18話
翌日、約束の時間少し前に噴水広場に行くと、すでにフィーナが待っていた。そして案の定絡まれてた。
ああ、予想はしてたよ。だから早めに到着するように出発してたし。
こういうのって案外お約束なんだよな。
そう思いながら近づくと、男2人とフィーナの会話が聞こえてきた。ちなみに周りの人たちは我関せずで、見て見ぬふりをしている。男たちが冒険者っぽいし絡まれると面倒だからかね。
「なあ良いだろ?」
「困ります。私はここで人を待っているんですから」
「そんなこと言って、もう10分も待ってるじゃん。無視されたんじゃないの?」
「それは私が早く来すぎたからで」
「そんなことどうでもいいって。どうせ彼氏待ってんだろ? どうせその彼氏だって、俺ら見たらビビッて逃げ出すって。そんな彼氏のみじめな姿見たくなかったら俺らと遊びに行こうぜ」
「そうだって。なんたって俺たち――」
「バカなこと言わないでください!」
おお、フィーナが怒鳴った。
「トーカさんはそんな弱い人じゃありません。きっと今もどこかに隠れて面白そうに見てるんです!」
それってどうなのよ……まあ、実際面白そうだったから少し見てるけど。
「ハハハ、なんだそれ。結局隠れてるんじゃねえか」
「まったくだ。そんなやつほっといてさっさと行こうぜ」
男がフィーナの手をつかもうとした。そろそろ行こうかね。
「そこの2人、そろそろやめときな」
「あん!?」
「なんだてめぇ!?」
俺は茂みから出てくる。そのせいで全身に葉っぱが付いてかなりがっかりな恰好だが、まあしょうがない。
「噂の彼氏だよ」
「ハハハ、マジで隠れてやがったのか」
「こりゃ情けねぇ。彼女にもバレてんじゃねえか」
「まったくだ。まさか隠れているのがバレているとは思わなかった」
「でまかせで言っただけなのに、当たると結構ショックですね……」
あ、フィーナが落ち込んだ。てかでまかせだったのか。なんでそんなでまかせ言うかね? 俺、今明らかにフィーナに貶されてたよ?
「まあまあ、それは良いとしてそろそろフィーナ連れてっても良いかな。約束があるんだ」
「隠れてたやつに用はねえよ。とっとと失せな」
「帰ってママのおっぱいでもしゃぶってなよ。その間に俺らが彼女のおっぱいしゃぶってやるから」
「ハハハ、面白いこと言うのな。死にたいのか?」
笑顔のまま、男たちに言う。
「お前もしかしてよそもんか? 俺らのこと知らねえってんだからそうだろうな」
「そうだぜ。それがどうかしたのか?」
「俺らはこの辺りじゃちょっと名の知れた冒険者だ。だから俺らがこんな白昼堂々ナンパしても誰も注意してこない。つまり俺たちの自由な行動は俺たちの強さが保障してるってことだ」
「そんな俺たちに対して死にたい? ハハ、笑わせる。今年最高のジョークだな!」
ふむ、有名な冒険者なのか。でもそんな話聞いたことないな?
「お前らランク何なの?」
「聞いて驚けなんとD+だ! 一流の冒険者として認められるランクなんだよ!」
D+って冒険者として何とか認められるレベルじゃん。それで名の知れたってどういうことだよ……もしかしてバカなことで有名なのか?
「ランクを聞くってことはお前も冒険者か? 駆け出しだろうけどな!」
「そうだな。駆け出しのB-だ」
俺はそれを証明するように、銀色に輝くギルドカードをポケットから取り出し2人に見せる。
そのカードを見た瞬間、2人の顔から余裕の表情が消えた。
てか、冒険者でD+以上なんて結構いるだろうに、よくそんなでかい顔ができたな。
「さて、お前ら自分が今まで何言ってたか覚えてるな? 実力主義だっけ。つまり俺の実力ならお前らに何しても良い訳だ」
「へ、へへ。すみませんでした!」
「でした!」
俺が1歩近づいただけで脱兎のごとく逃げて行った。逃げ足早ぇな。確かに有名になるはずだわ。
とりあえず邪魔者は追い払ったのでフィーナのもとに近づく。
「お待たせ」
「まったくです。レディーを待たせるとは何事ですか。しかも面白そうだからって木陰で隠れているなんて」
「隠れたのついさっきだったんだぜ? 絡まれてるの見て、助けないとなって思ったらフィーナが真正面から言い返してんだもん。必要ないと思うじゃん?」
「それでも助けるものなんです! 本心では怖くてびくびくしてたんですから」
「全然そんな風には見えなかったぜ?」
「商人たるもの、本音を簡単に見透かされる訳にはいきませんから」
やっぱフィーナ強いな。俺さっきの男たちの挑発でキレそうになったぞ?
