20話
2日目
その日の朝は、商隊の人たちと一悶着あった。
理由はオルトロの状態だ。昨夜、いや早朝か?にリリウムによって締め上げられたオルトロはぼろ雑巾のごとくへばっており、とても護衛ができる状態ではなかったからだ。
その表情がどこか満足げなのは、商隊の連中は気づかなかったらしいな。
冒険者どうしの仲間割れで護衛がちゃんとできなくなるのを心配した商人たちだったが、俺とリリウムのランクを見せて何とか納得してもらうことができた。
正直ここまでのことになるとは思ってなかった。思いつきだけでやりすぎたと少しだけだが反省する。
そして縛り上げられたオルトロを馬車に放り込み出発すると、リリウムが話しかけてきた。
「今朝のはトーカの仕業だろ?」
「何のことかな?」
「ホースロア殿が私に夜這いを仕掛けてきたことだ。時間的にはちょうどトーカとホースロア殿の交代の時間だ。彼女がそんなことを考えられるとは思えないし、そういうことを誘発させそうなのはトーカだけだからな」
ハハハ、完全にバレてる。
「まあ、目覚めにナイフ振り下ろされたからな。少しお仕置きが必要だと思ったんだよ」
「そんなことをしたのか!?」
「俺がリリウムの初めてを奪ったと思ってたらしいぜ。あいつの思考、完璧におっさんだったわ」
「だからあんな変態的なしゃべり方をしてたのか」
「何て言って襲って来たんだ?」
「へっへっへ、お嬢ちゃんちょっとお股開いてみようか、だ」
リリウムが見事な再現度のオルトロを披露する。そのキモさは完璧に歓楽街で家出少女を漁るおっさんそのものだった。
てか、オルトロこっそりやってない……思いっきり正面から突撃してんじゃん。漢だな。
「それを言うオルトロも、平然とこの場で復唱できるリリウムも尊敬するわ」
「冒険者をやっていれば自然とそうなるさ」
女性冒険者って色々捨てすぎじゃね?
「まあ、さすがに少し恥ずかしいがな」
よく見ればリリウムの頬は少し赤くなっていた。どうやら、やせ我慢していたみたいだ。
そういう姿を見ると、いたずら心が湧いてくるのは仕方のないことだよな!
「で、実際調べてもらった? 膜」
「そんなわけあるか! しっかり守り切ったわ!」
「いや、ああいう時のオルトロって計り知れない力秘めてそうだしさ、案外リリウムでも押し倒されててもおかしくないかなーと」
「そんな訳無いだろ! 私とてこれでもA-の冒険者だぞ! C程度の冒険者に遅れは取らん!」
ハハ、面白。
こういうのって、否定したり、実際そういうことが起こってなくても言われると想像しちまうもんなんだよな。リリウムもしっかり想像してくれたみたいだし。
リリウムの頬は先ほどよりもはっきりと真っ赤になっている。
「まったく! 私はもう行くぞ。この後パルシア殿と今後のことについて打ち合わせがあるからな」
「何か問題でもあったのか?」
馬車を降りようとするリリウムの背中に問いかける。
「いや、2日目と4日目に定期報告をすることになっているんだ。他のチームからも代表者が来るだろう」
「そっか。フリューゲルは女に手ぇだしやすいらしいから気をつけな」
「その時は切り落としてやるさ」
リリウムはにやりと笑ってゆっくりと走る馬車から飛び降りた。
リリウムがいなくなったことでしゃべる相手がいなくなってしまった。
ガタガタと小刻みに揺れる馬車で、簀巻きにされたオルトロのくぐもった声だけが聞こえる。なんともシュールな状態だ。
風景を見ようにも、延々と同じ平原が続いているだけで代わりばえがしない。もう少し進めば森があるらしいが、そうは言っても今見えなきゃつまらない。
だが俺には暇つぶしの手段がある!
ギルドで借りた本だ。昨日の移動中から少しずつ読み進めているけど案外面白い。
物語は、小さな島にある、小さな村の子供が生まれたところから始まる。
その子供が生まれた瞬間、木々がざわめき、獣が一斉に遠吠えを上げたそうだ。
そして子供はすくすくと育つにつれて、その異常さを発現させていった。
この世になかった知識を次々と生み出し、村に低い位置から水を引く技術を与えた。さらに革新的な農業器具の発明や、新しい料理の作り方など、次々と生み出し、神童と言われるようになる。
昨日読んだのはここまでだ。
ちなみにこの小さな島と言うのは、今のカラン合島国と言われる島の集合体になる国にあるらしい。フィーナ情報だとかなり教育に力を入れている国で、国民の識字率が70%を超える驚異的な国だ。他の国が25%を超えていれば凄いところでこの数字は異常としか言いようがない。
てか、この子供って明らかに異世界転移組だよな。いわゆる転生チートってやつだな。記憶残ったまま移っちゃってるけど、神さん大丈夫なのか? それとも神さんが仕組んだことか?
