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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
ユズリハ王国キクリ編
18/151

17話

 とりあえず依頼主に会うのは明日でもいいし、今はマナカナの家に行きますかね。

 ギルドを出て、俺はお屋敷街と反対の方向に歩き出した。

 そして歩くこと数分。徐々に露店は無くなり住宅街に差し掛かる。どうやらこの家々の中にマナカナの家があるらしい。

 通りを歩いている人に住所の場所を聞きながら、時としてどこでその住所を知ったのかと絡まれたが、なんとかマナカナの家に到着することができた。


「ここであってるはずだよな?」


 俺の目の前にあるのは1軒の民家。周りの民家よりか1回り小さい。

 カナが冒険者でマナが料理の天才なら、もっと大きな家に住んでると思ってたんだけどな。とりあえず家の前に立ってても怪しい人と勘違いされかねんし、さっさと家に入っちまうか。

 ドアを数回ノックすると中から反応があった。


「はーい」


 今の声はカナかな?


「冒険者のトーカだ」


 するとドアが開き、やはり中からカナが出てきた。


「トーカさん! よく来てくれたね!」

「よう、お招きに預かったぜ」

「さあ、さっそく入ってくれ! すぐにお茶を出す」

「お邪魔するよ」


 カナの歓迎を受けながら俺はマナカナの家に入る。内装は他の民家とさほど変わらないっぽいな。基本的には木を使った家具が並び、部屋が1階に3つってところか。一つは居間、一つは台所兼ダイニング、後一つは客間か倉庫ぐらいかな。2階が2人の寝室になってんのかね。

 俺は居間に案内され、そこで待っていた。

 そこにカナがお茶を入れて戻ってくる。


「お待たせしたね」


 お茶を受け取りながら俺はマナのことを聞いた。

 昨日見た時は元気そうだったけど、もう大丈夫なのかね?


「ああ、フェリールの目のおかげで病気自体はすっかり良くなった。今は病気で失った体力を取り戻すために運動しているよ。そろそろ帰ってくるころじゃないかな? ほら、噂をすれば」

「お姉ちゃんただいまー」

「お帰り。今お客さんが来てるよ」

「え!? ちょっと待って、今から汗ふいて着替えてくる!」

「早めにね」


 居間に顔を出したマナは、俺を見るとすぐに2階に駆け上がっていってしまった。走り込みでもしてたのか、かなり汗かいてる様子だったし、仕方ないか。


「ごめんね」

「気にすんなって、女の子なら当然のことだろ?」

「ありがとう」


 マナが戻ってくる間、俺はカナと2人で話していたが、基本的には冒険者としての行動についてだった。カナは冒険者としてはもう3年目になるらしく、ランクはDランクになっているらしい。Dと言えばすでにランク特典が受けられるランクだし、かなりやり手なのだろう。


