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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
ユズリハ王国王都編
23/151

22話

 リリウムが猿狩りに行ってから数分。俺はオルトロへの状況説明を終へ、のんびりと過ごしていた。

 今のところ魔力反応は前方の猿しかいないことを示している。

 オルトロはどこか不安そうにしてっけど、リリウムならあの程度の魔物に負けないことは分かってるんだから、落ち着いて待ってりゃ良いのにな。


「……リリウム様は大丈夫でしょうか?」

「さっき1匹殺したところだな。お、また1匹減った」


 魔力反応がまた1つ消えた。これで残っているのは3つ。つまり3匹だ。

 それも時間の問題かね。

 そう思った瞬間、魔力探知の範囲に新たな魔物が入ってきた。今度は反対側、俺たちの守る方向だ。しかもその魔物の魔力は結構でかい。

 これは面白くなってきたかもな。


「オルトロ、魔物がこっちに来るぞ。警戒しとけ」

「猿ですか? まさかリリウム様が逃した!?」

「別物だ。猿なんか比べもんになんねえほどやべぇのが来るぜ」


 立ち上がり、その魔物が近づいてくる方向を見る。

 魔物はこっちに真っ直ぐ突っ込んできてるな。この動きは見覚えがあるぜ。

 あの時は、魔力感知を知らなかったから、こうして魔力を見るのは初めてだが、その直線的な動きと、木々をなぎ倒す音はつい最近聞いた音に酷似してる。

 つまり――


「ジルコルかもな」

「ジルコルですって!? こんなところで!?」


 オルトロが明らかに動揺する。まあ、ジルコル相手じゃ、この場所はかなり厄介かもな。

 定石の岩にぶつけることも、直線を躱すこともできない。俺たちだけなら余裕で躱せるけど、それじゃ馬車に激突されちまう。それじゃ護衛の意味がないもんな。

 ある意味、護衛系の依頼で最も会いたくない相手かも知んない。まあ、俺がいれば話は別だけどな!


「すぐにリリウム様を呼び戻さないと!」

「問題ねぇって。俺で十分だ。あんたも情報集めてんなら大丈夫なことぐらい知ってんだろ?」

「あのウィンドカッターで倒したとかいうバカな情報ですか? 宿屋の情報なんて、そこら中にある噂をまとめた程度の、信用性が少ない情報しかないのに鵜呑みにするわけないじゃないですか。バカにしてるんですか?」


 宿の情報ってその程度なんだ。なら意外と本職の情報屋とか探せばいるかもしんないな。


「リリウムの件は、完璧にガセ情報に踊らされてた癖によく言うぜ」

「なっ!? あれはリリウム様のことだから!」

「信仰してる相手のことなら、もっと注意深く見るんだったな。っと、ほら来るぜ」


 話しているうちに、ジルコルはまっすぐこちらに向かってきている。もうすぐ森を抜けて道に出てくるころだろう。木々をなぎ倒す音もかなり近く、鳥たちが騒がしく鳴いていた。

 俺は出てきたところを受け止めようと馬車から降りる。

 その行動を見て、オルトロが叫んだ。


「何をやっているんですか! ジルコルの正面に出れば死にますよ!」

「ハハ、まあ見てな!」


 現れた。草を体中に付けた巨大なイノシシが、俺目掛けて突っ込んでくる。正確には、俺の後ろにいる商隊の馬車だけどな。


「2度目の対戦! 今度は力勝負だぜ!」


 突っ込んできたジルコルの牙を両手で受け止める。

 慣性にならってずるずると俺は押されるが、地面にしっかりと足を付き、ジルコルの突進を受け止めた。


「ハハ! 力勝負も俺の勝ちってね!」

「そんな!?」


 オルトロの奴、きっと目を丸くしてんだろうな!


「おら、引き裂いてやんよ!」


 2本の牙をそれぞれ反対の方向へ開いていく。するとジルコルは苦しみだすが、俺は牙を離さない。

 メキメキと音がして、次第に牙の根元から血が溢れだした。

 ちと計画と違うな。牙を両サイドに開いて、ジルコルを真っ二つにしようと思ったのに、このままじゃ牙だけが抜けちまう。

 どうすっかな……よし! 困ったときは蹴ろう!


