4話
準備と言っても、俺には準備に必要な元手が無い。フェリールがいる魔の領域は、ここから昼夜全力で走り続けて、馬でも三日かかる場所だ。普通に歩いて行ったら二週間近くかかる。
さすがに往復一か月。その間に妹さんが死んでしまうことも考えるとそんなに時間はかけられない。せいぜいかけられて1週間が限界だ。
往復と討伐だけなら俺の足で大丈夫だろう。でも問題は飯だ。
現在の俺はいろいろ買ったせいで残り所持金1,000チップしかない。
これでは到底1週間分の食料なんて買えるはずがないわけで……
「借りを作るのはやなんだけどな……」
頭をガシガシと掻くが、そんなことで名案が思い付くはずも無い。
しょうがねぇ。フィーナに頼るか。
俺はこの世界で唯一と言っていい伝手を頼ることにしたわけだ。
「て、ことだ。分かった?」
「はい、大まかな事情はつかめました。つまり1週間分の食料が欲しいと?」
「さすがフィーナだぜ」
俺は商業ギルドへ行って、フィーナと連絡を取ってもらった。そして今いるのは商業ギルド近くの飲食店。喫茶店みたいな雰囲気のところだ。
「冒険者始めるのに3万チップじゃ、やっぱり足りなかったわけですね」
「くそう……すぐに返すって言ったのに……」
俺はフィーナと別れ際すぐに返してやるって大見得切ったのに結果がこれだよ。まさかさらに借りることになるとは思わなんだ……
「まあ、食料を準備するのは構いませんが、問題はトーカの受けた依頼ですよ……」
フィーナはため息を付きながら、紅茶に手を伸ばす。
一口それを飲んで口を潤し、話を続ける。
「フェリールなんて化け物本当に討伐できるんでしすか? 私も商人として、返済の見込みのない貸付なんてできませんよ?」
「問題ないぜ。俺ならフェリールを討伐できる」
「根拠は?」
「無い!」
だってフェリールと戦ったことなんて無いしな! そもそもこの世界で魔物と戦ったことが無いし!
「じゃあ無理でしょ、普通……」
「そこはほら、俺だし?」
「なんで疑問形なんですか……まあいいです。食糧は準備します。命を助けてもらった借りもありますから。明日までには準備しておくので今日は待っていてください」
「サンキュー!」
さすがフィーナだ。ちょっと借りを盾にしちまった感じがして嫌だが、今回の場合は手段を選んでらんない。さすがに妹さんの命がかかってるからな。
「では、すぐに準備をはじめますからまた明日、この場所で会いましょう」
「おう、待ってるぜ!」
俺はなけなしの1,000チップで喫茶店の代金を払って店を出た。
そして翌日。
「これが1週間分の食料です。急ぎだって話だったので携帯食をメインにしておきました」
「助かる」
俺はリュック1つにまとめられた食糧をチェックしていく。食べ方が分からない奴とかあったら困るしな。
基本的には干し肉。そしてパンだ。
パンはしっかり圧縮されてカチカチに固められている。これはスープや水でふやかしながら食べるとのこと。
料理なんてやれないし、やったことも無い。だから旅先、まして野宿でスープなんて作ることはできないから、調理器具一式は置いて行くことにした。
「よし、これで準備完了だ」
「じゃあ、気を付けて行ってきてください。貸しが回収できないなんて許されませんから」
「ハハ、倍以上にして返してやるよ」
フィーナに見送られながら、俺は町を出た。
そこから全力で駆け出す。
今回ばかりは加減しねぇ。地球にいたころじゃ一度も出すことのなかった全力だぜ!
それは出そうと思えば出せるけど気分でそうしなかっただけとか、そういうレベルの全力じゃない。
地面を蹴る一歩が強すぎて、全力で走ろうとすると競技場のトラックや、コンクリートが抉れてしまうのだ。
そんなものを天下の往来ですることなどできるはずも無かった。
つか、そんなことしたら異世界に来る前にバラバラにされちまっただろうしな。
でもここは違う。地面は土だし、見ている人も少ない。もう少し進めば人影などいなくなるだろう。
一歩進むたびに後方で大きな土煙が舞い上がる。地面が衝撃で抉れているのだ。
このスピードで走り続ければ目的地まで予想では2日で到着する。
そこで疲れを少し取ってからフェリールを討伐。そして素材と目玉を剥いでまた全力で戻ってくる。
合計5日ですべてを終わらせる!
