33話
気絶したエルクの両手両足を縛り、適当にそこらへんに放っておく。
その間に俺は、残りの2人と交渉だ。
「さて、俺は何でもないところで突然命の危機にさらされた訳だ。ならそれ相応の謝罪はしてもらわないといかんよな?」
「ああ、こちらも誠心誠意の謝罪はさせてもらう。もちろん金も払う。全部エルクの個人資産から出すけどな」
「別に命の危機に瀕した様子じゃなかったけどね」
まあ、あの程度の剣士ならどうとでもできましたけどね。
「俺の要求はとりあえず金だな。特に欲しいもんも無いし」
「どれぐらいいる? こちらとしては命を狙ったことになるんだ。相応の額は出すつもりだが」
さて、相手が下手に出てくれているから、今のうちに吹っかけちまいたいところだが、残念なことに俺はこの世界での慰謝料の相場ってやつを知らない。
なら、純粋に今必要な金額を手に入れるのがベストだろうな。
「40万チップ。これで手打ちにするぜ。ギルドにも報告はしない」
「そんな程度で良いのか!?」
ザイクスに驚かれた。これでも結構な額を提示したと思ったんだけどね? 俺の武器の改造費全額ですよ?
「俺としてはこれで十分だぜ? ただし用意は早くしてもらうけどな」
「冒険者どうし。しかもBランク以上の争いだと、500万チップ超えるのが普通だよ? 謙虚過ぎない?」
マジか!? そんなに貰えんの!? しかし言っちまったもんはしょうがない。今更やっぱ500万チップでとか言い直すのは恥ずかしすぎるし。
「いいぜ、あんたらは止めようとしてたみたいだしな。こいつ1人に払わせるんならこれぐらいで充分だろ。まあ、次来たら問答無用で殺すけどな」
「すまない。恩に着る。金は王都に戻り次第、坊主の口座に振り込ませてもらう」
「おう、待ってるぜ。じゃあ、またどこかでな」
「ああ、足止めしてすまなかったな」
「機会があったらまた会いましょ。2属性のことももっと聞いてみたいし」
2人を背中に今度こそ俺は王都へ戻った。
「でっかい借りが出来ちまったな」
「そうね。とりあえず借り1つ返すってことで2属性のことは秘密にしておかない?」
「いや、2属性のことはそのまま話す。坊主の態度は何かしら対策を考えてあるような態度だ。じゃなきゃ俺たちにあんな大口は叩けない。借りはまた今度、坊主の目の前で返そう」
「そっか。けど私たちの考えが甘かったよね。そりゃ私たちは彼がどんな行動してきたか見て分かってるけど、向こうからしてみればずっと付けてきた不審者だし。まともに話聞いてくれる訳も無いか」
「それに加えてこいつの暴走だからな」
ザイクスはもう一度気絶したままのエルクの頭を小突く。
ザイクスとしても、エルクの戦闘狂としての危険性はあったが、今回の依頼はカルートとの戦闘の可能性もあったのだ。その時に対処できる人材は戦闘が大好きなエルク以外にはあまりいなかった。
「もう少し前衛ができる仲間増やさない? ザイクスのチームって補助系に偏ってるじゃん」
ザイクスとチームを組むメンバーは今の所前衛がザイクスとエルク、そしてもう1人。それに引き替え補助や魔法をメインに使うメンバーはミランダをはじめとして7人もいる。
「3人いれば大丈夫だと思ってたんだけどな」
「その3人が普通じゃないのが問題でしょ」
ザイクスはチームリーダーとして色々な手続きをしなければならない。エルクは戦闘狂で、残りの1人は放浪癖がある。
この状態では人材不足を嘆くのも当然と言えば当然だ。
「今度ギルドに募集かけとく。今度は精神面で落ち着いてるやつを優先にな」
「技術とかは後で教えればいいしね」
「じゃあ俺たちも帰るか。あんまり遅くなるとあいつらが怒る」
チームホームで待っている仲間たちのことを思い出しため息を付くと、エルクを担いで王都への道を歩き出した。
「帰って来たぜ! 王都!」
バッと手を広げて王都の外壁を抱くように仰ぎ見る。
相変わらず門番には変な目で見られるが、大分慣れてきたな……
門を抜け、冒険者ギルドへ向かう。
「こんばんは。どのようなご用でしょう?」
「戻って来たぜ、ナージュ」
「トーカさん! もう戻って来たんですか!?」
フェリールと同じ反応だな。まあ、あの時ほど無理はしてないから反応は薄いけど。
「討伐してきたぜ。こいつが証明部位な」
カルートの嘴を受付に置く。
「間違いなくカルートの嘴ですね。分かりました。完了手続きをします。ギルドカードをお願いします」
ギルドカードを渡してナージュが手続きをする間に、換金するための荷物を床に置く。
いい加減重いんだよな、カルートの羽って。
「はい、手続きが完了しました。依頼料の支払いはどういたしましょう?」
「もちろん振込で。あと換金もお願いね」
「分かりました。換金部位は両翼と爪2つで良いですか?」
「おう、俺が持ってても使えねぇしな」
ジルコルの牙を売った時に聞いたが、冒険者の中には鍛冶屋と直接縁を作っておいて、自分の武器を材料持ち込みで作ってもらうことがあるらしい。
俺も鍛冶屋の知り合いはバスカールがいるけど、あいつには今鎌を作ってもらってるしな。
「分かりました。翼は片翼で80万チップ爪は片足で50万チップになります。翼が片翼傷ついているようなので3割引きの56万チップになりますがよろしいですか?」
「問題ないぜ」
「では合計で片翼80万チップもう片翼56万チップ、爪2足で100万チップ。合計236万にBランク特典の買い取り3割増しが付いて306万8000チップですね。こちらも依頼料と共に口座に振り込ませていただきます」
