2話
フィーナに分からないことを聞くたび、常識を疑われた。まあ仕方のないことだけどね。
で、とりあえずここまでに分かったことをまとめるとこうだ。
金の単位は名前こそチップだが、この世界も変わらなかった。まあ紙幣は無くて全部硬貨だけど、それぞれに金額が書いてあるから分かりやすい。
そして冒険者ギルドと言うものがあるらしい。そこはいわゆる登録制の職安だ。
詳しくは省くが、個人的な依頼から国の公共事業、魔物の討伐と色々な仕事があるらしい。まあ、その分死亡率は他の職業に比べて高いらしいが……
そしてこの世界、魔物がいて魔法がある! しかも魔物の上には邪神ってのもいるらしい。一度殴り合ってみたいと言ったらバカにされた。相当な化け物らしい。天災と同じ扱いだって話だ。
で、魔法。
なんとこの世界の魔法は、星の加護で魔法が使えるようになるらしい。
一般人にも俺と同じように赤く見える星があるそうだ。そしてその赤い星が加護してくれている星らしい。
星にもいろいろな能力があって、力の大きさも別々。明るく強く光ってる星ほど強い力を持っていると言っていた。
その力の部類は1等星から5等星まであって、4等星と5等星は簡単な魔法を使える程度なのだとか。
3等星以上に限り属性を付与した魔法が使えるのだと言う。
そして驚くことになんとフィーナは1等星の加護を受けていた。
夜にその星を見せてもらったけど、俺には普通に輝く星にしか見えんかった。俺の世界の他の人たちはこんな気分だったのか。何となくもどかしい。
いや、俺の世界だと俺が完全に嘘を言ってると思われて終わりだったな。
それはともかく魔法である。
フィーナの1等星は氷の属性魔法を使えるらしく、その魔法を使ってデイゴ国から今いるユズリハ国に海産物を運んでいたらしいが、問題は俺だ。
俺を加護している星はつまり月。むちゃくちゃ明るいじゃん。
どんな物騒な魔法使えんだよ。これは秘密にしておいた方がいいな。こっそり魔法関連の本でもよんで勉強するほうが良さそうだ。
そうして常識を収集しながら1日が過ぎ、昼ごろに町が見えた。
「あれか!」
「はい、あれがユズリハ国でも大きな町の1つ、キクリです」
「ギルドとか今から楽しみだ」
「私はトーカさんが今までギルドに登録していなかったことが驚きです」
盗賊を単独で、しかも武器も持たずに撃破できる俺はギルドでは重宝されるのだとか。まあ興味は無いが、せいぜい利用されないように気を付けなければ。
あと、桃花ってのは呼び辛いらしい。だからトーカで統一していくことにした。
「いろいろあってな。とりあえずギルド登録だ」
「登録にはお金がかかりますよ?」
「マジ!?」
俺無一文です。異世界から来たから当たり前だけどな。
「初期登録とカードの発行で1000チップです」
「そんなにか、どこかで稼がねえと」
「良かったら貸しましょうか?」
「マジ!?」
「助けてくれたお礼です。本当は差し上げても良いぐらいですが」
移動中に何度かお礼がしたいと言われたけど、俺は全部断っていた。だって子供を助けるのは常識だろ? お礼とか求めるもんじゃないって。
その事を分かっていたから、フィーナも貸しと言ってくれたのだ。ならば俺が断る理由は無い。
「ありがたく借りとく。すぐに返せるだろうけどな」
「ならすぐに返せない金額を貸しましょう。見たところ無一文のようですし、宿の代金は前払いですから」
そういってフィーナはさらに3枚の1万チップ硬貨を俺に手渡してきた。
「これなら1週間分の宿泊費はあるはずです」
「なるほど。ありがたく借りとくぜ」
俺は受けとった硬貨をなくさないようにポケットにしまう。
「さあ、ここがキクリの入口ですよ」
気付けばキクリの入口まで来ていた。
「夢の冒険者ライフの始まりだな!」
「本当に私より年上なんですか?」
満面の笑顔の俺を見ながら、フィーナが小さくつぶやくのを俺は聞き逃さなかった。後でお仕置きせねばな!
