50話
王都編最終話
翌朝。俺は良い匂いにつられて目を覚ました。
寝袋から這い出て馬車のカーテンを少し開ける。眠る前にはまだ暗かった空が完全に明るくなっていた。
そしてよりはっきりと鼻に伝わる良い匂い。これはコンソメ?
起き上り馬車から出ると、その匂いの正体が分かった。
「おはようございます、トーカ」
「おう、おはよう。朝飯?」
「はい。コンソメのスープでポトフを作ってみました。作り置きできるので便利なんです。今日は忙しくなるでしょうし、温めるだけの物の方が良いと思いまして」
「なるほどね」
そうか、今日は計画の当日だっけ。王都から派手に逃げる日なんだな。
兵士を振り払って逃げるリリウムなら当然体力を使うだろう。馬車を操るフィーナも結構体力が必要になるはずだ。振り切った後はくたくたになっている可能性がある。
だからフィーナは朝から作り置きできる料理を作ってたわけね。
「それにポトフは時間をかければその分だけ美味しくなりますから」
「そっちが本音?」
「美味しい物食べたいでしょ?」
「まあな」
否定はしない。むしろ賛同する。
「そろそろできますよ」
「んじゃ顔洗って来るわ」
「はい、戻ってくるころには完成していると思いますから」
フィーナに手を振って俺は近くの小川へ向かった。
目が覚める。見慣れた天井だ。
しかしこの天井とも今日でしばらく見納めになるのかと思うとリリウムは少し寂しい気持ちになる。
リリウムはベッドから起き上がり部屋の中を見回した。
豪華な調度品の中にはふさわしくない使い込まれた剣と鎧。
ところどころ擦り傷や汚れはあるが、リリウムにとっては部屋のどの調度品よりも価値のあるものだと思っている。
今までの自分の命を、そしてこれからも自分の命を預ける大切な装備なのだ。当然と言えば当然だろう。
剣と鎧を見つめていると扉がノックされた。
「リリウム様。起床のお時間です」
聞こえてきた声はいつものハクの物ではない。当然だ。
ハクは一昨日から暇を貰って屋敷を離れ、家とは反対側にある宿に泊まっている。
それは今日、これから起こる騒動に巻き込まれないようにするためだ。
「分かっている。食堂へ行く。準備しておいてくれ」
「承知いたしました」
作戦を決行する時間まではまだしばらくある。これから激しく動くのだし、しっかりと朝食は取っておいた方が良いと判断した。
食堂に降りると案の定両親がいた。実家なのだから当然と言えば当然だが、できれば会いたくない相手だ。その理由は――
「おはようリリウム」
「あら、おはよう」
「おはようございます」
「リリウム。今日こそは先方へ挨拶に行くのだよな?」
この話だ。
婚約寸前のこの状態で、両親は最近相手の家に挨拶に行けとひっきりなしに迫ってくる。
月の物の体調不良を理由に何とか誤魔化してきたが、それも今日までだ。
「はい、朝食を取ったら部屋で準備をして出かけるつもりです」
決してどこにとは言わない。着る服もドレスではなく鎧だ。
しかし両親はそれに気づくことなく大喜びだ。
「そうか、やっと決めてくれたか!」
「あなた、これで我が家も安泰ね」
「自分たちが何もしていないのに、子供に全てを任せて何を安泰などと」と、愚痴を言いたくなるのをグッと堪えリリウムは席に着いた。
いつも通りの朝食を黙々と取り、早々に部屋に戻る。
そして着替えを始めた。
室内着をベッドに投げ捨て動きやすいインナーを付ける。そして服を着る前に1枚、リング状の鉄が何個も連なった鎖帷子を着る。鎖帷子とは言っても、体の最低限を守れる簡単なものだ。それ以上のシャツ型の物になると、重すぎてリリウムの動きを阻害してしまう。今リリウムが来ている鎖帷子はリリウムの鎧の隙間や構造的に脆い部分を上手くカバーするように作られた特注品だ。
その鎖帷子の上から服を着る。そしてさらに鎧。
それだけで全部の重さは数キロになる。しかし着なれた重さにリリウムが不快感は無い。