「トーカ君は最近冒険者になったんだよね? それでフェリール倒したり、ジルコルを倒したりずいぶん噂になってるよ。もうランクも上がっちゃってるんじゃない?」

「ああ、昨日ランクアップ試験が終わってさ、B-に上がったところ」

「え!?」

「フェリール倒せるならって特例で、何段階も飛ばされたんだよ。試験はそのまんまB-の試験を受けた」

「どんな内容だったの? 上級ランクの試験の話ってあまり聞いたことが無いんだけど」

「マンドラゴラの採取だった。ここから2時間ぐらい走ったところに森があるだろ? あそこでマンドラゴラを5匹見つけて持ってくるって奴だった」

「やっぱりB-の試験は難しそうだね。あの森って強めの魔物がいることで有名じゃないか。しかもその先には深森がある森だし」

「深森にも行ってきたぜ。迷って行っちまっただけだけどな」

「まさかドラゴンにもあった?」

「おう! かっこよかったぜ。さすがに戦おうとは思わなかったけどな!」

「当たり前だよ」


 カナが乾いた笑いを上げる中、マナが降りてきた。


「お待たせ、お姉ちゃん」

「ほんと遅いよ。こちらフェリールの目を譲ってくれたトーカさん」

「初めましてかね」

「初めまして。その節はありがとうございました」

「いいさ、その分ちゃんと報酬はもらうしな」

「串焼きの値引きですよね。それぐらいお安い御用です!」


 マナは嬉しそうにそういうと、台所に向かい、何かを持って戻ってきた。


「あの、これ私の作った最新作なんです。よかったら味見してもらえませんか?」


 マナが持ってきた皿の上にはクッキーが置かれていた。どれも焼き立てで美味そうな匂いを漂わせている。


「マジ!? もちろんもらうぜ!」


 皿の上から1枚のクッキーを取り口の中に放り込む。

 外はさくっとしているのに、中はしっとりと口当たりは滑らかだ。しかし生焼けと言うわけではない。

 しっかりと火が通っているのに滑らか。これはカントリー○ームを彷彿とさせる。俺のかなり好きなタイプのクッキーだ。


「こりゃいいな。売り出したら人気出るぞ」

「そうですか! ありがとうございます!」


 マナはパッと花を咲かせたように微笑む。

 それを見てカナも嬉しそうだ。


「これも露店に出すの?」

「いえ、私将来お店を持つことが目標なんです。このクッキーはそこで出そうかと思ってます」

「クッキーってことは菓子屋?」

「それも良いかなって思ってるんですけど、どうしても串焼きや、他の料理もしたくなっちゃって、どうせなら全部入れた飲食店をやっても良いかなって」

「串焼きとクッキー一緒に売ってどうするのよ……そんなのだれも食べないわよ?」


 カナがあきれたように言う。

 確かに一緒に食べるもんじゃないわな。けど店のやり方次第じゃ何とかなるかも。


「うーん、串焼きと一緒にクッキーか。さすがに難しいかもな。ならさ、時間帯を分けて出す料理を変えてみたら? ほら飯時は串焼きを使った定食を出して、昼が過ぎれば女性陣のおやつ用にクッキーと紅茶、でまた飯時になったら定食って感じでさ」

「定食ってなんですか?」


 そこからか!? あー、確かにこの時代だと、主食がパンだから定食の概念が無いのか。ならそれを踏まえて安めの値段で出せばかなりいい感じの商売になりそうだな。


「定食って言うのは、メインの料理1品にスープ、サラダ、パンをセットにしたもんだ。それでそれぞれを単品で頼んだ時より少しだけ安く販売する。時間を昼時限定とか夜限定とかにすれば、客も注文しやすくなるし、店としても注文が分かりやすくなる。混雑する時にはちょうどいいやり方だな」

「なるほど、そういう出し方もあるんですか」


 マナはそういうと何やら考え込み始める。具体的な店のプランでも考えているのだろう。

 俺はその間にカナに話を振る。


「マナは店を本気で始めるつもりみたいだけど、カナはどうするんだ? このまま冒険者?」

「いや、私もマナの店を手伝おうと思っている。たしかにDランクまで上がることができたが、その分危険度も上がってきているからな。私の実力だとこの辺が限界なんだ」

「なるほどね。ならしばらくはDランクで資金稼ぎか?」

「そうだな。マナの薬代ですべて使ってしまったから屋台と冒険者業でしばらくは金稼ぎの日々だ。まあ、命と言うタイムリミットが無いだけ楽にはなったがな」

「そりゃよかった。また何かヤバイことになったら相談してくれよ。事と次第によっちゃ手伝うぜ」

「それはありがたいが大丈夫なのか? 最近変な噂が流れているようだが……」


 おお、マナカナにまで噂は広がってるのか。そう言やあその事も話さにゃならんな。


「そのことでさ、最近目立ちすぎたからそろそろ町を移動しようと思ってる。てかさっき移動するために依頼を受けてきたところなんだよ」

「そうなのか!? ならば串焼きはどうするのだ!?」

「うーん、どうしようかね」

「どこに移動することにしたんです?」


 考えから戻ってきたマナが俺に尋ねる。


「王都だよ。商隊の移動があってさ、それに護衛としてついて行くことにしたわけ」

「王都なら私のタレを使ってる串焼きのお店があるから、そこの料金を割り引きにしてもらおうか。たぶんあの人なら大丈夫だと思うし」

「そうか、コードの店か。確かにあそこなら私も定期的に顔を出しているし問題ないな。そういうことだから割引は続けられそうだぞ!」

「良いのか? 関係ない奴まで巻き込むみたいな形になっちまってるけど」

「問題ないですよ。そのお店には私のタレを定期的に買ってもらってるんです。その時の値段を少し安くすれば受けてもらえるはずですから」


 なるほど、そうすることで実質払うのはマナカナ姉妹になる訳か。


「ならありがたく、そうしてもらおうかね」

「私の命の恩人ですから、それぐらい当然です!」


 その後、とりとめのない雑談と、なぜか店を開いたときのアドバイスなんかを少しして俺は2人の家を出た。帰りにそのクッキーを渡してもらったから、フィーナにでも渡そうかね。この後会いに行くし。