「おら! サッカーボールも弾け飛ぶ俺のキックを見ろや!」


 牙をもったまま右足を大きく背中へ引き、全力を以て振りぬく!

 ――ドンッ!!

 つま先から顎に直撃した蹴りは、その威力のせいで顎の骨を砕き、脳を激しく揺さぶる。

 そして持ちあがるジルコルの巨体。

 ジルコルは縦に半回転して、背中から地面に倒れた。


「おし、終了!」


 ささっと牙を引き抜き馬車に戻る。そこには腰を抜かしペタンと座るオルトロの姿があった。


「どうよ、問題なかったっしょ?」

「……」


 オルトロの俺を見る目が変わった。その目は俺の見慣れたものだ。

 こいつは俺を、その目で見るのか……


「怖がらせて悪かったな。とりあえず危機は去ったぜ」


 それだけ言い残して馬車を出る。今はここにいない方が良い。

 背中に小さく届いた化け物と言う言葉を無視して、俺は馬車から離れた。


 そしてどこに行くかと言えば、フィーナの馬車だ。

 後ろから5台目そこにフィーナの馬車がある。そしてそれを操っているのはもちろんフィーナだ。

 オルトロのことが少し気になるが、まあ俺がジルコルを倒している間に、全ての猿を片付けたリリウムがそろそろ戻って来るから、まあ大丈夫だろう。


「よっ!」

「トーカ! こんなところにいて良いんですか!? 今魔物が襲って来てるんですよね!?」

「そいつらは全部倒したところだぜ。リリウムと俺でな。その代り護衛が4人死んだよ」

「4人も……」

「別に悲しむ必要はねぇぜ。あいつらが弱かっただけだ。リリウム1人が相手にできる魔物をCランクっつっても4人掛かりで倒せなかった連中が悪い」

「……わかりました。気にしないようにしときます」

「それが良いぜ」

「それでトーカはこんなところに何しに来たんです? 魔物は全部倒したんですよね?」


 その問いに俺は無理やり微笑む。


「魔物は倒したんだけどな。今度は俺が化け物になっちまった……」

「そうですか」


 フィーナは俺の言った意味をすぐに理解してくれた。

 昨日考えてたことが、まさかこんなに早く起こるとは思わなかったけどな。


「ならしばらく私の横で御者の勉強でもしてみます? どうせ知らないでしょ?」

「マジ!? いいの!?」

「魔物の脅威がなくなったのなら問題ないでしょ?」

「そうだな!」


 魔力探査は発動させているし、リリウムもいるから護衛は大丈夫なはずだ。

 どうせと言う言葉に少し傷ついたが、3日目の野営地まで、俺はフィーナの隣で御者の勉強をしながら過ごしていった。


 そして野営地に来たところで一旦リリウムたちの所へ戻る。

 あまりオルトロと顔を合わせたくはないが、飯はそこにしかないのだから仕方がない。ちなみにフィーナは、同じ商隊のメンバーと共に飯が用意されている。


「トーカ! こっちだ!」

「おう、悪いな、番任せちまって」

「なに、気にするな。仕方のないことだ」


 リリウムは俺が馬車からいなくなった理由を察してくれていたみたいだな。

 オルトロの姿が見えないのはそのためだろう。


「オルトロは?」

「今は薪を探してもらっている。まだしばらくは戻ってこないはずだから今のうちに相談しよう」

「今後のこと?」

「ホースロア殿のこともだ。彼女がトーカを化け物と呼んだそうじゃないか」


 リリウムの顔には明らかな憤りが浮かんでいた。


「そう怒んなよ。実際あれを見りゃ普通はそうなる」

「いったい何をしたんだ? 相手はジルコルだったのだろ?」

「やっぱ分かってたか。前と一緒の魔法で倒すのはつまんねぇと思ってさ、正面から突進受け止めて、牙つかんで真ん中から裂こうとしたら牙だけ抜けそうになっちまって、仕方ないから顎を蹴りあげて殺した。そん時に半回転して背中から倒れたな」

「……相変わらずよく分からないことをしているな」

「リリウムは俺を化け物だって思わねぇのか? 魔法も無しにこんなことができちまう俺をさ」

「思わないな」


 俺の問いにリリウムは即答した。そして言葉を続ける。


「化け物の定義が違うのだろう」

「定義?」


 化け物と思ったらそいつが化け物じゃないのか? てか化け物って、要は恐怖の対象だろ?


