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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
ユズリハ王国王都編
22/151

21話

 3日目

 この日は朝から商隊が緊張感に包まれていた。

 理由は簡単。今日は、移動中最も注意すべき場所、林道を進むことになっているからだ。

 野営も、予定では森の近くで行うことになるため、夜間の警戒も厳しくしなければならない。そのため今日は俺たちも今から交代で休息を取っている。

 まあ、俺とリリウムの魔力感知なら、森の中の魔物も一発で分かるから安心なんだけどな。それを周りの連中に話すわけにはいかないから一応警戒しているフリはしている。


「トーカ、森が見えてきたぞ」

「了解、ならすこし範囲を広げるぜ」


 草原ならば目で見る範囲と、魔力を感知する範囲がさほど変わらなかったから、そこまで魔力感知を重視はしていなかった。しかしここからは別だ。

 視界による確認は、森の中の道という狭い間でしか(おこな)えない。すこし横にズレれば木々が邪魔をして、先を確認することができなくなってしまう。

 魔法が得意な連中はこういう時生命探知を使うんだろうが、俺やリリウムは魔力探知を使っている。

 理由は簡単。魔力探知をいろいろ改造した結果、近づいてくる魔物の魔力反応でどんな強さの敵かも判断できるからだ。

 生命探知では、ドラゴンのように驚異的な生命力を持っている存在でないと相手を知ることができない。しかし魔力探知はその固有の魔力を判断するため魔物の識別が容易なのだ。

 1度魔力探知にかかった魔物なら、2度目は確実にその正体が分かるようになる。リリウムの場合は、これまでの経験から、動きなどで敵が分かるそうだが。その正確性を上げたことになるな。


「近くに魔物の反応はねぇな」

「そうか、では1時間ごとに交代だな」

「おう、今から1時間は任せな」


 リリウムが馬車から出て行くのを見送って、俺は本を開いた。


 交代を3回ほど繰り返した俺の番、魔物の反応が商隊の前方に引っかかった。


「リリウム! 前方から来るぞ!」

「何!? 分かったホースロア殿を呼んで来る!」

「俺は商隊に警戒するように言ってくる」


 馬車を飛び降りて、前方を進んでいる馬車の1つに飛び乗る。突然入ってきた俺に商人が驚いて文句を言ってきたが、今はそんなことをどうこう言っている場合じゃない。


「前方に魔物が5体いる。そこまで強くねぇみたいだけど一応警戒してくれ」


 その言葉を理解した商人も、すぐに周りに知らせるために走り出した。

 俺はそれを確認してから最初にいた馬車に戻る。そこにはすでにオルトロとリリウムが戦闘準備を済ませて待っていた。


「今、商人には警戒するように言ってきたぜ。後はフリューゲルの連中がどれだけやれるかだな。俺たちは後ろで、もしもの時のために待機してるのが良いだろ?」

「そうだな。彼らもCランクの冒険者たちだ。あの程度の魔物には負けないだろう」

「どういうやつ?」


 リリウムは個体を判別できているようだ。そこまで強い個体じゃないけど、情報を持っておくのに悪いことは無い。


「猿の魔物だ。主に4匹から7匹の群れで行動している。今回は5匹のようだし少ない方だろう。連携とアクロバットな動きが厄介だが、それほど強い攻撃方法を持っているわけじゃないし、1撃当てれば落ちる相手だ」

「リリウム様! どうしてここからそんな詳しく個体まで分かるのでしょうか? 発見もかなり早かったようですが?」

「少し秘密があってな。迂闊には教えられない」

「そうですか。ぶしつけでした」

「構わないさ。それより前の状況はどうなっている? そろそろぶつかるはずだが?」


 リリウムが状況を確認しようと馬車の外に出た時、魔物の襲撃を告げる声と煙、そして男たちの勇ましい声が聞こえてきた。




 男たちは苛立っていた。

 久しぶりの護衛依頼。商隊の女で適当に遊びながら進むだけの簡単な仕事だと思っていた。しかし、現実はどうだ。警護している馬車の周辺には男しかおらず、女を抱くこともできない。

