32話
戦闘は初撃から俺たちの想像を遥かに超えたものになった。
カルートの攻撃を正面から受けるのも無謀だが、完璧に振るったあの武器でカルートにダメージが入らないのも衝撃的だった。
そしてその後の魔法。詠唱を聞いても、効果から見ても、あれは明らかに風属性の魔法だ。
この村に来るときに使っていた魔法は土属性。つまりトーカの星の加護は2属性も使えると言うことになる。
2つの属性を使える冒険者がこれまで存在しなかった訳ではない。しかし、極端に珍しい。
今のA+3人も1人1つの属性しか持っていないのだ。70年ほど前に1人A+の冒険者で2属性持ちがいたという話はあるが、それも眉唾物だった。
しかし今、目の前にその2属性持ちがいる。
俺もエルクもミランダも、その戦闘中に声を発する余裕は無かった。
嘴と切り結び、土属性魔法で足を止め、後ろに回って武器を振り下ろす。
それでも効かないとわかれば武器を捨てて、背中に飛び乗り何かの細工をした。
そしてカルートが魔法の戒めから解かれ空に飛び立つと、強烈な光と音と共に爆発した。
何が起こったのか分からない。しかしトーカが何かをしたのは分かる。
あれほど強烈な爆発を起こすものを俺は知らない。おそらく2人も知らないだろう。詠唱はしていなかったから、かろうじて魔法ではないのだけは分かるぐらいだ。
地面に落ちたカルートの首を取るまで、俺たちは一言も話すことなくその光景を見ていた。
トーカが村に戻っていく。
その背中を見ながらエルクがつぶやいた。
「ギルドにどう説明します?」
「2属性持ち、しかもよく分からない攻撃方法まで持ってたね」
「そのまま説明しても、正気を疑われるのは俺たちだろうな」
「適当に誤魔化しますか?」
「それも不味いだろう。嘘で塗り固めれば、どこかで綻びが生まれる。これは正式に依頼として受けたものだ。正しい情報を伝える必要がある」
「ではそのまま?」
「ああ。ナージュにはあったことをそのまま伝えようと思う。ただそれを聞いてどう判断するかはナージュ次第だな。あいつが冒険者に迷惑がかかるようなことをするとは思えんが、ギルドマスターぐらいには話が行くだろう」
ナージュが元々この依頼を頼んだのも、冒険者が心配だったからだ。
そんなナージュが冒険者を危険に招くようなことをするとは思えない。
「分かりました。ではあったことをそのまま伝えましょう」
「私としては2属性持ちのことは伏せた方が良いと思うけどね」
そこで今まで一言も話さなかったミランダが口を挟む。
「なぜだ?」
「2属性持ちってさ、話に残ってるのってほとんどおとぎ話の中だけじゃん?」
「ええ、ですが実際にいたと言う記録も残っていますし、そこまでの事なのでは?」
「じゃあ、そのおとぎ話で2属性持ちはどういう風に扱われてた?」
そこまで聞いてエルクがハッとする。
おとぎ話の中で2属性持ちはほとんどが、その強大な力ゆえに悪の存在として書かれてきていた。子供のころのことなためすっかり忘れていたが、『2属性持ちが来るぞ』は子供に言うことを聞かせるための常套手段だ。
2属性持ちは時に力に溺れた魔法使いとして。時に邪神級の使いとして。時に革命の旗頭として。
最後以外は民衆には恐怖の対象でしかない。そしてその最後は国にとって恐怖の対象でしかない。
つまりどの選択であっても悪い方向にしか進まないのだ。
「つまり彼もそのように扱われると?」
「可能性があるだけの話だけどね。けど用心に越したことは無いと思うよ」
「ザイクスさん、どうしますか?」
「ふむ……直接話を聞いてみる必要があるかもしれんな」
「彼にですか?」
「話を作るにしても、本人との協力は必要不可欠だ。じゃないと必ず綻びが生まれる」
「そうですね。では王都に着く前に接触を図りましょうか?」
「私も賛成」
3人の意見がまとまったところで、再びトーカの後を追った。
村ではその夜。盛大なお祭り騒ぎになっていた。
カルートの肉を使った料理がずらっと並ぶ町の広場で、村人たちは久しぶりの外の空気を堪能する。その表情は皆一同に清々しい。
俺はそんな彼らから、少し離れたところでカルートの肉をほおばっていた。
「うめぇ! 爆発の臭いの時に思ったけど、やっぱ鶏じゃねえか!」
カルートのモモ肉は、皮は香ばしく、肉はジューシーに焼かれ、噛むたびに油が滴る。
しかもカルートは4メートル級の怪鳥だ。モモ肉だけでも大量にある。
「トーカさん、このようなところにいられたのですかな」
声を掛けてきたのは村長だ。俺がいないのに気付いて探していたらしい。
「ああ、あんまり祭りを邪魔するのも悪いしな」
「何を言いますか。カルートを討伐したのはトーカさんなんですよ。この祭りの主役ではありませんか」