むしろひらひらとしたドレスを着ていたさっきまでの方が、不快感は大きかった。
「ふぅ……やはり私にはこの格好が1番あっているな」
姿鏡に『冒険者リリウム』の姿が映る。
髪を動きやすいようにポニーテールに纏め、腰には愛剣が下げられる。
白を基調に赤のラインが入った軽装は、リリウムの動きを邪魔することなくしっかりとリリウムの体を包んでいた。
自分の姿を見ながら頬をピシッと両手で叩き気合いを入れる。今からは全力で南門まで逃げなければならない。それも今回は大きな魔法を使って相手を止めることもできない。民衆に被害がでてしまう可能性があるからだ。
今後の兄の実権獲得を考えれば、なるべく民の信頼は残しておきたいとリリウムは考えていた。
ゆえに今回の逃走劇はいかに効率よく南門まで辿り着けるかということになる。
小さなカバンの中から王都の大まかな見取り図を取り出し逃走経路を確認する。
走る場所は基本的には屋根の上。市場に面した家の屋根を使ってなるべく多くの民衆に兵士たちに追われている自分を見せながら逃げる予定だ。家の配置上どうしても下を走らなければならない場所はあるが、そこだけは路地裏を通りながら逃げる。
自分の頭の中に逃走経路を書き込み、地図を鞄にしまう。そしてそのかばんを肩に背負った。
「さて、行くか。お父様お母様、行ってまいります」
リリウムは部屋の窓を開け、詠唱を唱えた。
町の中が騒がしい。そう感じたのは朝食から2時間程度経った時のことだった。
「フィーナ」
「はい、どうしました?」
「出発準備しといてくれ。町の方が少し騒がしいから、もしかしたら始まったかもしんない」
「わ、分かりました!」
俺の言葉にフィーナは大慌てで草原に広げていた荷物を片付け始める。
俺もそれを手伝いながら魔力探査を発動させた。もちろん探るのはリリウムの魔力だ。
完全に王都を調べられるほど俺の探査は大きくない。しかしここから最短距離でリリウムの家までなら何とか調べられる。
探査の結果、リリウムは家にはいなかった。つまりすでに逃げ出したと言うことだろう。
リリウムが全力で逃げているのだとしたら、使う道はおそらく家の屋根と路地裏。
そうすると俺の探査でもさすがに見つけにくい。特に路地裏に入られた場合は、人がごちゃごちゃして個人を特定するのは至難の業だ。
荷物を馬車の中にしまい、フィーナが御者席に座る。手綱を握るのももちろんフィーナだ。いくらフィーナの馬が賢いからと言っても、俺の手綱さばきじゃ不安が残るからな。
馬車をゆっくりと進ませ南門の近くに寄せる。俺はそこで降りて門の兵士に話しかけた。
「すんません」
「ん? 昨日の冒険者か。どうした?」
「なんか町ん中が騒がしいみたいだけどなんかあったの?」
「ああ、なんでも冒険者と貴族の私兵が追いかけっこをしているらしい。どうせ冒険者が貴族でも怒らせたんだろう。貴族は無駄にプライドだけは高いからな」
「そんなこと言っちゃっていいの?」
「もちろんここだけの内緒話だぞ」
そう言って兵士は小さくウインクする。男のウインクほど気持ち悪いものは無いが、こういう性格俺は嫌いじゃない。
「了解。しかしその冒険者逃げ切れるのかね?」
「今のところは逃げているようだな。こっちに近づいてきているから、もしかしたら俺にもお呼びがかかるかもしれん。面倒くさい話だけどな」
「そりゃご愁傷様。とりあえず状況は分かったわ。あんがとな」
「おう、お前も巻き込まれないように気をつけろよ」
まあ、俺もその共犯者なんですけどね。
と、門の外から町の中の様子をうかがっていると、1人のメイドが走ってくるのが見えた。それは紛れも無く――
「クーラ?」
「トーカ様! やっと見つけました!」
手を振りながらこちらに走り寄るクーラ。その表情には疲労が見える。俺を探して街中を探し回っていたのかね?