町へ入るのは思いのほか簡単に行った。理由はフィーナの持っていたい優良商人カードだ。このカードは商業ギルドに登録していて、尚且つ国や町同士をつないで仕事をしている信頼された商人にしか与えられない物で、このカードを見せれば本人とその付添いがスムーズに町に入ることができるようになる。
フィーナの持っていたカードは父親の物だが、肉親は同義とされるためフィーナも使うことができる。
「フィーナん家って結構凄いところだったんだな」
「もちろんです。私の魔法のおかげで、他の商人では決して真似できない鮮度を保って荷物を運んでいましたから、色々と伝手はできています」
ふふんと胸を張りながら馬車を進ませる。
「親父さん死んじまったんだろ? これからどうするんだ?」
「とりあえず今運んでいる荷物は指定の場所に届けます。それが商人としての矜持であり、父の頼みでもありましたから……その後はどうするか決めてません。仕事を続けてもいいですが、父が死んでしまった可能性が高い以上、優良商人カードはギルドへ返さなければなりませんし、護衛を雇わないと私一人じゃ町の長距離移動は難しいですから」
「フィーナの魔法なら問題ねえんじゃねえの?」
一等星の魔法なんだ。盗賊を追い払うぐらい、なんてことは無いはずだろ?
「確かに私の魔法は強力ですが、その魔法は商品に掛けてしまっているので私が魔法を使っても、その分の威力が削がれて弱くなってしまうんです。鮮度を保つための氷魔法って結構難しいんですよ……」
「なるほどね」
「親戚とかいねえの? 母親の話とか出てこねえけど」
「母は私を生んだ時に死んでしまったそうです。でも祖父が王都で暮らしていますよ。私も連絡は取るつもりですが、会いに行くかどうかはわかりません。王都までも結構な距離がありますから」
「そっか」
とりあえずあてにできる人がいるなら一安心だな。これで天涯孤独とか、祖父はひどい人でとかだと問題だけど、そうでもないみたいだし俺がいつまでも張り付く必要もないだろ。俺もここじゃ根無し草だしな。
「見えましたよ。あれが冒険者ギルドです」
「あれか!」
町の一角にそれらしきマークの吊るされている屋敷が見えてきた。マークには、剣と盾、そして冒険の必需品である鞄が書かれている。
「じゃあここまでだな。借りは必ず返すぜ」
「しばらくはこの町にいるでしょうが、期待せずに待っておきますよ」
「おう、期待して待ってな!」
「会話がかみ合ってませんね……」
異世界で知り合った知り合い一号だし、末永く付き合いたいもんだ。まあ、はじめて会ったのに何かの縁があるとすれば、仲良くなれるだろ。
ゆっくりと進む馬車の後ろ姿を見送りながら、俺は冒険者ギルドへ足を踏み出した。
「はは、スゲー! マジ、ギルドって感じだ」
屋敷の扉を開くと正面に大きな受付。そして向かって右には巨大な掲示板。左には休憩所のような所がある。そこには何人かの男たちがいて、真昼間っから酒を煽っていた。
「さて、登録登録」
とりあえず左右の存在は無視してまっすぐに受付に進む。特に何も書いてないみたいだし、新規登録専門の場所とかはないみたいだ。
「すんません」
「こんにちわ、どのようなご用件でしょう?」
受付は当たり引いたかな。超可愛い猫耳少女だ。とくに語尾ににゃが付くとかは無いみたいだな。まあ、あたり前か。
「新規の登録したいんだけど」
「わかりました。登録料とギルドカードの発行費のため1000チップいただきますがよろしいですか?」
「ほい」
俺が要件を告げ1000チップ払うと、猫耳少女はテキパキと数枚の書類を取り出しこっちに渡してきた。
「こちらが新規登録用の用紙になります。ここの空欄に必要事項をご記入ください」
さて、早速ここで問題が発生した。俺は字が読めるし書けるが、相手が俺の字を読めるとは限らないんだよな……とりあえず書いてみるか?