「ハハ、けど遠慮しとくぜ。俺は美味い肉が食えりゃ満足だ」
「ふむ、そうですかの」
村長は少し残念そうにしながら戻っていく。
俺はあの村人達の楽しそうな輪の中には入れない。あの中に入ると自分の異質さが途端に浮き立つ気がするのだ。
冒険者の中なら腕の立つ人間は沢山いる。剣技だけ槍技だけ弓技だけなら俺の上を行く連中なんていくらでもいるだろう。魔法だって、きっと俺の知らない魔法を使ってくる連中が沢山いる。
でも、あの村人はみんな普通の人だ。
戦う力を持たない人は、力を持っている人間を無意識に恐れる。それは昔から感覚的に分かっていることだ。
だから俺は普通の人とは距離を取る。恐れられ、拒絶される時が来るのが怖いのだ。
「異世界に来ても成長してねぇな」
赤い月を見上げ、小さくつぶやいた。
翌日、カルートの売れる部分、嘴と爪、そして両翼を持って村を出る。
両翼は持ちやすいようにと村の人たちが縛ってくれた。おかげで背中のサイディッシュにひっかけて持って帰ることができる。
「さて、王都に帰りますかね」
依然として変な3人組は付いてくるが、やはり敵意は感じない。いったい何がしたいのかね? 俺の方から接触するか? けど本当に監視だった場合、面倒に巻き込まれるのもごめんだしな……
1日目は、やはり何も起こらず過ぎて行った。
3人組が行動に出たのは2日目。王都まであと半日と言ったころだった。
後ろをつけてきていた3人が突然動きだし、俺の前に進んでいく。そして一定の距離をとって立ち止まった。
どうやら俺を待ち伏せするらしい。どうすっかね? まあ、今も敵意は無いみたいだし、直接話してみるか。
まっすぐ進み、俺はその3人と顔を合わせた。
その1人に見覚えがある。
「おっさん?」
「久しぶりだな坊主」
真ん中に立っているのは、ギルド掲示板の所で俺に声を掛けてきたおっさんだった。
「ずっと後をつけてきてたみたいだけど、なんか用か?」
「気付いてたのか?」
「王都を出るときからな。まあ、敵意が無いみたいだし放っておいた」
「一応気配は消していたんだがな」
「ハハハ、俺には無意味だぜ。それでそっちのことを聞いてもいいかい?」
「ああ、俺はザイクス。Aランクの冒険者だ。こっちの剣士がエルクで白いローブの奴がミランダ。俺のチームメンバーだ」
てことは2人とも最低でもBランクか。
「俺たちは、ある依頼を受けてお前を観察していた」
「観察ね。まあ納得だな」
しかし監視じゃないのは、表情に出さないが少し驚いた。てっきりオルトロの件で監視されていると思ってたんだけどな。
けど観察となると個人的な依頼か? しかしそんなことをしそうな奴は、オルトロ以外思い浮かばないんだけどな。
「で、観察するだけが依頼のあんたらが、何で俺の前に出て来たんだ?」
「すこし確認しておきたいことがありまして」
エルクが1歩前に出る。
「確認?」
「あなたは土と風、2属性の魔法を使えるのですか?」
「見てたんだろ? なら見たまんまを信じろよ。自分の目も信じれないようじゃ、冒険者はやってけねぇぜ」
「なら2属性を使えると言うことですね。今私たちは、依頼主にそのことを素直に伝えるべきか悩んでいます」
「それはあんたらの自由だ。俺に関わることじゃねえだろ」
むしろ俺が関わったところで、どうにもできない問題だろ?
「自分の事でしょうが! もっと真剣に考えなさいよ!」
俺の飄々とした態度が癇に触ったのか、唯一の女性ミランダが声を荒げた。
「自分のこれからの事、ちゃんと考えて話しなさいよ! 2属性持ちってのは、ある意味悪の象徴なのよ!?」
「じゃあ、あんたらは俺が秘密にしてくれって言えば秘密にするのか? 死ぬまで自分の心の中に止めとくって約束できんのか? それに俺が、その約束を信じると?」
「それは……」
「無理だろ? 俺はあんたらのことを詳しく知らない。信用できる連中かも分からねぇ。なのに真面目に答える方がどうかしてる」
「ならあったことをそのまま話しても良いのか?」
俺の答えにおっさんが確認を取る。
「かまわねぇぜ。信じる信じないはその依頼人次第だしな。それに、それで俺に悪影響が出るなら、根を断つか町を出て行くだけだ」
「そうか。ならあったことをそのまま伝える。邪魔して悪かったな」
「それがあんたらの依頼なら仕方ないさ。じゃ、俺は行くぜ」
3人の横をすり抜け王都への道を再び歩き出す。
と、背中にちりちりしたものを感じた。それと同時に聞こえるザイクスの慌てたような声。
俺が振り返った時には、剣を振り上げたエルクが目の前にいた。
「どういうことだ?」
振り下ろされた剣を、担いでいたサイディッシュで受け止めエルクに問う。
