26話
最後に向かうのは今日のメインイベント、串焼き屋だ!
場所はここから少し離れているが、そこまで行くのも腹を空かせるいい運動になるよな!
20分ほど歩いて露店の集まっている場所に着く。
そして俺の目当ての串焼き屋の前に行くと、そこにだけ奇妙な人だかりができていた。
「なんだ?」
さっき来たときはこんな人だかりできてなかったよな? なら俺が鍛冶屋と魔法道具屋にいる間にできたって事か。すると喧嘩とかかね? 邪魔だな。俺は串焼きが買いたいのによ。
近づくとその人だかりから怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
やっぱ喧嘩か?
「なあ、何が起こってんの?」
人垣の後方にいた1人に話しかけてみる。
「女の子がガラの悪い連中に絡まれてるんだよ。なんでもぶつかったからとかなんとか。明らかにあの男たちがぶつかりに行ったんだけどな……」
「助けないの? こんだけ人数がいるなら全員で攻めりゃいいじゃん」
「相手が冒険者なんだよ。しかも4人もいるんだ。俺達みたいな一般人が何人集まったって勝てっこない」
男は悔しそうにうつむく。なるほど、それで助けたくても見守るしかない訳ね。
ならここは俺の出番だろ! 冒険者の不始末は冒険者が片づけなきゃな!
男に感謝を言って中に通してもらう。
人垣をかき分けながら中心に近づくと、男たち4人とその前でおどおどしてる女の子が見えた。女の子は足元に籠を落としてしまっていて、その中身が辺りに散らばっている。
中身は果物か。お使いでも頼まれてたのかね?
「ぶつかっといてそんだけか! おい!」
「え……でも……」
「金出せっつってんだよ! こんな高級なもん買えんだから金持ってんだろ! あ!」
あー、よくある大声出せば脅せると思ってるタイプの人間だよ。面倒くさい連中だよな。自分より明らかに立場の弱い連中じゃないと絡まないくせして、強い奴にはへこへこしてさ。それの何が楽しいのか理解に苦しむね。
俺は人垣の中から女の子の下まで向かう。
「君、大丈夫?」
「え!?」
突然出てきて声をかけてきた俺に、女の子が驚いて声を上げる。絡んでいる連中は、邪魔をするなとばかりに睨み、怒鳴りつけてきた。
「てめぇ、いきなり出てきて何言ってんだ! 邪魔すんな!」
男が何か言ってるが無視無視。うるさいハエが飛んでると思えば良いんだ。それはそれでウザいけどな。
足元に落ちたままの籠に果物を拾って入れていく。リンゴっぽいのが3個にバナナみたいなのが2房。これだけかな?
「これで全部?」
「あ、はい! そうです。ありがとうございます!」
「いいさ、気にすんな」
籠を渡し、女の子の頭をくしゃくしゃと撫でる。何か俺、この行動が癖になってね?
「お使いか何かだったの?」
「あ、はい。ご主人様に頼まれまして」
ご主人様ってことはメイドかなんかだったのか。見た目平民の女の子みたいな服着てんのに。
「そっか、じゃあ送って――」
「いい加減にしろよ! くそガキ!」
ハエを完全に無視してたらキレて襲いかかってきた。
「危ない!」
女の子が声を上げる。俺が男を背にして女の子としゃべってたから気付いてないと思ったのかね? まあ、この程度の男の動きなんて、見なくてもどうにでもなりそうだけどな。
てか殴られても傷1つつかない気がするんだけど、ただ殴られるのも嫌だしな。ここはさっそく武器の力を試させてもらうとしますか。
振り返りざま、俺は背中のサイディッシュを抜き放ち、遠心力を利用して鎌を展開させる。そして展開させた鎌の先を男の首筋に当てた。
鋭利な先端が男の首筋に触れ、小さく傷をつける。そこから一筋の血が流れた。
「なに? 殺るの?」
圧倒的な威圧感を放つサイディッシュと、それを簡単に振り回す俺を見て、男は固まっていた。
後ろにいる男の仲間たちも、周りにいた人垣の連中も全員がその光景に固まってしまっている。
どうすんのよこの状況! 相手が何か言ってくんないと武器動かせないんですけど!