「待ってろよフェリール!」
俺はひたすら土煙を上げ走った。
俺ってつくづく非常識だったんだな……まさか2日を予定してたのに1日半で到着できるとは思わなかった。
今俺がいるのは魔の領域の一歩手前にある冒険者用の小さな町。
この町には荒くれ者や、腕に自信のある冒険者が集まっていることで有名だ。
荒くれ者が多いんだから、喧嘩も相当あるんだろうとは思ってたのに、実際は全く喧嘩が発生しない平和な町だった。
酒場のおっちゃんに聞いたら、どんな奴がどんぐらい強いか見た目じゃ判断できないうえに、強い奴の強さが半端ないから荒くれ者程度じゃ迂闊に喧嘩を吹っかけられないとかなんとか。
つまりビビッてんのか。所詮荒くれ者だしな。
「で、お前は何の用事でここに来たんだ? ここはガキのくる場所じゃないぞ」
「ハハ、俺も依頼受けてきたんだよ。フェリールの討伐だ。どの辺りにいるか知んない?」
「フェリール? お前それは自殺だぞ……悪いことは言わん止めとけ」
「忠告は感謝するが、そういうわけにもいかんのよ。さっさと教えてくれると嬉しいんだけどな」
「はあ、また冒険者が一人死ぬのか……フェリールは魔の領域の門番とも言われている魔物だ。かなり浅い場所を探せばすぐに相手から来てくれる」
おっさんはつまらないモノを見るような目で俺を見ながら場所を教えてくれた。たぶん俺みたいな若さの冒険者が魔物に挑んで何人も死んでんだろうね。
「サンキュー、じゃ行くぜ」
「おいおいもう昼だぞ? 今から行っても夜には帰って来れん。と言っても生きていればの話だが」
「問題ねえよ。ここまでも1日半で来たんだ。ここから魔の領域なんて一瞬だぜ」
「お前何言って――」
酒場を出て、再び町から魔の領域を目指す。
ほんの10分ほどしたら深い森が見えた。おそらくそこからが魔の領域なのだろう。
おっちゃんは浅い場所を探れば向こうから来てくれるって言ってたし、分かりやすいように木でも揺らせばもっと早く来てくれるだろ。
森の中に入って、目についた太い木を蹴りつける。それだけで木は激しく揺れ、がさがさと葉が落ちてくる。
驚いたように鳥が飛び立ち、その声にさらに驚き周りの鳥も飛び立つ。
それは波紋のように俺の位置をフェリールに教えてくれるはずだ。
2,3度木を蹴って、その場でじっと待つことにした。
それから数分後、最初の獲物が釣れた!と思ったのに、引っかかったのは全く予想外の存在だった。
「何事かと思ってきてみれば、子供がこんなところで何をしている?」
木の上から俺を見下ろしているのは、軽装用の鎧をまとった女性だ。見た目20前後ってところか、燃えるように真っ赤な髪が森の中でよく目立つ。
「魔物を待ってんだよ」
「魔物? 冒険者か?」
「そうだぜ」
「非常識な冒険者だな。こんなところで大きな音を立てれば来るのはただの魔物だけではない。領域の番人であるフェリールが来るぞ?」
「来るぞ? 違うな、来たんだ」
俺が女性から視線を移す。そこにはゆっくりと歩み寄ってくる巨大なオオカミの陰。こいつがフェリールだ。フィーナに聞いていた特徴とそっくりだしな。
「チッ! お前、私があいつの気を引くからその間に逃げろ!」
女性は言うや否や、木の上からフェリールに向かって飛び降りた。その勢いを利用して、そのままフェリールの背中に剣を突き立てる。
突然の攻撃に反応できなかったフェリールは、まともにその攻撃を受けた。
フェリールの鳴き声が森に響き渡る。そして体を激しく振り、女性を引き離そうとした。
女性は無理せずすぐに剣を抜くと、そのままフェリールの振りを利用して遠くに飛び降りる。
俺はその姿をその場で見続ける。逃げるなんてもったいないことはしない。
確かに俺は強力な力と丈夫な体を持っているけど、戦い方に関してはまるっきり素人だ。
だから学ばせてもらうことにする。
今目の前で戦っている女性は、どう見ても一人。つまり魔の領域を一人で探索できる程度には凄腕と言うことになる。
ならば彼女の戦い方を見て、それを学ぶのだ。俺の知らない魔物との戦い方というやつを。