「私の化け物の定義は、非常に強く、無差別に人を殺す存在だ。トーカはそんな無差別に人を襲ったりしないだろ?」

「当然だな!」

「フフ、だから化け物とは思わない。そういう存在は英雄と言うんだ」

「英雄ね。極星の英雄とは大違いだけどな」

「まったくだ。型破りな英雄もいたものだな。と、話がそれすぎてしまったな。それでホースロア殿のことだが」

「とにかくあいつに悪いところはねえよ。ミスったのは俺だ。俺は今日から別の馬車んところで護衛にあたるさ」

「そうか……食事はここで取るんだよな?」

「材料がここにしかないからな。まあそこだけはオルトロに勘弁してもらう」

「わかった。私からも言っておこう」


 戻ってきたオルトロと3人で晩飯を取る。最初の2日とは明らかに違うその雰囲気に、商隊のメンバーも何やら不思議がっていたが、すぐに俺が食べ終えその場を離れたことでなし崩し的に何もなかったことになった。


 フィーナの馬車に戻りその屋根の上に上って空を見上げる。


「結局化け物か」

「化け物なんかじゃありません!」

「うお!?」


 俺のつぶやきに思わぬ至近距離から声が帰ってきて驚いた。てかフィーナそんな大変そうに登らなくても……

 フィーナは屋根によじ登るため、両手と片足を屋根に掛け、這い上がろうといしていた。

 その体勢で言われてもすんごいシュールなんだけどな。

 そう思いながら手を貸して引き上げてやる。


「トーカは化け物なんかじゃありません。今こうやって悲しんでいるのが証拠です!」


 登り切ったところでフィーナがやり直した。


「化け物だって悲しむかもしれないぜ?」

「化け物は悲しみませんよ。だって化け物なんですから」

「意味わからないって」


 理屈の通っていない説得。だがなぜかフィーナに言われるとそれだけで救われたような気がしてくる。


「意味なんてないのかもしれません。ただ私はトーカが1人の人間に見えますよ。弱いところを見せないように、必死に頑張って笑っている1人の人間に」

「そっか……あんがと」


 もう1度見上げた空は、どこか澄んでいる気がした。




 4日目

 この日から少し護衛の形が変わる。

 フリューゲルの4人が全滅してしまったため、前方の護衛がいなくなってしまったからだ。

 そこで相談した結果、スグリの3人が今までフリューゲルのいた場所に移動。そしてオルトロとの雰囲気が悪くなってしまった俺が、中盤に移動。スグリの守っていた場所を1人で守ることになる。