「わ、悪かった……」
「そう思うんなら黙って帰れ。それ以外の行動したら首飛ばすよ?」
「わ……わかった。分かったから殺さないでくれ」
サイディッシュのけん制は効果抜群だな。切先を突きつけた相手だけじゃなくて、その仲間まで必死にうなずいてる。
「なら行け」
少しだけ首筋から鎌を離してやる。じゃないと動けないだろうしね。
離れた瞬間、男たちは脱兎のごとく、人垣に突っ込んだ。
強引に人垣を裂きながら男たちは裏路地に逃げ込んでいく。それを見送ってから俺はサイディッシュの鎌を折りたたみ背中に戻した。
「うし、もう大丈夫だぜ」
「あ、ありがとうございます」
ペコペコと何度もお辞儀をする女の子。
「お使いの途中だったんだろ? 帰りなら送ってくよ?」
俺がいなくなった後に、またあの男たちが復讐とかしないとも限らないしな。
串焼きを目の前にして食えないのは惜しいが、女の子を守るのは優先事項だよな!
「そんな! 助けてもらっただけで十分です!」
「いいって、じゃ行こうぜ!」
女の子の手を引いて歩き出そうとする。しかし女の子は必死に抵抗した。
む、まだ断ると言うのか?
「帰り道、反対です……」
女の子の申し訳なさそうな声に、俺は笑うしかなかった。
女の子の名前はクーラと言うらしい。仕えている主人を聞いて俺は驚いた。
なんとクーラは王宮勤めのメイドだった!
しかも専属が第2王女だってんだからびっくりだ。なんでも年が近いメイドを1人つけて、子供同士で話せることの相談相手にするためだとか。
てか第2王女、どっかで聞いたことがあるフレーズだな。どこで聞いたっけ?
「トーカさんは冒険者様なんですよね?」
「様なんてつけるほど崇高なもんじゃねえぜ。さっきクーラに絡んでた連中も冒険者だからな」
「じゃあトーカさんに様付します。トーカ様です!」
「ハハハ、俺もそんな崇高な存在じゃねぇんだけどな」
「私を助けてくださったんです! 尊敬できる人ですから!」
「子供を助けるのは当然だぜ」
子供は宝。ばあさんの口癖だ!
「むう……私もう子供じゃないです。きちんとお仕事もできています」
「俺から見りゃ年下はみんな子どもだぜ」
「むう……ぷぅ」
頬を膨らませて拗ねるのでその頬を指先でつついた。
「意地悪です」
「ハハハ、冒険者だからな」
しばらく坂道を上っていくと、でっかい門が見えてきた。ここが王城への入口なんだろうな。
検問もかなり厳しそうだ。厳つい兵士が6人掛かりで門番している。
「では、ここからは関係者しか入れませんので安全です」
「そっか、ならここまでだな。じゃあ機会があればまたどこかでな!」
「はい、たぶん結構早く再会することになるかもしれませんが……」
その表情に一瞬やけに大人びた哀愁が漂う。しかしすぐにその哀愁は引っ込みもとの笑顔に戻った。
そして俺に1つお辞儀をすると、門番に話しかけた。
俺はそれを見て、来た道を戻るべく、坂を下りて行った。
さて、今度こそ串焼き屋に行きますかね!
元の場所に戻ってくると、そこは何事も無いように人が行き来している。まあ実際流血も無かったし、何もなかったんだけどな。
そしてその屋台の列に並ぶ。
屋台は1人の青年がやっている店のようだ。串を焼きながら客の相手をしている。
「この匂い間違いないな」
マナのタレの焼ける匂いに間違いない。
口の中に涎が溢れるぜ。
順番に客を捌いて行き、俺の番が回ってきた。
「いらっしゃい、何本にする?」
「その前に聞きたいんだけどさ? ここってマナってこのタレ使ってる店?」
「ん? マナさんのことを知ってるのかい?」
青年が目を丸くして俺のことを見てくる。
「おう、手紙が届いてると思うんだけど」
「ああ! 君がマナさんの命の恩人!」
「そんな大層なもんじゃねぇけどな。やっぱこの店がマナのタレを使ってる店で間違いなさそうだな」
「そうだよ。毎月1度タレを買って、それを使って串焼きをやらせてもらってるんだよ。キクリの町に行ったときに食べて惚れ込んで、必死に頼んで委託販売させてもらってるんだ。君のことも手紙に書いてあったから分かってるよ。原価分で串焼きを売ってほしいって事だったね」
「そういうこと。大丈夫?」
「もちろんだよ。何本にする?」
「10本頼むわ」
「了解、ちょっと待っててね」
焼き立ての串を10本、マナの店と同じような形の葉っぱに包んだ。
「串は返してくれれば1本ごとに5チップ払うから」
「了解。また来るぜ」
「ありがとうございました」
近くの空いている路地に移動して、そこにあった箱に適当に座る。
膝の上で葉っぱを開き、10本の串とご対面した。焼き立ての串焼きは、熱そうに湯気を発している。その中から1番上の1本を手に取る。
ずっしりとした串焼きの重さがたまらん!
