だ。
それを聞いたリリウムの目じりがぴくぴくと動いているが諦めてもらうしかないよな。なんたって月の加護だし。
「1番よく使っているのは確か星誘いてだったか?」
「おう、あれが1番威力が弱い」
「では私の使っている星に願いてだとどうなるんだ?」
初めて宿屋で試したときは確かそれ使ったな。その時は――
「スゲー弱かった。てかライトだと一瞬だけ発動してすぐに消えちまったな」
「なるほど。祈りが正しく届いていないのか」
「やっぱ詠唱で祈りが届く届かないがあるのか?」
星に祈って魔法を発動させている星の加護だと、どうしてもその祈りが重要になってくる。この世界の連中は生まれた時から星の加護に守られてるから、祈りやすいんだろうけど、俺の場合はどうしても祈るって感じは無いよな。いままで関係ない世界で生きてきたし。
ってことで俺の詠唱は誘うか示せの2つだけど、示せなんて文字から見たら確実に祈ってないしな。
誘うだってどっちかって言うと星に自発的に起こさせるって感じだし。
「星に祈るとき、私の場合は声を掛ける感じだな。しかし神星教の信者の場合は本当に祈っている。場合によっては跪いていたりもするな」
「そこまで祈るのか。それで威力が変わったりするのか?」
詠唱自体に変化が無くても使用者の意思次第で威力が変わるのかどうかってことだが。
「ああ、多少だが変わるな。だから星が生きものだと言う仮説すらあるぐらいだ」
「星が生き物ねー」
宇宙に出て星をしっかりと観察してきた向こうの世界の住人にとっては奇抜な発想だよな。まあ母なる大地みたいに生かしてもらってるって意味なら星は生きてるのかもしないけど、意思疎通ができるような対象じゃねぇよな。
そう考えると俺も良く意識レベルで星と対話できてるな。前世のおかげか?
「まあそれはごく一部の者だけが言っていることだがな。とにかく星に祈る場合その思いの大きさで威力も変わったりする」
「詠唱だけじゃないんだな」
俺ももう少し月に思いを乗せて詠唱してみるかね? いや、だめだな。完璧に上から目線になりそうだし。
その後もリリウムと雑談をつづけた結果、昼を過ぎフィーナと交代しても魔法メインの勉強会となった。