 憂さ晴らしに魔物を殺そうにも、そもそもその魔物がおらず暇な時間を過ごす。

 定期報告に出たリーダーは、同じ冒険者の女に手を出そうとしたが、逆に返り討ちに会う始末。

 そんな状態のチームフリューゲルは雰囲気が最悪と言っていい状態で3日目、森の中を進んでいた。


「ちっ、むさっ苦しいな」

「煩せえ、てめえが原因だろうが」

「あ!? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」

「なんだ、殺んのかコラ!」

「やめろテメェら、うるせぇンだよ」

「あ! てめぇも死にてえのか!」


 そんな状況でまともに警備をすることができるはずも無く、商隊の後方では既に桃花たちが戦闘準備を整え終わっているころ、男たちは剣すら持っていなかった。

 そんな男たちの馬車にガタンと振動が走る。

 

「んあ? なんだ!?」

「てめぇが揺らしたんじゃねえのか!?」

「ンな訳ねえだろ!」

「じゃあなんなんだよ!」

「キッキッキー」


 その時、馬車の後部から鳴き声が聞こえた。男たちは1人残らずそちらを振り返る。


「あ?」


 そこにいたのは1匹の猿だ。男たちをじっと見ている。


「キキ」

「なんだ、この猿?」


 1人の男がその猿に近づこうとしたとき、もう1人の男がその猿の正体に気付いた。


「そいつ魔物だ! ブラッディーモンキー、3等星級の魔物だぞ!」

「何!?」


 その言葉を聞いた瞬間、他の男たちも瞬時に戦闘態勢に入る。しかし近づこうとした男だけは無理だった。


「キキッ!」


 突然猿が飛び上がり男の顔に張り付く。その猿を引きはがそうとする男をしり目に、猿は男の顔に腕を巻きつけ締め付けて行った。


「が! ああぁぁあぁあああああ!」


 見た目は猿でも、その存在は魔物だ。

 ブラッディーモンキーの腕力は、木を幹ごとへし折る力を持つ。


「ああああああああああああああああああああああ」


 ブジュッ!!

