30話
2日目は生憎の雨だった。
前日から湿気が高くなってきてたから近々降るとは思ってたけど、まさかこのタイミングか……
傘なんて便利なものは持ってないからずぶ濡れだ。その上水を吸った服が重く、さらに張り付き非常に歩きにくい。やはりマントを持ってくるべきだった。
鞄は防水加工がしてあるため、中の物は大丈夫なことが唯一の救いか。
「こうも歩きにくいと到着が遅れそうだな」
舗装されていない、土がむき出しの道は、雨で泥状態になっている。1歩進むごとにぐちゃっと地面がずれ足を滑らせそうになる。
「この分だと1日降り続けるのかね?」
雨の中半日は歩き続けているが、一向に弱まる気配はない。
空を見上げても、暗い雲がはるか先まで続いている。そのせいで、いつもは頭上に輝く真っ赤な月も、今は完全に見えない。
そこでふと思う。
月が隠れている状態は魔法に何か影響が出るのかと。
1日中月が出ている世界で、その月が見えなくなるのは雨の日だけだ。曇りも見えなくなる可能性はあるが、赤い光の強さの為か、ほとんどの場合透けて見えている。
しかし今はその光も全く届いていない。
ゲームなら、この状態は魔法が使えないとか弱まるとかありそうだよな?
「星誘いて灯りを灯せ、ライト」
手のひらを掲げ、そこにライトの魔法を発動させる。
しかし、その灯りがともることは無かった。
やっぱ発動しない。それとも威力が弱まっているだけか?
「月誘いて灯りを灯せ、ライト!」
やはりライトはつかなかった。
「月示せ灯り、ライト!」
最大級の威力が出る詠唱を唱えてもライトはつかない。
これはつまり発動自体してないってことになんのか? 教習本的に言えば、加護の星に言葉が捧げられていない。言葉が届いていないってことになるのか。
こんな大事なことなら教習本に書いてあっても良さそうなもんなんだけどな。
一通り内容を確認した時点で、そんな記述は見られなかった。つまりこれは――
「誰でも知ってる常識? てか、等星が低い星だと曇りとかでも使えなくなる可能性があるのか? 案外不便だな。星の加護」
自分の力を使っている訳じゃないところの欠点って訳かな?
まあ、俺の場合は体の方にもふざけた力があるから戦闘は問題ないだろうけど、魔法を専門にしてる冒険者は大変だろうね。天気次第で魔法が使えなくなっちまうんだから。
天気と魔法の関係が分かったところで、気を取り直して道を進む。
さらに3時間ほど歩いたところで、俺は変な振動を感じた。
「地震か?」
地面が小さく小刻みに揺れている。しかし、現代にいたころの地震とは何かが違う。そう、感覚的に言えば、地面を削るときに出るような小刻みな揺れ。
と、突然、足元の土が盛り上がった。
「うお!?」
とっさにその場から飛び退き、距離を取る。それと同時に、地面から何かが飛び出してきた。
「巨大ミミズ!?」
地面から飛び出してきたのは巨大なミミズだ。人の身長はあるんじゃないかと思えるほどの大きさをしている。
そのミミズは飛び出した瞬間、口を開き俺を銜えようとした。つまりこいつは俺を食おうとしたってことだ。
そして捕まえるのに失敗した途端、再び土の中に潜ってしまう。
「肉食ミミズかよ。ファンタジーだな!」
ミミズの口を思い出し、背中に怖気が走る。一瞬見えた口は、鋭い牙がある訳ではなく、ドロドロとした粘液にまみれていた。
あれで溶かすのか捉えるのか分からんが、どっちにしろあまり想像はしたくない。
