41話
「少し歩きませんか?」
「いいね。腹ごなしに俺も少し動きたいし」
「じゃあ露店の方をぶらぶらしてみましょう!」
フィーナに言われるまま、町の中腹露店街を散策する。
時折、フィーナと共に露店に売っているアクセサリーや、魔法道具を見ながら歩いていると、声を掛けられた。
「あれ? トーカさんですか?」
「んあ?」
振り返ればそこにはカラリスが立っている。服装はいつも来ている作業用の汚れたつなぎだ。
出かける時ぐらい少しはおしゃれしようぜ……
手には昼食なのかサンドイッチの入った袋が握られていた。
「カラリスか。店以外で会うのは初めてだな」
「いつも引きこもってますからね。そちらはトーカさんのいい人?」
カラリスは小指を立てながら俺に流し目を送ってくる。
へー、こっちの世界でも小指は恋人のことなんだ。
カラリス的には、俺がフィーナとの関係を言われたあたふたする場面を見たかったんだろうけど、生憎俺は別の所に感心しててカラリスが望む反応をしなかった。てか、あえて無視した。
「む……ノリが悪いですね」
「そういうノリには付き合わないことにしてんだよ。こっちは親友のフィーナだ」
「初めまして」
フィーナが商人時代の完成されたお辞儀を見せると、カラリスは少し動揺しながらもお辞儀を返す。
「フィーナ、こっちが今俺の武器を作ってもらってる魔法道具屋のカラリスな」
「は、初めましてですね。カラリスと言います」
「何動揺してんの?」
「こんな綺麗なお辞儀できるのなんて、貴族か有名な商人ぐらいですよ! いったい何者なんですか!?」
「昔は商人してたけど、今は止めて冒険者志望の一般人?」
「知識は一般人のレベルをとうに超えてますけどね」
俺とカラリスの会話を聞いていたフィーナがフフフと笑いながら入ってくる。こりゃさっきのからかいに対するフィーナなりの仕返しだな。
「そうでしたか。どこの貴族かと驚きましたよ。まあそういうことなら納得です」
「カラリスは飯か?」
「ええ、料理なんて作る余裕があるならあれの製作を優先させますからね。あと2日もあれば完成しますよ」
「そりゃ楽しみだ。って言いたいところだけど今腕がこの状態だからな」
俺が左腕を持ち上げると、カラリスが俺の怪我に初めて気づいた。
現代の包帯と違って水を固めているから見た目透明だし、案外分からないもんなんだよな。
大きさも小さくて済むからある意味便利だけど、うっかり自分でもつけてるのを忘れそうになるから怖い。
動かなくて「あれ?」なんて言いながらうっかり力入れて壊してちゃ洒落になんねぇからな。
「あらら、これは骨折か罅ですか。ならあれは振り回せないですね」
「そうなんだよ。片手用の剣かナイフを使うのが精一杯だな。まあ完治するまでは休業するけど」
「分かりました。なら時間に余裕ができた分改良にも磨きをかけておきますよ」
「俺の注文以外の無茶な改造はやめてくれよ?」
趣味人だとそういうことをやりかねないから怖い。てか俺でもやりそうだからそういう注意が思い浮かぶんだけどな。
「ハハハ、その時は別の物作って改造しますよ」
「そうしてくれ」
「じゃあ私は行きますね、フィーナさんもお元気で」
「おう、またな」
「はい、お元気で」
カラリスと別れた後は、散策を再開する。町をだいたい1周した程度で日が傾き始めた。
あんまり遅くなるのも悪いし、そろそろお開きかね?