 なぜ会いに行くかと言えば、お世話になったのに黙って町を出るのはどうかと言う俺の紳士的判断からだ。

 友達にいきなりさよならも嫌だしね。


 露店街を歩きながら商業ギルドへ向かっている途中、偶然にもフィーナに遭遇した。フィーナは何やら乾物系の食品を買いあさっている。


「フィーナ、何してんだ?」

「あら、最近噂のトーカさんじゃないですか」


 あれ、何この棘のある感じ……


「えっと、どったの?」

「何もありませんよ。ただちょーっとトーカさんの噂が酷いものばかりだなーと思いましてね。リリウムと言う女性冒険者の部屋から朝出てきたとか、フェリールの目の代わりに女性冒険者の体を要求したとか、冒険者ギルドの受付の子に手を出したとか、泣かせたとかたっくさんありますからね。根も葉も無い噂がどうしてこんなに出てくるんでしょうかね」


 あー、なんかよく分からんけどスゲー怒ってるのはよく分かったわ。とりあえず誤解解いた方が良いのかね?


「あの、フィーナさん? とりあえず誤解してる部分が多いと思うんだけど、そこらへんしっかり話さない?」

「トーカさんのおごりですよ?」

「もちろん奢らせていただきます」

「では、前から行きたかったお店があるんです。そこにしましょう!」


 フィーナは急にパッと明るくなると、俺の手を引いて歩き始めた……って謀ったな!?


 チリンと鈴の音がして扉が開く。中は木造の落ち着いた雰囲気だ。

 現代でもすこしモダンな喫茶店と言えばこんな感じを思いつくんだろうなって感じだな。

 店員に案内され、窓際の席に着いた。

 この時代にメニュー表がある訳もなく、字も読める人間が少ないためほとんど壁にも書かれていたりはしない。

 最初にフィーナと喫茶店に入った時は、どんなメニューがあるのかとおっかなびっくりだったけど、割と変わらなかった。さすがにメニューの幅は狭いし、ケーキなんかは驚くほど高いけどな。そのケーキもフィーナが食べているのを一口もらったが、ぱさぱさしていて現代のケーキになれた俺には食えたもんじゃなかった。

 しかし、美味そうにそのケーキを食うフィーナを前にそんなことを言うわけにもいかず、とりあえず美味いと相槌を付くのが限界だったけど。


「んで、今日は何を頼むんだ? 俺はいつも通りコーヒーだぜ?」

「フッフッフ、情報が遅いですねトーカさん。ここのお店が最近新しいスイーツを開発したんです。ただ非常に高価で私でも手が出せなかったんですよ。そこにのこの……こほんっ、偶然トーカさんが通りかかったのです。これは運命としか言いようがないじゃないですか!」


 今フィーナ、のこのこって言いそうになったよな。無理やり誤魔化したけど、バレバレだからな?


「つまりここの新作スイーツを食べたいと」

「そういうことです。かなり高いので2人で食べましょう!」

「俺以外に誘う相手いなかったのかよ……女の子どうしの方がこういうのは話も弾むだろ?」

「商人なんて、いろんな町を点々とする職業の子供に仲のいい友達なんてなかなかできませんよ。できてもすぐお別れしちゃうんですし、今度生きて会えるかも分からないんですから」


 フィーナはどこか悲しげな表情を作り、自分の髪をいじる。

 その表情には、諦めが色濃く浮かんでいた。しかしすぐに表情を切り替える。


「あ、でもトーカさんほどの強さがあるのなら、簡単に死に別れなんてことも無いですから、少し安心できますね」

「ハハ、俺が死ぬこた老衰しかねえよ」

「その自信が本当にできそうだから安心できるんです」


 そこに、店員がおしぼりを持ってやってきた。


「いらっしゃいませ。こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

「サンキュー」

「ご注文はお決まりですか?」

「俺はコーヒー」


 喫茶店での決まり文句を一言。


「私は紅茶をミルクで。それと氷精霊の恵みをお願いします」

「ありがとうございます」


 店員はフィーナの注文に一瞬だけ驚くように目を開いたが、すぐに元の落ち着いた雰囲気を取戻し、丁寧に対応した。

 かなり訓練されてるみたいだな。どこぞの屋敷で執事してましたって言われても違和感ないレベルだ。

 厨房に戻っていく店員を見た後、フィーナに結局聞いていなかった市場にいた理由を聞く。


「で、市場で何してたんだ? なんか乾物系ばっか買ってたけど」

「あ、はい。以前王都に祖父がいるって話しましたよね? 手紙を出してその返事が来たんです。それで私も、一時的に王都に戻って暮らすことになったので、出発のための準備をと思いまして」