ぶっちゃけ鋭い牙があった方がまだましだよな。牙なんて折りゃいいんだし。
「にしても最悪のタイミングだよな」
普通なら魔力探査か生命探査を使ってミミズの位置を割り出し攻撃できるのだが、今はその魔法を使うことができない。
ミミズがどこから来るか分からないのだ。せいぜい真下から飛び出すときに土が盛り上がるのを確認するぐらいか。
しかしそれを見てから避けているのでは攻撃を加える前にミミズは再び土の中に潜ってしまう。
剣とかなら素早く振りぬいてカウンターを当てることもできるんだろうけど、俺の持ってる武器はサイディッシュとナイフのみ。大振りの攻撃なんて、あいつが潜る方が絶対に早いだろうし、ナイフじゃまともなダメージは与えられないだろうな。
とりあえず基本に習うならミミズは目が退化してるはず。敵の発見には足音とかの振動を捉えているはずだ。なら動かなければ相手がこっちを捉えることはできない。
「膠着状態かよ」
そう思った矢先、また真下が盛り上がった。
「マジか!?」
再び飛び退きその場から距離を取る。同じようにミミズが飛び出し、その口で俺を捉えようとした。
今度は飛び退きざまにサイディッシュを取り出し振りぬいてみたが、予想通り当たる前に地面に逃げられてしまった。
「なんで分かったんだ? もしかしてこいつも魔力探査とか使えんのか?」
あまり考えたくないことではあるが、目や耳を退化させた存在が他の部分を進化させることはよくあることだ。
この魔物ミミズが目や耳を退化させた代わりに、魔力探査や生命探査を習得しているのは、あながちおかしな話ではない。
地面にいたんじゃ圧倒的に不利だよな。とりあえず木の上か?
全力で走りだし、近くに生えていた木に駆け上る。
枝の1本の上に立って俺の走った後を確認した。
「おっと……」
一瞬木が揺れる。
ミミズが俺の後を追って木の根にぶつかったのか? そうだとするなら、今俺の足もとにミミズがいるってことになるよな。近くに飛び移れそうな木は無いし、ここでどうにかするしかない。
魔力探査で獲物を見つけてるんなら、別の場所で音を立ててとかは無理だろうし……
結論としてはやはり自分の体を囮にするしかない。
「やるしかないか。ここで時間取られんのもやだしな」
サイディッシュの鎌を展開させる。
「モグラ叩きの開始だ」
枝を蹴って木から少し離れた場所に降りる。
ミミズはそれに反応しただろう。地面に意識を集中させれば僅かに揺れているのが分かる。ミミズがこちらに向けて穴を掘っているのだ。
そして地面が盛り上がった。
「今!」
1歩だけ下がり、今度はその盛り上がった地面に向けて鎌を振り下ろす。
出て来る場所が分かんなら、そこに刃を置いときゃいいだろ!
土に刃先が刺さると同時にミミズがそこから飛び出し、自ら刃に切られていく。
縦一文字に真っ二つにされたミミズがその場に崩れ落ちた。
粘液がドバっと広がり、雨の混ざって土の中に戻っていく。
「モグラ叩きハイスコア所持者なめんな!」
ゲーセンで暇つぶしにやっていたモグラ叩き。その成果は熱中しすぎたせいで全モグラの顔面を破砕する結果になったが、それでも店のハイスコアを叩きだした。その後事務所でこってり絞られたのはいい思い出だ。
モグラ叩きって1人でやるとかなり熱中できるんだよな。
さて、ミミズを倒したところで、1つ問題が湧いた。こいつの売れる場所はどこだろうか?