 中盤は横からの襲撃に注意すればいいが、基本的に前方と後方の探知で魔物は引っかかるため、中盤に直接魔物が来ることは稀だ。

 中盤の役目はどちらかに魔物が来たとき、そのサポートに回ることだ。


「今日は1人で呑気に読書ー」


 静かな馬車の中、魔力探査だけは使ったまま極星の冒険者を読み続ける。

 と、そこのノックの音が聞こえた。


「んあ?」

「護衛の仕事って言うのはずいぶんと暇そうなんですね」


 馬車の後ろに立っていたのはフィーナだ。ノックの音は壁を叩いたらしい。


「まあ、魔物が来なけりゃそんなもんだろ。それよりフィーナは馬車良いのか?」

「今は替ってもらって休憩中です。リリウムと言う冒険者さんにトーカがここにいると聞いて来ました」

「そっか。まあ座んな」


 俺は座っていた場所を少し詰め、フィーナの分の席を作る。

 基本的に荷物でいっぱいの馬車の中だ。そんなに広い空間がある訳じゃない。

 俺も、でかい荷物の箱の上に座ってるだけだしな。


「ありがとうございます。それで調子はどうですか?」

「調子?」

「心の調子ですよ。ずいぶんと落ち込んでたみたいでしたから」

「まあ、化け物っつわれたときはさすがに効いたけどな。まあ、言われ慣れてるのもあるし、引きずることはねえよ」

「それならよかったです。リリウムさんも心配してましたから」

「そっか。まあ晩飯の時にでも話しとくかな」

「それが良いと思いますよ」


 俺とフィーナを乗せ、馬車はゴトゴトと進む。


「その本、どれぐらい進みました?」


 フィーナが俺の手元に目線を向ける。極星の冒険者には、半分ぐらい進んだところにしおり代わりの葉っぱを挟んでいた。


「半分ぐらいってところか。今は帝国にいる所」

「あ、そこ私が1番好きな場面の近くじゃないですか!」

「そうなの?」


 帝国で主人公は、奴隷にされている少女を助け、その主である男に窃盗犯として追われている。

 基本的に奴隷にされたものは首輪をつけられ主の命令1つでどれだけ離れた場所にいても言うことを従わせることができるのだが、主人公はその首輪を魔法で破壊し、少女を連れだした。


 奴隷は、帝国では今も正式に認められているらしいが、そんな物騒な首輪はもうないらしい。歳月が進み、奴隷にも一定水準の生活を保障することが義務付けられたのだとか。

 

 そして主人公は何を血迷ったのか、皇帝の住む王城に逃げ込む。

 そこで皇帝の娘の1人に会う。娘は今の奴隷の扱いに嫌悪していて、主人公の話を聞き、助けた少女を一緒に庇うことになる。

 その後2人で皇帝のもとへ行き直談判。

 主人公は、奴隷にまともな環境に住ませることで発生する国益と、強制することで発生する不利益を、異世界の知識から持ち出して説得。

 皇帝を説得することができたのち、少女をその実験例とするため娘の奴隷として養うことを約束させる。

 奴隷を取り返すため主人公を追っていた貴族も、皇帝の決定に反対することができるはずも無く、主人公の犯罪歴は取り消し、晴れて無実のまま皇帝の血筋に関係を持つことに成功すると言うものだ。


 正直、かなり強引な流れの気がする。特に皇帝の娘の件。帝国の奴隷に対する態度が当たり前に最悪の状態で、その皇帝の娘が奴隷に対する対応でそんなことを言い出すはずがない。

 この辺りもたぶん脚色されているのだろうが、そのせいで少し残念な感じになっている気がするのだが。


「主人公の行動力も素敵ですけど、何よりその発想の転換が素晴らしいんです! 奴隷に対する費用対効果の考えは商人として涙モノでした」


 つまりそういうことらしい。

 フィーナは物語どうこうではなく、主人公の皇帝を説得した奴隷に関する記述に感銘を受け、この場面を1番好きになってしまったと言うことだ。

 異世界人の知識的には、当たり前のような説明なんだけどな。やっぱ異世界だとそんな当たり前が目から鱗になんのか。

 なら、俺の持ってる知識も何が莫大な利益になるかわかんねぇ。やっぱり迂闊に話すことはできねぇか。信頼できる人間関係築いてそれから俺が直接監修してやってかねぇと、下手すりゃ儲けすぎて孤立なんてことが起こりかねない、と。

 マナカナに定食の考えとか特に深く考えずに教えちゃったけど大丈夫かね? あの程度ならすぐに真似できるし問題ねぇと思うけど。

 少し不安になりながら馬車は進む。


 1度オオカミの魔物による襲撃があったがスグリのメンバーが難なく撃破し、商隊は順調に野営地まで到着した。

 その際、俺はチームでの戦いと言うものを初めて見たが……


「俺には無理そうだな」


 そもそも俺だと1人で片付けられるから、敵の真ん中突っ込んで適当に手足を振り回せばいいし、魔法を使うタイミングとか、味方の背中を庇いながらって発想が浮かばん!

 ずっと1人だったからそういう発想が出てこないんだよな……

 考えてて少し寂しくなってきたわ!


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