「なんだフィーナも王都に行くのか」

「私もってことはトーカさんもですか?」

「さっきフィーナが言った噂あるだろ? あのせいでやけに目立っちまってな。他の冒険者からの視線が半端なく痛いんだわ。だからそろそろ町を移動しようと思ってね」

「そうだったんですか。じゃあ一緒に……」

「あ、悪い、それは無理なんだ。明々後日にある商隊の移動に護衛として付いてく依頼を受けちまったんだよ。だからフィーナと一緒に行動するのは多分無理だと思うぜ」

「そうでしたか。そうすると私は誰を護衛に雇いましょうかね」


 フィーナが顎に手を当てて考え込む。

 なんだ、まだ護衛とか決めてなかったのか。移動の準備始めてるから、てっきり全部の段取り決まってるもんだと思ってたぜ。


「まだ決めてなかったのか?」

「運よく行けば、トーカさんを捕まえれるかと思ってましたから」

「俺は珍獣かなんかか……しかしそうなると確かに困るな。そう言やあ、キクリから王都ってそんな護衛がいるほど危ない道なのか? 王都に続く道なら結構整備されてそうだけど」


 そんな通商の重要道路を整備や警備なしにしておくとは思えない。通商は国の命だ。これが止まればたちまち国は衰退するし、商人はこの国から出て行ってしまう。

 そんなことにならないように、昔から国は道路の整備に血税を費やしてきているのだ。今の日本はちっと違うけどな。

 なのに、どの商隊も護衛を雇って王都まで行こうとする。

 と、言うことは護衛を雇わなければならないほど、王都までの道が危険と言うことになる。そんな愚行を国がするとは思えないんだけどな。


「基本的には安全ですよ。魔物が出たとしても低級なものばかりですから。ただ、1か所だけどうしても森の中の道を通らないといけない場所があって、そこだけが非常に危険な場所になっているんです。そこのために商人は護衛を雇うんですよ」

「へー、森か。確かに簡単には切り開けないし、面倒だろうな」


 現代なら街灯とか大量につけて夜でも明るくして魔物が近づかないようにできるんだろけど、この時代に電気は無い。もちろんライトも魔法しかない。魔法も永久に発動してるわけじゃないし1度に大量のライトを使うこともできないから、森の中の道は夜、真っ暗になっちまうってことか。

 森を切り開くにしても、少し離した程度じゃ意味がない。魔物が人間を襲うために出てきてしまうだけだろうし、相応の広さを確保するには非常に時間がかかる。

確かにそう考えると、商人に護衛を雇わせた方が効率が良いな。


「そういうことです。しかし本当に困りましたね。あまりお金は使いたくないんですが」

「商隊と一緒に行動しちゃいかんの?」


 俺は思いついた考えをそのまま口にする。よくあるじゃん、騎士の移動について安全を確保しつつ移動する商人の話って。


「それは無理だと思います。商隊って仲間意識が強いんです。あらかじめ了解を取ってない限り絶対に近づかせてもらえないかと。むしろ野営中は1人だけ少し離れることになりますから、危険度が増す可能性があります」