名前と年齢のところだけ書いて受付嬢の反応をチラッと見る。
その視線に気づいたのか、猫耳少女がにっこりとほほ笑んでくれた。やべぇ、猫耳少女の微笑みとかマジやべぇ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、ここの職業欄って何書きゃいいのかなって思ってさ」
「ああ、そこでしたら空欄でも構いませんし、自分の戦闘スタイルを書いていただいてもかまいませんよ」
「サンキュー」
俺の名前を見ても特に反応しなかったってことは字が読めているらしい。どういう原理か分からんけど、まあいいや。
とにかく職業欄。学生……は一昨日辞めたばっかだし、フリーターってのもなんか詰まらんな。やっぱ戦闘スタイル書いた方がいいっぽいな。俺の戦闘スタイルは……拳で殴る?でいいか。
「殴るっと。んで次は」
住所……そんなもんない。不定だな。住所不定今のところ無職だ。なんかニュースとかでよく聞くフレーズだ。
そんなことを思いながらどんどんと書いていくと、すぐに空欄はすべて埋まった。
こんなもんか案外少なかったな。
「ほい、これでいいかい」
用紙を受付嬢に返すと、それを確認していく猫耳少女。
上からざっと見て問題が無いことを確認し終わると、机から何かを引き出して俺の前に置いた。
「記入は問題ありませんでした。ではト…オカさんこの道具に指を入れてください」
「あ、言いにくいならトーカでいいぜ。みんな発音しにくいみたいだからな」
「ありがとうございます。ではトーカさん、こちらに指を入れてください。それで個人情報が登録されます。この登録データをギルドカードに移して登録は完了です」
「はいよ」
俺は指示された通りに道具に指を入れる。
道具はちょうど俺の指先が入るほどのサイズの穴があり、そこに指を入れて個人情報を登録するらしい。
魔導具って奴だろうな。
指を突っ込むと少しだけチクッとした。
「あれ? おかしいですね」
俺が指を入れてから数秒。猫耳少女が不思議そうな顔で道具を見る。
「入れて一秒程度で登録できるはずなんですが、壊れてるのかな?」
「どうだろうね。他のやつある?」
「少々お待ちください」
そういって猫耳少女は隣に座っていた別の受付嬢に話をつけ道具を貸してもらってきた。
「お待たせしました。ではどうぞ」
同じように指を突っ込む。また少しチクッとしたが、それ以外に変化は無い。そして道具も全く同じようにウンともスンとも言わない。
「なあ、これってどうやって個人情報読み取ってんの?」
俺は一つの可能性を思いつき尋ねる。もしかしたら俺のせいかもしんないし。
「この穴の中に指を入れると穴の先に針が出てきて指先に小さな穴を開けるんです。そこから出てきた血を採取して個人情報にするんですよ」
「じゃあ、たぶんこの道具は壊れてねえわ」
推測がぴったり当たっちまった。つまり俺が針で怪我をしないと道具が作動しないわけだ。俺はトラックにぶつかっても無傷だし、針程度じゃ傷つかんしな。それが原因か。
「ほれ、俺の指先血が出てないだろ?」
「あ! ほんとです!」
「血が出なきゃ道具も動かないわ」
「そうですね」
ハハハと二人で乾いた笑い声を上げる。
「ナイフある?」
このまま笑っていても話は進まない。ここは直接切って血を出すしかあるまい。ナイフ程度で切れるかどうかわからんけど、俺の力で切れば何とかなりそうだし。
「あ、はい。こちらを使ってください」
そういって猫耳少女は懐からサバイバルナイフを取り出した。ってちょっと待て、なんでそんなところにナイフを隠し持ってる!
「あ、これですか? 冒険者ギルドって結構荒くれ者がいるので護身用です。結構便利ですよ? 割れた爪を整えたり、紙をまっすぐに切れたり」
使われ方は意外と普通だった。
「マジか、受付も大変なんだな」
「そうですね。変なクレームつけられたり、食事に誘われたりで大変です。トーカさんはそんなことしないですよね!」
「おう、俺は女の子には優しいからな!」
「……私これでも22なんですけど。もう女の子って年齢じゃないです……」
「マジか!?」
めっちゃ若く見えるぞ。普通に俺と同い年か下だと思ってた!
