1話
光が引いていく。そしてゆっくりと周りの景色が見え始めた。
はじめに見えたのはどこまでも続きそうな舗装されていない道。
そして青い空。
振り返れば、背中には広大な森が広がっている。
「初めまして異世界!」
バッと手を広げて俺は異世界の空気を満喫する。
スゲー、マジで来ちまった。
現代日本じゃ考えられない風景だぜこれ。地平線が見えそうな道とか今どきヨーロッパでもねえって。
でもさ……これどっちに町があんだ?
地平線が見えそうってことは、どこまで行っても町が無いってことだろ?
「ハハッ……さっそくピンチ?」
動物とか狩って生活できるか、俺? 殺すのは簡単そうだけど捌けんだろうしな。
可能性の問題としては、やっぱ地平線とは逆方向に歩くべきか?逆方向は結構深い森になってそうなんだけど……そういやぁ月ってどうなったんだ? 俺が転移した時は赤い月が普通の月に重なってたよな。こっちの世界にも月が二つ見えんのかね?
気になったことは即確認。すぐに頭上を見る。
「なるほど。逆になってるわけか」
先ほどまで赤い月が普通の月を覆い隠していたのに、今は普通の月が赤い月の一部を覆い隠している。
しかし普通の月の方が色素が薄い。普通の月から赤い月が透けて見える。
てか、昼間なのにはっきり月が見えるな。地球でも昼に月が見えることはあったけど、ここまではっきりは見えなかったぞ。もしかして月自体が光ってんのか?
異世界だし月の動きとか宇宙のしくみとか違ってもおかしくないしな。
それにしても、普通の月が見えるってことは、まだ俺と地球のつながりが残っちまってるってことだよな。大丈夫なのか?
俺がこの世界に来たのは自分の力で地球が壊れかねないからだろ? なら完璧につながりを断つべきだと思うんだけどな。
「まあそのあたりは神さんに任せますかね」
と、ちょうどいいところに音が聞こえてきた。ガラガラ言うこれは、明らかに馬車の音だろ。
こんな何もないところに人工の音はよく分かる。にしても結構なスピード出てるな。
音のする方へ歩き出す。
音もこちらに近づいてきているようで、だんだんと大きくなってきた。そしてついでに聞こえてくる物騒な男たちの声。
「やっちまえ」とか「捕まえろ」とか「生け捕りだ」とか言ってる。
これは完璧に盗賊フラグだろ。
ラッキーなのかアンラッキーなのか分からんね。
徐々に馬車と馬の巻き上げる土煙が見えてきた。
「お、女の子か」
助けるの決定だな。
必死に馬車の手綱を握っているのは俺よりも年下っぽい女の子。顔は隠してるから分からんけど、薄水色の髪の毛はさらさらと風になびいている。俺の予想じゃ結構かわいい子と見たね。
そしてその後ろから追ってくる馬と物騒な男たち。
手にはボロボロの剣を持っているし、盗賊で確定だな。ならやることは一つだ。
「子供は守られるものってね」
馬車に向かって走り出す。ゆっくりとスピードを上げていき、馬車とすれ違う直前には最高速になる。
そのスピードは馬の速度より早い。
100メートル7秒切ってるとか世界記録軽く塗り替えてるよ。
馬車とすれ違う瞬間、女の子と目が合った気がするけど今は無視。
そのまま盗賊の先頭を走ってきた男にとび膝蹴りをかます。
「おらぁ!」
「ぐあっ!」
「ははは! 大人が子供襲うとか情けねぇな!」
男は馬から弾き飛ばされて地面に落下する。そしてピクリとも動かなくなった。
馬同士が全力で走って正面衝突する以上の威力が男の体にかかったのだ。骨は折れるだろうし、内臓もつぶれて当然の威力だ。
「しゃ、次!」
突然の出来事に何が起きているのか理解できていない盗賊に襲いかかる。
武器は無いが、拳があれば十分だ。トラック破壊できるんだからな。人間の固さなんて目じゃないぜ!
「おら!」
驚いてスピードを落とした馬を思いっきり殴る。それだけで馬がはじけ飛んだ。
「マジか、これグロいな……」
俺の手にべったりとついた馬の血を振るって落としながらつぶやく。
だが特に嫌悪感や気持ち悪さは無い。
これは前世の俺の心の名残って奴かもしれないな。
さすがの俺も地球で人殺しとかしたことないし(トラックの被害者は別だけど)、こっちの世界でいきなり人殺してネガティブにならないか少し心配だったけど、どうやら大丈夫みたいだ。まあ、今は明確に守るべき対象もいるしな。
盗賊が俺を囲むのを見ながら、さらにその奥で止まっている馬車に視線を移す。
なんで止まるかな。そこはチャンスだって逃げ切る所だろうに……
「はぁ……殲滅せんとな」
馬車がそのまま逃げてくれれば盗賊を適当に引き付けて逃げるって選択肢もあったんだけどな。あの距離なら俺が逃げたらまた追いかけられるぞ。素人か?