「了解取っちゃえばいいじゃん」

「そんな簡単に行くようなものではありませんよ。相手の得になるようなことが無ければ了解なんてもらえるはずないです」

「フィーナは氷魔法の使い手なんだろ? しかも1等星の。ならそれでなんかできない? 今までみたいに商品を保存するから一緒に行動させてくれとか」

「難しいところですね。相手が持っていく物にもよりますから。家具なんかを運ぶのに保存の魔法なんて必要ないでしょ?」

「なるほどね。じゃあ聞いてみっか」

「直接ですか!?」

「明日挨拶に行くからな。その時に一緒に来ないか? 聞いてみるだけならタダだし」

「うーん……まあ確かに聞いてみるだけならタダですよね。そういえばどこの商会の移動なんですか?」


 フィーナの質問に俺は依頼書を思い出しながら答える。


「たしかテオドラ商会だったっけな?」

「テオドラ商会ですか……確かにあそこなら野菜とかも運ぶ時がありますけど、ほんと時の運ですね」

「安心しろって。俺は運がいいらしいぜ」

「どこの情報ですかそれ……」

「ハハ、冒険者情報だな」

「はぁ、とりあえず聞くだけ聞いてみようと思います」

「それが良いと思うぜ」


 ちょうど話が途切れたところで、注文した料理がやってきた。

 俺の前にはコーヒーが1つ。そしてフィーナの前には紅茶とそして丸く白い塊が1つ。

 これはどう見ても――


「アイスじゃねぇか!」

「アイス? 何ですかそれ?」

「ああ、なんでもない。ちょっと故郷のこと思い出してな。それよりこれ、早く食べないと溶けるんじゃないか?」

「え!? あ!?」


 フィーナがアイスを見ると、すでに周りが解け始めていた。おそらく保存状態が完全じゃないんだろうな。

 アイスの保存温度は、-15℃以下ぐらいだったはず。それ以上の温度だと溶けだすはずだ。

 この時代にはそんな低温で保存しておく方法なんて無いだろうし、作り立てを出しているんだろうな。


「では早速いただきます!」


 フィーナが緊張した面持ちでスプーンを手に取ると、アイスに刺しすくい取る。

 溶けて緩くなっていたアイスは簡単にその丸い形状を壊してスプーンの上に乗った。

 そして一口。


「ん! ん~」


 最初にピクンと反応したかと思ったら、とろけるような笑顔を作るフィーナ。

 初めてアイスを食べた人間ってのはこういう反応するのか。まあ、俺も一口食べてみるか。こっちの世界にバニラビーンズがまだあるとは思えないし、そうすると味付けは果物になりそうだな。

 コーヒースプーンでアイスを削り、口に運ぶ。

 ふむ、ピーチ味か。初期アイスにしてはずいぶんと完成度の高いもんが出てきたな。まあ、これぐらいじゃないと売りもんにはなんないか。かなり高いって言ってたし、それ相応の味が伴わないとな。

 ん? 俺このアイスの値段聞いてないぞ?


「フィーナ」

「なんですか?」


 とろんとした表情のままのフィーナに問いかける。


「この値段っていくらなんだ?」

「1万チップですよ」

「1万!?」

「でもさすが氷精霊の恵みです。1万チップ出してでも食べる価値はありますよ!」


 1万!? このアイス1つに1万チップ!? 現代なら百円切ってる値段のアイスに1万!?

 無理! 俺には理解できん。てか作り方知ってるから材料集めて作った方が絶対早いじゃん! てかフィーナなんか氷魔法あるんだから、理科の実験みたく氷に塩入れるとかも必要無いんじゃねえのか!?

 その後アイスはフィーナがあっと言う間に食べてしまった。

 まだ名残惜しそうにアイスの解け残ったミルクを見ていたけど、このままだとマジで飲みだしそうだったから早々に喫茶店を出ることにする。


「コーヒーと紅茶、氷精霊の恵み、しめて1万と500チップになります」

「ぐぬぬ……」


 俺の手の中には似たような硬貨だが、価値が全然違う硬貨が2枚。1つは1万チップ硬貨、そしてもう1つは500チップ硬貨。

 俺の意思が1万チップ硬貨を手放すのを拒んでいる……しかしさすがに無銭飲食なんて真似は出来ん。フィーナも後ろで早く払えと言う目線を投げかけてくるし、店員はめっちゃ笑顔だ。

 くそう! この借りは必ず返すからな! さらば1万チップ硬貨……


「ありがとうございました」

「また食べに来たいですね!」

「機会があればな」


 たぶん2度と来ることは無い。仮にこの町に戻ってきてもここだけは来んぞ! フィーナがアイスを食いたいと言っても俺が作ってやるわ!


「ではまた明日。11時に町の中央噴水で」

「ああ、また明日な」


 明日の商会との話し合いのため、フィーナと待ち合わせ場所と時間を決め、その日は、まっすぐ宿に戻った。

 フェリールやジルコルの素材のおかげで、貯金に余裕はある。おかげで数週間依頼を受けなくても大丈夫な俺は、今はひたすら布団でこの鬱屈とした葛藤をなくして眠りたい気分だった。


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