44話
「ここがカラリスさんのお店ですか」
「噂に聞いていた通りだね」
「どんな噂だ?」
「人が来ない。意外と明るい。時々爆発が起こる」
「それバスカールの店と何か違うのか?」
「同じだね!」
「趣味人共が……」
ため息1つついて店の中に入った。中はいつも通りの閑古鳥。さらに道具が微妙に散乱している。
カラリスはいつも通り奥にいるのかカウンターには誰もいない。御用の方はおよびくださいと書かれたプレートが置かれているだけだ。
「カラリス!」
「あ、はーい、今行きます」
声を掛けると奥から返事が来た。どうやら俺とは気づいていないらしい。
「はいはい、お待たせしました。あ、トーカさん!」
「よう、鎌の方どうなってる?」
「完成してますよ! 会心の出来ですよ。問題点も全て克服された最強の武器と言っても良いかもしれません!」
カラリスは嬉しそうに手を前にグッと突き出す。
そりゃ楽しみだな。と、そうだ。フィーナとバスカールを紹介しないとな。
ん? フィーナは前に会ってるのか。じゃあ紹介するのはバスカールだけだな。
「カラリス。フィーナのことは知ってるよな? こっちの男はバスカール。噂のサイディッシュの発明家だ」
「初めまして」
「おお! あなたがバスカールさんですか! 噂はかねがね聞いていますよ! 色々お話してみたいと思っていたんです!」
「それは嬉しいな! 僕も一度話をしてみたいと思ってたんだ。サイディッシュの改良もしてくれているみたいで気になってたんだ!」
「趣味の話も良いけど今はこっち優先で良いかね?」
このまま放っておくと2人で延々と話始めてしまいそうだったので早めに口を挟む。
「ああ、失礼しました。サイディッシュの鎌ですよね?」
「今日は別の用事もあるけどな。とりあえず先にそれでいいか?」
「はい」
別の用事のメインであるフィーナに確認を取る。フィーナが頷いたのでありがたく先にサイディッシュの改良を進めることにした。
「じゃあサイディッシュの鎌見せてくれ。どんな感じになった?」
「こっちです」
カラリスに連れられて全員で店の奥に移動する。もう見慣れた光景だが、色々な道具が散乱した部屋の中心にあるテーブルの上に鎌は置かれていた。
怪しげな光を放つギザギザの刃。その刃を挟み込むプレートは黒い光沢を放っていた。
「どうですかこの威圧感! コンセプトが威圧と言うことで恐怖感を出すために黒っぽく統一してみました。刃はさすがに無理だったので中身にちょっと細工を入れてみましたけど」
「……何やったの?」
「使ってみてのお楽しみです! と、いうことでどうぞ!」
カラリスが前回も魔力を流したときと同じような棒を俺に渡してきた。これに魔力を込めろってことか。そうすればこいつの刃が回りだすと。
少し緊張しながらゆっくりと魔力を流し始める。
すると徐々に刃が回転し始めた。
音は非常に小さい。小さなモーター音のような感じだ。
だんだんと魔力を多くしていき回転量を上げていく。今回はリミッターがつけられていないのか、どこまでも魔力を込めるごとに回転速度が上がっていく。そしてある程度まで魔力を込めた時、その現象が起きた。
バチンッ!!
刃の近くから火花が散った。
それを合図とするように、刃と外装プレートの隙間から火花がバチバチと上がる。もしかしてこれがカラリスの言ってた細工?
「どうですか、この火花! 威圧するには刃を回転させるでしょうから、それに合わせて火花を出すように外面プレートに火打石を仕込んでみました! 刃の内側に一部分付けたやすりと触れ合うことで火花が飛ぶようにしてあります。これを向けられれば誰だって震え上がりますよ!」
「……」
フィーナは回転しながら火花を上げる鎌を見て呆然としていている。俺も似たようなもんだ。正直ここまで恐怖心をあおるものになるとは思わなかった……
最初は回転する刃を見せて威圧しようと思ってただけなのに、どうしてこうなった!