「てめぇ! いきなりなんなんだ!」
「俺か? 俺は子供の味方だ!」
子供は宝。ばあさんの口癖だ。
「ふざけんじゃねえ!」
仲間を殺された盗賊の一人が怒り狂って襲いかかってきた。楽しんでるのを邪魔されたのもあるかもな。
俺は振り下ろされる剣にタイミングを合わせて蹴りを入れる。それだけで剣は中ほどからポッキリと折れてしまった。
錆びた剣とか脆いな。もうちょっと硬いと思ってたんだけど。
目の前で不可思議な現象を起こされた盗賊の思考は停止する。その隙に剣を折った足でそのまま男を蹴り飛ばした。
「ハハッ。スゲー、人って水平に飛ぶのな」
10メートルほど水平に飛んで地面にズサーッと倒れこむ盗賊。
手加減してこれなんだから、どんだけ俺が常識はずれかよく分かる。これなら異世界転移を進められるはずだわ。
「おら、次はどいつだ? 順番にぶっとばしてやんよ」
仲間の惨状に恐怖して後ずさりする盗賊たちに俺は挑発する。てか、なんで俺言葉がわかんのかね? 神さんのサポートか? まあ分かるに越したことは無いか。
そんなことを考えながら、次々に切りかかってくる盗賊の刃を躱して、すべて蹴り飛ばしていった。殴るとあの馬みたいになっちまいそうだしな。
「これで終了か。案外あっけなかったね~」
道端に点々と倒れる盗賊の群れ。だいたい20人だったかな。こんな群れで襲うとか、どんだけ重要な馬車だったんだ? それともただの暇つぶしか?
俺は戦闘を始めてからずっと止まったままの馬車へ向かって歩きだす。
すると馬車からさっきの女の子も降りてきた。
「おう、無事か?」
「えっと、あの……あっ」
何かしゃべろうとしたところで躓いた。
「おっと大丈夫か?」
さっと受け止めてバランスを取る。その際に顔を隠していた布が取れた。
やっぱ超可愛いじゃん。
大きな瞳に整った顔立ち。まだ美人と言うより可愛いと言う印象が強い。
「あっ……」
俺が受け止めた瞬間、女の子の瞳から涙があふれ出した。なんだ? どこかぶつけたか?
「ちょっ、ほんとに大丈夫か?」
その言葉を皮切りに女の子は大声を上げて泣き出した。
「落ち着いたか?」
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
女の子が泣き止むのを待って声を掛ける。こういう時に胸を貸すのは男の仕事だよな!
異世界でいきなりこんな場面に遭遇するとは思わなかったけど……
女の子は目元を真っ赤にしながらも、落ち着いた様子で話す。
「ごめんなさい。安心したらお父さんのこと思い出しちゃって」
「お父さん?」
馬車には誰も乗っていない。てことはどこかではぐれたのか?
「盗賊に追われ始めた時に囮になるって言って、馬車から降りて盗賊たちと戦っていました。その間に私は逃げてきたんです。30人以上いた盗賊をひきつけていましたから、たぶんもう……」
「そっか、悪いこと聞いたな」
「いえ、商人をしていれば起こりうることですから」
女の子はこらえるように笑顔を作った。強い子だね。普通ならそんな風には笑えない。
それにしてもさっきの盗賊が20人程度。その前に親父さんが30人規模で引き付けてたんなら最低でも50人規模の盗賊ってことだよな? そんな規模のデカい盗賊なんているのか? 物騒な世界だな。
「あの、それであなたは?」
「ん? 俺?」
「見たところ旅の道具も無いようですし、こんなところに一人でいるのもよく分かりません」
案外ズバッと言うのね。まあ、異世界に何も準備せずに来た俺も問題だと思うけど、まさかこんな何もないところに放り出されるとは思わないじゃん。神さんが準備するとか言うから、てっきり町の近くにでも転移させてくれると思ってたし。
「まあ、俺のことはいいから。それよりこの近くに町って無い?」
異世界人だって話してもいいけど、説明が面倒いからパス。
「強引に話をそらしましたね……まあ、いいですせめて名前を教えてください。私はフィーナと言います」
「俺は漆桃花だ。16歳な」
「私より年上……」
「え? 俺ってそんな小さく見える?」
確かに少し背は低いけどフィーナよりかは背が高いぞ?
「なんと言うか笑い方というか仕草というか、そういうものが子供っぽかったので」
「マジか!」
結構好き勝手に生きてたからな。落ち着きとかそういうのは無いかも。まあ変える気は無いけどな!
「それでこの近くの町ですが、1日ほど行ったところにキクリと言う町があります」
「1日か。それって馬車で1日だよな?」
「ええ、徒歩だと3日ほどかかりますよ?」
まあ俺だと1日だけどな。でも歩くのも走るのも面倒くさいな。
「私もそこまで行きますが、よかったら乗っていきますか?」
「マジ!?」
「護衛してくださるなら」
さっきの戦い見てれば確かに護衛にもしたくなるか。まあ、それぐらいならいいかな。乗車賃にもなるし。
「了解、キクリまでよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
異世界1日目。何とか人のいる町まで行けそうだな。そうだ、1日の間にこの世界の常識聞いておこう。金稼ぐ方法も考えないといけないからな。職安みたいなのあるかな?