31話
夜を経て、朝日が昇ると共に俺は歩き出す。
昨日の戦闘で少し遅れているからだ。午前中には到着して、午後には狩りに出たいと思っている。
ちなみにミミズは夜更けに雨が止み、干からび始めたところで魔法が使えるようになり、保存の魔法を掛けた。フィーナと同じ魔法だが、見よう見まねでやったため、正直効果は微妙なところだ。フィーナほど長時間効果を持たせることはできないだろう。
「おお、あの村か」
昼の少し前、周辺の風景が畑に変わったところで村が見えた。割と大きな村だ。
魔物対策か、民家は集まって、その周りに柵が作られている。そのどれもが木製だが、先端が鋭く削られているため弱い魔物では突破ができないようになっている。
ギルドの情報では、この辺りの魔物は4等星級以下の物ばかりで3等星級以上が出るのは非常に珍しい事らしい。過去の事例を見ても、20年に1度出るかでないかだとか。
つまり今の村は、20年に1度の厄災に見舞われているのだ。
そのためか、村に入っても、閑散としている。あまり外に出たがらないのだろう。
そりゃ、2等星級がうろうろしてれば誰だって嫌がるわな。
フェリールが民家の横をのそのそと歩いている光景など、普通の農民にとっては悪夢以外の何物でもない。
まあ、俺の場合は喜んで狩りに行くがな!
「さて、村長の家は――」
誰もいないから道も聞けない。とりあえず村の入口に1番近い民家で聞いてみることにした。
扉を叩き、声を掛ける。しばらくすると扉が少しだけ開いた。
「誰だい? こんな時に」
「王都から依頼で来た冒険者だぜ。村長の家探してんだけどさ?」
「おお! 依頼を受けてくれたのか!」
すこしやつれた感じの男が扉から飛び出してきた。
「お、おう。依頼主に会わないといけないから、村長の家教えて欲しいんだけど」
「よく来てくれた! 村長の家には案内する。ちょっと、待っててくれ」
男は家の中に戻り、すぐに出てきた。特に変わった様子は無いが、上着を羽織ってきたのだろう。
「じゃあ行こう。付いて来てくれ」
男の後ろに付いて、俺は村の中へと入っていった。
移動の途中で、男の視線がちらちらと俺のサイディッシュに向いているのが分かる。ミミズのことを気にしてんだろうな。
「こいつが気になる?」
「あ、ああ。そいつは魔物……だよな?」
「来るときに襲われたから殺したんだよ。金になる部位がどこか分からんかったから、まるごと持ってきた」
「そういうことか。村長に聞けば分かるだろう。あの人は昔冒険者をしていたからな」
「マジ? 助かるぜ」
いつまでもミミズを吊り下げたまま歩きたくないしな。
村長の家は、他の家よりはるかに大きかった。3軒分ぐらいある。
なんでこんなにデカいんだ?
気にしながらも、男に付いて家に入っていく。中に入ると広いロビーになっていた。
どうやら役所のようなことも兼ねているらしい、だからこそのこの大きさか。
「すこし待っててくれ、村長を呼んで来る」
男は俺をロビーにある椅子に座るように促してから奥の部屋に入っていった。
俺はサイディッシュを横に倒し、椅子に座って待つ。しばらくして男が戻ってきた。その後ろに老人も一緒だ。その老人が村長なのだろう。
「待たせたの」
「いや、気にしなくていいぜ。それより午後からすぐに動きたいと思ってるから、さっそくだけど色々聞いていいか?」
「ずいぶん急じゃな。1日ぐらい休憩してはどうじゃ? 旅の疲れもあるじゃろ」
老人が気遣わしげに言うが、俺はそれをきっぱりと断る。
「疲れなんかないさ、それより被害が出てるから村がこんな状況なんだろ?」
来るときに見た村の状態は酷いモノだった。
畑は手入れされておらず、雑草がところどころ伸び放題になっている。
収穫していない野菜が成長し放題になり、もう売れるような状態ではなくなってしまっているものが大半だ。普通の農家がそんなことをするとは思えない。つまりそうせざるを得ない状況になっていると言うことだ。
村人も男と村長以外見ていないが、その2人が若干やつれている所を見ると、他の村人もそうなっている可能性が高い。
「そうか……すまんな」
「いい。それより――」
「ああ、すぐに説明をさせてもらうよ」
そう言って老人と男が俺の前の椅子に座る。
「カルートが現れたのは今から1か月ほど前じゃ。最初に見つけたのも、今ここにいる男じゃよ」
「俺が初めて見た時、カルートは東の空からやってきた。まっすぐにこの村を目指してな。なんでか分からんが、カルートはこの村の周辺を縄張りにしたらしい」
「カルートは縄張り意識が強いのか?」