「なるほどね。商人って冒険者より強いんじゃね?」
「ある部分のみを絞って考えたのなら、そうだと言えるかもしれませんね」
「ある部分?」
「心ですよ。どんな魔物を相手にするより、人を相手にするのが最も恐ろしいことだって、お父様には昔から言われていましたから」
「ハハ、違いない」
心の強さか――憧れるな。
俺は確かに強い力を持っているかもしれない、その力のおかげで今まで何とかやってきたんだけども、その力のせいで孤立もした。その時、俺の心はボロボロになったし、修復できないかと思ったことも何度もあった。
中学は私立の学校受けて、俺のことを知らない連中と1から付き合い始めてやっと、俺と他人の立ち位置は決められた。けどそのせいで壁みたいなもん作っちまって、結局それ以上他人に踏み込むことはできなかった。強気に振る舞ってはいても、心はスッゲー臆病で、いつもびくびくしてた。
「さて、じゃテオドラ商会に行きますか」
「そうですね。案内お願いします」
「任せなさい!」
そういって俺はポケットから地図を取り出すのだった。
でっかいな、商人で成功するってのはこうなるのか。
俺がテオドラ商会の主の屋敷を見た最初の感想である。フィーナは他にも商人の屋敷を見慣れているのか、さほど驚いた様子は無い。
「商人の屋敷ってどこもこんな感じなの?」
「さすがにここまで大きなのは珍しいですね。でも一般的な住宅よりかははるかに大きいですよ?」
「スゲーな商人って」
「そうでもありません。ここまで成功するのには莫大な年月が必要です。最低でも3代は必要になりますから」
世代またがないといけないのか。そりゃ大変だわ。その分冒険者は1代で成功できる分チャンスは多いのかもな。まあ、その分死ぬ危険性も高いけど。
門にいる番兵に話しかけ、中の人と連絡を取ってもらう。その際に依頼を受けてきたことを言うのを忘れない。じゃないと合わせてもらえない可能性があるとサリナから聞いていたからだ。
しばらく待っていると中から執事服の男性が出てきた。
「ようこそおいでくださいました。テオドラ邸へようこそ。こちらへどうぞ」
案内された部屋は応接室のようだ。
目に入る調度品はどれも豪華そうで、俺の依頼料でもなかなか払うのは難しいだろうな。
お茶を貰い飲んでいると、男が入ってきた。
それに合わせて俺とフィーナが立ち上がる。こういう時のある程度の礼儀はわきまえているつもりだ。依頼主には丁寧にね。
入ってきたのは、切れ長の目にシルバーの髪をオールバックにまとめた、冷たい感じを思わせる男性だ。
細いフレームのメガネがその印象を余計強くさせている。
「すまない待たせたね」
「いや、俺も急に訪ねちまったからな。もっと待たされると思ってたし、むしろ早いぐらいだ」
「そう言ってもらえると助かる。私がテオドラ商会会長をしているパルシア・テオドラだ」
「初めまして。依頼を受けさせてもらった漆桃花だ。呼びにくかったらトーカでいいぜ」
「初めまして。フィーナと申します」
「ふむ、依頼を受けた冒険者は1人と聞いていたが」
パルシアがフィーナを目線だけ動かして見る。
「私はトーカとは少し別件で訪ねさせていただきました。商隊の移動にかかわることなので同席させていただけると嬉しいのですが……」
「そういうことなら構わない。さあ、座ってくれ」
「失礼するぜ」「失礼します」
そこから俺とパルシアがメインになって護衛時の経路や進行時の形などを話し合っていく。基本的に俺は最後の方に受けたため、前の連中が決めたことに従う形になる。まあ、俺は護衛に関しても素人だし、知ってる連中に任せるのが一番だろうから特に異論はない。
それよりも問題は、フィーナの方だ。
「それでフィーナさんは、商隊の移動に関する話だと言っていたね?」
「はい、単刀直入に言えば私を商隊と一緒に王都まで連れて行ってほしいんです」
「ふむ……」
パルシアが少し考えた後、口を開く。
「フィーナさんは商業ギルドに入っているかね?」
その問いは半ば確信じみた問いだった。話し方とか雰囲気とかで商人ってのも分かるのかね?