「カルートを単独で撃破できるあなたの実力が気になったんです。魔法もかなりの実力があったようですが、あなたの実力のことももっと知りたい」
「あ、そう」
戦闘狂か? まあ、微妙にうずうずしてたみたいだし、戦闘狂なんだろうな。こんなの観察依頼に連れて来るなよ……
「やめろエルク! 何をやっているのか分かっているのか!」
「観察対象に手を出すなんて、依頼の成功失敗以前の問題よ!」
「依頼の内容は冒険者トーカさんの観察。観察と言うのは、実力を知ることでしょう?」
微笑みを浮かべたまま、エルクは俺に聞いて来た。後ろの2人の言葉など全く聞いていない。
「ハハ、実力が知りたくても、本気も出してもらえねぇようじゃ意味ねぇけどな。来るってんなら殺すぞ?」
エルクの目は本気で俺を殺そうとしている奴の目だ。最初の攻撃も本気で殺す気だった。じゃなきゃ、素人の俺が殺気を感じることなんて出来る訳がない。
殺しに来るなら殺す。自衛として当然のことだ。
「簡単に殺されるつもりはありませんよ!」
サイディッシュに力を籠め、エルクを弾き飛ばす。
エルクはそれに逆らわずに後ろに下がった。
その隙にサイディッシュを地面に突き立てる。近接戦闘、しかも相手はスピードタイプっぽいし、サイディッシュじゃその速度に追いつけない。今回はお預けだ。
「行くぜ、星誘いて足枷を生め、フェッター」
エルクの足もとを中心に土が動きだし渦を作る。
「その魔法はすでに見ました。1度見た魔法に簡単に捕まると思わないでください」
エルクはすぐさま飛び退くと、向かってきた土を切り払う。
けど――
「あんたが見たのは魔法の一部だけだよ」
切り払われた土が、またエルクに襲いかかった。フェッターは相手の足に絡みつくまで止まることは無い。自動追尾付きの魔法だぜ?
「なっ!?」
切り払って余裕を見せていたエルクは、その土の動きに対処することができず足を獲られる。
「さて、足は止めた。逃げ場は無いぜ」
「困りましたね」
言葉とは裏腹にその表情は困ったように見えない。何かまだ仕掛けてくると思っといたほうがいいな。とりあえず完全に動けないように風の檻でも作っておくか?
「エルク! いい加減にしなさい!」
「トーカもそこで止めてくれ!」
そこにミランダとザイクスが割り込む。ミランダはエルクが動けないのをいいことに、パシンッと草原に響き渡る、キツいビンタをお見舞いしていた。
俺はザイクスに視線を向ける。
「なんで止めるんだ? 仲間だからか?」
「そうだ。こっちが悪いのは分かっている。だが、みすみす仲間を見殺しにする訳にはいかん。こいつにはきっちり罰を与えておくから、この辺にしといてくれないか?」
「賠償金払ってくれるんならいいけど? つっても相手はまだやる気みたいだけどな」
エルクはミランダにビンタされながらも、俺を一直線に見据えている。まだ秘策があるような表情だ。
「エルク! あんたが戦闘狂なのは知ってるけど、時と場所をわきまえなさい!」
「煩いですね。僕は彼と戦いたいんです。邪魔しないでくださいよ」
「何言ってんの! 魔法で足止められた時点であんたの負けでしょう!?」
「足を止められた程度で、僕が魔法使いに負けると思いますか? そのぐらいの対策はちゃんと学んでいますよ」
そう言ってエルクは俺の作った足枷に剣を突き刺した。そして一瞬剣が淡く光る。
すると足枷がボロボロと崩れ落ちた。
「ほらね。この剣は、魔力を奪う魔力回路が組み込まれている魔法道具です。魔法なんて僕の前には無意味なんですよ!」
なるほど、魔力を奪うってことは魔法の効果を無効化するってことか。つまりその剣で切れば魔法は全て無効化されると。それがエルクの秘策ね。けど――
「そうでもねえだろ」
言って俺は魔法を発動した。何かに過信しすぎた末路を見せてやらないとな。
「星誘いて空塊を放つ、エアバレット」
魔法が発動すると同時に、エルクがミランダに向かって倒れこむ。
「え? ちょっ! きゃあ!?」
突然倒れこんできたエルクを支えきれず、ミランダは押し倒された。
その様子を、ザイクスは呆然と見ている。
「今何をした?」
「エアバレット。空気の塊をぶつけただけだ」
「だがあいつは魔力を吸収する剣を持っていた。魔法は効かないんじゃ?」
「触れずに吸収できるんなら、魔法使いは今頃死滅してるよ。実際エアバレットでぶっ倒れたしな。たぶん剣で触らないと魔力が奪えないんだろ」
それに魔法道具って事なら魔力回路の魔力を流さないと発動しない。最初にフェッターの魔法を、剣で切り払った後も効果が続いたのが証拠だ。もし問答無用で魔力を奪うんならあの時点でフェッターは無効化されてるはずだしな。
「そう言うことか」
「ちょっと! 説明してないで助けなさいよ!」
押し倒されたままのミランダが抗議の声を上げた。