「かなりの。だからそもそも縄張りを移動すること自体考えにくいんじゃが」
「つまり、元々のカルートの縄張りで何かあったかもしれないってことか」
「そのあたりはよく分からんがな。カルートは普通山の中腹に巣を作る。こんなところまで来る何かしらの理由があってもおかしくは無いの」
東の方でカルートが逃げ出す原因ね。カルートより強い魔物が暴れてるとかあるのかね? まあ、今は目の前のカルートだ。
「それで今の所のカルートの被害は?」
「食糧を獲ろうとすると確実に襲ってくることじゃな」
「だから畑が荒れ放題だったのか」
「俺たちは、今は備蓄した食糧を少しずつ使って何とかしのいでいるが、それもそろそろ限界だったんだ」
「なるほどね」
それで2人とも痩せてたのか。
「こっそり採ることはできなかったのか? こんだけ広い村だし、一気には無理でも少しずつ、襲われる前に収穫もできた気がするんだけど?」
「カルートに詳しくないのか? カルートは、何故かは知らんがどれだけ離れていても確実に俺たちの場所を把握している。そして食糧のある場所もな。食糧のある場所に俺たちが近づくと必ず現れて俺たちを襲ってくるんだ」
つまりカルートも魔力探査か生命探査を使えるってことか。そう考えると2等星級以上の魔物はみんなどっちかを使えると思って行動した方が良いかもしんないな。
「了解。だいたい現状は分かった。つまりおびき出すのも簡単ってことだな」
カルートを呼びたきゃ畑に近づけばいいんだ。
「おびき出すのは簡単だが、倒すのは困難だぞ? 見たところ1人のようじゃが仲間は?」
老人は元冒険者だっけ? ならカルートの強さも分かってるってことか。だから仲間がいないのを不審に思っていると。
「仲間はいねぇよ。俺1人だ」
変な連中が付いて来てはいるけどな。ずっと観察しているみたいだけど、何してんのかね?
「1人で倒せるのか?」
「倒すぜ。フェリールも倒した実績があるからな」
「フェリールを1人でじゃと!」
村長が驚きに目を見開く。
「おう、だからそこまで心配すんな」
「う、うむ、フェリールを倒せるのならば問題は無いと思うが」
「それより聞きたいことがあるんだけどさ?」
「なんじゃ?」
「こいつって金になる? 来る途中で襲われたから倒したんだけど、どんな魔物なのかよく知らねぇんだわ」
「ほう、こいつはリキッドワームか。3等星級の魔物じゃが、特に売れる場所は無いぞ?」
「それはこの村に売れる場所が無いって事?」
「いや、リキッドワーム自体に売れる部位が無いと言うことじゃ」
「マジか。持ってきて損した」
「肥料としてなら使えるがの。この村で買い取っても良いぞ?」
魔物の体は他の動物に比べて格段に栄養価が高い。そのため肥料に使えばいい野菜などが取れるのだ。魔物としては格段に安い討伐報酬になるが、無いよりはマシだろうと村長は考えた。
「なら頼むわ。いくら位になる?」
「見たところなかなかの大きさじゃが乾燥が始まっておるの。1,000チップと言ったところじゃ」
「そんなもんか。まあいいや、それで頼むわ」
「ならばこれが報酬じゃ」
村長はポケットから硬貨を取り出し俺に渡す。1,000チップ硬貨だ。
「うい、確かに受け取ったぜ。こいつは後で裏庭にでも置いとくか?」
「そうしてくれ。解体してそれぞれの家に配ろう」
「じゃあ、俺は倒しに行くぜ。しばらく家から出ないように村人に言っといてくれよ。邪魔になるのは困るからな」
「言われなくても誰も家から出ようとはせんよ」
「そっか、ならまた後でな」
村長にお礼を言ってから俺は村長の家を出た。
裏庭にリキッドワームを置いて村を出る。向かう場所は畑のあるところ。それも畑の1番外側である。
戦闘がどれぐらいのもんになるか分からんけど、畑の真ん中でやって勝ったは良いけど周りめちゃくちゃじゃ村人の状況変わらねぇからな。
「さて、これぐらいで良いかね?」
場所は村から10分ほど歩いたところにある小さな畑だ。この畑だけ周りから少し離れていて、影響は少なそうだ。何のために作ってあるのかは知らんけど、利用させてもらおうかね。
魔力探査でカルートの位置は補足している。俺が畑に近づいた辺りから飛び出し、今は近くの空を旋回していた。
畑に入った瞬間、カルートが動き出す。一直線にこっちに向かって来る。
「来た!」
そこで初めてカルートの姿を目視でとらえる。
さすが怪鳥だな。かなりデカい。遠目に見ても翼幅は8メートルはある。
体高はまだ分からんけど、この分だと4メートルはありそうだな。さて、どんな攻撃をしてくんのかね!