「おう、よろしく」
依頼料が70万チップだから今日だけで370万近くの金が手に入った。確かにこれなら止まり木のスイートにも泊まれるはずだわ。
「それにしてもよく倒せましたね。しかも見たところ目立った傷も無いようですけど?」
「おう、見た通り無傷で勝ったぜ。なかなか歯ごたえのある相手だったけどな」
「歯ごたえで済むような魔物じゃないはずなんですけどね……」
不思議そうに顔を傾けるナージュ。
「じゃあ、俺は行くぜ。さすがに疲れた。ベッドで寝たい」
「あ、はい、お疲れ様でした」
ギルドを出て宿に戻る。今日で町を出てから5日目だ。バスカールとカラリスと約束した日にちは経っているから、物は完成しているだろう。
しかし今の俺には、あの2人の所へ行く元気は無い。
「おばちゃん久しぶり」
「おお、お帰り! 依頼は成功したのかい?」
「もちろん成功したぜ。ばっちり金も稼いできた」
「そりゃよかった。飯はどうするんだい? すぐに用意できるよ?」
「今日はいいや。疲れたしもう寝るわ」
「はいよ、ならカギだ」
カウンターの下にしまってある鍵を貰って部屋に戻る。
「ふう」
鞄を置いて一息。
ベッドに倒れこんで、俺はそのまま眠りについた。
桃花が冒険者ギルドを出た2時間後、2人の冒険者が1人の冒険者を背負ってやってきた。
その光景に、ギルドにいた冒険者たちにどよめきが走る。
「注目集めてるね」
「まあ、当然だろう。エルクは戦闘狂だが、その分腕はB+以上の実力を持ってる。それがこんな状態じゃ、驚くのも無理はない。よっと……」
肩に担いだ、気絶したままのエルクの位置を直し、受付に向かう。もちろん依頼の完了報告のためだ。
「ナージュ、戻ったぞ」
「ザイクスさん! エルクさんはどうしたんですか!?」
「なに、少し戦闘してやられただけだ」
「戦闘狂のエルクさんがですか!? まさかカルート!?」
「だったら俺も生きてはいないさ。もちろんトーカもな」
「そ……そうでした。じゃあどうして?」
ナージュはトーカの依頼の完了報告の時のことを思い出す。あの時は、トーカが傷1つ無いのに驚かされた。なら、カルートとの戦闘でエルクだけ気絶するのは説明がつかない。
それに、もし共闘していたのならカルートの部位を全部持ってくることなどできるはずがない。必ず分配が発生するはずだからだ。
「こいつがカルートを倒したトーカに興味持っちまってな。自分から戦闘吹っかけに行ったんだよ。それで魔法で返り討ちにあった」
「じゃあ、トーカさんはカルートとの戦闘の後にエルクさんとも戦ったと言うことですか?」
「エルクと戦ったのは今日のことだがな」
それでも異常な事である。
B+の冒険者とは言え、エルクは戦闘力だけで言えばすでにAランクには達しているのだ。その性格が影響してギルドには昇格試験を受けさせてもらえていないが、間違いなく強者の部類に入る人間だ。
そんな相手が戦闘を仕掛けてきたのに、それを無傷で対処するなど並の冒険者では出来るはずがない。それも2等星級の魔物を倒した後でと言うのならなおさらだ。
「とにかく詳しい話は別室で聞きます。今はエルクさんを寝かせてあげてください」
いい加減担がれたままのエルクが不憫に見えたナージュは別室を用意し、そちらで詳しい内容を聞くことにした。
観察の内容を聞いたナージュの頭は混乱していた。
村に行くまでの話は何とか分かった。土属性の魔法を練習しながら村に進む。途中で不運にも魔物に襲われるが、撃退。村に到着する。
魔物に遭遇するのは、冒険者をしていればよくあることだ。それがたまたま3等星級のリキッドワームと言う珍しい種類だっただけの話だ。
だが、村に着いてからの話は理解が追いつかない。
カルートと正面からぶつかる。風属性の魔法を使う。謎の強力な爆発を起こす。
どれをとってもありえないこととしか言いようがないのだ。
そもそもカルートは上空からの急降下で速度を増し、その攻撃力は想像を絶する威力がある。正面からぶつかれば普通は吹っ飛ばされるか、その鋭い爪で捕まれ捕食されるかのどちらしかない。
トーカの持っていた武器で受け止めるなど、狂気の沙汰としか思えない。
そして2属性目の魔法。
土属性を使っていたトーカが風属性の魔法を使うと言うことはそういうことである。
この時点で、トーカの存在はナージュがどうこう言えるレベルの存在ではなくなった。
2属性の魔法使いが現れたのならば、その存在は何らかの火種になる可能性が高い。ゆえに、ギルドとしてはどう対処するかを、ギルドマスターに判断を仰ぐ必要がある。
そして最後の謎の爆発だ。
これは観察していても正体が何なのか分からないとのことだ。ザイクスの話では魔法では無いということだが、もし火属性の魔法だった場合、過去に存在したことの無い3属性の魔法使いの存在と言うことになるし、何らかの道具であったとしても、それほどの威力を出せる危険な道具と言うことになる。
これも確実に知っておく必要がある。
「と、とにかく報告は受けました。依頼完了の手続きをしますね」
「ああ、これから大変かもしれないが……まあ頑張ってくれ」
頑張ってくれとしかザイクスには言いようが無かった。
完全に理解の範囲外の存在なのだ。知らないなら知らないで済んだことかも知れないが、知ってしまった以上は対処する必要がある。
これからしなければならないことが山積みのナージュに、ザイクスは同情した。