そして今日から読むところは加護の星を調べる場面から始めた。
そうして気がつけば、あっという間に1時間が経っていた。
今は冒険を始め、カラン合島国から別の国に移ったところまで読んだ。そこで気になるところがあるんだが……これラノベだよな?
主人公が異世界転移して前世の知識を使い、不思議なまでに強力な魔法を使って、弱い立場の女の子や王族を助けて感謝され、惚れられ、徐々にハーレムを作っていく。
合島国を出るまでにすでに3人の女の子を手籠めにしてるし、どう見てもラノベです。本当にありがとうございました。
「てかこれ、こいつ自身が書いてんじゃねえのか?」
物語の内容もそうだが、知識に関する記述が正確すぎる気がする。なにかしらこの主人公が残した技術を収集して調べても、ここまで正確なものは書けない気がする。
これは、この主人公が今後の人々に技術を残しつつ、面白おかしく書いたと言われる方がしっくりくる。
まあ、この世界の人間じゃ異世界転移なんて知らないから、そういう想像は出て来ず、ただ面白い英雄譚って風に見えるんだろうけど。
と、リリウムが戻ってきた。どこか疲れた表情をしているのは、フリューゲルのリーダーに絡まれたからかな?
「お帰り」
「ああ、今戻った」
「やっぱり絡まれた?」
「ああ、蹴散らしてきたがな」
「そりゃよかった」
リリウムが空いているスペースに腰を下ろしたので、水筒を渡してやる。
水は、昨日の野営地で交換した新しいものだ。さすがに時間がたって温くなってしまっているが、無いよりはマシだろう。
「すまないな」
「いんや、そんで定期報告はどうだった?」
今度は内容について問う。
魔物はいなかったし、特に問題は無いと思うけど、商隊の方に問題があったかもしれないからだ。
「特に問題は起きていない。ペースも順調で、このままなら少し王都に着くのは早くなるかもしれないと言うことだ。もちろん依頼料の減額は無い」
「了解。ならこのままだな」
「そっちは何か異常があったか?」
「いっぺん魔物が近づいたけど、すぐに逃げてったぜ。たぶん規模に驚いたんだろうな」
「なるほど。弱い魔物だとそういうこともあるかも知れないな」
「倒すにもかなり離れてたからな。倒しようがなかった」
「そういう魔物は倒す必要はないだろう。特に害があるとは思えない」
「偵察じゃ無けりゃな」
「偵察?」
俺の言葉にリリウムが眉をしかめた。魔物でも計画的に動く魔物がいることを知らないのか? 英雄譚にはしっかり書いてあったぞ?
「遠くから俺たちの規模とかを確認して、後で仲間を引き連れて襲ってくる。あるんじゃないのか?」
「ハハハ、まさか。魔物は低級になればなるほど知能も低い。トーカが見たような弱い魔物ではそんなこと考えられないさ」
「そうなん? ならこの小説に書いてあるのは嘘?」
俺は持っていた英雄譚を見せる。リリウムはそれを見て目を輝かせた。やっぱりこの英雄譚好きなんだな。
「それは極星の冒険者じゃないか! いつ借りたんだ!?」
「依頼受けに行ったときについでに借りた。さっきまで読み進めてたぜ」
「どうだ、面白いだろ?」
「まあまあだな」
だって、元の世界にはこういう話、結構沢山転がってたし。
「む……あまり反応がよくないな。この物語は子供ならだれでも大好きな作品なのだが」
「ハハ、もう子供じゃないってことじゃねえのか? てかその理屈だとリリウムはまだまだ子供ってことだな」
「な!? そういうわけじゃないぞ! 私はただそれに憧れて冒険者になっただけだ!」
「で、これに書いてあったことって嘘なの?」
「ああ、魔物の知能のことなら拡大解釈だな。私も何年も冒険者をやってきたがそんな魔物は見たことが無い」
「そっか。なら一安心かね」
なんだ、物語を面白くするための誇張か。
「どこまで読んだんだ?」
「合島国を出ることまでだぜ」
「ずいぶん早いな。私はそこまで読むのに2週間はかかった」
「そんなに読みにくいもんだったっけ?」
「その頃はまだ字を習い始めたばかりだった頃だ。分からない文字は逐一聞きながらだったからずいぶんとかかってしまった。最初の方は読み聞かせが殆どだったから、ぶつ切りであまり覚えていなかったしな。読み直しを何回かしていた。」
「そういえば兄さんに読んでもらってたんだっけ?」
「懐かしい話だがな」
のどかな日差しに照らされながら、俺たちはゆっくりと何もない道を進んでいった。
完全に存在を無視されたオルトロが、うーうー唸っていたのは気にしない。
晩飯前。昨日と同じように木の枝を適当に集めているとフィーナに遭遇した。
フィーナは草原に1人で立っている。
「フィーナ」
「トーカさん」
「こんなところで何してんだ?」
「ずっと馬車の上だったので気分転換です」
「確かにずっと馬車は気が滅入るな」
「トーカさんは何を?」
「俺は薪集め」
そう言って抱えていた木の枝を見せる。フィーナはそれを怪訝そうに見ると、あきれた表情で俺に言ってきた。
「薪にするなら乾燥していないと使えませんよ?」
「問題ないぜ。そうだ、フィーナには特別に見せてやろう」
俺の友達だし、信頼できる相手だからな。俺の秘密の1つを特別に教えてあげようではないか!