「なんか知り合い来たみたいだから話してきていいか?」
「ああ、けどあんまり怪しい動きはしないでくれよ。面倒くさいからな」
「了解」
門兵に許可だけ貰いクーラに近づく。
「どうしたんだ? そんなに汗だくになっちゃって」
「どうしたんだじゃありませんよ。ミルファ様から言伝とお荷物を預かって来たのに、宿に行ってみればもういないって言うんですから。すっごく焦りました」
「悪い悪い。こっちも事情があってさ」
「その事ならだいたいは把握しています。ミルファ様もその事に関しては関わらないそうです」
無視を決め込んでくれたか。俺は心の中でミルファに感謝しながらクーラの言葉を聞く。
「それでその事を伝えるのと、こちらを預かって来ました」
そう言ってクーラがポケットから出したのは1枚の掌サイズの板。その板には、街中で所々に見る王家の紋章が掘られていた。
それを受け取り横や裏側を覗いてみたりする。
裏に何やら文字が彫ってある。
なになに
「王家の認めた人物として、漆桃花の身分を保証する?」
「はい、ユズリハ国の身分保証書です。普通はAランク冒険者や貴族に与えられるものですが、ミルファ様がトーカ様にならと言うことで発行してくださいました」
つまり王家が保証した人物ってことになるのか。けどそんなもん貰っちまっていいのかね? 俺はしっかり謝礼金貰ってるし、今回の騒動も目をつむってくれるんならもらい過ぎだと思うんだけど。
「本当に良いのか?」
「はい、けれどミルファ様からの伝言で、必ず王都に戻ってくることだそうです」
その言葉を聞いた瞬間、笑いがこみあげてきた。
「クク、ならしっかり貰ってしっかり約束守らないとな」
「私も待ってますよ」
「おう、また必ず王都に戻って来るぜ」
なんせここはフィーナの実家がある町でもあるんだしな。バスカールやカラリスみたいな面白い連中も大勢住んでるんだ。戻ってこない訳がない。
「では私はお城に戻りますね」
「おう、あんがとな。ミルファにも約束必ず守るって言っといてくれ」
「たしかに言付かりました」
クーラが踵を返して町の中に戻っていく。俺はそれを見送ってフィーナのいる馬車に戻った。
ひっそりと逃げるだけなら簡単だった。しかしそれではだめだ。
民衆に見られて、尚且つ兵に追われながら逃げ切らなければ今回の計画の意味がない。
そう聞かされたリリウムは、家を出る間際にわざと見つかり、今も私兵たちに追われていた。家から逃げ出す間際、今までの恨みも込めて庭の父の銅像は破壊しておいた。
「リリウム様! お戻りください!」
「断る! 私は私らしく生きるのだからな!」
「ご両親はどうなさるおつもりですか! リリウム様が一方的に婚約を破棄されれば、お二人のお立場は悲惨なものになりますよ!」
今リリウムを追いかけ、必死に説得を試みているのは、古くからフォートランド家に仕える兵士だ。リリウムも昔は遊びと称して剣の稽古をつけてもらったことがある人物だが、今は敵だ。
「そのあたりは兄に任せてあるから大丈夫だ! お前もフォートランドにずっと仕えてきたのなら今の父と母ではだめなことぐらい分かるだろう!」
「く……それは」
長く仕えているからこそ、現状が危険な状態だと分かるのだ。
もしこれが最近両親に雇われたばかりの傭兵だった場合は、そうはならないだろう。ただ命令に従いリリウムを止めるだけになったはずだ。
それでもリリウムを止められるほどの実力者はそうそういないが、リリウムは家の現状をしっかりと理解してもらい、そして協力してほしかった。
ゆえに言葉を交わす。
「この計画の立案者は兄だ。兄はフォートランド家を立て直そうとしている!」
「しかしそれとこれとは話が別です!」
「いや、繋がっているさ! だから私は今お前たちに追われているのだからな!」
屋根から飛び降り、路地裏に入り込む。話に集中しすぎたせいで、少し距離が縮まりすぎたからだ。
距離を取るために、リリウムは入り組んだ路地裏を頻繁に曲がりながら疾走する。
しかしそこは長く仕えている兵士。そう簡単には見失ってはくれない。
リリウムが曲がり角を、壁を蹴ってスピードを落とさずに曲がるのなら、兵士は最短のコースを見つけて先回りしようとしてくる。
「リリウム様! お戻りください! お一人で逃げ切れると思っているのですか!?」
路地裏で姿は見えずとも声は通る。
兵士の声はしっかりとリリウムの耳に入ってきた。
「言っただろう。これは計画だと。私が何でも1人で行動するとは大間違いだぞ!」