「フィーナ、そろそろお開きじゃないか?」
露店で置物を眺めていたフィーナに声を掛ける。すでにここまでで結構な量の荷物を買っているのだが、それはすべて俺が持っていた。
フィーナは怪我をしている俺にあまり持たせたく無いようだったが、この程度なら俺の体はびくともしない。むしろたまにはこうやって使わないと、筋力落ちそうなぐらいだ。
そう言って荷物持ちを納得させた。
はたから見ればこれ完全に荷物係りとどこかのお嬢様だよな。
まあ、お嬢様が露店で店主と懸命に値段交渉する光景はなかなかシュールなもんがあって見てて面白いけどな。
「そうですね。じゃあ荷物を私に」
「いいさ、家までは持ってくぜ。さすがに分類までは手伝えねぇけど」
「良いんですか?」
「もちろん」
俺が両手に掛けられている荷物を、全部フィーナに持たせようとは思えねぇよな。もともとフィーナを家までは送り届ける予定だったしちょうどいいさ。
「ではお願いします」
フィーナの案内で道を進む。フィーナの家には、20分ほどで到着した。
場所は住宅街の中心から少し外側。家のランクとしては中の下ってところか。ところどころ傷みが見られるけど、特に気にする必要は無いって程度だな。
「おじい様ただいま戻りました」
「お邪魔します」
フィーナに続いて中に入る。
中は綺麗に掃除されており、外見とはうって変って新築のようだった。
俺が廊下を眺めていると、フィーナがそれに気づく。
「外との違いに驚きました?」
「まあ正直な。中は新築みたいじゃん」
「みたいじゃなくて新築なんです。まあ、改装という意味ですけど。最近おじい様のお友達がやってくれたそうで、私が帰ってきたときにはすでにこうなってました。私も戻ってきたときにはトーカと同じような様子になっちゃいましたから」
フィーナが笑いながら俺の荷物を少し受け取り、奥に進んでいく。俺もその後に続いた。
荷物を部屋の隅にまとめて置き、グッと右腕を伸ばす。
ずっと抱えてたから結構腕が固まってたんだよな。
筋肉が伸びるのを気持ちよく感じながら今日買った荷物を見る。
紙袋が4つに箱が3個。フィーナが持っている分を合わせれば箱がさらに2つ増える。
ちょっと出かけて買う量にしては大分かったよな。物も服だったりアクセサリーだったり謎の置物だったりで色々だ。
こんなに何に使うんだ?
「お疲れ様でした。これどうぞ」
「ん、あんがと」
フィーナが持ってきてくれた水を一気に飲み干す。ふぅと一息つくと後ろから声が掛けられた。
「お帰りフィーナ。こちらはお客さんかい?」
「ただいま戻りましたおじい様」
「あ、お邪魔してます。フィーナの友人の桃花です」
「ほう、君がトーカ君か。フィーナからいろいろと話は聞いておるよ」
白ひげをたっぷりと蓄えた優しそうなおじいさんだ。赤い服着たらまんまサンタになりそうな感じだな。まあ、それにはもう少し肥えてもらわにゃいかんだろうけど。
「何の話か興味があるな」
「まあまあ、その事は置いといて――」
フィーナが俺についてどんな風に考えているか聞けるいい機会だから聞こうと思ったら、妙に慌てたフィーナに妨害された。
そんな風に妨害されると余計気になるぞ……
「おじい様。将来のことで少し話したいことがあるのですが」
「ほう、やりたい仕事が見つかったのか? しかし今はお客さんも来ていることだしまた後でもよいのではないかの?」
「トーカにも関わることなので聞いていて欲しいんです」
「俺にも?」
ってことは冒険者になるって話か。俺がいても何もできないと思うけどな?