今の俺は冒険者だ。なら魔物を倒したら部位を剥いで売るべきだろう。フェリールの時は急いでたし、そもそもフェリールの売れる部位なんて知らなかった。
その上リリウムは1000万チップで売れるなんて言ってたけど、そんな金、用意するだけでも何日掛かることか分からない。待つだけの無駄な時間を過ごせるほど余裕は無かった。
けど今は違う。
この魔物がどれだけで売れるか知らんけど、時間がある以上は金にしたい。
「まるごと持ってくか?」
村までは後半日程度。気付けば雨も大分弱くなってきている。この分なら夜には止むはずだ。
雲がどうなるかは分からないが、少しでも薄れてくるのなら魔法も使えるようになるだろうし、ミミズに保存の魔法をかけることもできる気がする。
「けど触りたくねぇよな」
たっぷりと粘液滴るミミズの体はどこも艶やかだった。非常に気持ち悪い。
サイディッシュに突き刺して持ってくか。
2つに分かれたミミズの頭にそれぞれ鎌を突き刺し、目刺しのようにして歩き出した。
「あれはリキッドワーム!」
「なんであんなのがこんなところに出るのよ!」
リキッドワームは主に水辺に生息するミミズの魔物だ。その特徴は大きな体と移動速度の速さ。そしてその獲物の捉え方だ。
リキッドワームは獲物を丸飲みする。そしてその体液で徐々に溶かして消化するのだ。まさに蛇のように。
しかしリキッドワームは水辺に生息する生き物。こんなところにいるようなはずは無いのだが――
「雨で行動範囲が広がったのか……今日の雨はかなり強い。土もある程度深くまでは泥状態になっているから、進むことも可能だろう。もしかしたら地下水が流れているかもしれんがな」
「どうしますか? あれは3等星級ですが、1人でしかもこの雨の中で倒すなんて至難の業ですよ? 僕がもし1人で倒せと言われたら、出来ない訳じゃないですが断りますよ?」
「私だって嫌よ。ぬめぬめしてて気持ち悪いし」
「そういう問題ではないんですけどね。まあ今日はミランダさんの出番は無いでしょうがね。この天気じゃ魔法は使えないでしょう?」
「ええ、完璧に無理よ。星の光が全く見えないもの。1等星の加護星でも無理じゃないかしら?」
ミランダは2等星の加護を持っている。しかしその星も今は完全に光を遮断され、見ることができない。それはそのまま魔法を使うことができないことを意味する。
「ザイクスさん。どうしますか?」
エルクが聞いたのは助太刀するかどうかということだ。
「もうすこし様子を見る。トーカは、カルートの討伐依頼を個人で受けているんだ。これぐらい何とかできなければ、カルートなど当然倒せるわけがない」
「わかりました。でも危なくなったら助けますよ?」
「ああ、そこはエルクの判断に任せる」
「私は高みの見物ね」
ミランダ以外は、腰を低くしていつでも飛び出せる姿勢を取った。
「あの武器すごいわね」
「リキッドワームを一刀両断ですか」
「それにあの武器を簡単に振り回すトーカもかなりの物だな」
戦闘を終えてみればあっけないモノだった。
一時的にはトーカが押されていたとはいえ、最終的には無傷でリキッドワームを倒した。
そのトーカは今、リキッドワームを串刺しにして肩に担いでいるところである。
「あれは何をしているんでしょうか?」
「あれじゃない? 売れる場所が分からないから全部持っていこうって奴」
「ああ、でもリキッドワームなんて売れる場所ありませんよ?」
「知らないんでしょ?」
「B-ランクがですか?」
リキッドワームの討伐依頼が出るのは大抵がC+かCだ。そのリキッドワームが売れるものじゃないことなど、B-ランクになっていれば誰でも知っていることである。
「やっぱりよく分からない子よね」
「でも実力はかなりある」
「本当によく分からない子よね。エルク暴走しないでよ?」
「何を言っているんですか。僕はいたって普通ですよ?」
「さっきから足がうずうずしてるでしょうが。戦いたくて仕方がないって言ってるわよ……」
「これはこれは……」
エルクががっしりと自分の足を押さえる。それでもその腕ごと揺れそうな勢いの貧乏ゆすりだ。
「本当に大丈夫?……」
「頑張りますよ。依頼ですからね」
エルクの瞳に怪しい光を蓄えたまま、3人は桃花の後を追った。