古くからの兵士にさえ、自分に仲間がいないと思われていたことに少しショックを受けるリリウム。しかしそんなことでスピードは落とさない。
「最初に言っておいてやる! 私が外壁を抜ければ私の勝ちだ! お前たちが私を連れ戻したいのなら、それまでに私を力尽くで捕まえてみせることだな!」
A-ランクの冒険者を力尽くで捕まえるのがどれほど難しい事か、リリウムは理解している。もちろん兵士達もだ。
魔物とタイマン張って戦えるような戦闘力を持った者達なのだ。一般兵が相手になる訳がない。しかし雇われている手前、無理でしたと簡単にあきらめる訳にもいかない。
兵士達は、魔物との戦いと同じだと自らを鼓舞する。
1人で敵わないのなら、大勢で囲んで戦えばいい。それが大型の魔物、強力な魔物との戦い方のセオリーなのだ。今回も同じことだと自らに言い聞かせ、必死にリリウムの後を追った。
私兵達はすでにリリウムが逃げると予想している南門の前に兵士を集めていた。しかしいかんせんA-ランクを相手にするには少なすぎる。
最低でも30人は欲しいのだ。背中を追うのが5名としても、門に向かった兵士は15程度しかいない。
「王国兵に協力は仰いだのか?」
「はい、すでに協力は要請しています。しかしなぜかこの周辺の王国兵が少ないんですよ。いつもなら軽く20名は集まるはずなんですが……」
「よりによって今日集まらないだと……いつもは税金食いつぶしているくせに役に立たない……」
それがまさかミルファの仕業だとはつゆとも思わない私兵たちは、王国兵に対して愚痴を飛ばす。
「どうしますか?」
「俺達で止めるしかないだろ。リリウム様は確かにA-ランクの冒険者だが、優しいお方だ。俺達を殺そうとはしないだろう。そこを狙って決死の覚悟で止めに行くぞ」
「なんだか卑怯な気もしますが……」
「フォートランド家のためだ。致し方ない」
話している間に、騒ぎはだんだんと近くなってきている。
もう5分もしないうちにリリウムが来るだろう。
私兵たちは、気合いを入れ直し、敵の到着を待った。
リリウムは裏路地を抜け再び屋根の上を疾走していた。もう南門は目と鼻の先。隠れる必要は無く、ただ一直線に向かうのみだ。
しかしその後ろにぴったりとついてくる1人の私兵。
私兵の隊長で、リリウムと同じ風属性持ちの魔法使いだからこそ追いつけるのだ。
「門はすでに固めてあります。リリウム様に逃げ場はありませんよ!」
「そう思っているのならまだまだだな」
リリウムは足に風を纏わせ速度を上げる。驚いた私兵もすぐに速度を上げるが、その距離は少しずつ差が開き始めていた。
リリウムと私兵に加護の差は無い。これは純粋な技量の問題だった。
同じ加護、おなじ魔法であっても、それを扱うものの技量次第で魔法の力は変わってくる。動くのが加護を使う人間自身なのだから当然だ。
「クッ……星に願いて風の束縛を放つ。ウィンドチェーン!」
「星に願いて風刃を流す。ウィンドカッター」
後ろを振り向くそぶりすら見せず、リリウムは迫る風の鎖を断ち切った。
そして屋根から飛び出す。目下の広場には私兵が15人前後そして王国兵が5人ほどいた。リリウムが想像していたより兵士の数が少ない。
「これは私の勝ちだな」
「行ったぞ! 魔法準備!」
追いかけてくる兵士の声に合わせて広場の兵士達が腕を前に突き出した。王国兵も一応は付き合ってはいるがどうも士気は低いようだ。
「放て!」
『星に願いて束縛の光を放つ! バインドチェーン!』
放たれた魔法はウィンドチェーンの無属性魔法版である。威力と速度、束縛力が低い分、誰にでも使える。
それを合計20人以上が一斉に1人に向けて放ったのだ。普通ならば確実に捕まる。
しかし――
「その程度で私を止められると思うな! 星に願いて嵐を起こす。ウィンドストーム!」
リリウムの周りに風が集まり、激しく渦を巻く。さながら竜巻のごとくリリウムを包むと、飛んできたバインドの魔法を吹き飛ばした。
そしてそのまま兵士達の中心に飛び降りる。
「通らせてもらうぞ!」
愛剣を抜き放ち、目の前の兵士に切りかかった。
「うわっ!?」
突然切りかかってきたリリウムに驚き、剣を抜くもあっけなく弾かれる兵士。
その横を通り過ぎてリリウムは門の正面まで来た。
「さて、これで私の王手だな」
立ち止まり振り返る。そこには悔しそうにする私兵たちの姿。その中には隊長の姿もある。
「本当に行ってしまうのですか?」
「ああ、私は自由を求める冒険者だからな」