時期的にもそろそろが限界だろうしな。
「なんですか?」
「見てな」
俺は木の枝を地面に置くと、少し下がり手をかざす。
「星誘いて熱を与えよ、ドライ」
すると湿っていた木の枝から湯気が出始め、あっという間に乾燥した枝だけがその場に残った。
フィーナはその光景を見て呆然としている。
「どうよ」
「……今のって火属性の魔法ですか?」
「そうだぜ」
「でもトーカさんって風属性の魔法を使ってジルコルを倒したんですよね?」
やっぱその話もフィーナには伝わってたか。てか、キクリで俺に関わった連中とか、噂好きとかほとんど知ってんだろうな。結構多い冒険者の前で使ったし。
「そうだぜ。ジルコルを倒したのはウィンドカッターだ」
「つまり2属性持ち?」
「正確には8属性持ち」
言いながら全種類の属性の付いたライトを一つずつ俺の周りに浮かべる。
「8属性……全属性……極星の加護!」
フィーナが1つの結論にたどり着いた。それは俺が読んでいた英雄譚の話だ。
まあ、当然だよな。有名な話だけど、俺の加護とは少し違うよな。
主人公の加護星極星は、真北に浮かんでて、赤じゃなく青く輝いてたって書いてあった。それに、読んだ内容じゃ星の加護として、魔法が使える以外にも色々な特典が付いて来てたみたいだしな。
まあ、転生チートって可能性もあるけど。
とりあえず、この場はフィーナの誤解を正しく訂正しておく。
「正確には極星じゃないけどな」
「極星以外にそんなことができる星があるんですか!?」
「今も真上に浮いてるだろ」
そう言いながら俺はまっすぐに指を空に向ける。そこには今日も真っ赤に輝く月があった。
「月……」
「そう、俺にはあの月が真っ赤に見えてるぜ」
「月がトーカさんの加護星」
「俺の、誰にも言ってない秘密だ。内緒だぜ」
「なんで私に?」
「親友……だからかね。フィーナなら信頼できると思った。正直この秘密を1人で抱え続けるのは無理があるしな。信頼できる相手には知っておいて欲しかったんだよ」
いつかこの秘密はバレる。俺の実力がギルドで評判になれば確実に知れ渡ることになるだろうし、依頼で使わなきゃならない場面も出てくるはずだ。その時にバレるのが怖いからと言って使うのを躊躇うつもりはない。
でも、その時に俺という存在を、周りの連中がどう扱うかが分からなかった。
昔のように怖がり恐れ離れていくのか、それとも極星の冒険者のように英雄として迎えられるのか。俺の行動次第の気もするが、それでもその時のことを思うと怖かった。
だからフィーナに話した。
フィーナのまっすぐな瞳は信頼できると思ったし、フィーナならこんな力を持った俺でも、ちゃんと俺を見てくれると思った。力に惑わされず俺の心を見てくれると思ったからだ。
「わかりました。この秘密は私とトーカさん2人だけの秘密にします」
「悪いね。何か唐突に変な秘密共有させちゃって」
「いいえ、話してくれて嬉しかったですから」
「嬉しい?」
重い秘密を共有することのどこが嬉しいことなんだ?
「だって、2人だけの秘密ってなんかワクワクするじゃないですか」
その言葉に俺は肩の力がすっと抜けるのを感じた。やっぱりフィーナに話してよかったと思う。
「ハハ、確かにそうだ」
「じゃあ私はそろそろ行きますね。トーカも早く戻った方が良いですよ? お仲間さんが待っているんでしょ?」
「そうだな。ん? 呼び捨て?」
今までトーカさんだったのが、今フィーナ、トーカって呼び捨てにしたよな?
「せっかく秘密を共有したんです。少し近づいてみました。嫌でした?」
「まさか。むしろ歓迎だね」
「良かったです。じゃあまたね、トーカ」
「おう、またなフィーナ」
薪を拾いなおして、俺はリリウムたちの待つ場所まで戻った。