「凄い……凄い! 凄いよカラリスさん! これは僕が想像していた以上だ。サイディッシュは確かに威圧させるために作られたものだけど、これが完成形だと言っても良いかもしれないよ!」
バスカールは喜びながらカラリスの手を握る。
「本当ですか! そう言ってもらえると私も頑張った甲斐がありました!」
「良かったら詳しく中のことを教えて欲しい! この速度で回したら普通の鉄でもすぐに溶けだしてしまうはずだ。それが溶けないのは魔物の部位を使ってるから?」
「はい! トーカさんに依頼してマグナワイバーンの骨を取ってきてもらいました! それを内部の刃に使っています。外の刃はさすがに鉄じゃないと切れ味が落ちちゃうので鉄にしてますが、問題は出ていません」
「なるほどマグナワイバーンか!」
やばい。このまま放っておくと本当に2人で語り続けかねない。
「お前らストップ! バスカール、今これサイディッシュに換装できる?」
「あ、ああ。大丈夫。すぐにできるよ」
「じゃあ頼んでいいか? その間にフィーナの方の用事を話しちまうからさ」
「分かったよ。じゃあサイディッシュ貸して。カラリスさんテーブル借りるよ?」
「はい、どうぞ。回路のスイッチが右側に置いてありますので、それを柄の方に伸ばしてつけておいてください。それで問題なく動くはずです」
「分かったよ」
「それでフィーナさんの要件と言うと?」
カラリスに、細剣に魔法回路を組み込んで攻撃力を上げたいことを説明する。するとカラリスはすぐに何かを思いついたのか1枚の図面を取り出してきた。
「こいつは?」
「昔私が考えた武器の攻撃力を上げるための魔法回路です。その後に普通の道具ばかり作ってたので機会がありませんでしたが、この回路を使えばフィーナさんの望む改良は出来るはずですよ」
カラリスの説明によれば、その回路は使用者の加護星の属性を利用するタイプの回路だと言う。
フィーナの場合は魔力を剣に流し込めば、剣に氷属性のコーティングが施され、キレ味が上昇。切った部分を凍らせる能力が付くそうだ。
しかし、加護星の力を引き出すと言うことは、そもそもの魔法道具の利用価値『加護星の等星が小さい人の魔法』と相反することからお蔵入りになっていたらしい。
フィーナの1等星の加護があれば相当な威力を出すことができるそうだ。
「この細剣でも魔力回路を描きこめるでしょうか?」
心配なのは魔力回路を描きこむ面積だ。細剣は表面積が少ない分複雑な回路は書き込みにくい。
しかしカラリスは大丈夫と太鼓判を押した。
「この回路は手元から木の枝のように広がる回路を書きます。見たところこの細剣は幅が3センチほどあるようですから、綺麗に書き込めますよ」
「じゃあそれを頼むか?」
「はい、それをお願いします。いくらになるでしょうか?」
「応用の効かない魔力回路だし10万チップあればいいよ」
「分かりました」
「そういやあ俺の方も払わないとな」
「完璧に作りましたから40万チップですね! これで私の生活も楽になりますよ!」
「そらよかったな。もっとまじめに道具屋してれば、こんな苦労せんでもよかった気がするけど?」
「趣味ですから仕方がないのです!」
「そうだよ! 趣味だから仕方がないんだ!」
サイディッシュの換装を終えたバスカールが戻ってきた。そしてカラリスの主張を後押しする。本当にこの2人は相性がいいな。
「自分の望まないものを懸命に作ってお客に媚びをうって商品を売るなんてつまらないじゃないか! 自分の望むものを究極の形になるまで研究して完成させる。それが職人として必要な魂じゃないのかなと僕は思うんだ! その魂が無い職人なんて、適当に量販用の剣でも作って売っていればいいんだ!」
「そうです! そうなんですよ! 自分のことを突き詰めることに職人の意義があるんです!」
「あー! もう分かったからストップ! バスカールはサイディッシュの換装が終わったんだよな? 振ってみたいから貸してくれ。カラリス、裏庭借りるぜ」
「じゃあみんなで見に行きましょうよ! せっかくの完成品なんですから」
「怪我してるから思いっきりは振れないぞ?」
「問題ありません」
4人で裏庭に移動する。バスカールの店の裏庭とは違い何も置いていない。唯一あるのは少し大きめの岩ぐらいだ。おそらく重くて動かせなかったものだろう。
「じゃあ行くぜ」
魔力を流し刃を回転させる。今度は一気に大量の魔力を流し込んだ。これは急激な動きに対応できるかのテストだ。
刃は問題なく高速で回転し始める。そして魔力を切っても刃の回転が止まることは無い。
これはカラリスが手に入れた、円環式魔力保存回路が上手く働いていると言うことだろう。鎌から伸びた回路のスイッチを切らない限り魔力がなくなって回転が止まると言うことは無い。
数分高速で回転させて何も問題が出ないことを確認する。いよいよ振ってみる。
しかし今の俺は両手で振ることは出来ない。
片手で脇腹に柄を当て、遠心力を利用しながら横向きに振るのが限界だ。
ブンッ!!