――キィヤアアアアアアアアアア!!!
カルートが鳴き足をこちらに向けた。
なるほど、爪が攻撃手段か。後はくちばしとか気を付けた方が良さそうかね。2等星級だし、魔力探査が使えるとなると、他の魔法を使ってくる可能性も頭の隅に残しとかねぇとな。
とりあえず今は!
「正面からぶち抜く!」
サイディッシュの斧側を構え、カルートと対峙する。
「うらぁ!」
――キャアアア!!
ガキンッと斧と爪がぶつかる。辺りに衝撃波が発生し、畑に有った僅かな作物を吹き飛ばした。
カルートは、自分の爪が止められたことに驚きすぐに上昇していく。俺は深追いせずに、サイディッシュを構えなおした。
「完璧なタイミングだったんだけどな」
振りぬきは完璧だった。爪が当たる寸前に、爪の根本の部分を打ち据えたはずだ。なのにカルートの爪を破壊することはできなかった。
幸いなのは斧部分の刃も割れてないことか。
「やっぱ魔法も併用しないと無理だろうな」
変な連中がくっついて来てるから、サイディッシュだけで倒せるならそうしたかった。けどそうも言ってらんないみたいだな。
あいつらに見せた魔法は土属性魔法のクレイランスとその他、土属性の魔法で作った物だけだ。ならあいつらは、俺の星の加護が3等星以上で土属性と思っているはず。
けど俺が最初、ギルドでカルートの情報を聞いたときに使う予定をしていた魔法は風属性。つまりそれを使えば付いて来ている3人組に2つの属性を使えることがバレることになってしまう。
まあ、フィーナに言ったように使える技を出し惜しみする気は無いけどな。
再びカルートが接近してきた。それに合わせて詠唱を開始する。
「星誘いて大気を混ぜろ、タービュランス!」
とたん、一直線に飛んできたカルートがバランスを崩し蛇行し始めた。
上手くいった。カルートが空を飛んでいる以上、その翼は風を捉えて飛んでいるはずだ。ならばその周りにある風を滅茶苦茶にしてしまえば、カルートは思うように飛べなくなる。
慌ててバランスを取ろうとするも、カルートの周りの風はその意思を無視してカルートを地面に叩き落とした。
急降下中にバランスを崩され、地面に激突したカルートには少なからずダメージが入っているはずだ。
むしろ今ので死んでいてもおかしくない衝突だった。
「さて、どうかな」
俺が観察する中、カルートは2本の脚で立ち上がる。そして器用にこちらに向き直った。
普通に歩くこともできんのか。鳥の中にも、地面を歩ける奴と、飛び跳ねて移動する奴がいるけど、こいつは歩くタイプらしいな。そういうやつって意外と走るのも早くて……
来た!
爪で大地を蹴り、かなりの速度で突進してくる。その速度は馬より早い。そしてその先端には鋭い嘴が光っている。
つまりこいつは、まだまだ戦えるってことか。
突撃に合わせサイディッシュを振るう。やはり嘴も爪同様固い。
カルートは嘴でサイディッシュを挟み込んだ。
「チッ!」
サイディッシュを奪われそうになるのを、強引に力で引き戻す。引き戻した力でそのまま1回転し、今度は鎌でその首を狙った。
カルートは大きく羽ばたき、その体を一瞬浮上させ、後ろに跳ぶ。
いくら空気が乱れているとは言え、完全に飛ぶのを止めることは出来ないってことか。
――キャアアア!
カルートが威嚇するように鳴く。その声に反応して、森の中から鳥たちが一斉に飛び立った。
けど、その程度の鳴き声は俺には効かないぜ!