 抱き着かれた男の顔が、トマトのように潰れた。

 返り血をまんべんなく浴びた猿は、その体毛を真っ赤に染め上げ、その名の通りの姿に成り代わった。


「この野郎!」


 仲間を殺された男たちが激怒し、狭い馬車の中で剣を抜く。しかしそれを見計らっていたかのように、馬車の前方から新たにブラッディーモンキーが現れた。

 その数3匹。ちょうど男たち全員に1人ずつ抱き着ける数だ。


「やばい! 後ろだ!」


 1人が気づき、1人はそれに反応して躱す。しかしもう1人は抱き着かれた。


「やべぇ、引きはがせ!」


 猿を躱した2人が抱き着かれた男に近づき引きはがそうとした。しかし、失敗した2匹と赤く染まった1匹が、その行く手を妨害する。

 その3匹に手間取っている間に抱き着かれた男の頭は弾け、赤い猿がもう1匹出来上がった。


「くそっ! ここじゃやり難い、外に出るぜ!」

「おう!」


 同時に逆サイドの出口へ走り出す。

 猿はその行動に一瞬戸惑うも、2匹ずつに分かれて2人を追った。


 外に飛び出すと、2匹の猿が追ってくる。しかし男たちも仮にもC+ランクの所有者。剣の腕は1人前以上である。

 剣を構え、猿と対峙する男。切っ先を猿に向け、仲間を殺された怒りをぶつける様に剣を振り下ろす。

 猿はそれをあっけなく躱すと、森の中に飛び込む。

 逃げたかと注意をしながらも、もう1人の仲間のことを心配した瞬間、後ろから衝撃があった。


「なにが!?」

「キキッ!」


 背中に体当たりを仕掛けたのは、仲間を殺し真っ赤に染まった猿だった。その血が男の背中にもべったりと張り付く。

 バランスを崩した男は前に倒れそうになるが、何とかバランスを立て直し飛びかかってきた猿に剣を構える。

 するとまた後ろから衝撃があった。


「なっ!?」


 今度は先ほどの比べ物が無いほど強烈なタックル。その威力になすすべもなく男は倒れる。倒れる瞬間見えたのは血が付いていない猿が憎ったらしく笑う姿。

 森の中に隠れた猿は、木の上から背中に体当たりを仕掛けたのだ。

 倒れたところに血の付いた猿が飛び乗り男が起き上るのを防ぐ。男が起き上れないでいる間に血の付いていない猿が男の後頭部に抱き着いた。

 そして上がる断末魔。


 赤い猿が3匹になったころ、ようやく商人たちが魔物の存在に気付く。

 桃花からの注意は聞いていたが、もう冒険者を襲っているとは思っていなかったのだ。

 あわただしく馬車の中に入り入口を塞ぐ商人たちの外で、最後の男が猿と戦闘を繰り広げていた。

 フリューゲルのリーダーだ。

 剣を振り、猿を近づけないようにする。男はこの猿との戦い方を知っていた。

 この猿は、集団で狩りを行う。その際、狩った獲物の血を体に付けその事を誇示する習性があるが、逆に1匹以上の獲物を殺そうとしない。

 猿の集団が4匹なら、獲物も4体。そしてすでに獲物を捕らえた赤い猿は、命を狙ってくることは無い。せいぜいが妨害や手助け程度だ。

 だから、赤くない猿を注意する。確実に殺そうとしてくるのはその猿だけだ。

 二手に分かれた時、赤い猿とそうじゃない猿がちょうど2匹ずつ分かれたため、1体に集中すればよかった。

 魔物が本当に4体だったのならば――


「近づくな! この猿が!」


 猿に対して、罵倒にならない罵倒を浴びせながら、リーダーは剣を振り、赤くない猿を遠ざける。その隙をついて背中から飛びかかってこようとする赤い猿を、横に飛んで躱す。

 瞬間、避けるために飛んだ先から顔めがけて何かが飛んできた。それが顔の半分を覆う。

 漂う獣臭。それは間違いなく猿の魔物の臭い。

 しかし男の目には、木の上で男を虎視眈々と狙っている赤くない猿の姿があった。


「もう1匹いたのか!?」


 その言葉を最後に男は顔をつぶされた。




「なあ……フリューゲル全滅したぞ?」

「まさか猿程度にやられるとはな……」


 魔力探知でその様子をうかがっていた俺とリリウムは、呆れた表情でつぶやく。

 別にフリューゲルの死を悼むことなんかしないぜ? 冒険者をやってれば魔物に殺されることなどあって当たり前だからな。

 けどまさか、猿1匹殺せず全滅するとは思わねえじゃん?


「どうする?」

「私が行こう。おそらくスグリのメンバーにも魔法使いがいたし、気付いてはいるだろうが、彼らの強さはチームで動くことで発揮されるからな。別れて行動させるわけにはいくまい」