「そうか。じゃあ話を聞こうかね。まあ、とりあえず座りなさい。部屋の中でずっと立っていると言うのも変な話だしの」
「それもそうですね。どうぞトーカ」
フィーナに促され俺はフィーナの隣に座った。
俺に話したことをそのままフィーナは祖父に告げる。
祖父は1度として口をはさむことなく、フィーナの言葉をじっと聞いていた。
そしてすべてを話し聞き終えた後、静かに目を閉じる。
色々思う所はあるだろうな。何せフィーナの父さんを殺した盗賊と、最も戦うことの多い存在が冒険者だ。そんなものに大切な孫がなろうとしているんだ。心配がないはずがない。
話し終えたフィーナはじっと祖父を見つめ、祖父からの返答を待っている。
しかし話を最初に振られたのは俺だった。
「トーカ君はどう思う?」
「フィーナが冒険者になることについてか? それともフィーナが冒険者としてやって行けることについてか?」
「なることについてかね。私は正直悩んでいる。フィーナがやりたいと決めたことにどうこう口をはさむつもりは無かった。フィーナの実績があればどこかの商隊に就職することも可能だろうし、身内贔屓かもしれんが見てくれも良い。良い人が見つかれば嫁に行くのもさほど難しくは無いと思っている」
俺もそれには納得する。
フィーナの商人としての経験はどこの商隊でも有意義に使えるはずだ。それに1等星の氷魔法は商隊にとっても喉から手が出るほど欲しい能力だ。
そして容姿は非常に良い。今日町を歩いても、何人もの男がフィーナから視線を外すのに苦労していた。もし俺が隣にいなければナンパの嵐だったことも簡単に予想が付く。
商人として旅をしていなければ、今頃いい人を見つけて結婚していてもおかしくは無い年齢でもある。
「しかし冒険者だけは別だ。あの職種は人の命が安すぎる。冒険者のトーカ君の前で言うのは悪いが、私はあれほど野蛮な職業は無いと思っている」
「おじい様!」
「いや、俺もその考えは間違ってねぇと思うぜ。基本的に命のやり取りをするのが冒険者だ。そんな連中が野蛮じゃない訳がない。まあ、なるしかなかったって奴も中にはいるけどな」
キクリのカナなんかはそんな例だ。金が欲しい。けど普通の働き口では足りない。そんな時には大金が動きやすい冒険者しか残されていないこともある。
まあ、そういうやつは必要な金さえ手に入ればすぐにやめていくけどな。自分から好んで冒険者になろうなんて奴らはみんなどこか野蛮な連中だ。それはリリウムにも当てはまると俺は思っている。
「すまないね。だからフィーナが冒険者になるためには1つの条件を出そうと思う。この条件をトーカ君が判断して大丈夫だと思ったのなら私はフィーナに冒険者になることを許そうと思うよ」
「友人だからな。正しく判断するぜ。変な情けはかけねぇから安心してくれ」
親友だからこそ、ここで変な妥協はしたくない。
「ありがとうトーカ君。私の出す条件は冒険者になる理由に復讐が含まれているかどうかだ」
復讐――その単語にフィーナの肩が一瞬動いたのを俺は見逃さなかった。
「トーカ君も知っている通り、フィーナの父は盗賊に殺されただろう。冒険者になれば盗賊と戦う機会は必然的に増える。私は、その時フィーナが狂気に取り込まれないか心配なんだよ。1等星の加護を持っていくからこそ、その力の使い方を間違えないで欲しいんだ」
「なるほどね」
「おじい様……」
祖父の心情を聞いてフィーナの目が潤む。まあ真剣に心配してくれているのは嬉しいもんだからな。
フィーナの1等星の力を攻撃に使えばそこら辺の盗賊など簡単に殺せてしまうだろう。しかしそれが狂気で行われた場合、最後に後悔することになるのはフィーナだ。
それを祖父は知っているのだろう。だからその事をもっとも心配している。
普段のフィーナならそんなことは起こりえないと断定できる。しかしフィーナが再び盗賊と会いまみえた時、その感情がどう動くのか、それは俺にも分からない。
「正直難しい話だな。今の俺の情報じゃフィーナがどうなるか断言できない」
まだフィーナの父が殺されてからフィーナは盗賊と言う存在に会っていない。だから判断材料が全くないのが現状だ。