「いいんです。みんなそういうんです。結局私なんてどこまでもお子様なんです――」
やばいな、なんか地雷踏んだっぽい。まあ、話を進めるためにも血を流しますかね。
ナイフを左手の指の先に充てる。そして恐る恐る力を込めていく。
やっぱ自分で自分を傷つけるのは怖いな。人に傷つけられるより恐怖心が大きい。
最初は肌がしっかり刃を押し返していたが、力を込めるにしたがって皮膚に刃が食い込み始めた。
そしてチクッと痛みが走る。さっき道具に指を入れた時より断然大きい痛みだ。それでも大したことは無いが。
それと同時に指先にプクッと血だまりができた。
「――それなのに食事に誘って来る人なんて、幼女趣味の危ない人ばっかりなんです! あの人たちの私を見る目つきは、それはもう犯ざ……」
「ほい、切れたぜ」
「え? あ、はい。ではここにお願いします」
半分鬱状態でトリップしていた受付嬢に血を見せてこっちに戻させる。
そして言われた通りに道具に突き刺した。
ピッピッピッピ
何かを読み取るような音が聞こえてくる。
ピー
少し長い音がして道具が止まった。どうやら今度は上手くいったっぽい。
「はい、登録完了しました。明日にはギルドカードが完成します。ギルドについて説明は受けて行かれますか?」
まあ、聞いておいた方がいいよな。フィーナに概要は聞いたとはいえ、あいつは商業ギルドに所属してるから勝手が違うかもしんないし。
「頼むわ」
「はい、ではこちらの資料をどうぞ」
俺の答えに、予想していたかのように用紙を出してくる。
それにはギルドのことがびっしりと書き込まれていた。なにもA3で纏めんでもいいのにな。字がちっさくてスゲー見難い。
「私が重要な部分は読んでいきますから、そこだけ覚えていただければいいですよ」
目を細めて文字と睨みっこしている俺に猫耳少女の救済が届いた。
「まずギルドの基本的なことを説明させていただきます。冒険者ギルドでは依頼主からの仕事依頼を自由選択形式でこなしていくものになっています。依頼はギルド入って右手にある掲示板に張り出してありますが、それ以外にもありますので受付で直接聞いてくださってもかまいません。ここまではよろしいですか?」
「ああ、問題ないぜ」
基本的なところはだいたいフィーナに聞いてあるしな。
「依頼内容と冒険者にはランクが設けられています。ランクは最大A+から最低のF-までの18段階あります。これはその依頼の難しさや冒険者の腕の良さを数値化したもので、ご自身のランクより上か1つ下のものまでしか依頼を受けることができません。これは下位ランクの人の仕事を奪うことを防ぐための処置ですのでご了承ください」
まあ当然だわな。金を稼ぎたいだけならランクが上がっても下位の依頼を受け続ければいいわけだ。だけどそれは後に続く冒険者の邪魔にしかなんないし。
上に限りが無いのは冒険者がすべてのことにおいて自己責任だからだな。自分の力も図れないような奴は、冒険者にはいらないってことか。
「ですが例外的にチームを組むことで自分のチームランクより3つまで下のランクの依頼を受けることができるようになります。このチームを組む場合は、自分のランクより上か下それぞれ3つのランクまでの人とチームを組むことができます。ここまでで何か質問はありますか?」
「そうだな、じゃあ俺のランクがBだと仮定してCの人とチームを組んでるとするだろ? その時にCの人がDの奴とチームを組んだら俺とDの奴の差が5つになるけどそれは大丈夫なのか?」
「はい、問題ありません。チームリーダーがチームランクの基準となるのでその場合ランクCの方がリーダーになってチームを組んでいただくことで可能になります」
「了解。それ以外は問題ないぜ」
なるほど、どこか1つを固定すれば必然的に他のものも限られてくるってことか。同じレベルの冒険者と組ませるのは強い奴に、おんぶにだっこの奴が出ないようにするための処置か。
「では次に魔物の討伐に関しては説明いたしますか?」
「ああ、頼むわ」
「はい、では魔物についてですが、魔物の討伐依頼は個人又は国が出します。まれにギルドなども出しますが、それはあまり無いと考えていただいて大丈夫です」
個人か国か。まあ、国道とかの国有地に出る場合が国で村とか個人の私有地に出る場合に依頼するのが個人なんだろうな。あとは魔物の素材が欲しいやつとかか。
「魔物の強さにもランクがつけられています。これは私たちの星の加護と同じ言葉に級が付いたものが使われていますので混同しないよう気を付けてください」
ってことは1等星級から5等星級ってことか。
「5等星級と4等星級のランクの魔物は個人でも討伐することが可能ですが、それ以上の強さになってくるとチームでの討伐が主になります。まれにA-以上のランクの方が個人で討伐されていますが、彼らは別物だと考えてください。そうしないと死にます」
「気を付けるよ」
まあ、気を付けるだけだけどな。
「あと1等星級の上に邪神級と言う魔物が存在しますが、遭遇しないことを祈っておいてください。邪神級は天災そのものです。あれに勝とうとか戦おうとか考えても無駄ですから。嵐をどうやって消すか考えるようなものです」
「邪神ってそんなにヤバいの?」
フィーナもヤバいって言ってたけど?