「了解。じゃ頼むわ」

「何が起きているかよく分かりませんが、リリウム様頑張ってください!」


 俺とリリウムは魔力探査で状況分かってるけど、オルトロは完全に置いてきぼりにされてた。すっかり忘れてたぜ。状況説明しといてやるか。

 馬車から飛び降り、前方へ走っていくリリウムの背中を見ながら、俺はオルトロに説明を始めた。



「生命反応が4つ消えました」

「魔物を倒したってこと?」

「いえ、動き的にフリューゲルのメンバーが全滅したんでしょう」

「それヤバくない? 私たちの誰かが行く?」

「俺たちの中じゃ1人でフリューゲルを倒した魔物を倒せる奴はいない。ここは防御の態勢を取りながら少しずつ前進するべきだろうな」

「そうですね。では行きましょうか、早くしないと商人にも被害が出てしまいます」

「護衛対象を死なせるとか依頼失敗になっちゃうしね!」


 馬車から降りて前方に行こうとした時、そのさらに後方から一陣の風が舞い降りた。


「私が行く。スグリのメンバーはこのままここの護衛を頼む。もしかしたら魔物の何匹かがこちらに来るかも知れない」

「リリウムさん!」

「あんたか! 頼んでいいのか!?」

「構わない。元よりそのために来たからな」

「それは助かります。ではお願いします!」

「任せてくれ」


 リリウムはさらに前へと進む。

 商隊の馬車は魔物が来てからも、護衛がやられてからも一定のペースを保って前進を続けていた。これはあらかじめ決めておいたことだ。

 もしこの森の中で進行を停止しようものなら、たちまち周りに魔物が集まってきて囲まれてしまう。しかし全力で走り抜けるには森は長すぎる。

 だからこそ何があっても一定のスピードで進み続け、予定通りに森を抜けるのが一番速いのだ。

 リリウムが1台の馬車の上に猿を見つける。返り血で真っ赤のに染まった猿だ。

 どこか満足そうに染まった毛を乾かしている。

 他の猿は、魔力感知によれば森の中を馬車と並走するように進んできている。おそらく残り1匹の獲物を探すために並走しているのだろう。


「星に願うは風の流れ! 切り裂けウィンドカッター!」


 呑気に毛を乾かしていた猿にウィンドカッターを放つ。

 障害物がない馬車の上では不意に放たれたそれを避けることはできなかった。

 猿が気づいたときには、自らの下半身は上半身と離れ、2つになって馬車から転げ落ちる。


「やはり魔の領域の魔物より格段にやわらかいな!」


 己の魔法が久々に通じたことに喜びを感じるリリウム。魔の領域にいたころは、どの魔物も強固な皮膚や毛を持っていて、3等星程度の魔法では傷1つ付けることができなかった。しかし今は、その1発で1体の魔物を屠ることができる。

 再び魔力探知を使うと、仲間が死んだことに気付いた猿たちが一斉に寄ってきていた。

 しかしのうのうと飛び出してくることは無い。

 木の陰に隠れながら、リリウムの隙をうかがっていた。

 しかしリリウムには、その姿と気配がはっきりと感じ取れる。

 木と木の間をジャンプした瞬間を狙って再びウィンドカッターを放つ。

 枝と共に、もう1体の赤い猿が切られ死んだ。

 その瞬間、残った猿たちの動きが別のものに代わる。リリウムを狩ろうとする姿から、別の獲物を探そうとする姿に。リリウムの強さを見て、後ろの馬車の中から獲物を探すことにしたのだ。

 しかしスピードを落とす猿たちに合わせリリウムも移動する。

 完全に場所を捉えているリリウムから逃げることなどできない。

 そうしている内に、さらにもう1体の赤い猿が殺された。しかしリリウムは小さく毒づく。


「ちっ、また赤いのか。普通のを殺せればあいつらは引くんだがな」


 猿たちが執念深く獲物を探しているのは、まだ獲物を殺せていない猿が1匹残っているせいだ。

 それさえ殺せてしまえば、他の猿たちに、この商隊は用済みになる。

 リリウムの魔力探知でも、どれがまだ殺せていない猿までかは判別できない。運任せでウィンドカッターを放っているが、今までの個体はどれもハズレだった。

 と、リリウムの魔力感知に若干強めな魔力が引っかかった。


「な!? こいつは!」


 その存在の出現に、一瞬動揺する。しかし、後方には彼がいることを思い出したリリウムは、即座に持ち直し残った猿たちの殲滅にかかった。


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