全力で振るうと、俺の周りに火花を残す。
重さは当初の鎌と同じ重さになっている。今まで使っていたときとまったく違いが無い。おかげで体重移動に違和感が無くて済む。
「どうですか?」
「いい感じだ。重さも同じに出来たんだな」
「ええ、頑張りましたとも!」
次は威力の問題だ。
鎌は先ほどから強烈な威圧感を放ちながら回転しているが、実際の威力が小さくては意味がない。最低でもチェーンソーと同じだけの威力は欲しい。
鎌を庭に生えている草に向ける。すると近づけるだけで草が千切れ飛んだ。
「カラリス、何か的になりそうなもんある? 威力も調べときたいんだけど」
「ならあの岩を狙ってください。計算上はあれでも十分壊せます」
「マジか……行くぞ!」
サイディッシュを岩に向ける。そして最初と同じように横向きに振った。
サイディッシュは岩にぶつかりガリガリと音を立てながら火花を上げる。そして岩がみるみるうちに削れていった。
数秒で大きな岩が真っ二つにされる。
「……威力やべぇな。想像以上だ」
「完璧ですね。おそらく刃こぼれも無いはずですが、念のため止めて確認してみてください」
「了解」
スイッチで魔力回路の形を崩し回転を止める。そして完全に止まったところで刃を確認していくが、特に刃がかけているといった様子は見当たらない。
やはり大丈夫だようだ。
「問題ないみたいだぜ」
「ならこれで完成ですね」
「おう!」
サイディッシュの鎌を閉じ背中にしまう。
そして3人が立っている場所に戻った。
「これで完全に俺の武器は完成だな。フィーナの武器はどうなりそう?」
「1日あれば完成します。余裕を見て2日ですね。明後日に取りに来てもらえれば完成させておきますよ。その時にお金も持ってきていただければいいです」
「分かりました。よろしくお願いします」
「じゃあ次行くか」
「次ですか?」
俺の言葉にフィーナが首を傾げる。どうやらフィーナは大切なことを忘れているようだ。
「フィーナまだ冒険者登録してないだろ?」
「あ! そうでした!」
ポンと手を打つフィーナ。
「だからこの後ギルドで登録してこようぜ」
「分かりました」
「バスカールはこの後どうする?」
さっきの感じだともう少しカラリスと話してみたそうだったけど、ここに残って話していくのかね?
「僕はもう少しカラリスさんと話してみたいからここに残るよ。武器に魔法回路を仕込むのも今回のサイディッシュと細剣のことで興味も持ったし、もっと魔法回路を利用した武器の開発もしてみたくなった」
なるほど。また魔改造される武器が増えるってことか。てかカラリスとバスカールが協力して武器を作るとか、サイディッシュ並みにヤバイのができそうだな。
「了解。じゃあまた今度な」
「私は明日からよろしくお願いします」
「うん、また今度。フィーナさんは明日から午後に来てもらえればいいから。午前中は体力作りかな」
「そうですね。頑張ります」
フィーナを連れて俺は今日最後の目的地である冒険者ギルドへと向かった。
そういやあ、冒険者ギルドに行くのも久しぶりだな。
冒険者ギルドは夕方になると人が増える。依頼から帰ってきた冒険者や、翌日の依頼を決める人が増えるためだ。
俺達がギルドに来た時もちょうど夕方で人が多い。
「冒険者ギルドは凄い活気ですね」
「この時間は特に人が多いな。休憩所も満席っぽいし」
休憩所は喧騒が一段とひどくなっており、時折バンッ!と激しい音が立つ。あれがたぶんお盆で殴ってる音なんだろうな……
カウンターに並び順番を待つ。基本的には依頼の完了報告がほとんどのため回転は速い。
次々と冒険者の処理をしていく、受付の能力の高さもあるんだろうけどな。
「お次の方どうぞー」
「あ、私たちの番みたいですよ」
「やっぱ早いな」
カウンターの前に着いたのは並び始めてから10分程度してからだった。
「どのようなご用件でしょう?」
「私の冒険者登録をしたいのですが」
「分かりました。登録とギルドカードの発行に1000チップ必要ですがよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
フィーナが1000チップ硬貨を取り出し受付に出す。受付はそれを受け取ると、用紙をカウンターの引き出しから取り出した。
「ありがとうございます。ではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いします。文字は書けますか? 代筆も可能ですが」
「大丈夫です」
懐かしいな。俺も最初はこの用紙に書くところから始めたんだよな。結局なんで俺がこの世界の文字を書けるのかとか分からず終いだったけど、まあ問題ないならいいか。
フィーナの用紙を隣から覗き込む。と、フィーナもこちらを向いた。
「トーカ、ここって何を書けばいいんですか?」