本当に1週間ぶりぐらいの串焼きだ。
俺は一気にその串にかぶりついた。
5本を食べたところで葉っぱを閉じる。後の5本は宿に帰ってから食べるつもりだ。
冷めると不味くなるだろうけど、俺には幸い火属性の魔法も炎属性の魔法も使える。あっためるのなんて朝飯前だ。実際、薪を乾かすときに火属性のコツはつかんでいるしな。
「さて、帰りますかね」
立てかけてあったサイディッシュを背中に提げ、宿に戻った。
翌日。宿を出てからギルドに行こうとしたら、誰かに付けられていることに気が付いた。
昨日の今日だし、もしかしたらあの冒険者連中かね? しかし、しっかり脅しといたのに来るとも思えん。あの逃げっぷりは明らかに2度と関わりたくないって感じだったしな。
今日も俺の背中にはしっかりサイディッシュを背負ってるから、対策でもしない限り襲ってくるってことはねえよな? よっぽどバカじゃない限りさ。
うーむ、すこし誘ってみるか?
目的地はギルドだが、すこし遠回りをしてみる。
裏道に入って付いてくれば明らかに素人だろうし、付いてこなければそれはそれで撒けるからいい。
ゆっくりと何気ない動作で道の隅へ歩いて行く。そしてもともとここを曲がるつもりだったように装いつつ裏道に入った。そこでさっと物陰に隠れて集音の魔法を発動させる。
対象は裏路地に入ってきた人物。
ひっそりと息を潜め待っていると、2人のローブを着た小柄な人影が入ってきた。集音はその2人の会話を拾う。
「確かにここに入って来たわよね」
「はい、入ってきました。けどここは路地が多いですから見失ってしまいましたね……」
その声は若い女性の物だ。片方は上司なのかもう片方は敬語を使っている。
「ムムム、悔しいわね」
「もう帰りましょうよ。これ以上はバレちゃいますよ」
バレてますよ、既に。
俺はこっそりと物陰から2人の死角に回って近づく。そして後ろから声をかけた。
「そうね、じゃあ戻りましょ――」
「誰にバレるんだって?」
「「きゃあああああああああああああああああああああ!!!!」」
「うお!? うるさ」
路地裏に少女2人の悲鳴が響き渡った。
「え!? 誰! 何者!」
1人はすぐに意識を持ち直し、俺に対して警戒する。もう1人は驚いた拍子に腰を抜かしたのか、その場にペタンと座り込んでしまった。これは暗殺とか誘拐とかのレベルじゃない。ってか素人ってレベルでもないな。
「あんたらが追ってた人物だけど?」
「ほえ!? トーカ様!?」
ん? その呼び方をする人物は、クーラ?
「クーラなのか?」
「あ、はい。クーラです」
そういってフードを外す。そこには昨日助けた少女の顔があった。
じゃあこっちの子はもしかして……
「こちらは私の御主人様で、ユズリハ国の第2王女の、ミルファ・ユズリハ・サイハルト様です」
ミルファが名前、ユズリハがこの国の王族であることを示し、サイハルトが家名か。そういやあ家名が無い連中がいるし、家名は貴族が持ってるのかも知んないな。オルトロやリリウムも持ってたし。
ってことはもしかして俺も、リリウムとかにどこかの貴族と思われてる?
「は、初めまして。第2王女のミルファ・ユズリハ・サイハルトよ。今はお忍びだからミリーって呼んで頂戴」
威厳たっぷりに言い放つが、腰を抜かした状態では威厳なんか出ねぇぞ?
「漆桃花だ。トーカでいいぜ。でさ、なんで俺なんか追ってたの?」
「その前にちょっといい?」
「なんだ?」
「起きるの手伝って」
「ハァ……」
ため息を1つ吐いて、俺はミルファに手を貸した。