「はい、あれは現れた時点で逃げるしかないモノですから」
「A+とかいても?」
「A+が10人位いればなんとかなるかもしれませんね」
「なんとかなるんだ」
なんとかなるなら天災でもなんでもないじゃん。
「現在A+は3名しかいませんが……」
「あ、無理だな」
3人しかいない奴が10人か、確かにそりゃ無理だわ。
「説明はこれぐらいですかね。何か質問はありますか?」
「ギルドを通さずに依頼って受けることも可能?」
「はい、可能ですよ。まあ、そういう依頼は碌なことが無いのでお勧めはしませんが。ギルドを通した依頼はある程度情報が信頼されてますから」
「なるほどね、了解。それ以外は無いぜ」
「では説明は以上とさせていただきます。明日からの冒険者活動を期待しております」
「いやいや、こっちこそよろしくな」
丁寧にお辞儀され俺も思わず頭を下げてしまう。
「そうだ、このあたりでおすすめの宿とかある? この町初めてだからさ」
「ではギルドを出て左手に行ったところにある止まり木と言うところがおすすめですよ。国内にいくつもある店舗の支店ですから、安全もサービスも価格も保証できます」
「そりゃ助かる。ありがと」
止まり木の場所を聞いてギルドを後にする。出る途中、背中から粘っこい視線を感じたけど無視した。どうせ新人いびりとか考えてる、酒飲んでた冒険者崩れの連中だろ。
手を出してくるなら返り討ちにするだけだ。
それにしても――
「腹が減った」
町に入ってからギルドに直行したせいで昼飯をまだ食べていない。どこか露店で食うか。
都合のいいことに昼時を過ぎたこの時間は、どこの露店も人が少なめだ。
俺は適当に臭いに誘われて一見の露店に立ち寄る。
「いらっしゃい」
露店をやっているのは元気のいいお姉ちゃんって感じの女性だった。シャツを腕まくりして串焼きらしきものを焼いている。
「これ何?」
鶏肉には見えない。どちらかと言えば豚肉か牛肉? バーベキューの時に串に刺すみたいな分厚いやつだ。
案外魔物の肉だったりして。
「これを知らないなんて珍しいね。これはビーリズからとれる肉だよ」
「ビーリズ?」
聞きなれない言葉だ。名詞だと日本語に変換された時にそのままの発音になるっぽいな。
「5等星級の魔物さ。噛み応えが良くてジューシーなんだ。どこの町でもこれの串焼きは人気商品だよ。どうだい一本買ってかない?」
人気商品だと! それは買うしかないじゃないか。ちょうど腹も減ってたし一本じゃ足りない。
「5本くれ!」
「まいど」
焼き立ての5本を大きい木の葉のようなものに包んで渡してくれた。
金を払い、俺はその場で一本にかぶりつく。
ジュワっと口の中に肉汁があふれ出し、独特なタレのうま味が口の中に広がる。これはくせになりそうな美味さだ。
「美味い! 特にこのタレがいいな!」
「ありがと、自慢のタレなんだよ」
姉さんがにっこりとほほ笑む。
「また明日も食いに来るぜ」
「ああ、待ってるよ。と、そうだあんた名前はなんて言うんだい?」
「俺か?俺は漆桃花だ。トーカって呼んでくれ」
「珍しい名前だね。私はカナだよ」
「そうか、じゃあまた明日なカナ」
肉を齧りながら露店を離れる。食べ歩きしながら本屋か服屋を探す。
魔法関連の入門書みたいなのがあれば欲しいし、服も冒険者やるのに1着ってのはやばいだろ。
店を探しているとアッと言う間に5本の串がすべて裸になってしまった。
うむ、美味かった。これは毎日でも食いたいな。どの町にでもあるって言ってたし、他の町に行っても安定して食えそうだ。
適当にゴミの山ができているところに葉っぱを捨て、探索を続ける。串は鉄製だから後で返しに行こう。
と、先に止まり木と言う店についてしまった。
「先に部屋取っておくのも良いかもしんねぇな」
そう言うことで予定変更。先に部屋を取ることにする。