「はい、入っています。ですからパルシアさんが言いたいこともだいたい想像が付いています」
「そうか、なら話は早いな。交渉といこう。そちらが切れるカードを切ってくれ」
「私の氷属性の魔法を使いたいと考えています。もし今回の荷物に野菜などの鮮度を優先するものが含まれるのなら、私はその鮮度を極限まで保った状態で王都まで届けることが可能です」
「王都まで言った経験は?」
「幼少のころより何度も。魔法も十分、王都まで持つことが分かっています」
「それだけの魔法があるのなら、私たちの商隊に付いてこなくても自分で進めて行くこともできたんじゃないのかい? 話を聞く限りでは、幼いころから商人と一緒に行動していたようだが?」
「はい、父が商人でした。しかし先日移動中に盗賊に襲われまして、私を逃がして行方は分かりません。おそらく殺されてしまったかと……」
「そうか……」
パルシアがうつむく。そして顔を下げたまま話を続けた。
「失礼だが、その時の荷物はどうなった?」
「私が責任を持って運びました。品質にも問題はありません」
なるほど、商人なら最後まで責任を持つか。もしこれで娘だけを助けるような父親だったり、フィーナが荷物も届けずに父を探そうとしたのなら、おそらくパルシアは断っただろう。
けどフィーナは確実に責任を持って荷物を届けた。
商人としてもっとも重要なことを分かっている証拠だ。
「わかった。しかしその魔法だけでは、我々について行くには足りないと思わないかい?」
「魔法をかける量にもよると思いますが?」
「今回の商隊は全部で20の馬車が移動する。その中でフィーナさんの魔法を使ってもらえるのはせいぜい4台だ。それでは釣り合わない。せめて6、いや5台は欲しいところだ」
パルシアの言葉に今度はフィーナが考える。
「今から出発日までに荷物を増やすことは可能ですか? 私個人が所有している馬と馬車にその荷物を載せて私が魔法を掛ける。と言うのはどうでしょうか?」
「なるほど。確かにまだ今日と明日があるか……」
そこでまた考え込む。たぶんフィーナの馬車に積む物を考えているんだろうな。
フィーナの能力を考えれば鮮度が重要視されるものを運んで王都で売るのが最も効率のいい稼ぎ方だ。
氷魔法と新たな馬車に馬。そのすべてを持ったフィーナを大商人のパルシアが逃すとは思えない。
熟考した末にパルシアが出したのは了承の言葉だった。
「そういうことなら、フィーナさんを私たちの商隊と共に行動することを認めよう。そうするとトーカ君、君の配置を少し変えたいが構わないか?」
「もちろんだ。全体的に後ろのカバーになるのか?」
「そうだね。1台馬車が増える分カバーしなければならない範囲も増える。幸い今回の依頼にはA-クラスの冒険者であるリリウムと言う人物が参加してくれているから、戦力としては申し分ないだろう。まあ、護衛は冒険者に一任するつもりだから、当日にでも話し合って詳しく決めてもらえればいい。チームや相性もあるだろうからね」
「了解。まあ俺も一応はB-ランクの冒険者だ。そこら辺の奴らよりかは強いから、少し増えたぐらいじゃ問題にならないぜ」
「そうなのか!? 私はC-のランクの依頼として出していたからってっきりCランクかと思っていたよ」
「俺はちょっとこの町を出たい理由があってな」
「そうか、まあ深くは聞かないよ。冒険者だっていろいろあるだろうからね」
パルシアが意味深なことを言う。てか大商人が町の噂を把握してない訳無いわな。俺がランクアップしたのはまだ噂に上がってなかったから驚いたんだろうけど、他の噂は全部知ってるって顔してやがる。
「では明後日から5日間、よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
パルシアの屋敷を出た後の俺はひたすら忙しかった。
まず最初に手を付けたのは服の準備である。いい加減1着で、着て洗って乾かしてを繰り返すのは無理があると言うことで、フィーナに案内してもらって服屋を回った。
そこで2着の上下セットを買って、何とか5日間着まわしながら進める準備をした。
その後は冒険者の準備はよく分からないと言うフィーナと別れ、リリウムに相談した。
リリウムも準備を進めると言うことで、それについて行く形でいろいろなものを準備していった。必需品を集めるだけで1日を費やすことになる。
そして翌日は自分達の食料の確保だ。今回の依頼では食事が用意されていない。だから5日間すべて自分で準備するしかないのだ。こういう時にチームを組んでいると分担できて楽だとリリウムは言っているが、俺は特にチームを組もうとは思えなかった。
それはまだ俺が、どこかで他人を拒絶している心があるんだろうなと思いながら、リリウムと共に食料を買っていく。今回は乾物ばかりでなくスープ用の野菜なども買い込んだ。
さすがにフェリールを倒しに行った時のような強行をするわけじゃないし、しっかり飯の時間もあるのだ。乾物だけでは味気ないだろ?
けど俺も料理は初心者だから、練習しないとな……
そうして準備しているうちに、あっという間に依頼の日が来てしまった。
止まり木には前日に、今日宿を出ることを言ってある。
ギルドにも行って、ハルちゃんとサリナにお別れを言ってきた。また戻ってきてくれと言っていたが、正直いつ戻ってくるか全く予想がつかない。
だって俺、大半が気まぐれで行動しているし。
そう言ったら2人は笑って送り出してくれた。
2週間以上泊まった部屋の中で最後の準備をする。
買ったローブを纏い、その下にサバイバルナイフを隠し持つ。
以前フィーナにもらったリュックとは一回り大きくなった鞄を持ち上げて肩に担ぐ。
「さて、行くか」
俺は部屋のドアを開けて、依頼の集合場所に向かった。