「そうか……」
「トーカ……」
俺の言葉を聞いて祖父は再び目を閉じる。フィーナは不安げな表情で俺と祖父の顔を見比べていた。
「トーカ君。何度もで悪いが頼みたいことがある」
「内容しだいだな」
「フィーナが冒険者になる条件として、トーカ君と一緒に行動することを認めてもらえないだろうか?」
俺やフィーナが何かを口にする前に祖父は言葉をつづけた。
「トーカ君の強さはフィーナから良く聞いている。だからもしフィーナが暴走した時には、その力でフィーナを止めてもらいたいんだ。それがフィーナが冒険者になることを許可する最低条件にしたい」
「俺しだいってことか?」
「他人任せで申し訳ないが、フィーナが冒険者になることを肯定も否定も私はしたいんだ。最後に残った肉親だからこそ、フィーナの願いは叶えてやりたいが、どうしても不安でしかたない」
子供を持った親の辛さって奴なのかね? 孫には甘くなるって言うし、そのあたりのこともあるのかもしれんけど、結局は俺しだいか。
俺自体はフィーナが冒険者になっていいとも思っている。けど俺についてくるのは……
「俺と一緒だと、フィーナが危険な場面に遭遇する可能性が高くなるぜ?」
俺は、自ら2等星級の魔物に喧嘩売りに行ったりするような性格だ。それにフィーナが付いてくることになっても、俺が狩りに行くのをやめるとは思いにくい。金も必要だしな。
けどその時、最も危険にさらされるのはフィーナだ。
その事を祖父に話す。
「もちろんそういう時は、別々に行動してもらっても構わない。フィーナが足手まといになることもあるだろうし、常に一緒にいることなど不可能だからね。そもそもトーカ君とフィーナじゃチームを組むことは出来ないだろう」
冒険者チームのルールも知っているのか。やけに冒険者に詳しいな。
「爺さん昔、冒険者だったのか?」
「ん? ああ、私も昔は冒険者だったよ。まあ嫁を見つけてからは引退して町で仕事を探したがね」
「だから妙に詳しかったのか」
「それでこの話受け入れてくれる訳にはいかないだろうか? 私のわがままなのは分かるが、どうしても孫が可愛いんだ」
その表情はどこまでも孫のことを心配する家族そのものだった。
そんな表情されたら断れるわけがないじゃねぇか。
俺は、自分が家族からもらえる愛情を貰えなかった分、他人のそういう感情にめっぽう弱い。最初のころはうらやましいとか妬ましいとかも思ったけど、今じゃ純粋に応援してやりたい気持ちが大きくなっちまってるんだよな。
「分かった。その条件なら俺は構わない。まあ、フィーナが俺と一緒は嫌だってんならあきらめてもらうしかないけどな」
後はフィーナの問題だ。冒険者として自由に1人で旅をしたりして生きていきたいなら潔く冒険者になるのを諦めてもらわなければならない。
「も、もちろんよろしくお願いします! トーカと一緒に動けるなら、それほど心強いモノはありません!」
「そういうことらしいぜ?」
「ならば許可しよう。1人で行動できるようになるかはトーカ君が決めてくれ。君なら曇りなくフィーナを見てくれると思う」
「あいよ。その依頼受けたぜ」
爺さんとしっかりと握手を交わし、フィーナの冒険者入りが決定した。
その後、夕食を一緒にどうかと誘われたが、丁重に辞退してフィーナの家を出る。
フィーナは、これからの冒険者としてで色々話したいこともあるだろうし、爺さんの経験をフィーナに話す時間も必要だろう。いつからフィーナが冒険者になるかは知らないけど、きっと爺さんなら全面的にサポートするはずだ。
玄関で2人に頭を下げながら見送られるのはやけに恥ずかしかったけど、悪い気分じゃなかった。
止まり木に戻ると、本当にこんな時間に戻って来たのかと女将に驚かれた。
「本当に日が暮れる前に帰って来ちまうのかい」
「なんか問題あった?」
「問題が何もなかったのが問題じゃないかい……」
女将にため息を付かれながら鍵を受け取る。
よく分からん。問題が起きないのが問題ってなんだ? 問題が起きるほうが問題だろうに。
言葉遊びのような言葉を頭の中でぐるぐると反芻させながら、部屋に戻りベッドに飛びこんだ。