今度はこちらからカルートに駆け寄る。
ダッシュの速度を使って鎌を振り抜いた。しかしカルートはそれをまた羽ばたきとステップで躱す。
そのたびに強烈な風にあおられバランスを崩しそうになるが、柄を地面に突き刺してどうにか体勢を保った。
想像以上に羽の筋力が高い。1つ羽ばたいただけで地面から浮きそうになる。
ならまずあの羽を奪うか。
一時的に足を止めるなら土属性の魔法だよな! 練習の成果見せてやる。
「月誘いて足枷を生め、フェッター」
カルートの筋力が相当強いため、威力を高めて魔法を発動させる。
周囲の地面が盛り上がり、土が蛇のようにカルートの足に絡みついた。そしてそのまま固くなる。
――キェエエエエエエ!
羽ばたいて強引に足枷を外そうとするが、その程度で壊れる軟な足枷じゃない。中には鉄が混じって、かなりの固さになっている。
カルートが動きを封じられている間に俺は後ろに回り込む。そして羽に向かって鎌を振り下ろした。
ザシュッと羽が切れる。しかし肉を切った感触が来ない。
「固い! けど」
鎌で切れないなら、斧で叩き割るだけだ!
「うら!」
今度は斧で羽の同じ場所を切りつける。
ガッ!
今度は確かに感触があった。けど浅い。この程度の傷じゃ意味がない。
「サイディッシュの攻撃力じゃ無理か」
2等星級だとここまで固いのがいるのか。やっぱチェーンソーの威力が欲しいな。
カラリスに頼んでおいてよかったと思いながら、カラリスの名前である物を思い出した。
「あれ使ってみるか」
今まで使う機会が無かったけど、今こそ使うべきだろ。
その場にサイディッシュを突き刺し、両手を開ける。そして迷わずカルートの背中に飛び乗った。
それと同時にカルートの足枷が壊される。
「ギリギリだったな」
背中の俺を振り落とそうと必死に体をゆするカルート。しかし羽毛をがっしりと掴んでいる俺は簡単に振り落とされるつもりは無い。
片手で羽毛をつかんだまま、もう片方を鞄に突っ込む。そして鞄から箱状の物を取り出した。
そう、カラリス特製の魔力爆弾だ。
爆弾の威力を最大にするため魔力を込める。星の加護とは違い、明らかに自分の魔力がなくなるのが分かった。
これが加護と魔法道具の違いか。
魔力を限界まで込めた爆弾をカルートの背中にセットした。簡単には外れないように羽毛に配線をからませる。
そして背中から飛び降り風属性の魔法を解いた。
突然自由になったことに驚きながらもカルートが飛び上がる。そしてそのまま遥か上空まで一気に駆け上った。
「けど、逃げられないぜ!」
ドンッと花火のように激しい音と光を放ち、背中に仕掛けられた爆弾が爆発する。
「ハハ、汚ねぇ花火だ!」
民家1軒吹き飛ばすほどの威力だ。それを至近距離で受けたカルートが無事なはずも無く、背中を燃やしながら錐もみ状に落ちてくる。
そしてすぐ近くに墜落した。
「これでどうかね?」
サイディッシュを拾いカルートに近寄る。
カルートは生きていた。弱々しくだが息はある。背中は完全に羽毛が吹き飛び、中の肉がはっきりと見えていた。一部内臓まで到達しているのか、見た目はかなり酷い。でも肉の焼ける臭いは鶏肉そのものだった。
――キュルルルル
カルートが弱々しく鳴く。
もう、戦う力は残っていないと言うことだろう。ならこれ以上苦しめる必要は無い。
サイディッシュの鎌を展開させカルートの首筋に充てる。
「楽しかったぜ。あばよ」
中途半端に止まっては可哀想だ。だからサイディッシュを振りかぶり、全力で振り抜いた。
ブワッと風が巻き起こり、カルートの頭が飛ぶ。その代りに鎌の刃が少し欠けた。
「うし、討伐完了」
討伐証明であるカルートの嘴と、高く売れる足そして羽をナイフで切り落とす。
羽は骨が固いのであって、肉が固い訳ではなかった。だから関節の間を狙ってナイフを振り下ろせば案外簡単に切ることができた。
まあ、それを戦闘中にやろうとしても、羽毛と動きが邪魔をしてできないだろうが。
片翼はサイディッシュのせいで骨に罅が入っているため値段は下がってしまうだろう。けど無いよりましだ。
そしてそれ以外の胴体部分は村人の食料になるらしいから村に持ち帰る。結局、その場で持ち運びしやすいようにバラしただけで、全部村に持ち帰るのだ。
「さて、行きますか」
カルートの死体を引きずりながら俺は村に戻った。