「ですが簡単には逃がしませんよ? 旦那様なら地の果てまでも追いかけるでしょう。今もすでに王都の外へ逃げられた場合の手配は出来ています。轡の音が聞こえてきてるでしょう?」
外壁の外からは数多くの、馬の走る時に出る金属音が聞こえてくる。隊長が示しているのはその音のことだ。
リリウムの両親は、もともと隊長にリリウムを捕まえられるとは思っていなかった。せいぜい時間稼ぎをしてもらえればよかったのだ。
本当の狙いはその間に馬を用意し、外に逃げた後で捕まえること。
剣と小さな荷物だけ持って逃げたリリウムならば、街中よりも外の方が捕まえやすいと踏んだのだ。
「クックック。言っただろう私は冒険者だと。冒険者には冒険者の強力な仲間がいるものだ」
「では行ってください。せいぜい捕まらないように」
隊長は悔しそうに拳を握りしめ、最大限の皮肉を込めて言い放つ。
「ああ、さらばだ」
それだけ言って、リリウムは南門を抜けた。
門を抜けるとすぐ近くまで騎馬隊は迫ってきていた。その誰もが急造の装備ではなく、しっかりとした騎士鎧をまとっている。
「さすがにこの量を相手にするのは厄介だな」
リリウムならば不可能ではない。しかしそれは殺すことが前提での話だ。
と、騎士たちの馬とは別に馬の足音と、車輪の音が聞こえてきた。
「こんな時にどこの馬車だ!」
騎馬兵の1人が叫ぶ。
「冒険者の馬車だよ!」
1台の馬車がリリウムと騎馬兵の間に飛び込み、一陣の風が騎士たちを馬上から弾き飛ばした。
リリウムが門の外に見えた瞬間、俺はフィーナに馬車を出すように指示をだし、屋根の上に上った。
少し前から外壁の周りには騎馬兵が集まってきている。あいつらがリリウムの追っ手の可能性は大きい。そしてリリウムが見えた瞬間走り出したのを見て確信した。
今リリウムは騎馬兵と少し距離を置いて立ち止まっている。
話合っているようにも見えるが、俺達には関係ない。あらかじめ計画されていた通りに、作戦を実行するまでだ。
馬車は速度を上げてリリウムと騎馬兵の間に突っ込んでいく。
俺はそれに合わせてサイディッシュを思いっきり振るった。
直接刃を当てるわけではない。薙いだときの風で騎馬兵を叩き落とすためだ。
突如として現れた俺の攻撃によって、騎馬兵たちは簡単に落馬する。しかしダメージはそれほど大きくはない。
「リリウム! 行くぞ!」
「待っていたぞ!」
リリウムが馬車に飛び乗る。それに合わせてフィーナが馬車の進行方向を変える。
今は王都から距離を取るために、ひたすらまっすぐ進むことを頼んでおいた。
フィーナはそれにしたがって、道を一直線に王都から離れるため馬を走らせる。
突然横から現れた俺達に、門の中からいきさつを見守っていた私兵たちは度胆を抜かれている。こりゃ奇襲大成功ってやつだな。隊長っぽい真ん中の奴が1番悔しそうな顔をしているのがやけに印象に残った。
「成功だな!」
「まだこれからだろう」
俺が馬車の中に戻り声を掛けると、リリウムは若干疲れた表情をしながらも、汗を振り払って馬車の後方を見た。
そこには騎馬に再び騎乗し、俺達を追ってくる騎馬兵の姿。その数ざっと30ってところか。
ずっと追っかけられても面倒だし、さっさと引き離してしまいたい。ならやることは1つだろう。
「リリウム。まだ魔法使えるか?」
「行けるが何をする気だ?」
「地面を吹き飛ばして、あいつらを足止めするぜ」
「なるほど。そういうことか」
俺の言いたいことを理解したリリウムが腕を構える。
全力で走る馬車はガタガタと激しく揺れ安定しない。疲れているリリウムはその揺れでふらついた。
俺はそれを片腕で押さえる。
「ほれ、ラストだ」
「ああ、行くぞ」
『星誘いて(星に願いて)風刃を流す! ウィンドカッター!』
2人の手から放たれた風の刃は騎馬兵たちの直前の地面を大きく抉る。
土が爆発し、その音と衝撃に馬たちは驚いて足を止めさせられた。
急激な停止に、騎馬兵たちも慌ててバランスを取るのに精一杯だ。
「おまけだ。月示せ、汚泥の反乱。スラッジストリーム!」
魔法が発動するとともに、騎馬兵の馬たちの足もとが泥状に変化する。
そして瞬く間に馬たちが体の半分まで飲み込まれた。
「これで追いかけてはこれねぇだろ」
「トーカ、今の魔法……」
「後で説明してやる。とりあえずこれで俺たちの計画は成功だな」
「あ、ああ。後は兄が上手くやってくれるだろう」
リリウムは王都の外壁を眺めながら、小さくつぶやいた。