フェリールが彼女を敵と認識した。動かない俺をほっておいて、先に彼女を倒すつもりのようだ。
彼女の当初の目的ではそれが最適なのだが、俺が動かないのを見て、少し苛立ったように舌打ちする。確かに逃げろと言われて逃げない奴は鬱陶しいよな。俺もフィーナで経験済みだ。
守りながら戦うと言うのはことのほか難しいのだ。
自分の戦いに集中できない。相手の意識が守る対象に向かないように常に注意を惹き続け攻撃しなければならない。
さすがにここにいるのは邪魔だろうと判断し、俺は彼女がさっきまで立っていた木の上に飛び移った。
そのジャンプ音にフェリールの注意がそれる。
彼女は俺を視界に入れていたため、俺が何をしたのかすぐに分かったようだが、俺を背にしていたフェリールは分からなかったようだ。
そしてフェリールの注意がそれた瞬間に彼女は切り込んでいた。
早いね。これまで俺が見てきたどんな奴よりも早い。
彼女は瞬時に懐に飛び込むと、剣を突き出した。おそらく突きぐらいしか剣を届かせる方法が無いのだろう。
先ほどの背中の傷もずいぶんと浅いようだ。木の上から落下の力も合わせて放った突きにしては威力が弱すぎる。
いや、フェリールの肌が固すぎるのだ。
普通に切りかかった程度では、傷一つつけられないだろうな。
彼女の剣がフェリールののど元にヒットする。しかし肌にはじかれるように剣はズレ、首元を浅く切るだけになった。
彼女は動揺することなく、剣を引きフェリールの攻撃に備える。
フェリールは敵が近すぎて噛みつき攻撃をすることができない。そのため前足で敵を引き離すことを考えたようだ。
予備動作無の素振りを彼女は後ろに下がることで躱す。しかしそこはフェリールの噛みつき攻撃範囲だ。
ゆえに彼女はそのまま力強く地面を蹴って後ろに飛び退く。
フェリールの牙が迫ったところで剣を突き出し、けん制。再びフェリールとの間に距離ができた。
彼女はそこで止まらない。続けざまに今度は魔法らしきものを発動した。
「星に願うは風の流れ! 切り裂けウィンドカッター!」
彼女がフェリールに腕を向けると、そこから風のようなものが発生した。その風がフェリールの固い肌を切り裂く。だがやはり傷は浅い。
今のが魔法だとすれば、彼女は3等星以上の星の加護を持っていることになる。
今の威力が3等星級だとして、フェリールは2等星級の魔物だ。効くはずはないだろう。
なのにあの魔法を放った理由として今考えられるのは2つ。
1つはフェリールに攻撃されないようにするためのけん制。
もう1つはあの魔法が彼女の限界だと言う可能性。
「クッ、やはり私の魔法ではダメか」
今のつぶやきで確定。あれが限界みたいだな。まあ戦い方はだいたい学べたしそろそろ討伐しますかね。あんまり見てても彼女やられちゃいそうだし。
腕を軽く回してウォームアップ。一発で仕留めてやるよ!
「そこの彼女、その場から動くなよ。巻き込まれるぞ」
「何を言っている!?」
彼女の返答を無視して俺は木から飛び降りる。
フェリールも2度同じことはされまいと、俺に素早く反応してその場から飛び退いた。でも無意味なんだな、これが。
着地の衝撃を膝で吸収する。そして縮みきった膝を思いっきり伸ばしてフェリールに飛び込む。彼女とほぼ同じ動きだけど、速さが違う。さっきの彼女の動きより数段早い動きにフェリールが反応できるはずも無く、俺は難なく懐に飛び込んだ。
そして拳を腹にぶち当てる。
「うおらぁ!」
ドンッ!!と重い音が響き、フェリールの巨体が数センチ浮かび上がる。
腕には、メキメキと骨の折れる感触が伝わってきた。
その衝撃波に、周りの木がぐらぐらと揺れ、彼女の位置にも強烈な衝撃波が襲いかかる。
彼女は地面に自分の剣を突き刺してその場にこらえているようだ。
そして衝撃波が消えた後彼女が見たものは、平然と立っている俺と、その横で血を吐いて死んでいるフェリールだけだったってね。
「一丁あがり。さっさと貰うもん貰って帰りますか」
リュックの中に入っていたナイフを使いフェリールの爪と牙を剥ぎ取っていく。と言っても、ナイフで大まかに切り分け、俺が力任せに引き抜くって感じだけどな。そして最後に一番重要なもの。目玉の回収だ。