フィーナが指示したのは職業欄だ。本当にここ分かりにくいよな。冒険者になるんだから、職業は無い奴が多いんだろうし、戦闘スタイルとかに変えりゃいいのに。
「そこは戦闘のやり方とかで良いらしい。俺の時は殴るって書いた」
「確かにトーカなら殴るのが1番強いですね。今はずいぶん違いますけど」
まあ、魔法と魔法道具の併用だからな。まあ、また本気を出すときは素手になるだろうけど。
「そうだな。まあ変わっていくもんだし、そこまで真剣に書かなくても良いんだろ?」
俺たちの会話を黙って聞いていた受付に聞く。
「そうですね。簡単な目安にする程度ですから、そこまで詳しく書く必要はありませんし、ずっとその戦闘スタイルにする必要はありません」
「なら私は魔法ですね」
フィーナは職業欄に氷属性魔法と書きこんだ。
けど技術面も強化しとかないと冒険者として1人でやっていくには難しいだろうな。まあ、普通はチームを組むんだろうけど、まだ俺とは組めないし。
フィーナが俺とチームを組むにはランクをC-まで上げるか、間にC-の冒険者を挟んでランクをD-まで上げるしかない。どっちにしろF-から始まる以上、しばらくは1人で活動するしかない。まあ、サポートはするけどな。
フィーナが用紙を提出し、それを受付が確認する。不備がないことを確認してあの道具を取り出した。今思えばこの道具も魔法道具だったんだな。受付がフィーナに渡す前に魔力を込めてるし。
「こちらの穴に指を入れてください。少しチクッとしますが、それで登録が完了します」
「分かりました」
指示通りにフィーナが指を入れる。フィーナの眉がぴくっと動いた。おそらく針が刺さったんだろう。俺の時は俺の皮膚が硬すぎたせいで、壊れたと思ったんだっけ?
今じゃ笑い話にしかならない話だけどな。
「はい、ありがとうございます。これで登録は完了しました。ギルドカードに関して何かご質問はありますか?」
「私は商業ギルドにも加入しているんですが、口座の共有とかは出来るんでしょうか?」
そうか、フィーナは商業ギルドにも口座を持ってるんだっけ? なら金を分散させてる意味はあんまり無いよな。共有できるならそれに越したことはないか。
「可能ですよ。では冒険者ギルドの口座開設と同時に共有の手続きもしますか?」
「はい、今から作ることも可能ですか?」
「分かりました。ではこちらに記入をお願いします。それと共有したいギルド口座のギルドカードをお願いします」
「はい」
フィーナは商業ギルドのカードを受付に渡し、書類を書きこむ。
受付嬢はそれを機械に差し込み、用紙に記入された内容を機械に打ち込んでいく。
これっていちいち用紙に書き込む必要あるのか? 口頭で伝えたり、直接打ち込ませる方が楽なんじゃ?
「なあ、これっていちいち紙に書く理由とかあるの?」
「これはギルドの保管用です。カードを紛失した場合、個人証明をするのに使います」
「なるほどね」
いざという時は原始的な方法が1番いいってことか。
そうしている内に、カードが機械から吐き出された。どうやら終了したようだ。
「これで口座の共有がされました。冒険者ギルドでは冒険者カードを、フィーナさんの場合は、商業ギルドでは商業カードを差し出していただければ、両方のギルドにあるフィーナさんの口座からの引き出しが可能になります」
「ありがとうございます」
「他にご質問が無ければ登録は終了とさせていただきます。冒険者ギルドカードは明日にはできていますので、ご都合のつく時間帯に取りに来ていただければ結構です」
「わかりました。特に質問はありません」
「今後のご活躍をお祈りいたします」
受付嬢のお辞儀を背中に冒険者ギルドから出る。
「これでフィーナも明日から正式に冒険者だな」
「はい、トーカに負けない凄い冒険者になりますよ」
俺に負けないって……A+の冒険者でも目指す気かね? まあ、最初は薬草の採取とかしか受けさせるつもりは無いけど。
てか、俺が異常だったから、冒険者のスタートの基本を知らないんだよな。リリウムが合流したらリリウムに聞いた方が良いかもしれない。
あいつは普通に始めてA-になった冒険者だしな。女性じゃないと分からない冒険者の心得とかもありそうだ。
「まあ、頑張れ。とりあえず今は体力作りと技術取得だな」
「はい。では私はそろそろ帰りますね。おじい様に冒険者になったことを報告しなくては」
「そうだな。今度会うのは計画の2日前だな。それまでに俺は旅用の準備をしておく」
「はい、私はそれまでにバスカールさんの所で修業してきます」
2日前になったらフィーナの馬車の整備をして荷物を運びこむ。俺がやるのはそこまでだ。後はリリウムが外壁の外まで逃げてきて、俺たちに合流し逃げるのみ。
「ではまた今度」
「ああ、また今度な」
こうしてフィーナは冒険者ライフの第1歩を踏み出した。