フェリールの閉じた瞼を片手でこじ開け、空いた手でゆっくりと眼球の周りに指を差し込んでいく。
まだ温かくぬるっとした感覚がなんとも気持ち悪いが、今は我慢。
ぐっとこらえて一気に指を差し込んだ。そして引き抜く。
ヌチャッと音がして神経がつながったままの眼球が取り出せた。俺は素早く神経を斬り、眼球を水の入った瓶の中にいれる。
「これで良し」
ギュッとコルクの蓋を閉めて密封する。
爪や牙はリュックの空いているところに放り込んだ。
そして立ち上がり帰ろうとすると、俺の前に彼女が立ちはだかった。
「何?」
「お前は何者だ?」
「トーカ。新米冒険者だ」
「フン、フェリールを一撃で倒す新米がいてたまるものか」
うわ、今この人鼻で笑ったよ。ひでぇ。
「事実だ。ギルドに登録して一週間にも満たないぜ。なんだったら問い合わせてみな。じゃ、俺は急ぐから」
俺が駆け出そうとすると、彼女に再び止められた。
「おい待て! こいつはどうするつもりだ、まさかこのままか!?」
「ん? なんかまずい?」
「バカか! こいつは素材の宝のようなものだぞ。こいつを売れば1千万チップは優に超える」
「別にそんなにいらねぇし、欲しいならやるぜ? 俺が欲しかったのは依頼用の爪と牙、それに個人的に眼球が欲しかっただけだしな」
「眼球?」
「なんでも薬に使えるらしいじゃねえか。じゃ、俺急いでるから」
「あ! おい!」
今度は彼女の呼び止めに答えず、本当に森を後にした。
そしてさっさと町まで戻ってくる。場所はさっきの酒場だ。
「ただいまおっちゃん」
「なんだ、あきらめたのか? まあ正しい判断だな」
「いや、狩り終えたぜほら」
俺はそういっておっちゃんに爪と牙を見せる。
おっちゃんはそれを見て目を見開いた。
フヒヒ、やっぱ驚くときの顔はだれの顔でもおもしれぇわ。
「お前……どうやって……」
「ま、それは秘密だ。つっても赤髪の姉ちゃんが見てたからそいつに聞けば?」
「赤髪? リリウムのことか?」
「あの姉ちゃんそんな名前なのか」
そう言えば俺だけ名乗って名前を聞き忘れてたな。まあ興味がなかったし仕方ないか。
「坊主リリウムのことを知らねえのか!?」
「ああ、すごい奴なのか?」
「リリウムって言ったらA-の冒険者で、近々Aに上がるんじゃないかって言われてる有力候補だぞ! 3等星の加護しか持ってねえのにも関わらず、魔物と剣でやりあえる凄腕の剣士だ」
「そんなすごい奴だったのか」
「なるほど、リリウムが手伝ったんなら納得だ」
ん? なんか勘違いされてる? まあ面倒事はごめんだしいっか。
「泊まりたいんだけど部屋空いてる?」
「空いてるぞ、だがここの町の宿は高いぞ大丈夫か?」
「これと交換じゃダメか?」
俺は少し多めにとっておいたフェリールの牙を1本差し出す。
「なんだ2週間以上泊まる気か?」
「いや、1泊。一番いい部屋で頼むぜ」
「それでも釣が大量に出るぞ?」
「いらねえよ。とっとけ」
「最高のサービスで持て成してやる」
その日は二日ぶりのふかふかのベッドで眠った。
そして翌朝。朝からステーキというなんとも豪華な朝食にもてなされた後、俺はさっそくキクリに戻るべく町の出入り口まで来ていた。
そこで昨日会った女性、リリウムに出くわした。
「お前!」
俺を見つけた第1声がこれである。もっと女性らしい言葉づかいを練習する必要がありと見たね。
「よう、リリウムだっけか。今帰ってきたのか?」
「そういうお前はどこへ行く気だ?」
「これから帰るんだよ」
「徒歩でか!?」
ここから一番近い村でも徒歩だと三日かかるからな。まあ俺だと一時間程度だったが。
「俺はキクリを拠点にしているからな。昨日取った眼球もなるべく新鮮なうちに届けたいし」
「そういうことか。病気の者がいるのだな。止めて悪かった」
リリウムが物分りがよくて助かった。
「おう、じゃあ機会があったらまたどこかでな!」
「ああ、またな」
簡単に別れを済ませ、再び全速力で駆け出した。
帰りは眼球を気にしながら進んだから行よりかは少し時間がかかった。それでも二日で帰ってこれたけどな!